4.ノービス一家
ドナとモンスターの後をついて行くことほんの数分。
ビアンカの降りた場所から本当に近い場所に彼女達の家はあった。
しかし最初ドナに「ここだ」と言われた時には戸惑った。そこは鬱蒼とした山中でも開けた場所で、でも見えたのは小さな畑だけ。どこにも住居らしいものが見当らなかったのだ。
私のそんな表情を見て、ドナはくすりと笑った。
「ウチはあそこだ」
彼女の指を追うように空を見上げ私はあっと声を上げた。樹の上にそれはあった。
所謂ツリーハウスだ。木造の小屋が5メートル程頭上、大きく枝別れした樹の中心にどっかりと鎮座していたのだ。
「ツェリはそのままここで待っててくれるか?」
ドナの声に、口を開けたままぽかんと小屋を見上げていた私は視線を落とした。
その場に大人しく座り込んだモンスターを見て、今のがモンスターに向けて言った言葉なのだとわかった。
ドナを真っ直ぐに見上げるモンスターの姿はとても凛々しく、それでいてつい先ほどこちらを威嚇していた凶暴なモンスターとは思えないほどに美しく見えた。
ドナはそんなモンスターに優しく微笑みかけてから私を振り返った。
「ついて来て」
「え、でも私たち二人とも乗っちゃって平気かな。壊れたりしない?」
ラグを指差しつつ訊くと、ドナは心配いらないと笑った。
「ちゃんと月に2、3度点検してる」
「そ、そう」
それは百パーセント安心には繋がらなかったけれど、きっと大丈夫だろうと腹をくくり私は再びそのツリーハウスを見上げた。
丁度私たちには死角となっていたその大樹の裏側に、簡単な作りの梯子が掛けてあった。
それをドナ、私、ラグの順番に上っていく。想像よりもずっと頑丈に出来ていたその梯子からデッキに上がると、すぐ目の前にドアがあった。
「ドナ、この中にその子がいるの?」
「あぁ、その兄貴と、あと二人。それがアタシ達ノービス一家だ」
にっと笑って言うドナにまたも私は驚く。
確かに他に家らしきものは見当たらなかったけれど、ドナ含め5人でここで暮らしているということだ。
(子供だけで……?)
「皆、アタシだ。入るぞ」
そう一言声をかけドナはドアを開けた。途端聞こえてきたのはバタバタという足音と子供たちの元気な声だった。
「ドナ姉ちゃんおかえりー!」
「おかえりさぁーい!」
そのまま勢いつけてドナの腰に抱きついてきたのは二人の男の子だった。
二人とも7、8歳ほどだろうか。見るからに快活そうなその瞳はすぐに私たちを見つけ、疑問に瞬いた。
「こ、こんにちは」
「だれだ?」
「だぁれ?」
笑顔で挨拶してみたが、ほぼ同時に二人からそう返され口籠ってしまった。
「カノンっていうんだ」
ドナが二人の頭を撫でながら言う。
「びっくりするなよ。カノンはな、ばあちゃんと同じセイレーンなんだぞ」
「えーマジで!?」
「すっごーい! 歌って歌ってー!」
「え、えっと」
この世界でこんなふうにすぐに歓迎されるのは初めてのことで逆に戸惑ってしまう。
「それとアンタの名前は? まだ聞いてなかったよな」
ドナが私の後ろにいるラグに訊いた、その時だ。
「やあぁ!!」
そんな高い叫び声が上がり皆の視線が小屋の中に集中した。
小さな女の子が尻もちをついたような格好で倒れている。
例の眠れないという子だろうか。その表情は恐怖に怯えていた。その視線の先は、ラグだ。
「やっ、やだぁ、こわい、こわいよぉーー!!」
ひきつけたように泣き叫ぶ女の子の元へドナは駆け寄りその小さな身体を強く抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だ、モリス。違う、あいつはこの間の奴らじゃない、大丈夫だ!」
そう言って必死に宥めるドナ。
――女の子は自警団が来てから眠れなくなったとドナは言っていた。余程怖い思いをしたのだろうか。男の子二人が加わっても一向に泣き止む様子は無い。
と、そのとき後ろから小さく舌打ちが聞こえてきた。
「オレは下にいる」
「え?」
「その方がいいだろ」
そう言うとラグはすぐさま梯子に足を掛け下りて行ってしまった。何も言えずにそれを見下ろしていると、彼は途中気付いたようにこちらを見上げた。
「わかってるとは思うが、お前のことはバレねぇようにしろよ」
私が“銀のセイレーン”だということだろう。
「う、うん」
頷くとラグは満足したのかそこから地面まで一気に飛び下りてしまった。
すると間もなくして女の子の泣き声は小さくなっていったのだった。
「もう行っちゃったよ、モリス」
「おれ達が守ってやるって言っただろ?」
男の子二人がまだ小さくしゃくり上げている少女の顔を覗きこみ、笑顔で言う。
ドナも少しほっとした様子で小刻みに震える背中を優しく撫でてあげていた。
なんとなく声を掛けられないでいると、ドナがこちらを振り向いた。
「ごめんな」
「う、ううん。大丈夫なの?」
「あぁ、もう平気だ。ありがとう。……あいつに悪いことしちまったな」
「彼なら平気」
――多分。
心の中でそう付け足してから続ける。
「それより、その子が眠れないっていう?」
訊くとドナは腕の中の少女を見つめ辛そうに頷いた。
「この子はモリス。自警団の奴らが来てからずっと満足に眠れてなくてな。酷い怖がりになっちまって、ちょっとしたことで今みたいに大泣きするようになっちまったんだ」
「そうだったの……」
「ほらモリス、もう泣きやめ。お前にお客さんだぞ」
抱きしめていた腕を離しドナは優しく言う。
「おきゃく……さん?」
モリスちゃんがドナの視線を追うようにしてゆっくりと私を見上げた。
黒髪をドナと同じように二つに結んだ可愛らしい女の子だ。でも可哀想に、その大きな目の下にはくっきりとくまが見て取れた。
私はそんな彼女を少しでも怖がらせないよう笑顔でその場にしゃがみ込む。
「こんにちは、モリスちゃん」
同じ目線の高さでなるべく優しい声音で言った。すると、
「……こんにちは」
すんすん鼻を鳴らしながらもモリスちゃんは答えてくれた。
きっと笑ったらもっと可愛いのだろうと思っているとドナが楽しげに続けた。
「モリス、カノンはな、ばあちゃんと同じセイレーンなんだ。また歌が聴けるんだぞ」
「本当に?」
モリスちゃんが瞳を大きくして私を見る。
「あぁ。な、カノン」
「うん。おばあちゃんの歌とは違うと思うけど、モリスちゃんがゆっくり眠れるように一生懸命歌うからね」
そう言うと、モリスちゃんの顔に微かにだけれど笑顔が覗いた気がした。
小屋の中はとても殺風景だった。置いてあるものと言えば着替えなどが入っているだろう小さな棚くらいで、本当に生活に最低限必要なものしか置いていなかった。キッチンも無かったことから料理は外でするのだろうか。
モリスちゃんはようやく落ち着き今は敷布の上に横になっている。その両側で男の子二人、アドリ―君とリビィ君が寝転び優しく話し掛けていた。――二人が言うには、モリスちゃんのお兄さんは今丁度近くの川に水汲みに行っているそうだ。
そんな3人を優しく見つめていたドナに私は思い切って言う。
「ドナ、申し訳ないんだけど、歌っている間モリスちゃんと二人きりにしてもらっていいかな」
するとドナはきょとんとした顔をした。
――先ほどラグも言っていたが、セイレーンは歓迎されていても“銀のセイレーン”が歓迎されるとは思えなかった。
モリスちゃんが銀のセイレーンの伝説を知っているかどうかはわからないが、怖がらせてしまっては元も子もない。
「なんでだ? アタシも久しぶりに歌聴きたいんだけど」
「ごめんね。……実は私、セイレーンって言ってもまだ全然上手くなくて、集中して歌わないと失敗しちゃうかもしれないんだ。だから、ごめん!」
なんとかそう誤魔化しもう一度謝る。するとドナは小さく笑った。
「そっか、うん、わかった。なら成功したら今度はアタシにも聴かせてくれよな」
「う、うん」
そうなったら目を瞑っていてもらうしかないが、私は曖昧に頷いた。
「アドリー、リビィ外に行くぞ」
「えーなんで?」
「おれも歌聴きたいよー!」
「後でな。今はモリスを寝かせてやるほうが先だ」
ドナの言葉に二人は顔を見合せ、まだ不服そうだったが立ち上がった。
「モリス、アタシ達はドアのすぐ外にいるから。カノンをばあちゃんだと思ってゆっくり寝るんだぞ」
「うん」
少し不安そうだったが、モリスちゃんは私の顔を見て小さく頷いてくれた。
そして3人はこちらを気にしながらも家を出ていき、パタンとドアが閉まった。
私はその場で深呼吸する。きちんと歌うのは久しぶりで少し緊張していた。しかも失敗したら金髪の人のことを訊くことが出来なくなる。――と。
「お姉ちゃん」
モリスちゃんに呼ばれ、私は慌てて振り向いた。
「なあに?」
「ここ、トントンしてくれる?」
そうしてモリスちゃんは自分の胸に手を置いた。
その言い方がとても可愛らしくて、私は微笑み頷いた。
目を閉じたモリスちゃんの傍らに寄り添い、彼女の胸を優しくトントンと叩きながら私は歌う。
――モリスちゃんは歌っている間絶対に目を開けないと約束してくれた。
そんな素直で純真な彼女がゆっくりと眠れるよう、今この時だけでも恐怖から解放されるよう、私は心を込めて歌った。
髪が銀に輝き始める。
そのことを確認し、私はほっとしながらそのまま子守唄を歌い続けた。
同じ歌でもフィエールに向けて歌ったときとは全然違う。
あの時はとにかく必死で“眠って欲しい”と願ったけれど、――今は違う。
とても穏やかな気持ちだった。
モリスちゃんのお母さん、いや、彼女たちの“おばあちゃん”になったつもりで歌う。
その時ふと、自分が幼かった頃のことを思い出した。
今と同じように胸のあたりを優しく叩きながらこの子守唄を歌ってくれたおばあちゃん。
じわりと胸があたたかくなる。
(おばあちゃんも、こんな気持ちで歌ってた……?)
気が付けば、モリスちゃんは小さく寝息を立てていた。
そのあどけない寝顔に、私は“歌”が成功したのだと安堵する。
起こしてしまわぬよう、段々と声を小さくしていき、トントンと叩いていた手もゆっくりと離す。
少しの間何もせず様子を見ていたが、彼女が起きる気配は無かった。どうやら深い眠りに入れたみたいだ。
髪色が元に戻っていることを確認してから立ち上がり、音を立てないようドアへと向かう。
ドアを開けた途端、ドナ達3人の真剣な瞳が私に集中した。私は笑顔で頷きモリスちゃんに視線を送る。すると3人は声は出さなかったけれど、全身で喜びを表現した。
――いつの間にか、空は綺麗な夕焼け色に染まっていた。
「寝たのか?」
私が梯子に足を掛けると、すぐ下で待機していたラグがこちらを見上げ訊いてきた。
私は笑顔で頷いてから慎重に梯子を下りていき地面に足を着けた。
「ぐっすり寝てくれたよ! ……ちゃんとバレないようにしたから」
小声で言う。
するとラグは安堵したように小さく息を吐いた。
「で、中にいたのか?」
「え?」
「金髪の男だ」
イラついたように続けた彼に、そうだったと慌てて答える。
「ううん、いなかった。人を閉じ込めておくような場所も無かったし」
棚はあったが、大の大人が入れるようなサイズでは無かった。
「あの女は?」
「ドナなら今下りてくると――」
そう言いながら見上げると、丁度ドナが梯子に足を掛けたところだった。
「さっきは悪かったな」
地面に下りてすぐにドナはラグに謝った。ラグは案の定何の反応もしなかったが、ドナは特に気にする様子なくすぐに私に視線を移した。その顔はとても明るい。
「モリスのあんな寝顔久しぶりに見たよ。ありがとう、カノン」
「ううん、私もちゃんと歌えてほっとしてるとこ。本当に良かった」
言うとドナはハハっと笑った。と、そこへ不機嫌そうな声。
「で、金髪の男ってのはどこにいるんだ」
「あぁ、そうだったな」
ラグのつっけんどんな言い方にもドナは特に気分を害した様子無く答える。
――ただ、その顔が少し翳ったのを私は見逃さなかった。
「約束だからな。ちょっとここで待っててくれな!」
笑顔で言って、ドナは畑のあった方へと走り出した。
目の前の大樹に隠れすぐにドナの姿は見えなくなる。どこに向かったのか気になったが、待っててと言われたからには動かない方がいいだろう。
それよりも、もうすぐ金髪の人に会える。――そう思ったらゴクリと喉が鳴っていた。
もし本当にエルネストさんだったらやっと帰れるのだ。元の世界に。
「なんか、ドキドキするね」
胸を押さえながらラグを見上げると、返答より先に舌打ちが降って来た。
「やっぱあの野郎じゃねぇな」
ドナが去った方向を見ながら悔しげに言うラグ。
「え? でもまだ違うって決まったわけじゃ」
「こんな簡単に会えるんならわざわざ助けに来いなんて言わねぇだろ。……このオレに呪いまでかけてよ」
その憎々しげな声に次の言葉が出ないでいると、ねえ、と頭上から声が掛かった。
見上げるとデッキからアドリー君とリビィ君が並んで顔を出していた。
長い髪をひとつに結んでいるのがアドリー君で、天然パーマなのだろうクルクルの短髪なのがリビィ君。私はそう覚えていた。
「ドナ姉ちゃんは?」
そう言ったのはアドリー君の方。彼は自分のことを「おれ」といい、リビィ君より強気な性格のよう。
「ドナなら金髪の人のところへ行ったよ」
答えると二人は困ったように顔を見合せた。
「どうしたの? モリスちゃん起きちゃった?」
二人の表情に不安になって訊く。だが二人共ふるふると頭を横に振った。次に口を開いたのはリビィ君の方。
「モリスはぐっすり寝てるよ」
「ならいいんだけど、どうかした? ドナすぐに戻ってくると思うけど――」
丁度そう言って視線を戻した時だ。
ピイィー! と、あの笛の音が聞こえてきた。
これまでに聞いた音よりも若干低かったように思えたけれど、あの笛の音に間違いない。
「どうしたんだろう」
私は呟く。
ドナがあの笛を吹いたということはあのモンスターを呼んだということだ。
だがやはりここからではドナの姿は見えない。
「まさか、自警団の人達がまた……」
咄嗟にそう考えラグを見上げると、彼は眉を顰めその場から歩き出した。
「ちょっと見てくるね」
上にいる二人に声を掛け私もその後に続く。
樹をぐるっと周り畑の前に出たところでラグはぴたりと足を止めた。私もその理由に気付き息を呑む。
前方からドナが早足で歩いてくる。そして彼女のすぐ後ろに、金髪の人がいた。
「――エルネストさん……じゃ、ない」
そう、その人物はエルネストさんではなかった。
全身の力が抜けていく気がした。同時横からも盛大な溜息。
「やっぱりな」
「待ったか?」
そう言って笑顔のドナが私の前に立った。金髪の彼も少し遅れてその横に立つ。
――やはり全然違う。
同じなのは髪の色だけ。その長さも、瞳の色も、歳の頃も、顔立ちも彼とは異なっていた。
目の前にいる彼はエルネストさんよりも大分長い金髪を一つに束ね、その瞳は薄茶色。歳は私やドナよりも下に見えた。
そしてなぜだか彼は酷く不機嫌そうで、こちらと視線を合わせようとはしなかった。そのせいで高貴な雰囲気は確かにあるものの、それよりも“偉そう”という言葉の方がしっくりと来た。
「どうしたんだ?」
私とラグの表情を見て不思議に思ったのか、ドナが首を傾げる。
「人違いだ」
「え?」
ラグの一言にドナがぽかんと口を開けた。そんな彼女にラグはもう一度繰り返す。
「人違いだと言ったんだ。オレ達が捜している奴とは違う」
「……はぁ? ちょ、ちょっと待ってくれよ。こいつ連れて帰ってくれるんじゃないのか!?」
焦ったように私たちを交互に見回すドナ。
(連れて帰る?)
どういう意味だろうと疑問に思っていると。
「だから、違うって言っただろうドナ」
口を開いたのはドナの隣にいる金髪の彼。――やはり声もエルネストさんとは全く違う。
改めて人違いであったことにショックを受けていると、そんな私たちには目もくれず彼は突然ドナの肩を掴んだ。
驚くドナを自分の方に向かせ彼は言う。
「それに、僕は帰らないって何度言ったらわかってくれるんだ。僕はずっと此処に居る。ドナのそばに居たいんだよ!」
ドナの顔が朱に染まっていくのを見ながら、なんだか私まで顔が熱くなるのを感じた。
「――こ、こっぱずかしいこと言うな!」
「ドナが僕の気持ちを全然理解してくれないからだろう! 僕はドナを守りたいだけなのに」
「だ、だからアタシは……」
痴話喧嘩にしか見えない二人のやり取りを前にしてお邪魔だろうかと思い始めたころ、そんな私の視線に気づいたらしいドナは更に顔を赤くして彼の腕を勢いよく振り解いた。
「悪い! てっきりアタシこいつを連れ戻しに来たのかと思って」
「う、ううん。こっちこそ折角連れて来てもらったのに……」
言いながら私はちらりと金髪の彼を見上げた。だがやはり彼はドナだけを見つめている。
(あれ……?)
その時、私は彼とエルネストさんとの共通点を髪色の他にもうひとつ見つけた。
長い前髪に隠れてはいるが、彼の額にもエルネストさんと同じような紋様が描かれていたのだ。
凝視する私に流石に気付いたのか、彼が初めて私に視線を向けた。
「なに?」
「え!? あ、ごめんなさい、なんでもないです!」
その鬱陶しげな目つきに私は慌てて謝る。すると彼はすぐにその視線をドナに戻した。
彼はやはり高貴な身分の人なのだろうか。おそらく年下だと思うのだが妙な威圧感があった。――と。
「なんでもなくねぇだろうが」
「え?」
横から降ってきた苛ついた声に顔を上げると、ラグが真剣な面持ちで金髪の彼を見据えていた。そしてゆっくりと口を開く。
「エルネストという男を知らないか? あんたと同じ金髪で、どこかに幽閉されているらしいんだが」
ラグもやはり彼を高貴な人だと感じているのだろうか、心なしかいつもの彼より口調が丁寧だ。
彼が先程、エルネストさん本人で無くとも何か情報が手に入るかもしれないと言っていたことを思い出し私はごくりと喉を鳴らす。
だが金髪の彼はちらりとラグを一瞥しただけですぐに視線を外し、冷たく答えた。
「知らないね」
――あ、ヤバイ。
ラグの眉がぴくりと跳ね上がるのを横目で見て思わず肩を竦める。
「本当に――」
ラグが案の定先ほどよりも大分低い声を出した、そのときだ。
「呪いの掛かった人間の近くにあまり居たくないんだ。用が済んだならさっさと帰ってくれよ」
「え!?」
知らず声を上げてしまっていた。ラグも同じように驚いた顔。
それはそうだ。彼とは今会ったばかりで、子供になったところを見られたわけでもないのに――。
「呪い? え?」
ドナだけが戸惑うように私たちを見回している。
「……なんでわかった」
ラグのその絞り出したような低音に金髪の彼はもう一度不快そうにこちらを見た。
「それだけ強力なモノどこでかけられたのか知らないけど、あんたよく生きてるね」
(え……?)
嫌悪感を露わにしたその言い方に私は目を見開く。
――どういう、意味……?




