流浪の軍⑧
「お呼びで」
ハイドンが部屋に入って来た。
「すまなかったな、ハイドン。本来ならこっちから行くべきだったのに、わざわざお前の足を使わせてしまったな」
「お気遣いなく。歩く事は嫌いではありません。パクト山の方は大丈夫です。連中にはまだ、こちらの情報は漏れていません」
「今回はそっちではないんだ」
「では、一体何ですか?」
「オルバス騎士団に新しく就任した団長のライナについてだ」
「もう書類はできています」
ハイドンはそう言うと、懐から書類の束を取り出した。量は割と多かった。
「なんだ、もう調べてくれたのか?」
「以前のロウマ捜索の時点で調べたのですよ」
書類を受け取ったセングンは、一通り目を通した。ハルバートン家は、一男六女に使用人が一名という大きな屋敷に住んでいるにしては、人が少ないようだ。新しくオルバス騎士団の団長になったライナは長女である。
「ロウマは北方で左腕を失いました」
「左腕を?なぜそうなったのか分かるか?」
「さあ。それなりに理由があったのではないでしょうか?」
体の一部を失うことにより、人が何かに目覚めることがあるという話を聞いた事があった。ロウマは左腕を失うことにより、何かを悟りレストリウス王国に帰還したのだろう。書類には他に、ロウマの能力についても記されていた。
「身体能力が上がる能力か……おおざっぱな能力だな。もう少し具体的な内容は分からないのか?」
「生憎ですが、その特殊能力については、まだ分からない事がたくさんあります。ただ分かる事が一つだけあります」
「なんだ?」
「相手を恐怖に陥れる。これだけは自信を持って言えます」
水を打ったように、場が静まり返った。そういう事が言えるのは、ハイドンが自ら体験したことだからだろう。ここは彼の言う事を尊重しておくのも悪くないし、肝に銘じておいた方がいいかもしれない。ロウマやハルバートン家に関する話はとりあえず打ち切った。




