猛毒ウェルズ=アルバート⑦
「お前もか……仕方ない。死で償え」
バルザックが、そのセリフを発した瞬間。レジストの動きが止まった。レジスト自身、体に違和感が生じたことに気付いた。脇腹にメスが刺さっていた。こんなものは、さっきまで無かったはずなのにいつ刺さったのだろう、と疑った。とっさに横に目を向けた。
ハシュクだった。不適な笑みを浮かべて立っていた。彼の手にはすでに二本目のメスが握られていた。
「さよなら」
バルザックの合図が下ると、メスがレジストの首に突き立てられた。
***
ジュナイドの姿は影も形も無かった。軍議に現れなかった時から、おかしいと思っていたが、どうやら先を越されたようである。だが、仕方がない。ジュナイドは元々、パリスの側近なので、あらかじめ彼から情報をもらっていたはずである。もしかしたら、最初から逃げる算段になっていたのかもしれない。
だとすると、やはりパリスという男は恐ろしい男である。事の次第をデュマから伝えられたバルザックは、複雑な表情になっていた。
「腕をねじ上げられた恨みを晴らしておきたかったな」
「いないのだから、忘れろよ」
「そうだな。さてと、戦でも始めるか」
「勝つ見込みはあるのか?」
サイスの問いに対して、バルザックは何も返さなかった。
次の瞬間、サイスは全てを悟った。バルザックは、最初から勝つ意志は無いのである。形勢が不利になったら、必ず自分達を見捨てるはず。返答なんか聞かなくても、この男から放たれている気が物語っている。ならば一層のこと、この場で殺した方がよいのではないだろうか。サイスは佩いている剣の柄に手をかけようとした。
「サイス、急ぐのは分かる。俺も早くこの手で敵を斬りたい。だがな、まずは兵士達の配置を終えよう。なあ、そうだろう」
諭すような口調だった。なぜだろうか。身震いしており、喉が異常に渇いている。
気が付くと跪いていた。
隣のガリウスは必死でどうしたと呼びかけていたが、それに答えることはできなかった。自分はこの男に隷属した。この男が前世から持っている不思議な力の前に負けたのである。
「分かりました……」
サイスは、ゆっくりと呟いた。
「分かってくれたのならいいんだ。早々に兵士達の配置を行ってくれ。降伏する者が出ないと分かった以上、レストリウス王国は攻撃をかけてくるはずだ」
ゆっくりと頷いたサイスは部屋をあとにした。従うようにガリウスとガストー、ハシュクも出て行った。
「どうした?行かないのか?」
一人だけ残っているデュマに対してバルザックは尋ねた。
「俺がもう以前の俺ではないから、がっかりしたか?」
「別に。俺はそこまでつまらない人間じゃないよ。俺はクルアン王国の軍事学校でお前と知り合った時から決めていたんだ」
「何を?」
「たとえどんな事があっても、お前に付いて行くと。だから安心しな。俺は一生、お前を裏切らないよ」
思い出す事があった。ハイドンに久し振りに再会した時の事だった。あの時、ハイドンはデュマの人相を見て、自分の支えになる人物だと評していた。やはりハイドンの人相見は間違っていなかった。この男こそ、自分に最も忠実で、最も信頼できる騎士である。
「付いて来い。俺と一緒にいれば、面白いものが見られるぞ」
「……かもしれないな」
デュマは、にやりと笑った。
一片の迷いが見られない笑みだった。