2.盗賊とモンスター
「どこで聞いた!?」
ラグが物凄い形相でアルさんに詰め寄った。
先を越されてしまったが私もきっと今同じような顔をしているのだろう。
(だって、金髪の男の人で高貴そうで囚われてるって、エルネストさんとしか思えないよ!)
まさか、たまたま立ち寄ったこの場所で彼らしき情報が得られるなんて……!
アルさんはそんな私達の勢いに少したじろぎつつ背後の店を指差した。
「ここ」
ラグはそんなアルさんを除けるようにしてピンクに塗られたその店のドアを開けた。私もそれに続く。
そこは雑貨屋さんのようで街の人と同じ色鮮やかな服を着た人形や木彫りのおもちゃ、可愛らしいアクセサリーなどが並び壁には複雑な模様のタペストリーが飾られていた。こんな時でなければゆっくりと見たいお店だ。
カウンター向こうにいるピンク色の服を着た恰幅の良い主人は勢い付けて近づいてくるラグのその形相に瞬間ぎょっとしたようだったが、私と目が合うと「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。
「何をお探しですかな?」
「盗賊に金髪の男が囚われてるって話は本当か?」
唐突に訊いたラグに主人は案の定不審げな表情をしたが、後から入ってきたアルさんを見て急に呆れたように肩をすくめた。
「なんだい、兄ちゃんの連れかい? 子供を連れてくるんじゃなかったのか。まさかその子ってんじゃないだろうね」
そう言って主人は私を指差した。
少しムっとするが余程アルさんにしつこくされたのだろうか。アルさんは慌てたように手を振った。
「違う違う。後で絶対連れてくっから、だからちゃんと取っておいてくれよ! んで、さっき聞いた賊の話あったろ? こいつらにも話してやってくれよ。その囚われてる金髪の男ってのがこいつらの知り合いかもしれないんだ」
それを聞いた店の主人はもう一度眉根を寄せ私たちを見回してからふぅと息を吐き話してくれた。
「さっき話した通りさ。ここ最近菓子だけを狙った盗賊が頻繁に出てな。つい一週間程前に山中にあるっていうその根城に自警団の奴らが討伐に向かったんだ。ま、結局返り討ちにあったんだがそのときにどう見ても盗賊にゃ見えない高貴そうな金髪の若い男を見たって奴がいて、貴族のおぼっちゃんでも囚われてるんじゃないかって、今街じゃ有名な話さ」
「そんなに強いのかその賊は」
そう訊いたのはセリーンだ。
「いいや、賊ってよりその根城を守ってるモンスターってのがとにかく凶暴でまるで歯が立たないらしくてな。自警団の奴らもほぼそいつにやられて戻ってきたんだ」
その話を聞いてハっとする。
「あの、そのモンスターってどんな」
「角のあるモンスターだって聞いたけどね」
――やっぱり。
私はセリーンと視線を交わす。
「姉ちゃんは傭兵かい? だったらこの少し先に自警団の詰所があるから寄ってみるといいよ。確か傭兵を雇って新たに討伐隊を編成するとか言ってたからな。詳しい情報も手に入るだろうよ」
私たちはその詰所の場所を聞き、お礼を言って店を出た。そのときもう一度アルさんが主人にお菓子をお願いしていたがきっぱりと断られていた。
「絶対さっきのモンスターだよね!」
「さっきのって、そのモンスターに遭ったのか?」
興奮気味に言った私の台詞にアルさんは驚いたようだ。
ラグは一直線にその詰所に向かっていて私たちもそれに続いていた。
「はい。ついさっきラグが戦って」
「マジか! そんで倒したのか?」
するとセリーンがふんと鼻で笑った。
「術を使えばいいものをナイフで応戦してな。苦戦の末に逃げられたんだ」
「逃げられたわけじゃねぇ!」
ラグがそこだけしっかりと否定する。
「その時に、笛の音が聞こえたんです」
「ふえ?」
首を傾げたアルさんに私はラグのときと同じように簡単に説明した。
「その音が聞こえた途端にどこかに行ってしまって……。だから、もしかしたらその盗賊が呼んだのかもって」
「その可能性は高いだろうな」
セリーンも同意してくれた。
――盗賊が吹いたと思わしき笛の音。そしてそこに囚われているというエルネストさんらしき人物。
急に彼に、そして元の世界にぐっと近づけた気がして、私の胸はドキドキと高鳴っていた。
と、アルさんが「あ」と大きな声を上げた。
彼はまるで良いことを思いついた子供のような笑顔で言う。
「俺がそのモンスターと盗賊の奴らをまとめてちゃちゃっと倒しちまえば良くね? そうすりゃお菓子も無くならずに済むし、俺も買えるし、カノンちゃんとラグもあの金髪の兄ちゃんに」
「おいタレメガネ」
私も良い案だと頷きかけたその時、セリーンが続きを遮った。
「セリ~ン、その呼び方はやめてくれって」
「余計なことをするな」
「へ?」
そしてアルさんの顔が思いきり引きつった。……セリーンの目は、完全に据わっていた。
地獄の底から這い上がってくるような低い声で彼女は言う。
「貴様のせいで、私がどれだけあの子に会うチャンスを失っているか……。これ以上邪魔するのならば」
「わ、わかった! わかったって!! 俺はなんも手出ししません! だから剣抜かないで!!」
アルさんの必死な懇願にセリーンは柄に触れていた手をゆっくりと離した。それを見て私はほっと胸を撫で下ろす。
アルさんもふぅと息をついてから、前を行くラグを見た。
「しっかしなんでアイツそんなに小さくなるの嫌なんだろうな。そんな長い時間でも無ぇのにな~」
それはセリーンから熱い抱擁を受けてしまうからだと思います、とは言えずに私は曖昧に笑う。
確かにアルさんだったらセリーンのために喜んで小さくなりそうだ。
「まぁ、術使えなくなるってのは不便だけどよ……ん?」
何かに気付いたようにアルさんが足を止めた。見るとラグも立ち止まっている。彼の前に道いっぱいに人だかりが出来ているためだ。
それは丁度、店の主人から聞いた自警団の詰所前のようだ。
「なんだろう」
言いながら私はラグの方に駆け寄った。彼は案の定すこぶる不機嫌顔だ。
人だかりの中心が気になったが私の背ではつま先で立っても見ることは出来なかった。
「なんか、決闘みたいだな」
すぐ後ろからアルさんの声が降って来た。
「決闘!?」
私が驚き声を上げると、前にいた派手な色の服を着た男の人が振り返り楽しげに教えてくれた。
「1stの傭兵同士らしい。なんでも勝った方が一人で賊の討伐に行くんだと」
そしてすぐにまたその人は前に向き直り、決闘を見ようと背伸びをし始めた。お蔭でやはり私は見えないままだ。
しかし割り込んで行ってまで見たいものでも無い。寧ろどちらかが負けてしまうことを考えたら見たいとは思わなかった。
私は同じ1stの傭兵であるセリーンに話しかける。
「決闘なんてしないで皆で行けばいいのにね」
「自分の取り分が減ってしまうからだろう」
「取り分?」
「報酬のだ。傭兵同士のこういう決闘はそれほど珍しくもない。しかし、そうなると――」
わっと歓声が上がったのはこの時だった。直後剣同士がぶつかる甲高い音がこちらまで響いてきた。
どうやら決闘が始まったみたいだ。
「くっだらねぇ」
喧騒の中そんな声が聞こえ横を見上げるとその視界がふっと遮られた。ラグが私の目の前を通り群衆を割って進み出したのだ。
私は咄嗟に手を伸ばし彼の服を掴んでいた。彼が驚いた顔でこちらを振り向く。
「詰所に行くんでしょ? 私も一緒に行くから!」
きっと彼は詰所で盗賊の居場所を訊き、今闘っている傭兵など無視してすぐにでも向かうつもりだ。
早く行って、囚われているという男の人が本当にエルネストさんなのかどうか確かめたいのは私も同じだ。ここで置いて行かれるわけにはいかない。
すると彼は小さく舌打ちをして、服を掴んでいる私の手を取った。
「遅れんなよ」
「う、うん!」
手を強く握られ、そんな彼の行動に少し驚くと同時これで置いて行かれずに済むとほっとする。
彼は上手く人波をかき分け詰所の方へと向かう。お蔭ですぐ後ろを行く私はほとんど人にぶつかること無く進むことが出来た。
――この時、てっきり私はセリーンとアルさんもついて来ていると思っていた。
一際大きな歓声が上がり勝負がついたのだと見ないでもわかった。そして丁度同じ時私たちも人垣を抜けることが出来た。
その途端手は離され、彼は詰所へと入って行った。私もすぐに後を追う。
詰所の中は一見小さな食堂のようだった。テーブルとイスが乱雑に置かれ、その壁にはたくさんの貼り紙がしてあった。
その一番奥のテーブルに立派な口髭を生やした強面の男がどっかりと腰を下ろしていた。
詰所と言う割に今はこの人一人だけのようだ。他の人達はやはり外の決闘を見に行っているのだろうか。
その口髭の男の人は突然入って来た私達を一瞥し口を開いた。
「なんだ。お前さんら決闘は見ないのか?」
「訊きたいことがある。盗賊の根城はどこだ」
ラグが言うと、男はやはり立派な眉を寄せラグをじろじろと見回した。
「お前さんも傭兵なのか? クラスは」
「違うんです! 囚われてるっていう金髪の男の人が私たちの知り合いかもしれなくて!」
私が言うと、口髭の男は急に呆れ顔になってひらひらと手を振った。
「やめておけ、素人がわざわざ死にに行くようなもんだ。聞いたろ、凶暴なモンスターが出るって。今勝った傭兵が戻ってくるのを大人しく待ってりゃ」
「いいから早く教えろ!」
とうとうラグが怒鳴り声を上げた、と同時、外からどよめきと共に先ほどとは明らかに種類の違う歓声が聞こえてきた。
何事かと振り返ると丁度バタバタと詰所に入って来た人がいた。髭の男と同じ服を着た、しかし髭の男に比べ大分歳若い男だ。
「今飛び入りでまた1stの傭兵が! しかも女性の!!」
「え!?」
興奮して途切れ途切れの男の言葉に私は思わず声を上げていた。
そしてこの時気づいたのだ、セリーンとアルさんがこの場にいないことに。慌てて詰所を出るがやはり見回しても二人の姿は無い。
恐る恐る背伸びし騒ぎの中心を見て、――見つけてしまった。
(セリーン……!)
そう、彼女が先ほど勝負に勝ったと思われる傭兵の前に悠然と立っていた。
相手は想像よりずっと若く、セリーンやアルさんと同じほどに見えた。さっぱりとした短髪で、セリーンと同じく傭兵にしてはとてもすっきりとした格好をしていた。彼も彼女と同じ1stの傭兵。軽装備でも自分を守れる強さを持っているのだろう。
細身の長剣を手にし、この場に似合わない爽やかな笑みをたたえたその立ち姿からは気品すら感じられた。
「私はクラヴィス。貴女は?」
「セリーンだ」
「セリーン、美しい名ですね」
その話し声が聞こえてきたのは彼が話し始めた途端、観衆が静まったからだ。
「本当に良いのですか? 女性と言えど手加減は出来ません」
「あぁ、勝たなければならない理由があるのでな」
「……わかりました」
両者が剣を構え、再びわっと群衆は興奮に沸き立った。
「カノンちゃん!」
聞こえてきたアルさんの声に視線を移すと、丁度人垣から彼が抜け出てくるところだった。
「アルさん! セリーンなんで!?」
「っと、止めたんだけどさ、セリーンどうしてもそのモンスターとラグをもう一度戦わせたいみたいでよ」
言われてすぐに理解する。
もし本当にエルネストさんに会うことが出来たら、ラグは確実に呪いを解いてもらうだろう。そうするともう小さなラグには会えなくなる。
彼女にとっては、あのモンスターと盗賊達が“愛しの子”に会える最後のチャンスかもしれないのだ。
「でも、あの相手の人凄く強いんですよね?」
「1stってだけあって、さっきの闘い方見てもかなりの手練れだってわかったぜ」
「セリーンこの間大怪我したばっかりなのに……。さっき負けちゃった人はどうなったんですか?」
だが、その答えは大歓声に掻き消えた。
――両者の剣がぶつかり合う。
セリーンは相手の剣を上手く受け流しそのまま大きく斬り上げる。しかし相手は身体を反ってそれを避けきり裏刃で彼女の腹を狙った。あっと声を上げそうになるが、セリーンの剣がそれを受け止める方が早かった。彼女は声を張りその剣を薙ぎ払い後ろに飛び退く。
見ているこちらは気が気でないが再び対峙した両者の顔にはまだまだ余裕があった。クラヴィスと名乗った男の方は楽しんでいるようにさえ見える。
フィエールと闘ったときはその場の狭さがネックになったのだと私は考えていた。ここなら邪魔なものが無い分、彼女はフルに自分の力を発揮できるはずだ。
心配なのは、あの大怪我からまだ一週間経っていないこと。
「いざとなったら俺がぶっ飛ばしてやるからな、セリーン」
隣からそんな声が聞こえてきた。
「アルさん。さっき負けた人ってどうなったんですか? まさか」
「いや、寸止め。相手も潔く負けを認めたんだ」
「じゃあ、本気で斬るってことはないですよね?」
「わからねぇ、こればっかりは」
そこでアルさんは口を噤んだ。再び二人が剣を交えたからだ。
先ほどよりも早く連続した金属音が辺りに鳴り響く。相手が斬り下ろせば斬り上げ、横から来た刃を薙ぎ払い振り下ろす。
素人目だが互角の闘いに見えた。
二人の真剣勝負にいつの間にか辺りの喧騒が止んでいた。すげぇ……、そんな掠れ声が時折聞こえてくる以外は、剣のぶつかり合う音のみがこの場を支配していた。だがそんなときだ。
「止めだー!!」
背後からそんな大声が飛び出した。
驚いて振り返ると、先ほど詰所にいた髭の男が私たちの横を通り過ぎ二人の元へと無遠慮に向かっていく。
セリーン達はすでに剣を引いていた。
「この決闘はここで終いだ! 賊の討伐へは別の者が行くことになった!」
その言葉に群衆がざわついた。どういうことだ? こんないいところで。当然のことながらそんな文句ばかりだ。
「そういうわけだ。ほら散った散ったぁ!」
髭の男がそう叫ぶと皆つまらなそうに渋々その場を離れて行く。
私はホっと胸を撫で下ろしたが、一番納得がいかないのは今闘っていた当の二人のはずだ。
「どういうことです。この勝負に勝った者が賊の討伐へ行けるという話だったはず」
案の定、クラヴィスさんが髭の男に言う。流石にその顔から笑みは消えていた。
「報酬無しでいいって者が現れてな。こちらもその方がありがたいんでね」
そう悪びれもなく言いながら髭の男が大股でこちらに戻ってくる。丁度そのとき不機嫌顔のラグが詰所から出てきた。
「囚われているって男が知り合いなんだそうだ」
「知り合い?」
髭の男を追って来たクラヴィスさんが怪訝そうにラグに視線を送る。が、ラグは彼を見ること無く私達の方を見た。
「行くぞ」
「え? あ、うん」
行くということは盗賊の居場所を聞けたということだろう。一体どう説得したのだろうか。
と、セリーンも剣を仕舞いこちらに歩いてきた。彼女は特に異論はないようだ。
(セリーンはラグがモンスターと戦ってくれさえすればいいんだもんね)
しかし当然のことながらクラヴィスさんはまだ納得がいかないよう。
「待って下さい。貴方方4人で賊の元へ?」
「あぁ、わりぃな。急いでるもんでさ、今回は諦めてくれ」
ひらひらと手を振り笑顔で答えたのはアルさんだ。
するとクラヴィスさんはそこで足を止めた。諦めてくれたのだろうか。少し可哀想に思っていると、彼は意を決したように再び口を開いた。
「私も連れていってはもらえないでしょうか」
「は?」
「え?」
アルさんと私の声とが重なる。
爽やかな笑顔で彼は続ける。
「力になれると思います。勿論報酬は要りません」
「なんでそこまで……はっ! ま、まさかお前もセリーンを狙って!?」
アルさんがセリーンにも聞こえる大声で言う。……セリーンは無反応であるが。
クラヴィスさんは静かに首を横に振った。
「確かに彼女は魅力的ですが……。実は私も、その囚われているという男に興味があるのです」
「え?」
小さく声を上げると、彼が私を見た。
「貴方方のお知り合いだと聞きましたが、確かなのですか?」
「あんたには関係ない」
私が答えるより早く、すぐ背後からそんな怒気を含んだ声が上がった。
ラグがクラヴィスさんを睨み見ていた。
「ついて来るな」
「だ、そうだ。諦めろって。んじゃ~な」
「お前もだ、アル」
「へ?」
アルさんの笑顔が固まる。ラグは更にセリーンへも同じように続けた。
「誰がお前らも来いなんて言った。行くのはあの野郎に用のあるオレと、こいつだけだ」
「っ!」
急に腕を強く掴まれ、私は思わず小さく悲鳴を上げていた。
その顔を見上げ息を呑む。――それほどに、彼の表情は険しかった。
(ラグ?)
しかしそう言われて黙っている二人ではない。
「私は何を言われようとついて行くぞ。言ったろう、阻止すると。それに貴様一人でカノンを護れるとは思えんからな」
「お、俺だって行くぞ! 何言ってんだ今更。それにまだあの兄ちゃんだと決まったわけじゃ」
「ついて来るなと言ってるんだ!」
ラグはそう怒鳴るとアルさん達を制止するように手を伸ばした。
「来やがったら、この街ごと消す」
「!?」
その低い声に場の空気がさっと変わった。
私は今耳に入った言葉が信じられず、ただその恐ろしいほどに冷めきった瞳を見上げていた。
「――な、何言ってんだ。お前」
「うるせぇ!」
ラグのその剣幕に流石のアルさんも口を噤む。
セリーンは剣にこそ触れていないものの、敵を見るような酷く警戒した目でラグと私とを見ていた。
これまでにもラグがセリーンやアルさんの言動に我慢できず怒鳴ることなど何度もあった。でもこれは……、こんな顔をした彼は見たことがない。
事情を知らないクラヴィスさんも、その穏やかでない発言に眉をひそめている。
「ついて来るな」
ラグはもう一度冷たく告げると、私の腕をぐいと引いて彼らに背を向けた。
私は、何度も後ろを振り返りながらも彼について行くことしか出来なかった……。