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4.レヴール

 山を越えるとセデという町があるのだという。

 ラグはまずそこで傭兵を雇いたいらしい。


 彼曰く、


「お前の歌は危なっかしくて使えねぇし、いざってときにもう一人いた方が何かと助かる」


とのことだ。


 あの後、また泣かれたら堪らないと思ったのかラグは私の質問に一応全部答えてくれるようになった。……相変わらず仏頂面ではあったが。


 昨日私がいたお城はグラーヴェ城といい、この国を治めている王様の居城なのだそう。

 この国の名はランフォルセ。


 そしてこの世界は“レヴール”。――そう呼ばれているらしい。


 日が高くなり、服の下が汗ばんで来た頃ラグが休憩時間を作ってくれた。

 すでに足が棒のようになっていた私は、多少抵抗はあったもののそのまま地面にへたり込んでしまった。

 ラグからもらった初めて見る木の実をおっかなびっくり口に含んだときだ。


「念のため言っとくけどな。お前、もう人前では歌うなよ」


 唐突に言われ首を傾げると、ラグは続けた。


「お前がいた、その、“ニホン” じゃどうだか知らんが、このレヴールでは歌は不吉とされてる」

「……何それ?」


 味がピーナッツに似ていた木の実を飲み込んで、訊く。

 歌が不吉?

 どういうことだろうか。いまいちピンとこない。


「そのまんまだ。街中で昨日みたいに歌ってみろ。頭のおかしな奴だと思われて最悪街から追い出されるぞ」

「へ!?」

「あとお前が銀のセイレーンってことも絶対に言うな。また昨日みたいなことになりたくなけりゃな」


 放り投げた木の実を器用に口でキャッチしながらラグは言う。


「その銀のセイレーンって何なの? 何で皆私の事……」


 この世界に来て何度も聞いた“銀のセイレーン”。

 今の時点でわかっているのは、私が使った魔法のような力。あれを持っているのがその銀のセイレーンだということ。

 それとこの世界ではなぜか髪の毛が銀色に変わることくらいだ。

 それを見て驚くのはわかる。でもなぜ皆あんなにも怖がるのか、それが不思議でならなかった。


「銀のセイレーンは異世界から現れてこのレヴールを破滅させる存在だと言われている。歌が不吉だとされるようになったのもそのせいだ」


 ……破滅?


 ぽかんと開いてしまった口に気付き慌てて閉じる。

 いきなり話のスケールが大きくなりすぎて、頭がすんなり受け入れてくれない。


「以前実際に現れた銀のセイレーンによってひとつの国が滅びかけたらしい。そこの王子が犠牲になったって話だ」

「え!? じゃあ前にも私みたいな人がいたってこと?」


 今の私にはどこかの王子様よりもその銀のセイレーンの方が気になった。

 他人事には思えない。


「そ、その時の銀のセイレーンはどうなったの?」


 嫌な予感を覚えながらも訊く。


「死んだ。……捕まって処刑された」


 半ば予想できていた事とは言え、身体中の血の気が引いていくのを感じた。

 昨夜自分がそうなっていたかもしれないと思うと震えとともに嫌な汗が出てきた。


 その人も、私と同じ世界から来たのだろうか。

 どうしてその国を滅ぼそうとなんてしたのだろうか。


 答えの出ない疑問ばかりが浮かんでくる。

 と、ラグが私に疑わしげな視線を向けているのに気が付いた。


「お前、本当に銀のセイレーンなのか?」

「私の方が訊きたいよ!」


 思わず叫ぶと、真上でバササッと鳥が飛び立つ音が聞こえた。


「ま、一応歌が使えんだ。セイレーンに間違いはないようだけどな」

「セイレーン?」

「“歌”を使う術士のことだ」


 歌を「使う」という言葉にはどうも抵抗がある。

 でも確かに昨夜私は歌を歌い、宙を飛ぶ事が出来た。


「ラグは違うの? その、……魔導術?」

「全然違う。術は万物の力を借りて使う。セイレーンは自分の力を歌にして使うんだからな」


 わかったような、わからないような……。

 そんな空気が伝わってしまったのか、ラグは呆れたように息を吐きながら立ち上がった。


「さて、そろそろ進むか。日が暮れないうちにセデに着きたいからな」

「うん。……あ、そうだ。ラグって何で私を助けてくれるの?」


 素朴な疑問だった。

 皆が銀のセイレーンを怖がる理由はわかった。

 それなら、なぜラグは私と居て平気なのだろうか。

 なぜ私を助けてくれるのだろうか。

 と、歩き始めたラグが低い声で言った。


「オレのこの呪いを解くには、お前の歌が必要なんだ」


(あ……)


 やっと納得がいく。

 そして、その言葉に少し嬉しくなった。

 私にも助けてもらった恩返しが出来る。


「歌うよ! どんな歌を歌えばいいの?」


 先行くラグの背中に向かって言う。だが、


「知ってたらとっくに歌ってもらってる」

「だ、だよね……」

「それにまだ条件がそろってない」

「条件?」

「……追々話す」


こちらを振り向きもせずに答えるラグ。

 やはり呪いのことになると途端に機嫌が悪くなるようだ。


(そりゃ、誰だって呪いなんて嫌だよね)


 でも一度可愛い姿を見ている私には、それほど嫌な呪いには思えなかった。

 むしろもう一度あの少年に会いたいくらいだ。……本人には絶対に言えないけれど。


 ――しかし、そんな事を考えたことを、私はこの後すこぶる後悔する事になる。






「グゥルル……」


 そんな低い音が聞こえた気がした。

 前を行っていたラグが足を止める。


「やっぱり、今何か聞こえたよね」

「しっ」


 ラグが私を制し、険しい表情で辺りを見回す。

 ――緊張が走る。

 いつの間にか、鳥の囀りが止んでいることに気付いた。


(なんだろう。もしかして、昨日の兵士……?)


 私もキョロキョロと近くを見回した。と言っても鬱蒼と木々の生える山の中、昼間とは言え視界は悪い。

 嫌な汗が出てきた。


「ちっ、テリトリーに入っちまったか?」


 ラグが小さく呟いた。

 彼も汗をかいているように見える。


(テリトリーって、動物? ……まさか狼とか?)


 この世界に狼がいるかどうかわからないが、何にしてもマズイ状況だろう。

 ラグが懐からナイフを取り出すのを見て確信する。

 私は小走りでラグに近寄った。


「グゥルルル……」


 次は確かに聞こえた。

 さっきより確実に近づいている。やはり何かの唸り声に間違いない。

 ごくりと唾を呑みこんだその時、葉擦れの音と共にそいつが飛び掛ってきた。


「!!」


 思わず身体を縮こませ目を瞑る。


「ぎゃん!!」


 正体も分からぬままに上がった叫び声。

 目を開けてまず見えたのは血の付いたナイフ。

 そしてその向こう。

 前足から血を流しこちらをぎらぎら光る瞳で睨み上げているモノ。

 背格好は狼や犬に似ていたが、違う。

 見たことのない生き物。地球上には絶対にいない動物。

 身体は真っ黒い毛で覆われ、足は6本。尻尾が蛇のようにとぐろを巻き、顔は狼よりも猿に近い。

 だらしなく開いた口からダラダラと涎を垂らしたその姿からは、否応なしに“モンスター”という名が連想できた。


(兵士の次はモンスター!?)


 想像以上にグロテスクなモンスターの姿、そしてこの現状から出来ることなら今すぐ目を背けたい。

 ラグの後ろで小さく震えていると背後でパキと乾いた音がした。

 恐る恐る振り向き愕然とする。


「ラ、ラグ!」


 思わず彼の服を引っ張る。


「わかってる」


 イラついた声。


「ここはコイツらのテリトリーだ」


 その声が合図だったかのように次々と姿を現す異形な生き物。


(狼の方が良かった~!)


 確認出来ただけで6匹。――完全に取り囲まれていた。


「カノン、そのままオレに触れてろよ」

「え? あ、はいっ」


 意図はわからなかったけれど、掴んだままだった彼の服を両手で強く握り直す。


「わっ」


 途端身を屈めたラグに引っ張られるようにして私もその場にしゃがみ込んだ。

 そして彼はそこら中に張り巡らされた木の根に手を触れた。


「すまない。少し力を貸してくれ」


 こんな声も出せたんだと思うくらいに、優しい声音。

 根に向かって言っているようにしか見えないが……きっとその通りなのだろう。


(もしかして、魔導術?)


 と、こちらが体制を低くしたのを観念したと見たのか、モンスターたちが一斉に飛び掛ってきた!


「!!」


 ぎゅっと目を瞑ると同時、鋭い声が響いた。


「水を此処に!!」


 その直後。


 ――ザァァアアア!!


 そんな水音に驚き開いた目に飛び込んできたのは、私達を取り巻くようにして立った高波のような水柱。

 その巨波は木のてっぺんをも超え、みるみる空に向かって聳えていく。

 私はそれを見上げ唖然とする。

 すでに何匹かのモンスターはその波に飲み込まれるように空へと放り出されていった。

 視線を落とすと出遅れたモンスターたちが悔しげに後ずさりしていくのが水壁の向こうに歪んで見えた。

 更にはその水柱が徐々に放射状に広がり残ったモンスターたちを襲っていく。そして。


 ザッパアァーン!!


 そんな轟音とともにモンスターたちは一匹残らず掻き消えてしまった。




 口をあんぐりと開けた私の前には、まるで嵐の後のようにびしょ濡れになった山の姿が広がっていた。

 頭上の木の葉からは小雨のようにぽつぽつと雫が降ってくる。

 と、ラグがゆっくりと立ち上がった。

 でも服を掴んだままの私は少し腕を持ち上げられただけだった。


「ちっ、またこの姿か……」


 毒づくラグ。

 そう。魔導術を使ったラグは再び子供の姿に変化してしまったのだった。




 その後ラグは近くにあった木の幹に触れ、「ありがとう。助かった」 とお礼を言っていた。

 今の小さな姿でそれはとても微笑ましい光景だった。

 だが本人はやはり不満なようで、その木から離れた途端盛大に溜息を吐いた。


「これで元の姿に戻るまで、もう術は使えないからな」


 言いながら早速進み始めるラグ。

 追いかけようとして私はぬかるんだ地面に足を取られてしまった。どうにかバランスを取り転ばずに済んだが、お陰で学校からずっと履きっぱなしだった上履きが中までぐっしょり濡れてしまった。

 気持ち悪いことこの上ないが、あのモンスターの餌食になることを考えたらこの足でスキップしたいくらいだ。


「どのくらいで元に戻れるの?」

「今のだと大分かかっちまうかもな」

「今のって、やっぱり術の大きさに関係するの?」

「みたいだな」


 みたいだな、と言うことは呪いがかかったのは結構最近のことなのかもしれない。


「でもすごいね、今の魔導術!」

「……そうか?」


(およ?)


 まんざらでもないような口調に、私は更に続けてみる。


「うん。すごいカッコ良かった! あれって木の水分を借りたってこと?」

「あぁ。良くわかったな」


 どうやら魔導術の話になると機嫌が良くなるらしい。

 顔は見えないが耳の後ろが心なしか赤くなっているように見える。


(……ちょっと可愛いかも)


 思わず顔がにやけてしまった。

 やはり断然子供の姿の方が接しやすい。


「いいなぁ、この世界の人って皆そんな力持ってるの?」

「皆が皆持ってるわけねーだろ」

「あ、そーなの? じゃあラグって凄いんだ」

「……お前の“歌”の方が稀な力だ。次もしまたモンスターに会っちまったら頼むぞ」

「え!? あ、うん」


 急に「頼む」と言われて私は驚く。


(そっか。しばらく魔導術は使えないんだもんね)


 今思い返すと昨夜空を飛べたのはマグレみたいなものだ。


(折角こんな力があるんだから、使えそうな歌考えておかなきゃ)


 私は歩きながら、モンスターに遭遇したときに役に立ちそうな詞とメロディーを思い浮かべていった。






 それから、幸いモンスターにも兵士にも遭遇することなく私たちは山を越えることが出来た。

 ラグももう元の姿に戻っている。少年の姿だったのはだいたい一時間程に思えたが、前を行く彼の背が突然伸びた時は流石にぎょっとした。


「あ、灯り!」


 行く手に町の灯りが見えたのは、日が完全に落ちた頃。

 私は歓声を上げ、そのままその場にへたり込んでしまった。

 宵の冷えた空気が汗ばんだ肌に心地いい。

 こんなに歩いたのは生まれて初めてではないだろうか。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。

 足の裏はきっとマメだらけだろう。怖くて確認する気にもならない。

 対してラグは全く息を乱すことなく平然としていて旅慣れているのがわかった。

 と、その彼がこちらを振り向いた。

 また怒鳴られるかと思ったが、


「ちょっとそこで待ってろ」

「え!?」


背を向けられ私は慌ててよろよろと立ち上がる。


「なんで? 私も……」

「そんな格好で入れるわけねーだろ。……服買ってくるから待ってろ」


 自分の格好を見下ろして納得する。

 日本ではごくありふれた制服姿だけれどこの世界では目立ってしまうだろう。


「あっ、ラグ!」

「なんだよ! 早くしねーと店が閉まるだろ!」

「あ、の、靴もお願いします……」


 ボロボロになった上履きを指差しながら言うとラグは舌打ちひとつして今度こそ行ってしまった。


(……買ってきて、くれるよね)


 私はまたもその場に座り込む。

 きっとあの町が“セデ”なのだろう。

 野宿にならずに済みそうで心底ホっとする。

 ラグに遅れないよう頑張って進んだお陰かもしれない。


「でも、明日絶対筋肉痛だなぁ」


 そう呟いてふくらはぎを摩っていたときだ。

 町の方向からフワフワと白いものが飛んでくるのが見えた。

 それがブゥだとわかり私は手を振る。


「ブゥ! 起きたんだね!」

「ぶっ」


 まるで「おはよう」とでも言うようにブゥが返事をくれた。




 それから程なくして包みを二つ抱えたラグが戻ってきた。

 それまで私の肩に乗っていたブゥは彼を見つけるとふわふわ飛んでいき彼の頭にちょこんと降りた。

 そこがいつもの定位置なのだろうか。


(……可愛いし)


「ほらよ」


 突き出すようにして包みを渡される。

 ――心なしかその顔は赤い。


「文句は聞かねぇぞ。女の服なんて買ったことねーんだからな」


 視線を外してブツブツ言うラグにお礼を言い、私は太めの木の陰で着替えることにした。

 やはりどこかの民族衣装のようなデザイン。

 でもそれと一緒にラグが履いているのと同じようなパンツも入っていてホっとする。

 先ほどまで制服のスカートで、山道を歩くには全然向いていなかったからだ。

 ハイソックスを履いているとはいえ、肌が出ている部分は小さなキズでいっぱいだ。


(もしかして、気づいてくれたのかな)


 思い切って靴下を脱ぐと、案の定何箇所かマメが潰れて血が滲んでいた。

 見なきゃ良かったとげんなりしながらもう一つの包みに入っていた靴に履き替える。

 紐である程度サイズ調節できるもので、足にぴったりとフィットした。

 着替え終わり今まで着ていた制服を先ほどの包みに入れラグの方に戻る。


「お待たせです」

「……それ、ここに捨てていけよ。邪魔になるぞ」


 包みを指差し言われる。

 ……確かにこの世界ではもう着る機会は無さそうだ。

 どうせ高校も卒業間近。向こうでももうほとんど着ることはないだろう。

 少し躊躇したが、制服は着替えた木の陰に置いていくことにした。


「よし、行くか。ブゥ、お前はここな」

「ぶっ」


 ラグが上着のポケットを開けるとブゥは言われるまま、すっぽりとそこに収まった。


(そっか、一応モンスターだもんね)


 そして、私たちはセデの町へと足を踏み入れた。


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