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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第五部

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25.一緒に

「あ、お城!」

 前方に小さくソレムニス宮殿が見えてきて、私は歓声を上げた。

 ルルデュールが私を連れてどのくらいの距離を飛んだのかあの風の中では全くわからなかったけれど、そこまで遠く離れてはいなかったのだとわかりほっとする。

「そういえば、なんでラグ飛んできたのに小さくならなかったの?」

 その横顔を見上げ訊くと、ラグは前を見据えたまま答えてくれた。

「オレの術じゃない。アルの術だ」

「アルさんの……あれ? でもあの時アルさんあの場に」

「窓が割れる音を聞きつけて戻ってきたんだ。お前があのガキと飛んだ直後にな」

「そうだったんだ」

 やっと納得して、でもそこでハタと思い出す。

「そうだ、クラヴィスさんは? クラヴィスさんは見つかったの?」

 あのときアルさんと王子はクラヴィスさんを捜しに行っていたのだ。

「……戻ってきたとき姿がなかったからな。まだなんだろ」

「そっか……。クラヴィスさんどこに行っちゃったんだろうね」

 しかしそこで気が付いてしまった。

「そうだ、ルルデュールが居たってことは、もしかしたら他の暗殺者もお城に……クラヴィスさんもしかして」

 ラグにだけ執着していたルルデュール。でも、やはり一人で来たとは限らない。

 思わず最悪の事態を想像してしまい青くなっていると、ラグが心底呆れたような目でこちらを見ていた。

「な、なに」

 なんとなくまだ目を合わせられなくて、視線を泳がせながら訊くとラグは小さく息を吐いてまた前へと向き直った。

「お前は、本当に他人のことばっかだな」

「そんなこと」

「セリーンの奴だ」

 反論しかけたところで顎で前方を指され、私は身を乗り出し彼の視線を追った。

 大分近付いてきたお城のバルコニーのひとつに特徴的な赤色。

「セリーン!!」

 大声でその名を呼ぶと届いたのか彼女が大きく手を振ってくれた。

 彼女一人だけのようだ。ということは、アルさんたちはまだクラヴィスさんを捜しているのだろうか。

「あ」

 そのときラグが小さく声を上げた。

「え?」

 見上げるとものすごく嫌そうに顔を引きつらせていて、私も「あ」と同じように声を上げていた。

「……塔に降りるか」

「え!?」

「オレが最後にあの部屋を出たままなら、窓が開いているはずだ」

 言うなりラグは急きょ城で一番高い塔へと進路を変更した。

「~~~!!」

 何かセリーンが叫んでいるのが聞こえた気がしたけれど、ラグは一切そちらを見ようとはしなかった。



 幸い、ラグの言う通り塔のてっぺんにある窓は開いたままになっていた。

 私は先に暗く狭いその部屋の中に降ろされ、その後にラグが窓枠に足を掛け中へと入ってきた。

 その身にまだ纏った風に、散乱するように置かれていた何冊もの書物のページが一斉にばさばさと捲られていく。

 ラグが昼間この部屋で一人己に掛けられた呪いについて調べていたことを思い出した。

 風が治まり、その途端彼の身体が小さくなっていく。

 ふぅと息を吐いた彼に私は声を掛けた。

「なんか、ちょっと久しぶりな気がするね」

「うるせぇ」

 不機嫌そうに視線を逸らした少年の姿のラグに、つい笑みがこぼれる。

 ――内心、とてもほっとしていた。

 正直、今は元の姿の彼よりもこの小さな彼の方が話しやすい。

 でもすぐに笑っている場合ではないと顔を引き締める。

「これからどうしよっか。アルさんにも合流したいし、クラヴィスさんのことも気になるし……セリーンは、すぐにこっちに来そうだけど」

 最後は付け加えるように小さく言うとラグははぁと重い溜息を吐いた。

「オレは城の奴らにこの姿を見られたらまずいからな。戻るまではここにいる」

「あ、そうだよね。じゃあ私は」

「お前もその間ここにいろ」

 じろりと睨まれる。姿は小さくてもその青い瞳は同じで、どきりと胸が鳴る。

「う、うん」

 頷くとラグは満足したのか、私を追い越し扉の前に立った。

「これか」

 そんな呟きのあとに、ガチャンという音。

「え?」

「これであいつは入って来られない」

 腰に手を当て、勝ち誇ったように言う小さなラグ。

 セリーンのことだとすぐにわかり、私はこっそり苦笑した。



 床に散乱した本を見回しラグは短く息を吐いた。

 そしてそれを手に取り本棚に戻し始めたのを見て、あれと思う。

「もう、呪いのこと調べなくていいの?」

「金髪野郎がこんなところに立ち止まっているよりって言ってたろ。あいつがああ言うってことは、ここには何も無いってことだ」

「そっか……」

「どっちにしろ、もうここにはいられねぇだろうし」

「え?」

「あのガキ、オレの名前を連呼してやがったからな」

(あ……)

 そうだ。あの場には数人の衛兵たちがいた。

 そんな中ルルデュールはラグをフルネームで何度も――。

「でも、ラグは何もしてないんだし」

「そういう問題じゃねーって、お前ももうわかってるだ、ろっ」

 自分の背よりも高い棚に本を仕舞いながら何でもないふうにラグは言う。

 私は口を噤むしかなかった。

「お前の歌も、どこまで効いているかわからねーしな」

 ぎくりとする。あの歌が効いていなかったら、またここに来る可能性があるのだ。

「そう、だね」

 頷いて、私も手伝おうとしゃがみ込み足元にあった本を手に取った。

 なんとなくパラパラとページを捲ってみるが、やはり読めない文字ばかりだ。でも。

「あ」

 その中に数ページに渡る楽譜を見つけ、思わず声が出ていた。

 そうだ。王子はあの呪いに関する書物の他にも楽譜を見かけたことがあると言っていた。

「あぁ、これか」

「!」

 気付けばすぐ真横にラグの顏があって驚く。

 慌てて視線を楽譜に戻しタイトルらしき綴りを指差す。

「こ、これは何て書いてあるの?」

「“遠くのあの人へ”」

「遠くの……」

 恋の曲だろうか。

 離れた場所にいる愛しい誰かへ向けた……。

 曲の長さに、その人への想いの強さが感じられた。

「――お前も、早く帰りたいよな」

「え?」

 傍らで立ち上がりながら言ったラグを見上げる。

 すると彼は私を見つめ続けた。

「お前はどうする?」

「どうするって……」

「ここに残るか?」

 私は目を見開く。

「そうやって探してりゃ、いつかお前の欲しいもんも見つかるかもしれねーぞ」

「嫌だよ!」

 咄嗟に出ていた強い否定の言葉に、ラグはびっくりしたようだった。

 ――昨日の会話を思い出す。

 この書庫で私が元の世界に戻る方法が見つかったらどうするのか。

 そう訊いたセリーンに、ラグは「好きにすればいい」――そう答えた。

 急に突き放された気がして、すごくショックだった。

 でも、私は……。

「私だけ残るなんて絶対に嫌。一緒に行こう? エルネストさんに会いに」

 必死な想いで言うと、ラグはパっとこちらから視線を外してしまった。

「お、お前が、それでいいなら……」

 つっけんどんな言い方。

 でもその耳が赤くなっていることに気付いて、なぜかとてもほっとして……。

「うん!」

 私は満面の笑みで頷いた。

「ぶぅ~」

 そのときそんな小さな鳴き声が聞こえてきて、窓の方を見る。

「ブゥ!」

 窓から入ってきたブゥは嬉しそうに羽ばたいてからちょこんとラグの頭に着地した。

「よくここにいるってわかったね」

 そう声を掛けながら、はっとする。

「ねぇ、ブゥならクラヴィスさん見つけられるんじゃないかな!」

「ぶ?」

 何? というふうにブゥが私を見る。

 ブゥは鼻が利くということを思い出したのだ。

 ラグもそんな相棒を見上げながら言う。

「あぁ。だがこいつ、もうすぐ寝ちまうからな。捜すなら早くしねーと……」

 と、何かに気付いたようにラグの視線が扉の方を向いた。

「ちっ、もう来やがったのか」

 その嫌そうな声に私も扉を見る。

 すると確かに階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

(セリーン、早っ)

「ま、あの笛がないとここは開かねーんだ」

 ラグが余裕の表情で言った、直後。

 ガチャガチャンっ

 そんな重い音が響いて、あっけなく扉の鍵が開いたのがわかった。

「なっ!?」

「愛しの子おおぉぉーー!!」

 バーン!と凄まじい勢いで扉を開け放ち部屋に入ってきたセリーンはすぐさま小さなラグに飛びついた。

「なんでだあああぁ――!!」

 ぎゅーと羽交い絞めにされながら叫ぶラグ。

 その頭から飛び立ったブゥが私の頭に移ってきた。

「あぁ~良かった~間に合った~やっと逢えたぞ~」

「苦しっ……は・な・せぇ~~っ!」

 やはり少し久しぶりで妙に落ち着くその光景を間近に見ていると。

「相っ変わらず羨ましい奴だな~」

「そうか?」

「アルさん! 王子も」

 そう、扉の向こうにアルさんと呆れ顔のツェリウス王子が立っていた。

 王子が手にしている笛を見て鍵が開いた理由はわかったけれど。

 目の合ったアルさんがにっこりと笑った。

「カノンちゃん、無事で良かった」

「はい! どうにか……」

 私も笑顔で答える。

「苦しかっただろう。どこか怪我はしていないか?」

 その心配そうな声は目の前で小さなラグを思いっきり抱き締めているセリーンだ。

「う、うん。大丈夫」

「オレは苦じいぃ~」

「それで、ユビルスの術士はどうしたんだ? 倒したのか?」

 呻き声を上げるラグに王子が不安げな表情で訊いた。

「あ、私が歌で眠らせたんです」

 ラグの代わりに答えると、王子は怪訝そうにこちらを見た。

「眠らせた? それだけか」

 そう問われて焦る。

 そうだ。王子からしたら眠らせただけでは安心出来ないに決まっている。

「で、でもあの子、王子を狙ってきたわけじゃなくて、ラグを追ってきたみたいで。だからラグを記憶から消すような歌を歌ったんです」

「へぇ、カノンちゃんそんな歌も使えるのか」

 アルさんが感心したように言う。

「や、でもちゃんと効いているかどうかは……」

 尻すぼみに言いながらゆっくりと王子に視線を戻す。

 こんな答えで彼が納得してくれるとは思えない。でも。

「そうか。成功しているといいけどな」

 案外、あっさりと納得してくれたようで逆に拍子抜けしてしまった。

「は、はい」

「でもカノンちゃんの言う通りラグだけが狙いだったんなら、クラヴィスがいないのはユビルスとは関係ないのか……?」

 アルさんのその言葉を聞いてはっとする。

「やっぱりクラヴィスさんはまだ」

「うん。まだ見つからなくってさ」 

 はぁと溜息を吐くアルさん。

「一旦部屋に戻ろうとしたら途中ですっげぇ勢いで走ってくるセリーンに会って、こうして一緒に上ってきたってわけ」

「あの、今ラグとも話していたんですが、ブゥならもしかしたらクラヴィスさんを見つけられるかもって」

 するとアルさんはぽんと手を打った。

「そっか! その手があったか」

「どういうことだ?」

 王子が私の頭の上を見つめ眉を寄せた。

 私はブゥを指差し説明する。

「この子、鼻が利くんです。だから、きっとクラヴィスさんも見つけられるはずです!」



「よし、じゃあ頼むぞ、ブゥ!」

「ぶっ」

 アルさんの襟元に翼を引っ掛けたブゥが威勢よく鼻を鳴らした。

 お城の中で誰かに会ってしまったとき、すぐに胸元に隠れられるようアルさんがその場所を指定したのだ。

(可愛いし)

「お前も、元に戻ったらすぐ下りて来いよ」

「わかってる!」

 セリーンの腕から出ようとまだもがきながら怒鳴るラグ。

 ――やはりラグは元の姿に戻らないと動けないということで、アルさんと王子とブゥでクラヴィスさんを捜しに行くことになったのだ。

「気を付けてくださいね」

「あぁ!」

 笑顔で手を振り、アルさんは王子と共に部屋を出ていった。

 螺旋階段を下りていく足音を聞きながら私は二人の方を振り返る。

「無事だといいね、クラヴィスさん」

「そうだな。夜が明ければドゥルスも登城するはずだ。きっと助けになってくれるだろう」

 まだ外は薄暗いが、そろそろ夜明けだ。

 昨日出会ったドゥルスさんの豪快な笑顔を思い浮かべ私は頷く。クラヴィスさんの上司であり騎士団長である彼が協力してくれたらとても心強い。

 だがそのときセリーンを見てハっとする。

「そうだ! セリーン、さっき顏に傷……あれ?」

 先ほど飛んできたガラス片で切れた傷が彼女の頬にあったはずなのに見当たらない。確かに赤く血が滲んでいたのに。

「……メガネに治された」

「え」

 憎々し気なセリーンの声。腕の中の小さなラグもその顔を見上げびくっと顔を引きつらせている。

「要らんと言っているのに、無理矢理にな」

「そ、そうだったんだ」

 アルさんのことだから、セリーンの顔に傷なんて許せなかったんだろうけれど。

(きっと大変だったんだろうなぁ、アルさん……。でも、良かった)

 セリーンは気にしていない様子だったけれど、やっぱりその綺麗な顔に傷は似合わない。

 ラグをみしみしと締め付けている彼女を見て私は慌てて話を変えることにした。

「お城を出るなら、フォルゲンさんのこともその前になんとかしないとね!」

 他のお医者さんたちと一緒にもう街に帰ってしまったかもしれないけれど。

「城を出る?」

「あ、うん」

 不思議そうに訊かれ、その腕の力も弱まったみたいでほっとしつつ私は先ほどエルネストさんが現れたこと、そしてここにはラグの欲しい情報は無いらしいことを話した。

「そうだったのか。それは残念だったな?」

「あぁ、すこぶる残念だ! だから嬉しそうに頬を寄せるな!!」

「それに、ラグが名前を知られたからって……」

 私が小さく言うと、セリーンは一瞬瞳を大きくし腕の中の彼を見下ろした。

「またお前はそんないじらしいことを……。大丈夫だぞ? 誰に何を言われようと私がついているからな!」

「誰も頼んでねぇ!」

「私だけではない」

 セリーンが酷く優しげな声音で続けた。

「お前にはカノンも、あのヘタレメガネも、ブゥもいるだろう。だから、心配するな」

 ぴたりと、ラグが抵抗を止めた。

(セリーン……)

「――だ、誰も心配なんかしてねーんだよ!」

 結局、彼はそう大きく怒鳴り、再びじたばたともがき始めてしまった。でも。

「だから、いい加減に放しやがれーーー!」

「い・や・だ♪」

 そんないつもの二人のやりとりを見ていて、胸がじんわりとあたたかくなる。

 ――そう。セリーンもアルさんもブゥも、そして私も。

 ラグが周りからどう思われていようと、どう呼ばれていようと、離れる気はない。

 ラグにとったら、迷惑なのかもしれないけれど。

 でも、私たちがいることで少しでも彼の抱えているものが軽くなったなら。

 まだ腕の中で暴れている小さな彼を見ながら、そう願っていた。


 ――塔の中に王子の怒声が大きく響いたのは、この時だった。


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