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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第六部

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9.岩山と海に囲まれた街

「どうかな! 男に見える?」

 岩陰でセリーンが見立ててくれた服装に着替えた私はふたりと一匹の前で仁王立ちになった。

 男物のシャツとハーフパンツ、長い髪は帽子で隠し、念のためにと眼鏡もかけた。グリスノートから拝借した小物の中に伊達眼鏡がちゃんとあったのだ。

 ブゥを頭に乗せたラグが大きな溜息を吐き、その横でセリーンがうんうんと頷く。

「いいんじゃないか。あとは立ち振る舞いと、喋り方だな」

「あ、そうだよね。じゃない、そうだよな! 頑張るぜ!」

 出来る限りの低い声でびしっと親指を立てると、ラグが二度目の長い溜息を吐いた。

 そういうラグはというと、セリーンのリクエストを全て突っぱねて結局いつも結んでいる髪を下ろしただけ。セリーンがその髪をツインテールにしようとして怒られる場面もあったりしたが、小さな姿でいることは渋々受け入れることにしたみたいだ。

 ちなみにセリーンも男装を試みたのだがグリスノートの服ではどれも無理があり(胸的に)男装は諦め目立つ赤毛をバンダナを巻いて隠すだけにしていた。

 と、そんな彼女が私たちに言った。

「設定を考えてみた」

「設定?」

 首を傾げた私と怪訝な顏をしたラグを指差しセリーンは続ける。

「お前たちは兄弟」

「兄弟!?」

「兄弟!?」

 私たちが揃って大声を上げ、驚いたブゥがラグの頭から飛び上がった。

「そして私はお前たち兄弟に雇われた傭兵だ。お前たちは誤って船から落ち、助けようとした私と共にこの近くに流れ着いた。どうだ、無理のない設定だろう」

 得意気に言うセリーン。確かに無理はないけれど……。

「じゃあ、私がお兄ちゃんだね」

 ラグを見下ろし、にーっと笑うと彼はものすごく嫌そうな顔をした。

「ここがどんな街かわからないからな。念には念をだ」

 セリーンの真剣な声音に、私は顔を引き締め頷いた。


 こうして私たちは岩山と海に挟まれたその街に足を踏み入れたのだった。



(あんなところにも家がある) 

 潮騒が響く静かな石畳を歩きながら右に聳える岩山を見上げると中腹の辺りまで点々と灯りが続いていて驚く。

 あそこまで登るのは大変そうだなぁと考えていると、私の前を歩くセリーンが呟いた。

「ギルドがあればいいのだが」

「ギルド?」

 訊くと彼女はこちらを振り向いた。

「私たちが初めて会ったセデの店を覚えているか? あれがギルドだ」

「あぁ!」

 ぱっと頭に浮かんだのは強面の主人と筋肉隆々の男たち。

 まだこのレヴールに来て間もなかった頃ビクビクしながらラグの後ろにくっついて入ったことを思い出す。

 あの店で私たちはセリーンと出会ったのだ。

「ふふ、あの後お前に出逢えたのだったな」

「あそこでお前を雇ったことは今でも心底後悔してる」

 セリーンの熱い眼差しに私の横を歩く小さなラグが低く毒づいた。

 それでも彼女は幸せそうに微笑み、私に視線を戻した。

「私たち傭兵にとっては仕事の斡旋所であり、色々な情報が手に入る場でもある。まずはここがどういう街なのか知りたいからな」

 そうだ。まだここが大陸なのか島なのかさえもわかっていない。先ほどセリーンが言った通り、海賊の息のかかった街という可能性もある。

 セリーンは前に向き直り、再び辺りを見回した。

「ギルドが無ければ酒場か食堂だ。流石に腹が減った」

 私も頷いてお腹を摩る。結局丸一日何も口にしていない。

「宿もあるといいね」

 出来れば今夜は揺れないベッドでゆっくり眠りたい。だがそのためにもまずはこの街が安全かどうか確かめる必要がある。

 と、丁度そのとき前方から楽し気な笑い声が聞こえてきて私たちは顔を見合わせた。




 窓から漏れるほのかな灯りと陽気な話し声。家々の並びから少し離れた場所にあるそこはどうやら酒場のようだった。

 石造りの建物の脇にはたくさんの酒樽が積まれ、外まで漂ってくる良い香りに思わずごくりと喉が鳴る。

 セリーンは辺りを見回すと正面入口ではなく酒樽の置かれた窓の方へと回り私たちを手招きした。

 意図を察した私たちは彼女に続いてそちらに回り店内の会話に耳を澄ました。


「――なんだかんだ言ってよ、結局手放したくないんだって」

「そんなのお互いわかってんだろ。それでもってんだから相当なもんだ」

「気持ちはわからないでもないけどなぁ」

「で、今回はどうだと思う」

「今回も俺は来ない方に賭けるぜ」

「俺もだ」

「俺もー!」

「おいおい、それじゃ賭けにならねぇじゃねえかよ!」


 どっと沸く店内。だがその直後だ。


「ちょっとアンタたち!」


 男たちの笑い声を甲高い怒声がかき消して驚く。若い女性の声だ。


「また兄貴を賭けのだしにして、やめてって言ってるでしょ!」

「ごめんごめん、リディアンちゃん」

「怒らないでくれよ~!」


 会話の内容はともかく、中に女の子もいるとわかって少しほっとする。

 それはセリーンも同じだったようで。

「入ってみよう」

 そう小声で言って正面に回った。私とラグもそれに続く。

 扉を前にしてセリーンがこちらを振り返った。

「お前たちは兄弟。わかっているな」

 私は頷き、ラグも舌打ちで答えていた。

(――私は男。私は男。私は……俺は男!)

 そう心の中で何度も繰り返し顔を引き締める。

 セリーンが扉を開けるとカランコロンとドアベルが鳴った。

「いらっしゃ……」

 そんな明るい声が不自然に途切れ、それまで聞こえていた話し声もぴたりと止んだ。

 視線が一斉にこちらに集中し、いつかのような緊張を覚える。

 中にいたのは7人ほどの男性客と、そして今声を掛けてきたエプロン姿の女の子。おそらくは彼女が先ほど「リディアンちゃん」と呼ばれていた怒声の主だろう。同じ歳くらいの可愛らしい女の子だ。

 彼女もテーブル席に座る男たちも皆不審そうに私たちを見つめた。

「いらっしゃいませ」

 その声に視線を向けるとカウンター奥で主人らしき上品な髭の男がやはり怪訝な顏でこちらを見ていた。

「すまない、ここはなんという街だ?」

 セリーンがそう訊ねながら足早にカウンターへと向かうと主人は手にしていたグラスを置いて口を開いた。

「あなた方は? 見ない顔だが」

「私はセリーン。この子達に雇われた傭兵だ。実は船から落ちてな、やっとの思いでここに辿り着いたんだ」

 すると主人は驚いた様子で後ろの私たちを見た。

「それは大変でしたね。ここはイディル。小さな港町ですよ」

「イディル……」

 セリーンはやはりぴんと来ないようだった。

「ここにギルドはないか?」

「残念ながら、この町にギルドはないのですよ」

 申し訳なさそうに主人は答える。すると背後の客たちからも声が掛かった。

「そうそう、ここにはギルドもカジノも宿もねぇぞ! 店はここくらいなもんだ」

「なんせちっぽけな町だからなぁ」

「だがここの料理と酒は美味い! それに看板娘が可愛いっ!」

「違いねぇ!」

 赤ら顔の男たちはそこでまたどっと笑い出した。

 宿がないと聞いて内心がっかりしていると主人が苦笑しながら言った。

「良かったら、何かお作りしましょうか?」

「ああ、有難い。皆空腹でな」

 セリーンがこちらを振り向き、私もお腹を擦りながらできる限りの低い声で答えた。

「お願いします!」

 すると主人はにこやかに笑ってくれた。



 主人が作ってくれた海の幸をふんだんに使った料理は塩味がきいていてどれもとても美味しかった。

 最初に飲み物と一緒に出てきた魚介と野菜を和えた料理は程よい酸味があって本気でほっぺたが落ちると思ったほどだ。

 ちなみにラグも今日は私と同じジュースを飲んでいる。とても不服そうに。

「あなたたち、どこから来たの?」

 お腹が大分ふくれてきた頃そう声を掛けてきたのはリディアンちゃんだった。

 先ほどの陽気な男たちはつい先ほど皆揃って帰っていき、店内に客は私たちだけになっていた。

 近くで見るとやっぱり可愛い。そしてエプロン越しでもわかるほどに胸が大きい。小柄なのに羨ましいくらいにスタイル抜群で先程の男たちがデレデレになるのも頷けた。

 そんな彼女の問いにセリーンが慎重に答えていく。

「ヴァロール港だ。サエタ港に向かっている途中だったんだが」

 彼女は更に訊いてきた。

「船から落ちたって、嵐にでも遭ったの?」

「いや、」

「海賊に襲われたんだ」

 セリーンを遮ってそう答えたのはラグだった。

 ――瞬間、リディアンちゃんの顔が強張るのがわかった。

(言っちゃって平気なの!?)

 ハラハラしながらグラスを両手で持って口元を隠していると、

「それは災難でしたね」

カウンターの方から主人が驚いたように声を上げた。

「最近はこの辺りにも良く出ると聞いてはいますが」

「しかしまぁ、こうして命拾いできたからな。私たちは運が良かったのだろう」

 セリーンがそう上手く返していると、リディアンちゃんが口を開いた。

「あなたたち、今夜うちに来る?」

「え?」

 思わず素の声が出てしまっていた。内心慌てるが彼女は気にする様子なく続ける。

「さっきのお客も言ってたけど、この町には宿もないしさ。うち空いてる部屋があるから、どう?」

 笑顔で首を傾げた彼女に私たちは顔を見合わせた。

「いや、とても有難いが。いいのか?」

 セリーンが訊くとリディアンちゃんはにっこりと笑った。

「勿論。私はリディアン。よろしくね」

 その笑顔はやっぱりとびきり可愛かった。 


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