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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第六部

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7.頭の部屋

 ブゥがラグから勝手に離れて行くなんて私の知る限り初めてのことだ。

(さっきもラグの言うこときかなかったし……)

「ブゥ、もしかして」

「ああ。あの鳥について行ったんだろ」

「そうだよね。でも、いざとなったらセリーンを助けてくれるよね!」

「わかんねぇ」

 と、丁度そのときラグの身体が急成長した。

 やった! と歓声を上げると同時、ブチブチっという音がしてラグが手首のロープを引きちぎってびっくりする。

「少しずつ風で切ってたんだ」

 そんな私の顔を見てラグが教えてくれて納得する。

(そっか、ただ風を起こしていただけじゃなかったんだ)

 ラグはその後すぐに私の背後にまわり私のロープに手を掛けた。

「おまえ、あの海賊の前では絶対に歌うんじゃねぇぞ」

「うん、わかってる」

「セイレーンだってことも」

「うん、絶対に言わない。なんか怖いし」

 と、ロープが解けたのがわかった。

「ありがとう!」

 やっと自由になった両手を目の前でぎゅっと握る。――でも。

「どうやって出ようか」

 目の前には鍵のかかった扉がある。術を使ったらまたラグは小さくなってしまうし、外には見張りもいるはずだ。

 ふいにこの世界に来てすぐランフォルセのお城に捕まったときのことを思い出した。

 あのときは確か丁度扉を開けて入ってきた兵士をブゥが倒してくれたお蔭で出られたけれど、今向こうから開くのを待っている時間はない。

 お城の鉄の扉とは違いここは木製のようだけれど……。

「退いてろ」

「え」

 そうして軽く肩を押されたかと思うとラグは扉の前に立ちその長い脚を振り上げた。

 ドカッ! っと凄まじい音とともに扉は枠から外れ向こう側に倒れていく。

 しかしそこには案の定見張りの男がいた。

(まずい!)

 突然のことに驚いたのだろう目を丸くしてラグを見た大柄の男はそのままあんぐりと口を開けた。

「おめぇは――ぅぐっ!」

 だが大声を上げる前にラグの拳がその腹に入り男は蹲るようにして倒れこんでしまった。

 ラグは男の腰からナイフを素早く抜き取るとその刃を見た。

「使えそうだな。行くぞ」

「う、うん」

 相変わらず強いなぁと思いながら私は頷いた。



「頭の部屋ってどこなんだろう」

 昼間恐々降りた梯子のような簡単な造りの階段を今度はしっかりと手を使って上りながら小声で訊く。

「訊くしかねぇだろ」

「訊くって」

 ラグに続いて上の階層に出ようとしてすぐ、話し声と足音が聞こえてきて慌てて口を噤む。

「音なんてしたか?」

「だから念のためにな」

 きっと先ほど扉を蹴破ったときの音に気付いて見に来たのだ。そう思ったときにはもう目の前にラグの姿はなかった。

「お前どこから……っ」

「てめっ――」

 そんな怒声の後に続いてドサっと何か倒れる音がして恐る恐る顔を出す。と、すぐ間近に白目を剥いた男の顔があって危うく悲鳴を上げるところだった。

「頭の部屋に案内しろ」

 ラグの低い声に視線を上げれば、彼はもうひとりの男の背後からその首元にナイフを突きつけていた。

 男は青ざめた顔でわかったと掠れた声を出した。



 その後は幸い他の海賊に会うことなく、案内役の男はもうひとつ上の階層の扉の前で足を止めた。おそらくは一番船尾よりの部屋だ。

「ここが頭の」

 言い終える前にラグの拳が腹に入り男はその場に崩れ落ちた。

 そしてラグは再び長い脚で目の前の扉を蹴破ろうとした。が、

「助けに来てくれたのか!?」

そんな歓声と共に向こう側から扉が開いてびっくりする。

 現われたのは目を輝かせたセリーンで、

「って、なんだ貴様の方か……」

しかしラグの姿を見た途端その目の輝きはスっと失われた。

「はぁ~~」

 ラグが眉間を押さえながらそれでも安堵したような長い溜息を吐くのを聞いて私もほっとする。

 セリーンは先ほどと同じ格好で、しかも奪われていた愛剣もすでにその背中に戻っていた。

「あの人は?」

 その場から部屋の中を覗くがあの海賊の姿がない。

「一先ず入れ」

 セリーンに言われラグと共に恐る恐るその部屋に入るとセリーンは扉を閉めしっかりと鍵を掛けた。

 海賊の頭の部屋、と言うと奪った宝飾品などでキラキラジャラジャラしているイメージだったが、中はいたってシンプルな船室だった。

 ベッドと机と本棚と、壁には海図だろうか大分色あせた地図が貼られていた。

 窓がひとつあったが外は真っ暗で何も見えそうにない。

「男ならそこに伸びている」

「え!?」

 セリーンが視線を向けた先、ベッド脇に確かにグリスノートは仰向けに倒れていた。その額にはブゥの鼻の形がくっきりとついていて。

「ブゥが突然私の背後から飛び出てきてな、その男がサーベルを抜いたと思ったらこれだ」

「それで、ブゥは?」

「そこだ」

 セリーンの指差した先を見上げると、天井からブランコのようにぶら下がった止まり木に、ふたつ白い毛玉が……いや、ブゥとグレイスが仲良く並んで留まっていた。

「かっわいい」

 思わずそんな声が漏れてしまっていた。

 グレイスの方も主人がすぐそこで伸びているのにまんざらでもなさそうだ。

「完全に仲間だと思っているなあれは」

 するとまた溜息。

「元々そうやって仲間同士密着して生活しているらしいからな」

 ラグはそう言いながら私の横を通り過ぎ棚の上に置かれていた自分のナイフを腰に収めた。

「ブゥが?」

「あぁ」

「へぇ。だからブゥあんなに幸せそうなんだ」

 ブゥの仲間がああしてたくさんくっついている姿を想像して顔が緩みそうになる。

「さて、この男どうしたものか」

 だがセリーンが男を見下ろし言うのを聞いてすぐに顔を引き締めた。

「目を覚ます前に縛っておいたほうがいいだろう」

「いや、それが、どうも事情があるようでな」

「は?」

 ラグが眉を寄せ低い声を出した。

「この男、部屋に入るなり私に頼みがあると拘束を解いてくれてな」

 そういえばセリーンの手首にもロープがない。

「どういうこと……?」

「だがその後すぐにブゥが飛び出てきてな、詳しく話を聞く前に伸びてしまったんだ」

 私はもう一度海賊の頭グリスノートを見下ろす。

 その無防備な寝顔だけ見れば、同い年くらいの普通の男の子に見えるのに……。

「なんにしろ、危ねぇ奴なのは確かだろ。縛るぞ」

「そうだな」

 セリーンも今度はあっさりと頷いた。

 ラグはグリスノートをごろりと転がし先ほどの私たちのように後ろ手にロープで縛り上げた。

「その男、相当なマニアだな」

「え?」

 その声に振り返ると、セリーンが本棚を見つめていた。

「ここにある書物、全てセイレーンや歌に関するもののようだ」

「え!?」

 すぐさま私も本棚に駆け寄り並べられた数冊の本を見る。その背表紙に書かれた文字はやはり私にはさっぱりだったけれど。

(でも、もしかしたら……)

 私はその中でも一番古そうな本を抜き取り、破ってしまわぬよう慎重に捲っていく。すると。

「あった!」

 思った通りのものが数ページに渡って書かれていた。――楽譜だ。

 ソレムニス宮殿の書庫塔で見つけたものと同じ、いや、今度は私もよく見知った五線譜だった。

 興奮で胸がドキドキする。

 五線譜の下には歌詞らしきものも書かれていて、それが間違いなく歌の楽譜なのだとわかる。

 文字が読めないのが酷くもどかしい。せめてメロディだけでもと音符を目で追いかけていると。

「なんだ、それは」

 セリーンが横から覗きこんできて、そういえば彼女はあのとき見つけた笛の楽譜を見ていないのだと気づく。

「楽譜、だったか」

 反対側からラグの声がして私は振り向き頷く。

「うん、そう!」

「ああ、前に話していたカノンが帰るためのあれか。これで帰れるのか?」

「ううん、多分これは違うと思うけど……ここ、何て書いてあるの?」

 タイトルと思われる場所を指差すとセリーンがすぐに答えてくれた。

「海とあるな」

「海」

 歌えるのなら今すぐにでも歌いたい。きっと、大海原をイメージしたゆったりとした綺麗な歌に違いない。

 だがそこでラグが小さく溜息をついた。

「気になるのはわかるが、そろそろさっき伸した子分たちが騒ぎ出すぞ」

「あ、そ、そうだよね」

 残念だけれど仕方がないとその本を閉じようとして、

「ちょっと待て!」

急に目の前にラグの手が伸びてきて驚く。

「ど、どうしたの?」

「……エルネスト」

「え?」

 ラグが真剣な眼差しで楽譜のとある一点を凝視していて、私も視線を戻す。

 彼の指差した場所、タイトルの右端の方に小さく走り書きされたような文字があった。

 私はその意味に気付いて目を見開く。

「もしかして、ここ“エルネスト”って書いてあるの!?」


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