現れし一軍⑧
脇腹の傷は思った以上に深かった。敵はいい刺し傷をつくってくれたものである。幕舎で医療班の治療を受けているロウマは、あぶら汗を流しながらグレイスからの被害報告を耳にしていた。
死んだ者は五十と少しだった。他は重軽傷者が多数。常日頃鍛えている五百だけであったが、思った以上の被害を出してしまった。敵もなかなか、やるみたいである。
「奇襲を受けるとは情けないですね」
グレイスが嘆息しながら呟いた。
ロウマも静かに頷いた。オルバス騎士団に一兵卒としてシャリーと一緒に潜入する際、念のため後方から自分の騎兵を付いて行かせた。無論、気付かれぬように馬を深い茂みや森に隠したりもしたし、騎士達も旅人や農夫に化けさせた。
使うのはオルバス騎士団が危ないと判断した時だけだ。
「ライナもまだ甘いな」
「そうですね。ですが、これで現在の反乱軍の力量は分かったはずです。いかがでしたか?」
「負ける気はしない」
「随分と強気に出ましたね。あそこには強者はいないと申されるのですか?」
「そうだ」
ロウマは笑みを浮かべた。しかし、やがてこらえきれなくなったのか、おかしなことを聞いてしまった子供のように大いに笑った。
治療をしている医者が動かないでください、とたしなめた。
ロウマはすぐに元の無表情に戻った。
彼がここまで笑うとは珍しかった。どうやら、この戦は思った以上に早く片付きそうだ。グレイスは、心底ほっとした。
「はっきり言って、今日やり合った幹部は大したことない。私から見れば軍の動かし方は素人同然だ。シャリーよりも下手だ」
酷な一言だ。シャリーが聞いたら、がっかりするだろう、とグレイスは苦笑した。
「一人だけ鮮やか動きをしたのがいたな。グレイス、それはお前の目でも確かめたはずだろう」
「ええ、私も見ました。情報によるとジュナイドという男です。相手にした時は、心してかかるべきですね」
「そういう事だ」
治療が終わると、ロウマは立ち上がった。医者からはあまり激しい運動をしない事と、飲食は少し控えるように苦言を呈された。