それぞれの出発②
その時、雷が鳴った。
父は一瞬であるが、ひるんだ。エレンは、それを見過ごさなかった。脱兎の如く駆けた。遠くから父の叫び声が聞こえるが関係なかった。
とにかく駆けた。落ちた涙は、降ってきた雨に混じって消えっていった。
***
セイウンは、目を覚ました。周りは薄暗く、まだ日は昇っていなかった。こんなに早く目が覚めるなんて、久し振りだった。
妙な夢だった。夢の中で自分はエレンになっていた。夢であるはずなのに、現実味があった。背中にじっとりと寝汗をかいており、衣服が肌に張り付いていた。
夢の中に出て来たエレンの父親である男。どこかで見たような顔をしていた。気のせいだろうか。
いや、あの顔は絶対にどこかで見た顔だ。それも昔ではなく、つい最近である。結局、思い出すことはできなかった。体にまとわりついた寝汗は、気持が悪く着替えないと駄目だった。
セイウンは、真横に目を向けた。
エレンは安らかな寝顔をしていた。体をセイウンに預けるようにして寝ている。エレンと出会ってから十年の月日が流れていたのだ。十年なんてあっという間である。
自分もエレンも、こんなに大きくなって、気が付けば結婚までしていた。世の中、分からないものだった。
なんだか無性に腹が減ってきたので、厨房に何か残り物がないか探しに行くことにした。ベッドから出たセイウンは衣服を着替えた。もうすっかり秋だった。明け方は特に冷えるものである。
ぶるぶる震えながらセイウンは、部屋をあとにした。
「おはようございます、セイウン殿」
後ろから声をかけられたので、振り向くと、バルザックだった。
「バルザックか。おはよう。こんな朝早くからご苦労だな」
「セイウン殿も、朝早くから起きて、どうしたのですか?さては見回りですね。素晴らしいことです。兵士達もおそらく、あなたを尊敬して今後は早起きを心がけることでしょう」
「違う、違う。俺はただ腹が減ったから、厨房に行こうとしているだけだ。普段はこんなに早く起きないし、いつもエレンに起こしてもらっているよ」
「それは残念です。ならば、これからは早く起きて、兵士達を叱咤激励してください。兵士達もきっと見習うはずです」
「勘弁してくれよ。俺が過労で倒れちまうし、ここの兵士達は俺に対して少しも敬意なんて持ってないよ。俺をよってたかって窓から突き落とそうとする連中だぞ」
「それはセイウン殿が、兵士達にとって接し安い証拠ですよ。下手に頭領面しているよりも、ずっとましです。安心してください。あいつらはあなたに十分敬意を持っています。セイウン殿が気付いてないだけです」
「そうかな?」
「そうですよ。自信をたっぷり、持ってください」
バルザックが言うならば確かだろうと思ったセイウンだったが、わずか数秒で考えを撤回した。