猛毒ウェルズ=アルバート②
「逃げろ……」
必死に声を振り絞った。けれども、願いとは裏腹にハシュクは歩を進めており、とうとうセングンの目の前で止まった。
「なぜだ……逃げろ……」
「しゃべりすぎだ。寝てろ」
セングンの喉にメスが突き立てられた。突き立てたのはハシュクである。メスを喉から引き抜くと、赤黒い液体が噴出した。液体はデュマとガストー、ハシュクの三人に次々とかかっていった。デュマとガストーが剣を引き抜くと、セングンは床に倒れて、ぴくりとも動かなかった。
「悪く思わないでくれよ、セングン。バルザックの命令なんだ。それから最後に……俺とお前は相いれないよ」
デュマは、ぽつりと呟いた。
ハシュクが脈をとって、セングンの死亡を確認した。廊下に遺体をそのままにしておくのはよくないので、デュマ達はセングンの遺体を部屋に運んだ。
「遅いぞ」
さっきまでセングンが座していた場所に、今度はバルザックが位置していた。手にはスケッチブックがあった。
「思った以上にしぶとい奴だったんだよ。まさか、この変態医者がとどめをさすとは思わなかったよ」
「デュマ、変態とはどういう意味だ。僕は医者ではあるが、変態を職業にした思えはないぞ」
「違ったのか?」
「断じて違う。変態と言えばそこにいるバルザックかもしれないな」
真正面のバルザックは、動じている様子はなく、ただスケッチブックに目を通していた。
「バルザック?」
近付いたデュマはスケッチブックを取り上げると、たった今まで彼が目を通していたページに自分も目を通した。
眼光が鋭く、太い眉、見る者を威圧させるつくりをした顔の男。しばしの沈黙がはしった。絵とバルザックを交互に見比べたとデュマは、ぽつりと口を開いた。
「お前はバルザックだよな?」
「そうだ」
「この絵の男は誰だ?」
「ウェルズ=アルバート。アルバート家三代目当主。それより前に描かれている男は、イシス。ウェルズの側近だった男だ」
「そうか……覚悟はできたよ。言ってくれ」
「賢明だな。さすが俺の無二の友だ。俺の正体はウェルズ=アルバートの生まれ変わりだ」
物音はしなかった。誰が立てようと考えただろうか。ガストーもハシュクも、そしてデュマも、ただ茫然と立っているだけだった。