総攻撃⑨
隔離病棟にしている塔までハシュクは、どうにかたどり着いた。ここまで到着するのに、何人の敵兵を殺したことやら。顔にはだいぶ血が付着してしまったが、後で洗い流せばいいだけである。
隔離病棟のドアを開けたハシュクは、中の様子をうかがった。一瞬にして何かの匂いが鼻に入って来た。残飯とも獣とも違う変わった匂い。周囲をうかがったハシュクは納得がいった。
人間の汗、垂れ流しの大小便、血、吐しゃ物などがそのままになっているせいだ。乾いているのは古いものであり、新しいのはまだ水気があった。これがどうやら悪臭の源のようである。
「あいつは、よくこんな所で過ごしていられるな」
ぽつりと呟いたのと同時に、問題の人物を見つけた。
ロビンズは、一人の患者の看病を熱心に続けていた。以前よりさらにやつれていた。患者は動かないところから、すでにこと切れているようだった。
「ロビンズ、行くぞ」
「あっ、先生。待ってください。この人に群がっている蛆を取らないといけないんです。もう少しだけ……」
「そいつはもう死んでいる。さあ、立て」
「そうですか。じゃあ、あちらの人の蛆を……」
駄目だった。これではただの蛆取り職人である。こんな奴は殺してもよいのだが、ここでこの馬鹿弟子を殺すのは惜しい気がする。こいつには、どこか光るものがある。
鍛えれば自分を超えるかもしれなかった。だから最初は精神を鍛えるために、この隔離病棟で蛆取り作業を繰り返しやらせた。常人だったら音をあげるかもしれないのをこいつは文句一つ言わずにやり遂げた。
「行くぞ」
「いえ、まだ……」
すとん、と軽めに手刀を下ろしておいた。気絶したロビンズを床に寝かせたハシュクは、さらに辺りを見渡した。まだ息のある患者があちこちにいた。
痛みに顔を歪める者、蛆を取ってくれと叫ぶ者、大小便をみっともなく漏らしながらも生きながらえる者、苦痛はみんな様々である。だから兵士は嫌なのである。