記憶⑩
「ねえナナー、あなたこの小説を読む事ができる?できるわよね?」
ほとんど強制的であるが、アリスはナナーの胸に押し付けた。彼女なら読める。なぜならば、彼女は自分と違って教養のある貴族である。読めないはずがない。
「ごめん。私もこれは読めないの。何しろ二百年も前の文体だから……」
実に惨忍な答えだった。アリスの願いは砂のようにむなしく散った。
「あなた貴族でしょう。読みなさいよ」
「貴族だからって、読めるとは限らないわよ。それに私の家は貴族でも、没落貴族なの。書物だって、そんなにそろってないわよ」
「てっきり教養があるかと思ったのに」
「今時の教養はあるわ。詩だって作れるわ」
「なら作ってみてよ」
「ええと……そんな事、どうだっていいでしょう!」
このインチキ貴族、と内心でナナーをなじったアリスだった。
ナナーまで読めないとなると、残りはシャリーだが大丈夫だろうか、とアリスは心配したが不思議と彼女は不適な笑みを浮かべていた。まさかと思ったが、とりあえず本を差し出した。
シャリーは本に目を落とした。
「…………」
ずっと沈黙が続いた。シャリーは相変わらず本に目を落としたままである。本当に読む気があるのだろうか。嫌な予感がしたアリスだった。
その時、ドアが開いてロウマとグレイスが入って来た。
「師匠、出番です!」
アリスが威勢よくロウマに本を差し出した。
エレンとナナー、アリスは開いた口が塞がらなかった。
一方、入って来たばかりのロウマとグレイスは、何が起きたかさっぱり分からないという状態である。
「分からないのなら、分からないって言いなさいよ!」
アリスは猛烈に叫んだ。
「なんとなく、それっぽくしてみたかったのよ。分かるでしょう、私の気持。とにかく師匠、読んでください」
「何で読まないといけないのだ?」
アリスはロウマにわけを一通り説明した。説明が終わると、ロウマもグレイスもすっかり感心していた。
「そうだったのか。この文章が読めるとは大したものだ。グレイス、お前の娘は随分と博識だな」
「そうなのですか?」
「そうだ。エレン、ちょっとお願いがある。ここの文章を読んでくれ」
エレンは、こくりと頷くと、すらすらと水が流れるように読んでみせた。読み終えると、ロウマはエレンから本を受け取った。読んだ文章が合っているかどうか確認するためだった。