それぞれの出発⑩
「私だって真面目な話をしているわよ!大体あんた達は私が年上だってことを分かっているの?私は二十歳であんた達より、二つも上なのよ!ちょっとは、敬いなさいよ!」
「あら年上だったの。てっきり私達より、二つほど年下かと思ってたわ」
「ナナーに同じ」
「なんですって!ちょっと聞きました、師匠?こいつら私が年上だってこと自体、理解してないんですよ。ひどいと思いませんか?」
「すまん、シャリー。実は私もその事をたった今まで忘れていたんだ。そう言われてみれば、お前は私より一つ上だったな」
にべもなかった。師弟関係が成立していたせいで、すっかり頭から忘却されていた。シャリーは衝撃に打ちのめされた。わざとらしく、地面に座り込んで泣きを始めた。
「ひどいです、師匠。私はこんなに師匠の事を思っているのに、師匠は私のことを道端の石ころ程度にしか思ってないのですか?やっぱり師匠はそこにいる性欲の塊の二人組みしか興味がないのですか?」
よくここまでぺらぺらとセリフが出て来るものだとあきれたロウマだったが、さすがに年齢を忘れていたのには罪悪感を覚えたので、そっと手を差し伸べてやった。
「シャリー、気にするな。お前は個性が強いのが魅力だ。私はそういうお前が、その……好きなんだ……」
なんて自分に似合わないセリフだろうか、と思ったロウマだったが、考えた末に出たセリフがこれだったのである。以前、何かの小説で読んだ時のセリフだった。
「師匠……」
シャリーが輝いた目でロウマを見つめていた。まさかこんな陳腐なものに引っかかったのだろうか。そんなことあり得ないと考えたが、そのまさかだった。
シャリーは勢いよくロウマの胸に飛び込んで来た。
「さすが師匠です。やっぱり私の目に狂いはありませんでした。こんな二人よりも、やっぱり私ですよね」
「ああ、そうだな」
適当に返事をしておいたが、次の瞬間言い知れぬ殺気に襲われた。
「ロウマ、それは本当のことかしら?」
「ロウマ様、そんなにシャリーがよかったのですか?」
ロウマは頭が痛くなった。最近ずっとこんなのを繰り返している気がするのである。
「愛しているのは私だけよね、ロウマ?」
「ロウマ様、もちろん私ですよね」
「いや……その……」
後ずさろうとしたが、シャリーが体から離れなかった。すさまじい力だった。
「師匠、もちろん私ですよね……」
ここは助けを求めるべきだ。近くにいるはずのロバートを呼ぼうとしたが、彼はすでにその場におらず、いるのは自分の愛馬だけだった。よく見ると、地面に何か文字が書かれていた。
『出発の時刻になったら、迎えに来る。頑張れ』
もう駄目だ。潔くしよう。
『おいおい、兄弟。今日も大変だな。まあ、せいぜい頑張れよ』
『僕達は傍観させてもらうよ』
頭の中でラトクリフとベサリウスが、楽しそうな声で語って来た。本当に無責任な奴らだと嘆いたロウマだった。