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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第五部

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23.来訪者

 くるりと空中で身体を回転させ、バルコニーの手すりに音もなく両足が着く。

 ぱさりと黒いフードが重力に従い落ち、あどけなさの残る顔が明らかになる。

 ねぇ、と彼が笑う。

「もしかしてそこに、ラグ・エヴァンスもいる?」

 小首を傾げるその仕草は可愛らしいのに、喉が震えて答えることが出来ない。

 先ほどから頭の中では煩く警鐘が鳴り響いているのに、こちらを射貫く爬虫類を思わせる瞳から目が離せない。

 ――忘れもしない。

 その瞳も、幼い顔も、特徴的な笑い声も、忘れられるわけがない。

 ルルデュール。

 彼は、少年の姿をした“暗殺者”だ。

「カノン!」

「!」

 そのとき背後で上がった呼び声に、漸く思考が高速で動き出す。

 ――逃げなきゃ!

 窓に掛けたままだった手に力を入れ私は部屋に引っ込みガシャンと窓を閉める。

「今の声は」

 震える手で鍵を掛けカーテンまで閉め切ったところで振り返るとセリーンもラグも窓のすぐ傍にいた。

 その表情を見てわかる。二人とも気づいている。

 今更、足が震え出す。

「あ、あの子が」

 やっと出た言葉が言い終わらないうちに、背後の窓がガタガタと音を立てはじめた。

「避けろ!」

 ラグの鋭い声。

 なのに私は咄嗟に窓の方を振り返ってしまった。

 ちぃっという舌打ちと共に腕が強い力で引っ張られる。

 バランスを失い私の身体は引かれるままその力の元へ倒れこんだ、直後。

 ガシャーン!!

 凄まじい音が耳をつんざいた。

 窓が割れたのだ。

 そうわかりすぐに目を開けるとバタバタと厚いはずのカーテンが大きくたなびいていた。

 そしてそれよりもすぐ近く、眼前にラグの横顔があって驚く。

 私はしっかりとラグの片腕に収まっていた。

 どくん、と再び心臓が大きく波打つ。

 彼は小さく息を吐くと窓の方へ視線を向けた。

 私もそちらに目をやって、窓の前に盛大に散らばったガラス片を見つけぞっとする。

 あのままあの場にいたら私は……。

「あ、ありがとう、ラグ」

 掠れた声でお礼を言うが、彼は外を睨んだまま私から手を離した。

「大丈夫だったか」

 窓の反対側に逃げていたセリーンがこちらに走り寄ってくる。

 セリーンも無事で良かった、そう言おうとしてその頬に一筋の赤い傷を見つけてしまった。

「セリーン、顔に傷が!」

「あぁ、こんなのは大したことない」

「でも」

 そのときだ。

「ひっどいなぁ~」

 聞こえた声にびくりと身体が強張る。

 大きく靡くカーテンの向こうで、少年が笑っていた。

「人が話しているのに窓閉めちゃうなんてさぁ」

「ルルデュール」

 セリーンが低く唸る。

 でも彼は私のこともセリーンのことも見てはいなかった。

 彼の視線の先は。

「ふっふー。また会えて嬉しいよ。ラグ・エヴァンス」

 心底嬉しそうに、彼はもう一度笑った。



「……騒ぎになっていいのかよ」

 じゃり、と窓ガラスの破片を踏みながら部屋に入ってきたルルデュールにラグが低く声を掛ける。

 それに対し彼はとても楽しげに答える。

「ん? 別にいいんじゃない? ボクには関係ないし」

(関係ないって……)

 彼は暗殺者。

 暗殺者とは影でこっそり任務を遂行する者のことを言うのではないのか。

 今の音は確実に城中に響いたはず。きっとすぐにでも兵たちが飛んでくるだろう。

 しかし彼は無邪気とさえ思える余裕の笑みを湛え続ける。

「それよりさ、また遊ぼうよ、ラグ・エヴァンス」

「王子の暗殺ならもう必要なくなった」

 そう声を上げたのはセリーンだ。

 ちらりと、ルルデュールの視線が彼女に向けられる。

「つい今しがた王の病が治った。王位継承の件は見送られるはずだ。今事を起こすのは得策ではないのではないか?」

 セリーンの言葉に私もラグの後ろでうんうんと何度も頷く。

 だがつまらなそうにそれを聞いていたルルデュールは、はぁと息を吐いた。

「だからさぁ、そういう難しい話はもういいってば」

 なんだか、うんざりと言った顔だ。

 そしてその視線が再びラグに戻る。

「ボクはね、キミを追ってきたんだよ。ラグ・エヴァンス」

 ラグの眉がぴくりと動く。

「もう一度、今度こそ君と二人で遊びたくてさ。この間は邪魔が入っちゃったからね」

(……どういうこと?)

 王子暗殺の件とは関係なしに、本当にただラグを追ってきたというのだろうか。

 だとしたら――。

 丁度その時バタバタという複数の足音が聞こえてきた。

「殿下!!」

 扉を開け放ち現れたのは長い槍を持った数人の衛兵たち。先ほどの音を聞きつけて来たのだろう。その中にやはりクラヴィスさんの姿はなかったけれど。

 皆部屋の惨状を見て驚き、しかし守るべき人物の姿が見えないことにすぐに気付いたようだ。

「大丈夫だ。王子は今ここにはいない」

 セリーンが戸惑う兵たちに凛とした声で言う。

「奴は魔導術士だ。お前たちは王子を探して護れ。ここには誰も近づけるな!」

 それを聞いて一瞬怯んだ様子の兵たちだったが、ここで引くわけにはいかないと思ったのだろうか。

「し、しかし貴女方は」

「まーた邪魔が入った」

 そのイラついた声にハっとしてルルデュールを振り返る。

 彼のその鋭い眼光が衛兵たちを睨んでいた。

 まずい、そう思ったときだ。

「わかった」

「!?」

 私は耳を疑いラグを見上げる。

「遊んでやる」

 ルルデュールの瞳が欲しかったおもちゃを手に入れた子供の様に輝く。

「本当に?」

「あぁ。だが、まさかここでやろうってんじゃねぇよな」

「うん! ここじゃいっぱい邪魔が入りそうだし、もっと広いとこで思い切り遊ぼうよ!」

 嬉しそうに言って再びバルコニーへ駆けていくルルデュール。

 それを追うように足を踏み出した彼の服を咄嗟に掴む。

 こちらを見下ろしたラグの瞳は何の感情も映していない。

「――だ、だめだよ。だって、」

 ラグは一度しか術が使えないのに、その言葉を呑み込む。

 ルルデュールは強い。

 あの時はアルさんがいたから撃退出来たようなものだ。

 二人きりでなんて、結果は目に見えている。

 セリーンが後を続ける。

「それに罠かもしれないぞ。この間のように他に仲間がいる可能性もある」

「そうだよ!」

 あの時倒れたルルデュールを連れて行った不気味な黒い影を思い出す。

 アルさんの知り合いだと言っていたけれど、もしあの人もここに来ているとしたら。

「だとしても、行くしかねぇだろうが」

 ラグはそう言って私の手を振り払った。

「アルがいればここは安全だ。あいつが戻ってきても絶対に来るなと伝えておけ」

 そしてラグはこちらに背を向けルルデュールの待つバルコニーへと歩き出す。

 それを見送りながら、

「――わ、私も行く!」

私はそう叫んでいた。

「カノン!?」

「……」

 ぴたりと足を止め振り向いた彼に思いっきり睨まれる。

 その視線を振り切るように私はラグを追い抜きバルコニーへと出た。

「なぁに? おねぇさん」

 再び器用にバルコニーの手すりに立っていた彼が、機嫌良さそうに首を傾げる。

 私は震える足と拳にぐっと力を入れ、口を開く。

「私も一緒に、行きます」

 彼が子供扱いされることを嫌がっていたことを思い出し、なるべく丁寧な言葉で。

 でも案の定、その楽しそうな顔が歪む。

「はぁ? 今の話聞いてなかったのおねぇさん。ボクはラグ・エヴァンスと二人きりで遊びたいんだよ」

「カノン!」

 すぐ横にセリーンが来てくれたのがわかったけれど、私はルルデュールから目を離さずに続ける。

「邪魔はしません。私、術士でもなんでもないので、何も出来ません。だから、お願いします!」

 そして頭を下げる。

 ――賭けだった。

 彼は私がセイレーン……歌を使う術士であることを知らない。

 パケム島で私は何もしなかった。

(だから、私が行けばラグを助けることが出来るかもしれない)

 ごくりと知らず喉が鳴る。

 ダメだと言われたらそれまでだ。

 ゆっくりと顔を上げると、ルルデュールは考え込むように口を尖らせていた。

「んー。……まぁ、いっかぁ」

「!」

「ボクがラグ・エヴァンスに勝つところ、ちゃーんと見ていてくれる人は欲しいし」

「じゃあ」

「うん。いいよ! そのかわりおねぇさん一人だけ。そっちのおねぇさんは絶対邪魔してきそうだからダメ」

 指差されたセリーンが低く呻く。

「でもおねぇさんも少しでも邪魔したら……わかってるよね?」

 にっこりと言われて背筋が冷えた。

「わ、かりました」

「じゃあ早速行こっか、ラグ・エヴァンス」

 私の後ろに視線を送るルルデュール。

 振り返ると同時、大きな舌打ち。

「何勝手に話を進めていやがる。オレは連れていくなんて一言も」

「オレから離れるな」

 ラグを強く睨み返す。

「そう言ったよね」

「……っ」

 彼を一人で行かせたらダメだと。

 さっき何の感情も映さないその瞳を見て思ったのだ。

 だから、引く気は無かった。――そのときだ。

「もう、早くしてよね。――風を、此処に!」

 そうルルデュールの声がしたかと思うと、いきなり凄まじい突風に襲われた。

「きゃ!?」

「カノン!」

 全身に痛いくらいの風が当たる。目を開けていられない。

 風の術に包まれたことは何度かあるけれど、全然違う。

(息が、出来ない。苦しい……!)

 そんな中、身体がふわりと宙に浮くのがわかった。

「先に行ってるよ」

 どうにか目を開けようとするとそんな声が間近で聞こえて驚く。

 いつの間にかすぐ真横にルルデュールがいた。

 その細長い手に、がしりと腕を掴まれる。

「ちゃんとついてきてよね、ラグ・エヴァンス」

 直後更に風の勢いが強まり私はぎゅっと目を瞑る。

「……!!」

 誰のものかわからない叫び声を遠く聞きながら、私はルルデュールと共に空へ跳んだ。



 どれほどの時間、どれほどの距離を飛んでいるのか全くわからなかった。

 とにかくその間苦しくて、酷い風の音以外何も聞こえなくて、意識が遠のきかけた頃、急に風が止んだ。

 同時にずっと掴まれていた腕が離れ、支えを無くした私はその場に無様に転がるしかなかった。

「っ、はぁ、はぁっ」

 やっと、ちゃんと息が出来る。

 私は横になった状態で必死に呼吸を整えていく。

 満足に呼吸出来なかったためか、ずっと強い風に当たっていたせいか全身が麻痺したように動かない。

 ぼやけた視界の中わかったのは、そこが土が剥き出しの地面だということ。

 そしていつの間にか解けていた自分の髪が地面に広がっているのを見て、起きなければと思う。

「ふっふぅー」

 その時聞こえた含み笑いに、私はゆっくりと顔を上げる。

 ルルデュールが可笑しそうにこちらを見下ろしていた。

「おねぇさんホントに何も出来ないんだね。ただの人間って不便だね~」

「……」

 私はなんとか起き上がろうと力を入れ、どうにか四つん這いの姿勢になった。

「おねぇさんてさ、ラグ・エヴァンスのなに? コイビト?」

「違い、ます」

「ふぅーん。まぁ、どーでもいいんだけどさ」

 心からどうでもよさそうに言って、彼は夜空を見上げた。

 周囲は黒々とした木々に覆われ、ここがどこかの森なのだとわかった。

 城を囲むあの広大な森の中だろうか。だとしたら思ったよりも距離は飛ばなかったのかもしれない。

 鼻歌でも歌い出しそうなルルデュールの顔を見上げ、私は思い切って訊ねる。

「……あなたは、なんでそんなにラグと戦いたいの?」

「んー?」

 空を見上げながら彼は楽しげに続ける。

「ふっふぅー。それはね、ホントならボクがラグ・エヴァンスになるはずだったから、だよ」

「?」

 意味が解らなくて、もう一度口を開きかけたその時。

「――あ。来た」

 にぃっと笑ったルルデュールの視線を追って私も空を見上げる。

 こちらに近づいてくる人影。

「ラグ・エヴァンス」

 その声ははっきりと興奮していた。

 スタっと私たちの前に降り立つラグ。

 彼のその睨むような目つきを見上げ、あれと思う。

(なんで大きなまま?)

 風の術で飛んできたはずなのに、彼の姿は変わらない。

 いつもなら術の効力が切れた瞬間に少年の姿になってしまうのに。

「……人質のつもりか?」

 不機嫌極まりない、ラグの低音。

「え?」

 私とルルデュールの声がハモる。

 瞬間こちらを見下ろしたルルデュールと目が合って、しかしすぐにそれはラグの方へ戻った。

「違う違う、ボクそんな卑怯者じゃないよ~。心外だなぁ。おねえさんはただの観客」

「ならそいつから離れろ」

「はいは~い」

 溜息交じりに返事をし、ルルデュールは私から離れていく。

 代わりにラグがこちらに歩いてくるのを見て、咄嗟にまた怒鳴られると思った。

「このアホが」

 案の定いつもの罵倒に、こちらも「だって」 と返そうとして、驚く。

(なんで)

 彼は、酷く傷ついたような顔をしていた。こちらの胸まで痛むような、そんな辛い表情。

 ――あのときと同じだ。

 私を道具と思ったことなんて一度もないと言った、あのときの表情と。

 私が何も言えないでいると、彼はその表情を隠すように顔を俯かせ私の前に膝を着いた。

「ラグ?」

「……なんでお前はそこまでするんだ」

「え?」

 彼が顔を上げ、その青い瞳が私を見る。

「なんでこんなオレにまで……」

 その時ラグの大きな手が伸びてきて私の頬に触れそうになった。

「ねぇ~早くしてくれる~?」

 ルルデュールの声に、その手がぴたりと止まり落ちていく。

「ラ、」

 また表情が見えなくなってしまい声を掛けようとしたそのとき、彼の腕が私の両脇に回りびっくりする。

「ぅわっ」

 そのまま私はラグに抱き上げられ、そこから少し離れた木の根元で降ろされた。

 すぐに立ち上がりルルデュールの方を見据えたラグに、私は何か言わなければともう一度その名を呼ぶ。

「ラグ!」

 すると彼は一度だけこちらを振り返り、いつものように、でもいつもよりも優しい声音で言った。

「ここで大人しく待ってろ。何もするなよ」

 そして彼は、私の返事も聞かずに行ってしまった。


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