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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第五部

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19.書庫塔

 王子から笛を借り指先と楽譜とを交互に睨んでいた私はトントンというノックの音にはっと顔を上げた。

 セリーンが戻ったのだろうか。

 すぐ隣で書きものをしていた王子も音を立てて椅子から立ち上がった。でも、

「兄さま、僕です」

遠慮がちに聞こえてきたのは少年の声。

 王子はあからさまに肩を落とし、それから扉に向かった。

「ブゥ」

 ラグの小さな声に、その頭に乗っていた小さな相棒が髪の影に隠れた。

 それを確認し王子が扉を開けると、デュックス王子とその後ろにフィグラリースさんの姿があった。

「どうした。王に何か」

 王子が訊くと弟のデュックス王子はふるふると首を振った。

「いいえ、父さまはあのまま眠っています。あの、兄さまにおやすみの挨拶をと思って」

 王様の様子に変わりはないようでほっとしていると、デュックス王子の視線とぶつかった。

「カノン。デイヴィスも、兄さまの部屋にいたのか。控えの間にいなかったから」

「すみません、殿下」

 私が慌てて口を開くと同時に上がったその声に驚く。

 いつの間にかアルさんがソファから立ち上がり頭を下げていた。

「今一度王陛下の元へ伺わなければと思いながら、書物の解読に夢中になってしまいまして」

 王家の呪いにかかり動けなかったとは言えるわけがないけれど、

(立って大丈夫なの……?)

「それで、父さまの病について何かわかったのか?」

「手がかりになりそうな書物は見つけたのですが、大分古いものでして解読に時間がかかっています」

「そうか……。引き続き、父さまのことよろしく頼んだぞ」

「はい」

 アルさんはもう一度恭しく頭を下げ、私も慌てて頭を下げた。

「カノン」

「は、はい!」

 名を呼ばれ顔を上げるとデュックス王子が柔らかく微笑んでいた。

「今日はありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったです」

 昼間3人で花を摘んだことを思い出し、笑顔で答える。

「また明日も付き合ってくれるか?」

「はい、喜んで!」

 すると王子は先ほどよりも子供らしい笑顔をくれた。

「では兄さま、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 穏やかな挨拶を交わす兄弟。

 そのまま扉が閉まるかと思ったが、

「クラヴィスの姿が見えませんが」

 フィグラリースさんの怪訝そうな声にどきりとする。

「あぁ、あいつなら今使いを頼んで書庫にいる。すぐに戻るはずだ」

 平然と答える王子。

「そうでしたか……。それでは失礼いたします」

 フィグラリースさんは一礼し、今度こそ扉は閉められた。

 途端、アルさんの身体がソファに崩れ落ちるのを見て声を上げそうになる。

 しかしまだ近くにデュックス王子たちがいるはず。寸でのところで抑え、彼の元へ向かう。

「大丈夫ですか!?」

 再びソファに横になってしまったアルさんは息荒く苦笑した。

「やっぱ……、まだ立つのは、無理だったみたい」

「わかってるならやめりゃいいんだ」

 呆れたように言ったラグにムッとする。

 が、その頭に再びブゥが乗ったのを見て、その小さな瞳と目が合ってどうにかその怒りは鎮まった。

「すまない。もう少しの辛抱だ」

 そう言ったのは王子だ。

「大丈夫です。さっきよりは、かなり良くなってますんで」

 ……どう見てもそうは思えない。

 優しい彼のことだから、王子を安心させたいのだろうけれど。

「本当に、無理はしないでくださいね」

 私が小声で言うと、アルさんはありがとうと笑って目を閉じた。



「あいつは弟派なのか?」

 ラグの問いに机に戻ろうとしていた王子は足を止めた。

「あぁ、フィグラリースか」

 王子は先ほど彼が立っていた扉の方に目をやる。

「だろうな。あいつはプラーヌスのお気に入りらしくてな、デュックスの従者にあいつを推したのも奴だという話だ」

(へぇ……)

 ということは彼も要注意人物であるということだ。

「気に入ると言えば、随分とデュックスに好かれたものだな」

 王子と目が合った。

「え?」

「デュックスはあれで人見知りなところがあるんだが、たった一日でよくあそこまで気に入られたものだ」

 なんだか照れくさくて私は両手を振る。

「そ、それは、私がツェリウス王子が連れてきた医師――の助手だと思っているからですよ」

 そう信じているからだ。

「先ほどの話。侍女ではなく王弟妃というのもありかもな」

「おーてい……?」

 再び足を進めた彼を目で追いながらその耳慣れない言葉を小さく繰り返す。

 と、アルさんの掠れた声が聞こえた。

「王様の弟の……要はデュックス殿下のお妃にってこと」

「おき……っ!?」

「冗談だ」

 かくんと力が抜ける。……思わず声が裏返ってしまったではないか。

「まぁ、ドナのためになるなら僕はどちらでも構わないがな」

 そう涼しい顔で席に着いた彼に、私は思い切って言う。

「デュックス王子に好かれているのは、ツェリウス王子ですよ」

「え?」

「お兄さんのこと、とっても尊敬しているようでしたし」

 こちらから視線を外しペンを手に取る王子。

 私は更に続ける。

「それに、デュックス王子言ってました。兄さまが王になったら僕がしっかり支えるんだって」

 王子の横顔が強張るのがわかった。

 でもそれはすぐに嘲るような、それでいて少し寂しげな笑みに変わって。

「あいつは、何も知らないからな」

「……何も、ですか?」

「あぁ。でもそれでいいんだ。あいつは、何も知らなくていい」

 自分たちの間で派閥が出来ていることを言っているのだろうか。それとも……。

 それ以上は何も言えず、それからしばらくの間王子がペンを走らせる音だけが部屋に響いていた。



「セリーン、遅いな」

 沈黙を破ったのはアルさんの小さな小さな声だった。

「そうですね……」

 彼女が出発してからもうどのくらい経っただろう。

 元々時間がかかるとは思っていたけれど、そう言われると急に不安になってくる。

「……まさか、な」

「え?」

 その意味深な呟きにざわりと胸が嫌な音を立てた。

「クラヴィスの、例の噂」

 私は目を見開く。

「あいつが今、その隠し通路の入口見張ってくれてるんだろ?」

「ま、まさか」

「どうしたんだ?」

 王子の声にぎくりとする。

「い、いえ」

「――戻って来た」

 丁度そのときラグが声を上げた。

 私が扉に視線を向けるのと、王子が再び立ち上がるのはほぼ同時。

 直後少し早いノックの音が聞こえ、王子は緊張した面持ちで扉に向かった。

「殿下、私です」

 その囁くような声音に王子は扉を開ける。

 そこには敬礼するクラヴィスさんの姿と、しかしセリーンの姿が見えない。

「母さんは」

「セリーンは」

 王子と私の声が重なる。

 そんな私たちにクラヴィスさんは顔を上げ言った。

「話はあちらで。行きましょう」



 廊下を進みながら、昼間とは全く違う宮殿内の雰囲気に思わずごくりと喉が鳴っていた。

 昼間はあんなに煌びやかに見えたのに、薄暗くひっそりと静まり返った今はまるで古びた洋館を模したお化け屋敷のようだ。等間隔に壁に取り付けられた頼りない蝋燭の灯りが、より一層その不気味さを演出しているように思えた。

 一人だったらきっとなかなか足が進まなかっただろう。すぐ前を行く王子の背中を見て思った。先頭にはクラヴィスさん。そして私の後ろにはラグがいる。

「俺は大人しく留守番してるよ。カノンちゃんも行かなきゃまずいっしょ」

 アルさんはそう言って王子の部屋に残った。

 でも一人残ったわけではない。

「ブゥ、こいつが寝そうになったらその翼で叩き起こしてやれ」

「ぶっ」

 相棒から頼まれたブゥはやる気を見せるようにその黒い翼をはためかせ、ソファの背もたれからじっとアルさんを見下ろした。

 確かにあれで叩かれたら先ほどのラグのビンタと同じくらい痛そうだ。

 アルさんは少し顔を引きつらせながらも、私たちに小声で「気を付けろよ」 と言った。

 ――そういうわけで、安心して彼を残し部屋を出てこられたわけなのだけれど。

(セリーン、無事だよね……?)

 先ほどのアルさんの台詞を思い出し、王子の肩越しにクラヴィスさんの背中を見つめる。

 早く彼女に会って無事を確かめたいけれど、隠し通路の入口がどこにあるのかわからない私は前を行く彼らの歩調に合わせてついて行くしかない。

 この静けさの中、足音を響かせないためにも走れないのはわかるけれど、気ばかり急いて兎に角もどかしかった。

 どうか、ただの杞憂でありますように。そう願わずにはいられない。

 中央階段を降りきり、中庭を囲む回廊を右に曲がったところで気付く。

 昼と夜とで雰囲気は全く違うけれど、この順路には覚えがあった。

(もしかして、入口って……)

 そして予想通り、クラヴィスさんが立ち止ったのはあの書庫塔の扉の前だった。



 ――この中に、隠し通路の入口が?

「私はここに」

 クラヴィスさんは王子に手燭を渡し、私たちが入るとゆっくりと扉を閉めた。

 塔の中に灯りはないようで、上に行くほど多くなる小窓から月明かりだろう淡い光が細い筋となって差し込んでいるだけだ。

 だから王子の手元で揺れる小さな蝋燭の灯りだけが今は頼りだった。

 王子が足早に向かったのは入口からは丁度死角となる、階段の裏側。

 私とラグも灯りを追うようにそれに続く。

 階段の影になったそこも他の壁の棚と同じくびっしりと本が詰まっていて、特に変わった様子はない。

 隠し通路と言うからには、おそらく地下なのだろうけれど……。

 その時ふと、港町ルバートでライゼちゃん達と入った隠し部屋を思い出した。

(もしかして、ここも床が?)

 しかしどこにもそれらしき取っ手やへこみは無く、あのときのようにそれを隠すような布が敷いてあるわけでもない。

「持っていてくれ」

「は、はい」

 足元をじっと見つめていた私はその声に顔を上げ、彼が差し出していた手燭を受け取った。

 と、王子は目の前の本棚から2冊の分厚い本を引き抜き、丁度同じ厚さほど空いていた最下段にそれを仕舞った。

 まさかこんなときに本の整理ということはないだろう。

(ってことはひょっとして、この本棚に何か仕掛けが……?)

 少しドキドキとしながら王子の行動を見守る。

 彼は首から外した笛を手にすると、本2冊分ぽっかりと空いた隙間にその手を差し入れた。そして肘くらいまで入った腕をノブを回すように軽く捻る。すると、ガチャンという重い音が塔内に響いた。

「少し離れて」

 笛ごと腕を引き抜いた王子に言われ、私は慌ててその場から数歩下がる。

「貸せ」

 その声に振り向けばラグが手を差し出していて、私は言われたままに持っていた手燭を手渡した。

「あ、ありがとう」

「驚くなよ」

「え?」

 次の瞬間、ズズズ……という鈍い音と足元の振動に気付く。

 急いで向き直った私は視界に入ったまさかの光景に目を剥いた。

 本棚が、ゆっくりと横に動いていく。

 厳密に言うと、先ほど王子が笛を差し入れた棚から左側の棚が全て、半時計回りに移動していっている。――こんなの、驚くなという方が無理だ。

 ぽかんと口を開けたままそれを目で追っていき、焦る。

 唯一の出入口である扉が本棚によって徐々に塞がれていくではないか。

「え!? ちょ、い、入口が!」

 そう指差しながら叫んでいるうちに完全に扉は塞がり、そこで本棚の移動は止まったようだった。

 余りの出来事に思考がすぐには追いつかず、数秒置いてからやっとラグを見上げた。

「――どっ、ど、ど」

 どうして?

 どうするの?

 どうなってるの?

 口にしたい台詞が定まらないでいると、呆れたような彼の視線。

「前見ろ、前」

 言われるままゆっくりと振り返って、危うく変な声を上げそうになった。

 先ほどまで本棚があったそこに、セリーンが立っていたのだ。

「遅くなってすまなかった」

 そう言った彼女の足元には、地下へと続く階段が伸びていた。


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