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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第六部

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4.グリスノート

 海賊船の旗というとつい髑髏マークを想像してしまうが、風にはためくそのマークは全く違うものだった。

 空色の中心に白い薔薇に似た花、その下で二本の剣が交差した美しいマークはとても海賊船のものには思えなかった。

(海賊団ブルー)

 先ほど聞いたその海賊の名を心の中で繰り返す。

 旗のすぐ下の見張り台では長い望遠鏡を持った海賊がこちらを指差しながら下にいる仲間に向かってしきりに何か叫んでいる。そして。

「いた、セリーン!」

 甲板の上に赤毛を見つけた私は思わず声を上げていた。こちらを見上げ驚いている様子の海賊たちは皆旗と同じ空色のバンダナを頭に巻いていて、その赤はとても良く目立った。

 徐々に治まっていく風の中ラグの舌打ちが聞こえた。セリーンは正座させられ、しかも両手を後ろで縛られていた。その姿を見てカッと頭に血が上る。

 トンと、セリーンの前に軽く着地した私たちを、剣やナイフを持った海賊たちざっと10人ほどが一斉に取り囲んだ。

「その女を追って来やがったのか!」

「気を付けろ、こいつ魔導術士だ!」

 だがそこで海賊たちの顏が怒りから驚愕に変わる。私を下ろしたラグの身体が小さく縮んでいくのを目の当たりにしたからだ。

 歌うなら今だと、私は息を吸う。全員眠らせてしまおうと思った。――だが。

「カノン!!」

 鋭い声が掛かり私は寸前で歌うのを止めた。

「……セリーン?」

 私は後ろを振り向く。――そう、声の主はセリーンだった。

 彼女は首を横に振り、私に真剣な眼差しを向けた。

「頼む。今はこの者たちに従って欲しい」

「従うってお前、」

 ラグが唸るように言ったそのときだった。

「んだよ、他にも来ちまったのか?」

 海賊たちの向こうから聞こえてきたその声には、聞き覚えがあった。

「頭、こいつら空を飛んできたんだ!」

「どうします頭ぁ!」

 そう口々に喚く海賊たちを割って現われたのはやっぱり昨夜会ったあの若い乗組員だった。

 だが今は服を大きく着崩し、腰には湾曲した長剣。そして頭には乗組員の帽子ではなく他の海賊たちと同じように空色のバンダナを巻いていた。

(“カシラ”って、じゃあこの人が海賊の親玉ってこと?)

 明るいところではっきりのその顔を見るのはこれが初めてだけれど、やはり同い年くらいに見えた。他の海賊たちの方がずっと年上に見えるのに。

 そしてもう一つ目を惹いたのは、その肩に留まった尾の長い綺麗な白い鳥。

「しかもこいつ、いきなり身体が縮みやがった!」

「だよな! 俺にもそう見えた!」

 海賊たちが一斉にラグを指差し騒ぎ出した。そのラグはナイフを手に今にも彼らに飛びかかりそうな怖い顔をしている。

「はぁ? 何言ってんだテメェら。んなことあるわけねぇだろ」

 昨夜の口調とは全く違う、柄の悪い話し方。

「すまない。この者たちは私の仲間なんだ」

 そう“頭”に謝罪したのはセリーンだった。

(なんで謝るの……?)

 と、“頭”が大して興味も無さそうに私を見た。

「あぁ、酔ってずっとぶっ倒れてた子だな」

 そう鼻で笑うように言われてカチンと来る。あなただって、そう言い返しそうになってあれは演技だったのだと思い出す。あのとき少しでも同情してしまった自分が馬鹿みたいだ。

 と、その瞳が私からラグに移った。

「んー? こんなガキ乗客にいたっけか?」

「だから頭ぁ、こいつ急に小さくなったんだって!」

「空から降りてきたときはデカかったもんな」

「なんなんだテメェらさっきから。仕事失敗したせいでおかしくなっちまったのか?」

 呆れ顔で言った“頭”に私は思い切って訊く。

「セリーンを、どうするつもりなんですか?」

 出た声は大分震えてしまっていたけれど。

「あ? どうするもこうするも、そいつが俺たちのアジトについて来たいっつーから乗せてやったんだ」

 くいと彼が顎で指したのはセリーンで、小さく「え?」 と声が漏れる。

「お蔭でこっちは稼ぎゼロだっつーの。……アンタも、オメェも、下手なマネしたら容赦しねぇからな」

 ぎろりと恐ろしい形相で睨まれて、私は奥歯を噛んだ。

「俺は海賊団ブルーの頭、グリスノート。この船に乗った以上は俺に従ってもらうぜ」


 そうして、私もラグも、あっと言う間にセリーンと同じように海賊たちに両手を縛られてしまった。






 その後、私たちは船底近くの酷い臭いのする部屋に放り込まれた。

 揺れはそこまで無かったが、この臭いだけでまた酔ってしまいそうだ。鼻をつまみたくても手を拘束されていて叶わず息を止めてみるが結局すぐに苦しくなって諦めた。

 外に見張りをひとり残し他の海賊たちが行ってしまうと、

「すまない」

セリーンがそう私たちに頭を下げた。

「謝られてもな。訳を聞かせろよ、訳を」

 胡坐をかいたラグが不機嫌なのを隠そうともせずに訊く。

「……」

「セリーン?」

 頭を下げたままなかなか口を開こうとはしないセリーンに声を掛ける。

 本当にどうしてしまったのだろう。小さなラグが目の前にいるのに視線を向けようともしないのも気になった。――と。

「……海賊旗の紋章だ」

 セリーンが視線を下にしたまま小さく呟いた。

「紋章?」

「やっぱあの旗か。お前あれ見て驚いてたもんな」

 紋章……風に靡いていたあの海賊らしくない綺麗なマークのことだろうか。

「あれがどうかしたの?」

「色は違うが、あれはうちの……我が家の紋章なんだ」

「え!?」

 思わず大きな声が出てしまい慌てて口を塞ごうとして手を縛られていることを思い出す。

「で、でも、セリーンの家って」

「あぁ、もう無い……はずなんだ」

 自分の家の紋章を海賊が使っているだなんて、そんなの気になるに決まっている。

 セリーンの不可解な行動の理由がわかって一先ずほっとするが、ラグは大きく舌打ちをした。

「似たような紋章なんてこの世界にいくらでもあるだろうが。しかも色が違うんだろう?」

「ああ。私もそう思った。だから、あのグリスノートという男に声を掛けたんだ。あえて、故郷の言葉で」

「エクロッグの?」

 セリーンが頷く。

「そういやお前、あの野郎と聞いたことのねぇ言葉で話してやがったな」

 ラグも聞いたことのない言葉……。

「――あ、前に私に教えてくれた?」

 以前、セリーンが今故郷の言語で話していると教えてくれたことがあった。

 私には全部同じ日本語に聞こえて、自分が知らずのうちにバイリンガルのようになっていたことに驚いたのだ。

「あぁ。カノンにならきっと、私たちの会話が理解できたのだろうな」

 セリーンが私を見て小さく苦笑する。そして再び視線を落とした。

「エクロッグは国と言ってもとても小さくてな、今その言語を知る者はほとんどいないはずだ。なのに奴は私の問いかけにすんなりと答えてきた。確かにエクロッグの言語で。それではっきりした。奴が、いや、この海賊団がエクロッグとなんらかの関係があるのだと」

「それで、アジトに連れてけって頼んだわけか」

 溜息交じりにラグが言うとセリーンは頷きながらもう一度頭を下げた。

「本当にすまなかった。巻き込むつもりはなかったんだ。だが、この機を逃せば次はないと」

「ハっ」

 突然、ラグがセリーンの謝罪を遮るように鼻で笑った。

「何が巻き込むつもりはなかっただ。お前、俺たちが追ってくるのを見越してただろうが」

「え?」

 視線を戻すとゆっくりと顔を上げたセリーンが珍しくバツの悪そうな表情をしていて。

「見越していたわけではないが、……ほんの少し、期待はしていた」

 それを聞いてまた呆れたように大きな大きな溜息を吐くラグ。

 私はと言えば、なんだかめちゃくちゃセリーンが愛おしく思えて手が自由だったなら抱きついていたかもしれない。

(じゃあ、カノンを頼むって、お別れの言葉じゃなかったんだ……!)

「あ~~くっそ、また余計な時間食っちまうじゃねぇか!」

「……いや、そうとも言えないぞ」

「あ?」

 と、そこで初めてセリーンはラグに視線を向け、得意気に言った。

「海賊団がエクロッグと何か関係しているのなら、むしろエクロッグのあった地へ行くよりも例の絵についての手掛かりが掴めるかもしれん」

「! そうだよラグ、こっちが正解かもしれないよ!?」

 私もつい興奮して後を続ける。だがなぜかラグは頬をぴくぴくと引きつらせてから天井に向けて怒鳴った。

「なんかすっげぇ腹立つ~~!!」


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