猛毒ウェルズ=アルバート③
発汗症のガストーは、汗一つかいていなかった。本人も出ていないことに気付いていないかもしれない。
デュマからスケッチブックを取り上げたバルザックは、にやりと笑った。
「驚いたか?」
「何で黙っていたんだ?」
「話す必要は無かった。話したところで、お前はすぐに信用するのか?」
「すまん。無理だ」
「素直だ。だから俺はお前が嫌いじゃない」
「俺にはそっちの趣味は無いぞ、バルザック」
「安心しろ。俺もストレートだ」
話が脱線しそうだったので、バルザックは路線を戻すことにした。ウェルズの絵のページを開くと、絵の表面を丁寧に撫でていた。まるで自分の子供をかわいがるような仕草だった。
「懐かしいのか。『猛毒』と呼ばれていたころが?」
ハシュクが尋ねた。
「ほう。今時その異名を知っている奴がいるなんて、なかなか博識だな」
「本を少しかじっていれば、誰でも知っている知識だよ」
「猛毒」はウェルズ=アルバートの生前の異名だった。レストリウス王国ではかつて、三代目の王が没して四代目が即位した。それと同時に政治の場に登場したのが、ウェルズだった。
アルバート家は従来、騎士階級の家柄であり当然騎士達と親交が深いが、ウェルズはそれをやめて貴族達と親交を深めていった。結果、アルバート家は政治的権力が強くなり始めた。右宰相という政治上最高の地位が創られたのも、ウェルズの時である。
ウェルズは自分の意のままになる人物達を側近として仕えさせ、意見が少しでも違う者は遠ざけた。王も口出しができぬまま、右宰相の位にいること十四年の月日が流れた。
そして、ある日殺された。
側近のイシスという男に裏切られたのである。ウェルズの首は斬られて、街に晒された後、国葬にもされずに墓地に埋められた。
「死ぬ時は、本当にあっけなかったよ」
バルザックは、溜息をついた。