新団長ライナ=ハルバートン⑧
どうにか城にたどり着いた。オルバス騎士団の陣内を抜けた後、外につないでいた馬に乗ってここまでやって来た。
「あそこが反乱軍の拠点ですか、師匠?」
「そうだ。十七年前にクリスト=フォスターという男が拠点として使い、今回は息子のセイウンが使っている」
「ふーん。親子二代にわたる反乱なんて、おかしな話ですね」
「そんなにおかしな話か?」
「わざわざ子供が親から引き継ぐほどのことですか?親が失敗したのなら、同じ事をせずに、違う事をすればよかったのに」
シャリ―は気だるげに、言い放った。いつもの言い方ではなかった。随分と冷め切っていた。
ほう、とロウマは心の中で唱えた。この女もそんな事を口にすることもあるのか。どうやらシャリーという女は、自分が思っているほど単純な女ではないようだ。
「違う反乱を企てているのかもしれない」
ロウマが言った。
「違う反乱?師匠、それは何ですか?」
「私も情報でしか聞いてないが、どうやらセイウンの目標は争いの無い平和な世界を創るのが目標のようだ」
「何ですか、それは?無茶苦茶ですね」
確かに無茶苦茶だった。子供じみた考えである。そんな世界がどこにあるというのだ。ふざけてもらっては困る。この世界に常に存在しているのは非情だ。理想はいつも、あと一歩で踏み砕かれる。諦めなければいけない理想もあるのだ。そういう砂糖菓子のように甘ったるい理想は、自分が砕いてやらないと気がすまなかった。
ロウマは愛馬にむちを入れた。
「待ってください、師匠」
シャリ―が呼んでいる声も、ロウマの耳に入っていなかった。
城に近付くにつれて、佩いている愛剣リオン=ルワに変化が起こった。
光った。
リオン=ルワから、微かに虹色の光が出たのである。
「お前も戦いたいのか……」
剣も戦場を欲している。自分と一緒なのかもしれない。自分がやるべき事は目の前の城を落とすことだった。おそらくライナでは無理だろう。ならば自分がやるだけだ。
「師匠、待ってください。一人で勝手に行かないでくださいよ」
シャリ―がようやく追いついた。彼女の馬は、息を荒くしていた。どうやら本気で走らせてしまったようである。
「すまない、シャリ―。お前なら付いて来れると思って、つい……」
「『つい』じゃないですよ。私の馬は師匠の馬のように上等な馬じゃないのですから。よしよしごめんよ、マリンディ」
シャリ―は下馬すると息を荒げている自分の愛馬を撫でてあげた。マリンディと呼ばれている馬も、シャリ―の頬を舌でぺろぺろと舐めて感謝の意を示した。
「マリンディというのは、お前の馬の名前か?」
「そうですよ。師匠の馬の名前はなんて言うのですか?」
「無い。もう三年近く一緒に戦場を駆けているが、名前は付けていない」
「それはかわいそうですよ。この馬は師匠の大切な相棒なんですよ。名前ぐらい付けてやってください」
「うまい名前が思い浮かばない」
「なら私がつけます。そうですね……ランスロットでどうですか?」
「うーむ……変な名前だがいいだろう」
「師匠の名前には言われたくないです!」
シャリーが憤慨した。
ロウマは微苦笑すると、ランスロットにむちを打った。ランスロットは一際高い嘶きを上げると疾駆した。
「駆けろ、ランスロット!」
ロウマは叫んだ。遠くからまたシャリ―の声が聞こえた。