記憶⑫
こつん。
小さな音だった。なんの音だろうと思ったが、一同はすぐに気付かされた。シャリ―の棒が地面に落ちたのである。当のシャリーは何が起こったのか分からずにうろたえていた。
「あんた何をしたのよ?私の棒に何を……」
「何もしてません。ただ払っただけです」
「嘘よ。絶対、何かしたはずよ。その棒を私に寄こしなさい。いかさまをしてないか、確かめてやるわ」
シャリーが棒を手にかけるより早く、ロウマが間に入った。
「やめろ、シャリー。みっともないぞ。お前は負けたんだ。素直に認めろ。また前のお前に戻るつもりか?」
「師匠、でも……」
「今のは、お前の動きが一泊遅れたにすぎない。ただ、それだけだ」
シャリーはうつむいてしまった。目のはしに涙をためているが、決して泣こうとしていいなかった。
シャリ―は走り去った。初めてロウマと戦った時と一緒である。
「エレン、見事だった。いい動きだったぞ」
「ありがとうございます、ロウマ様。でもどうして私、こんなにいっぱいのことが?」
「まあ、少しずつ話していこう。今は全部話す事はできない。まずは、そこにいるグレイスがお前の父親だという事だけ教えておこう」
ロウマは横にいるグレイスを指差した。
「父さん……この人が?」
「そうだ。理由があって十年間生き別れになっていたが、どうにか巡り合うことができたんだ」
「そうだったのですか。ところで母さんは?」
「お前が小さい時に病死している」
「そうですか……父さん」
初めて父と呼ばれてグレイスは、心臓が飛び上がるほどびっくりしたが、どうにか平静を装ってみせた。しかし、額からの汗はごまかすことができなかった。
「何だ?」
「記憶もろくに思い出せない不肖な娘ですけど、どうかよろしくお願いします」
エレンは頭を下げた。
「ああ……よろしくな」
グレイスも叩頭で返した。