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8.旅の仲間

「呪い? ……あの可愛い姿がか?」

「はい。そうみたいです」


 私が小声で頷くとセリーンは信じられないといった顔で前方を歩く少年を見つめた。

 ちなみに今ラグとセリーンとの距離は優に10メートルはある。

 そこから少しでも距離が縮まるとラグから「寄るな変態!」と怒声が飛んでくるのだった。

 それでもセリーンは隙を見ては何度も近寄ろうと試みている。

 その度警戒心丸出しで怒鳴るラグを眺めながら、私はただただ苦笑するしかなかった。

 夕方近くなっても相変わらず喉かな風景の中で、私は彼女にぴったりと横につかれ先ほどから質問攻めにあっていた。


「あの子はいつまで見られるのだ?」

「えっと、多分、もうすぐ戻っちゃうと思います」

「何! そんなに短いのか!? やはりもう一度……」

「だから近寄るなって言ってんだろ変態!!」

「くそっ……! だが、ああして怒った顔もなんて可愛いんだ! ……あの無愛想な男と同一人物とはどうしても思えんな」

「あははは」


私が乾いた笑いを返していると、セリーンがふと思い出したようにこちらを見た。


「そういえば、お前達はどういう関係なんだ? 恋人ではないと言っていたが」

「え? あ~……」


 私は言葉に詰まる。

 なんと説明したらいいのだろうか。

 下手なことを言えば私の事もバレてしまう。それはラグのことより更にマズい気がした。――と、


「おい! 傭兵に雇主を詮索するような権利は無いはずだぞ!!」


ラグが勢いよくこちらを振り向いて怒鳴った。

 しかし残念ながらあの姿で怒鳴られても迫力はあまり無く、セリーンには全く効いていないようだった。

 むしろ彼女はこちらを向いてくれたことが嬉しかったのか顔を輝かせ、更に興味津々といったふうに声を上ずらせた。


「なんだ? そんなに言いにくい関係なのか!? まさか、どちらかの片思いで無理やり……!?」

「利害が一致しているから一緒にいる! それだけだ!!」


 怒りが頂点に達したのか真っ赤な顔で叫ぶラグ。


「利害?」

「オレは早くこのクソムカツク呪いを解きたいんでな! そのためにある奴を捜してる。そいつも……理由は違うが同じ奴を捜しているんだ!」


 そこまで大声で言い切ると、ラグはまたぷいっと前を向いてズンズン歩き始めてしまった。

 そんなラグの小さな背中を見つめながら改めて……というか初めて気づく。

 確かに私たちの関係は「利害関係」の上に成り立っている。

 なんだか寂しい響きだが、事実なのだから仕方ない。


 私は元の世界に戻る為に、エルネストさんに会わなければならない。

 そのためにはラグの助けが必要で、ラグは呪いを解くために、私の「歌」が必要なのだ。


 と、セリーンが何も反応しないことを不思議に思った私は、彼女の顔を見上げて、


「!?」


思わずその場から後ずさった。


「……呪いを解く、だと?」

「あ?」


 地の底から聞こえてきたような低音にラグが再びこちらを振り返り、途端ビクリとその体を強張らせた。

 そこには明らかに目が据わり、鬼気迫った表情の彼女がいた。その身体から滲み出る何かに私は身震いすら覚えた。そして。


「その素晴しい呪いを解いてしまうというのか!?」


 彼女は悲痛なまでの叫び声を上げた。

 それを聞いたラグの顔がこれでもかというほどに引きつる。


「絶対に阻止してやるからな!」

「あ、アホかあぁ~~!!」


 拳を握り締め一人闘志に燃えるセリーンに、ラグが更に悲痛な叫び声を上げたのだった。




 それから間もなくして陽が沈み、今日はその場で野宿ということになった。

 夜活発になるモンスターがいるため暗くなったらなるべく動かない方がいいのだそうだ。

 その分明日は陽が昇ったらすぐに出発。

 ついこの間までの日常からは考えられない生活スタイルだ。

 でもきっとこの世界ではこれが常識。

 いつまでこのレヴールにいるかわからないが、私もそれに慣れていかなくてはならないだろう。


(地面で寝るっていうのも、慣れなきゃなぁ……)


 私は足元の土を何とはなしに踵で弄りながら溜息をつく。

 野宿なんて、勿論初めての体験だ。

 幸い今この世界は過ごしやすい春のような陽気。陽が沈んでも昼間に比べて少し肌寒い程度だ。

 ふと空を見上げると地球と変わらない月と、無数の星達が煌いていた。

 灯りは無くても、その優しい光のお陰で前にいる相手の表情くらいは確認できた。


 ラグは無事元の姿に戻り、セリーンも今は元のクールな彼女に戻っている。

 ただ先ほどから自分を見ては大きく溜息を漏らす彼女に、私の向かいに座るラグのこめかみ辺りがピクピクと痙攣するのが見てとれた。


「文句があるならさっさとセデに戻れよ。オレは解雇だと言ったんだ、勝手についてきたって金なんか一切払わねーぞ。ったく、セデで払った分も返してもらいたいくらいだ」


 片膝を立て、携帯用の食料である乾し肉を齧りながらラグが念を押すように言う。


「心配無用だ。カノンはこれからも精一杯守る。それに報酬など、あの子にまた会えるのなら……」


 剣を背から外し私の後ろで胡坐をかいて座っているセリーンが淡々と続ける。


「寧ろくれてやるからあの子に会わせろ」

「ふざけんな」


 そんな会話にまたも苦笑しつつ、私もラグからもらった干し肉を齧っていた。

 何の肉かは敢えて訊かなかったが、噛むたびに濃い味が染み出てきて一日中歩いて空腹だった私には十分に美味しい食事だった。

 欲を言えばもう少し量が欲しかったが、ルバートに着くまでの辛抱だと自分に言い聞かせる。


「ねぇラグ、ルバートまではあとどのくらいかかりそう?」

「あー、この辺は目印になるもんがねーからなぁ。明後日中には着くんじゃねぇか」

「明後日……」


 ということは明日の夜も野宿決定だ。

 またも口からこぼれる溜め息。


「早く着きてぇのはオレも同じだ。明日はもう少し早く歩くぞ」

「うええぇぇ……」


 我ながら情けない声を上げる。

 昨日のようにマメが潰れるほどではないが、まるで自分のものではないように足が重かった。

 明日にはこの疲れが取れているといいのだけれど、ベッドもないこんな地面に座ったまま寝て、それは到底無理な気がした。


(あれ? そういえば、)


 ブゥがまだ起きてこないことに気がつく。確か昨夜は今頃の時間にはふよふよと飛んでいたはずだ。

 ちらりとラグの髪の結び目を見ると、やはりまだ翼をたたんでオネム中のよう。もしかしたらいつもとは違う人の気配に気付いて警戒しているのかもしれない。

 この世界でブゥのように人に懐くモンスターというのは珍しいのだろうか。

 セリーンはまだその存在に気付いていないようだが、気付いたらどうなるのだろう。

 まさかいきなり切りかかったりは――。


「っと、ちょっと離れるぞ」


 急にラグが立ち上がって驚く。


「え? どこ行くの!?」

「……用足し」


 半眼で言われて私は赤くなる。


「あれは、どこの術士だ?」


 ラグの姿が草原の中に見えなくなってからすぐ、後ろから声を掛けられた。


「え? ど、どこって……?」


 慌てる。ラグがいない中下手なことは言えない。


「いや、知らないならいい。……スマン、気にするな」


 そしてセリーンはそれ以上口を開かなかった。

 その後、戻ってきたラグの髪の毛にブゥの姿はなかった。きっと放してきたのだろう。

 こんな草原ならブゥの食料になる小さな虫がたくさんいそうだ。

 虫を追いかけるブゥを想像して私は小さく微笑んだ。


「おい、オレが先に寝るが、いいか?」

「あぁ、眠くなったら容赦なく叩き起こすからな」


(あ、そうか。皆で寝ちゃったら危ないもんね)


「私も起こしてね!」


 自分だけずっと寝ているのも悪いと思い二人に言う。……でも、


「いいからお前は寝てろ。お前が見張りなんておちおち寝てらんねぇよ」

「うっ……」

「カノン、これが私の仕事だ。ゆっくり休め」


セリーンに優しく言われて私は二人にお礼を言った。


 この二人と一緒でよかった。心からそう思った。


 暗くなってすぐに寝るなんて、日本の現代っ子である私には考えられなかったことだが、流石に一日中歩いたからか、足を抱えて顏を埋めていると間もなくして睡魔がやってきた……。




 陽の光と、頬に当たる爽やかな風で私は自然と目を覚ました。

 顔を上げて目を擦り擦り昨日と変わらない喉かな風景を見回していると、後ろから「おはよう」 と声がかかった。

 振り返ると、昨夜と同じ場所に昨夜と変わらず胡坐を組んで座るセリーンがいて、そのことにほっとしながら私は答える。


「おはようございます」

「良く眠れたようだな」

「あ、はい。お陰様で……。セリーンは眠れましたか?」

「あぁ。問題ない」

「ラグは、……まだ寝てるんだ」


 寝ている彼に気付き小声で言う。

 意外に思って私は頬杖を着いて横になっているラグの寝顔を見つめた。


「明け方に一度代わったからな。もう少ししたら起きるだろう」

「そう、ですか……」


 髪の結び目にはちゃんとブゥが逆さにぶら下がっていた。明け方戻ってきたのだろうか。

 ――そういえば、こんなにまじまじと彼の顔を見るのは初めてだ。

 どちらかと言うと出会ってから顔よりもその背中を多く見ている気がする。


(へぇ……)


 ここぞとばかりにじろじろと見る私。

 まずその伏せられた睫毛が意外にも長いことに驚いた。眉は男らしくきりりと上がっているし、鼻筋は通っているし……。

 お世辞でなく十分にカッコいい系統に入る顔をしていることに気づく。


(いつもあんなふうに怒ってばかりいなければいいのに……)


 本人が聞いたら余計なお世話だとまた怒鳴られそうなことを考える。

 それに今はいつも眉間に寄っている皺がないせいか、なんとなくあの可愛らしい少年の面影が見えた気がした。

 きっとラグも子供の頃はあんなふうに可愛かったのだろう。


(あれで本当の子供らしく無邪気に笑ったりなんかしたら、セリーンがまた大変なことになっちゃうだろうな)


 想像して私は小さく笑ってしまった。

 と、ぱっとその青い瞳が開いてドキリとする。


「お、おはよう」

「……起きたんなら起こせよ」


 開口一番、半眼で文句を言われてムっとする。

 起き上がって伸びをするラグを見ながら私はぼそりと言う。


「少しくらい笑えばいいのに」

「あ?」

「なんでもな~い」


 私はそ知らぬふりで視線を移した。

 風に揺れる広い草原風景を眺めながら、その時ふとエルネストさんの笑顔が頭に浮かんだ。


(うん。エルネストさんの笑顔はすごく素敵)


 そこでラグが同じように笑った顔を想像しようとしたが、すぐに断念する。


(笑顔が想像できないって、ある意味すごいかも。……そういえば、エルネストさん昨日は出てきてくれなかったな)


 セリーンがいるからだろうか。

 少し寂しく感じて私は小さく息を吐く。

 でも、彼は私達を見守っていると言っていた。

 その言葉を思い出し、私は今日も頑張ろうと気合いを入れた。


 第一部 了

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