第十一章 新団長ライナ=ハルバートン①
槍を握ることが懐かしく感じてしまう。どこかで握ったことがあったのだろうか。思い出せなかった。セイウンは、以前の自分を思い出そうとしていた。
しかし、無理だった。失った記憶が力むだけで戻って来るなんて、そんな話があるはずなかった。
『おいチビ、記憶は戻ったか?』
「いや、まだだ」
『できれば早く戻ってほしいぜ。俺も気をつかってしゃべりたくないからな』
「よく言うぜ。その口調のどこが気をつかっていると言うんだ」
愛馬のジェトリクスとの会話にはだいぶ慣れたが、周囲に人がいないか心配だった。一歩間違えれば、ただの独り言である。ジェトリクスに話しかけられた時は驚いたが、どうやら記憶が無くなる前は普通に話していたらしいので、それを続けることにした。
「そこにいたのか。探したぞ」
誰かが声をかけたので振り向くと、パリスだった。彼も自分の愛馬を連れて来ていた。パリスから旅に出ると告げられたのは三日前だった。突然のことにセイウンも最初は戸惑いを隠せないでいたが、理由を聞かされると納得せざるを得なかった。
考えてみれば記憶が無い自分がいたところで戦の役に立つとは思えなかった。ここは城から退いておいた方が無難だろうと決めた。
「セイウン、準備はできたのか?」
「もう荷物は持っている。後はお前が来るのを待っていただけだ」
「それならいい。セングン達には別れは告げたか?」
「ああ」
「よし。付いて来い」
「まずはどこに向かう?」
「もう決まっている。南だ」
その答えにセイウンは力強く頷くと、ジェトリクスに一気に跨った。しばらくの間は、走ってもらうことになりそうである。
「言い忘れたが、そのジャグリスという槍は置いていけ」
「どうして?」
「記憶の無いお前が持っていたところで、槍の価値が落とすだけだ。これからはただの槍にしておけ」
「パリス、お前の言っている意味は全然分からないよ。何で今の俺が槍の価値を落とすのだよ?」
「馬鹿には説明している暇は無い。とにかく城に戻してこい」
「分かったよ」
一度城に戻ったセイウンはセングンに槍を預けて、代わりにただの槍を持って来た。
「これで文句無いだろう」
「ああ、無い。それじゃあ出発だ」
「ジェトリクス、南だ。駆けろ」
『いちいち言わなくても、分かってるぜ。振り落とされるなよ』
一声かん高く嘶いたジェトリクスは駆け出した。