番外編.追跡
ノーヴァでカノン達と別れたラグとアルディートは……。
注:アルディート視点の小説になります。
「お前さ、とりあえず一度飛んで小さくなれよ」
セリーンとカノンちゃんにしばしの別れを告げノーヴァを出た俺達。
肩をぐるぐる回しながら振り向くとラグが目を見開いていた。
何をそんなに驚いてんだ?
「一度は普通に使えんだろ?」
「……」
余程術を使いたくないのか、いや、小さくなっちまうのが嫌なのか、顔を引きつらせてラグは俺から視線を外してしまった。
頭の上に乗っかったブゥがそんな相棒を心配そうに覗き見ている。
俺はふぅと息を吐き続けた。
「じゃあ何か? お前ストレッタまでずっと俺に抱えられていくつもりだったのか」
「…………」
途端、ラグの顔が心底嫌そうに歪んだ。……失礼な奴だな。
「あのなー、俺だってケガ人ならともかく大の男抱えて飛びたくないわけ。どう考えたって小さくなった方が俺の負担が減るだろーよ」
「……わかった。ただし、小さくなっても絶対にガキ扱いするなよ」
念を押す様に睨まれ俺は今朝のことを思い出した。
あー……、つい懐かしくて少しはしゃぎ過ぎちまったか。
「わーったって! んじゃ、早速行きますか」
「あぁ。ブゥ、お前は一応ここ入っとけ」
「ぶ」
俺達は冷たい夜風を全身で感じ取る。
「すまない。少し力を貸してくれ」
「わりぃ。少し力借りるぜ」
『風を、此処に!!』
――そして、俺達は風に乗り空へと飛び上がった。
この術、簡単そうに見えるが術の中でもかなり難しいものだ。ストレッタでも限られた奴しか使えない。失敗すると最悪落ちて死んじまうからな。
まぁ、俺やラグにとっては普通に使い慣れた術である。
「っと」
風が治まると同時、俺達は雪面に着地した。
これを、風にもよるがあと10回かそこら繰り返せばストレッタに到着する。
ふと同時に着地したはずのラグの方を見るが姿がない……いや、視線を少し下にずらしたら居た。ちっさいラグが。
はぁと息を吐き縮んだ自分の姿を確認していたが、こちらの視線に気付いたのかぎっと睨み上げてきた。
や、その顔で睨まれても全然怖かないしな。
「あーあ。あの頃のお前は俺のことをそんな目で睨んだりしなかったのになー」
「だっから、そーいうのをやめろって言ってんだ!」
「えー、別にガキ扱いはしてないだろー? さて、肩車してくか?」
「思いっきりガキ扱いじゃねぇか!!」
「冗談だっつーの」
本っ当にからかいがいのある奴だよなぁこいつ。
その後、片腕で持ち上げようとしたら今度は荷物扱いするなと怒られたので、結局俺はラグを負ぶるかたちで次の風に乗った。
そんなこんなで、ストレッタに着いたのは夜が明ける少し前だった。
学舎の特徴的なとんがり屋根が見えてきたところで小さく舌打ちが聞こえ、俺は背中にとっついたちびに訊く。
「で、どうすんだ? その姿を見られるのは嫌なんだろ? とりあえず裏の林の中にでも降りとくか?」
「あぁ、そろそろ戻る頃だろうからな」
「げっ、お前さっきみたいにいきなりでかくなるの止めろよ。マジで首折れるかと思ったんだからな!」
「仕方ねぇだろうが!」
そして俺達はストレッタの学舎を高く飛び越え、その裏に広がる林の中に降り立った。
丁度その直後にラグは元の大きさに戻り、俺はホっと胸を撫で下ろした。や、マジでまだ首の付け根が痛ぇんだって。グキって言ったからなグキって!
「――で、こんな朝っぱらから学長に会いに行くのか?」
まだ暗い林の中を歩きながら先を行くラグに訊く。
ここは術の訓練にも使われる林で、視界が悪かろうが雪で覆われていようが俺もラグも難なく進むことが出来る。
「あぁ」
「さすがに学長もまだ寝てるだろ。つーか俺もかなり眠いんだけどさ」
「部屋に戻って寝りゃいーだろ。話が終わったら即起こしに行くからそれまでだけどな」
「ったく、人使い荒ぇなぁ。今日が休みで良かったぜ。ま、カノンちゃんが心配で早く戻りたい気持ちもわかるけどよ」
「だから、」
「俺もセリーンに早く会いたいしな!」
「……あの変態のどこがいいんだか」
「アチョー!」
「いって!」
後頭部に軽~くチョップをかましてやると前の方に乗っかっていたブゥが驚いたように飛び立った。
「何すんだ!」
「女性に対してそういう失礼な物言いをするなって言ったろーが! 彼女は、俺の運命の人なんだよ」
「もうそれ聞き飽きたっつーの」
「今度こそ絶対だって! 見た瞬間ビビっと来たんだって!!」
「あーはいはい」
「なんだ~先輩に向かってその口の利き方は~。先輩は敬えっていつも言ってるだろー?」
「は、休みの度に無断出国してる奴を敬えって?」
「うっ」
「しかも理由が運命の人を見つけるためとかアホか」
「いいじゃねぇか! お蔭で見つかったんだからよ!」
「あーはいはい」
そんな取り留めのない会話をしつつ林を抜ける頃には辺りは大分明るくなっていた。
といっても上空は相変わらず厚い雲に覆われていて、いつまた雪が降り出してもおかしくはない。
林の中とは一転、きちんと整地された裏庭を夜中に積もったのだろう新雪に足跡を付けながら進む俺達。
と、ふと思いつき俺は再び声を掛けた。
「お前さ、話が終わったら俺の生徒にくらい顔出せよな」
「そんな時間あったらお前に頼んでまで急いで帰ってきてねぇよ」
「だってお前が居なくなってから双子がずっと元気無くってよー。お前突然出てっただろー? 特に兄の方がボロッボロでさ。ちょっとくらい顔見せてやれよ」
「…………」
全く会う気無いなコイツ。
無言で裏口の扉に手を掛けたラグを半眼で見やった、丁度その時だった。
「ラグ」
唐突に背後から声を掛けられ、ラグがすぐさまこちらを振り返り、同時に俺も振り返って――とにかく驚いた。
そこには金髪の男(……だよな?)が立っていた。いや、その場に浮いていた。しかもその体は透け向こうの林が丸見えで――。
「で、でででっ、で、出たああああああ~!!」
「うるせぇ黙れ! ――何の用だ、金髪野郎」
冷静な、いや、最高不機嫌なラグの低い声に俺もどうにか平静を取り戻すことが出来た。
(知り合い、なのか……?)
だが、俺よりも年下に見えるその優男が深刻そうな顔で口にした言葉に、更に驚くことになる。
「ラグ、今すぐに戻って。カノンがグラーヴェ兵に攫われた」
「!?」
「は!?」
「赤毛の彼女も、カノンを助けるために酷い傷を負ってしまった」
「セリーンが!?」
「急いで戻って――」
最後にそう言い残し、金髪の男は風に攫われるようにすーっと消えていってしまった。
「くっそ!!」
そんなラグの怒声で俺は我に返る。
「ど、どういうことだラグ、ありゃ誰だ?」
「アル、今すぐノーヴァに戻るぞ!」
その余裕の無い表情に俺は一瞬気圧されながらも訊く。
「や、それはいいんだが、学長への話はいいのか? ってかさっきの奴の言葉を信じていいのか? カノンちゃんを攫うってなんで?」
「説明は後でだ! 飛ぶぞ!!」
「ラグ先輩!?」
またしても唐突に聞こえた声に驚き見上げると、2階の窓から顔を覗かせている者がいた。
それはとてもよく見知った、つい先ほども話に出した双子の片割れだった。
「やっぱりそうだっ! 今日はなんだか朝早くに目が覚めちゃって、きっと先輩が近くに来てるって予感だったんですね! 今帰って来られたんですか!? 良かったーおれずっと待ってたんですよー!!」
「アズ! 学長に伝言頼む!」
久しぶりに聞いた少年の弾丸トークを遮るようにラグは叫んだ。
「ラグ先輩がおれに頼み事ですか!? わーおれ感激ですっ! 何でしょう、張り切って学長にお伝えします!!」
「例の銀のセイレーンはオレが片付けたからもう何も問題無いと伝えろ!」
「本当ですか!? さっすがラグ先輩! あの伝説の銀のセイレーンを倒しちゃうなんて、ますます尊敬ですっ!!」
「わかったな!」
「はい! 任せてくださいっ!! あ、イズにも教えてやらなきゃ! イズの奴も先輩がいなくなってとっても寂しがっててー、まぁおれほどじゃないんですけどねって、え、えぇ!? もう行っちゃうんですか!? ちょっ、ラグせんぱーーーーーい!!」
大声で叫ぶアズに向け俺は上空から手を振ってやった。ラグはそれどころじゃなさそうだしな。
俺よりも少し上を飛ぶラグのその真剣な表情を見上げて、俺も気を引き締める。
――何が何だかわからねぇが、後でちゃんと話せよな、ラグ!
こんなに術を立て続けに使用したのはいつ振りだろうか。
流石に全身が気だるくなり始めていたが、それよりも焦りの方が勝っていた。
もう日は結構な高さにまで昇って来ている。ラグのポケットの中にいるブゥはすでに夢の中だろう。
カノンちゃんが攫われて、セリーンが酷い怪我を……?
にわかには信じられないが、背中にいる小さなラグから伝わってくる緊張感に嘘はないだろうとわかる。
訊きたいことはたくさんあるが、それよりも今は少しでも早くノーヴァに辿り着きたかった。
(頼むから生きていてくれよ、二人とも!!)
自由を手に入れた街ノーヴァ。俺は昔から親しみを込めてこの街をそう呼んでいる。
ラグは地に足が着いてすぐに猛ダッシュで宿へと向かった。俺もそれについて行く。
宿の中に入ると丁度食堂に入ろうとしていた宿の主人と目があった。
「あ、昨夜の! あの、お連れ様が大変なことに」
かなり慌てている様子で食堂を指差す主人の傍らを小さなラグがすり抜け中に入って行った。
俺もその後に続き、食堂の中を見て驚愕する。散乱している机や椅子。いたるところに付けられた刀傷。そして血痕。
ラグを探して視線を落とし、息を呑んだ。セリーンが青白い顔で床の上に横たわっていた。
浅い呼吸を繰り返していることに少し安堵するも、腕と腹に巻かれている包帯はすでに真っ赤に染まっていた。
処置をしていた町医者だろうか、主人と同じくらいの歳の男が急に入って来た俺たちを振り返る。
「先生、こちらがお連れ様です」
「あぁ、間に合って良かった。手は尽くしたのですがこれ以上は、もう……」
俺は先生に退いてもらいセリーンの傍らに膝をついた。
「セリーン、今治してやるからな」
腹に手を当てながら俺が言うと、セリーンがうっすらと目を開けた。
「私、に、触れる、な」
「癒しを、此処に……!」
医者と主人が背後で息を呑むのがわかった。
「うっ……」
セリーンの顔が一瞬だけ苦しげに歪んだが、少しずつ確実に傷が塞がり始めるのを掌から感じとる。
「いけそうか?」
「あぁ、でもお前も戻ったら頼むぞ、その方が確実だ」
「わかってる」
「……その、声は、愛しの子か?」
セリーンがふっと表情を和らげ小さなラグを見上げた。しかしそれはすぐに悲痛に歪む。
「すまない、カノンを、護れなかった」
「後で聞く。喋んな」
そんなラグの声にセリーンは再びすっと目を閉じた。
ラグが元のサイズに戻ったのはその少し後。
また背後の二人が驚くのがわかったが、ラグも俺も今はそんなこと気にしていられない。
ノーヴァはストレッタに近いこともあり、他の街に比べて術士に免疫があるはずだ。
ラグは包帯の巻かれた腕に手を触れ癒しの術をかけ始めた。
――どのくらいの時間を掛けただろうか。
こんな重傷の治癒は俺も、おそらくはラグも久しぶりのことで、手を離したときにはお互い汗でびっしょりになっていた。
ラグはその瞬間また身体が縮んでしまったが。
「ふぅ」
「おい、終わったぞ」
そのラグの声にセリーンが目を開けた。
まず俺の治した腹に手を当て、その後で恐る恐る(俺にはそう見えた)包帯の巻かれた腕をゆっくりと天に向かって伸ばした。
「……凄いな、これが術の力か。ありがとう」
そう、小さなラグに向かい優しげに目を細め言うセリーン。
――えっと、俺には……?
セリーンはゆっくりと身体を起こしながら俺の背後にいる医者と主人にも礼を言う。
はっはー。俺は完全にスルーなんだ~。……ヤベ、ちょっと泣きそうかも。
「なぁセリーン、そんなにすぐに動いて平気なのか? いくら傷が治ったからって辛いだろ?」
俺はもう何度目か後ろから声を掛けるが、未だ一切の答えが無い。
セリーンの前にはまだ小さいままのラグがやはり早足で雪道を進んでいた。
――あの後、二人は俺が止めるのも聞かずにすぐに宿を飛び出しノーヴァの街を出た。
セリーンは宿を出る際主人にかなり多めの金を渡し、ラグはなぜか昼間だというのに火のついた松明を手にしていた。
主人曰く、カノンちゃんを攫ったそのグラーヴェ兵はランフォルセの近衛騎士だと名乗ったそうだ。
「例の使者だろうな。ランフォルセに戻んならノーヴァに一泊してってもおかしくねぇし」
俺がそう言うとラグは悔しげに強く拳を握りしめていた。
「――で、ラグはどこに向かってんだ? ランフォルセの方に向かうんじゃねぇのかよ」
先ほどから完全に街道を外れ雪深い斜面を登っている。
「こっちに乗り物がある」
「乗り物?」
馬、だろうか?
しかしそれなら馬と言えばいいのになぜ敢えて“乗り物”という言葉を使うのか小首を傾げているとセリーンがやっと口を開いてくれた。
「なぜこんなに早く戻って来たんだ? 私はてっきり丸1日はかかるものだと」
その声は昨夜に比べやはり覇気が無いように感じた。
「……金髪野郎だ」
「あのエルネストとかいう男か。……本当にカノンのことを見守っているのだな。お蔭で私も命拾いしたわけか」
さっきの優男のことだろうか。俺はとりあえず黙って二人の会話を聞いていることにした。
「あいつは、カノンは無事なんだろうな?」
「あぁ。私が最後に見たときは、だが……。ただ口を塞がれ、両手を拘束されていた。それなのにあの子は最後まで私のことを気にしてくれていた」
「……アル。お前あとどのくらい力残ってる」
「あ?」
急に話を振られ俺は小さく驚く。しかしすぐに笑顔で答えてやった。
「おいおい、お前俺を誰だと思ってんの。まだまだ行けるぜ。それにカノンちゃんを取り返すまでは、ぶっ倒れるまで頑張るつもりよ俺」
ホント言うと結構きつかったが、セリーンの手前そんなカッコ悪ぃこと言えないしな。
「そのかわり、そろそろちゃんと話せよな。なんだってカノンちゃんがグラーヴェ兵に攫われる必要があるんだ?」
ラグは少し考えるように間を開けてから、答えてくれた。
「あいつが、銀のセイレーンだ」
「……へ?」
「だからグラーヴェ兵に攫われた。ランフォルセの奴らは銀のセイレーンの力を手に入れたいようだからな」
俺は不覚にも言葉を失ってしまっていた。
だ、だってそれなら俺は、つい昨夜あの伝説の銀のセイレーンと喋ったってのか?
いや、そんなことよりも、あの可愛らしいカノンちゃんと世界を破滅させると云われるあの銀のセイレーンとがどうしても合致しない。
「信じる信じないは貴様の勝手だ」
そう冷たく言ったのはセリーンだ。
「い、いや、信じるさ。でも、じゃあお前銀のセイレーンは倒したって、あれは嘘ってことか?」
「そうでも言わないと色々と面倒だったんだ。……俺のこの呪いを解くためにはあいつの歌が必要なんでな」
そう言われて、ようやくあの堅物のラグがこんなにもカノンちゃんに執着する理由がわかった気がした。
(……まぁ、それだけじゃねぇとは思うけど)
とにかく、それがきっかけで行動を共にしているわけか。
……カノンちゃんが銀のセイレーン。
一体どんな歌を使うのだろう。二人はすでに聴いたことがあるのだろうか。
そう思ったら、早くもう一度カノンちゃんに会いたくなった。
「ランフォルセの奴らがカノンちゃんを欲しがってるってんなら、命を取られることは無いわけだな?」
「わからねぇ。あいつが役に立たないとわかったら……。だから、ランフォルセに着いちまう前になんとか取り返さねぇと」
「そうだな。で、乗り物ってのはまだなのか?」
「もう少しだ」
「馬じゃないのか? なんだってこんな街から外れたとこに……」
ラグの向かう先を見上げて、俺は気付く。この辺り一帯、樹木が不自然に倒れていることに。
嫌な予感を覚えつつラグ達について行き、その乗り物を目にした俺はとりあえずこう叫んだ。
「なんだこのでっかいのおおおおおおおお!!?」
セリーンは相変わらず何も話してくれず、ラグは「ビアンカ」という名前と、これが誰かからの借り物だということしか教えてくれなかった。
(借り物って……。この数カ月の間に一体何があったんだよ)
俺はラグの小さな背中を見ながら胸中でそう呟いていた。
――7歳の頃からずっと傍にいたラグが急に遠くに行ってしまった気がして、少し寂しさを覚えてしまったなんて絶対に言えねぇ。
それでもラグの持ってきた松明の意味はその後わかった。
どうやらこの大きな白蛇もどきは寒さで冬眠してしまったらしい。
俺はラグに言われその松明の炎を使いビアンカの周りに炎の壁を作り上げた。勿論山火事なんて起こらないよう上手く加減してだ。
ビアンカはほどなく目を開け、ラグとセリーンはほぼ同時に安堵のため息を漏らしていた。
「すぐに飛べるか?」
ラグがそう言うとビアンカは応えるようにむくりと頭を持ち上げ、その後やる気を見せるように翼を大きく動かした。
その迫力に、俺は思わず一歩後退ってしまったのだった。
ビアンカの乗り心地は想像よりもずっと快適だった。高いところが苦手な奴だったら大変だろうが、空を飛ぶのは慣れているからな。
それでも言われた通りうろこはしっかりと掴み俺は足元の細い街道をじっと見下ろしていた。
「街道を進めば夕刻までには見つかるはずだ」ラグはそう言ったが、その姿が元のサイズに戻っても、日が落ちてしまってもカノンちゃんの姿は一向に見つからなかった。
「おかしい。いくら夜馬でもここまで早くはないはずだ」
「やっぱどっかで街道外れたんじゃないか? 確実に追い越してるだろ、もうそこランフォルセ領内だぜ」
「くっそぉ!!」
ラグがいきなり目の前で立ち上がって俺は驚く。
「おい、危ねぇって!」
「風を此処に!!」
そう叫びラグはビアンカから飛び降りてしまった。
あいつが万物の力を断りも無く使用するのは珍しい。それでもうまく風に乗りエレヴァートの方角へ単身戻っていく。
「ったく、何やってんだあいつは! ビアンカ、あいつを追ってくれ!!」
ビアンカは俺の言葉にもすぐに答えてくれた。
――気持ちはわかる。動かずにはいられないのだ。ビアンカに乗っているのは楽でいいが、どこかもどかしい。
ラグにはなかなか追いつけなかった。どんだけ早い風を捕まえたんだあいつは!
昔からそうなのだ。羨ましいくらいにあいつは万物に好かれている。それが逆にあいつを苦しめていたとしても……。
だが結局ラグは程無くして地面に降りていった。その上空に追いつき俺もビアンカから飛びおりる。
辺りは闇に包まれていた。小さな背中に俺はため息交じりに声をかける。
「大丈夫か?」
「うるせぇ!」
「焦る気持ちもわかるけどよ。なんなら先回りしてグラーヴェ城を張ってたっていいんだし。城に戻るってのは確実なんだろ?」
「何日掛かると思ってんだ!」
「まぁな……。でもこんな暗い中闇雲に探したって見つからねぇだろ?」
「ならどうしろってんだ!」
その時小さな鳴き声がした。ブゥがポケットから出てきたのだ。
おそらくは大分前から起きていて、それでも出て来れなかったのだろう。
「そうだ。ブゥ、お前はわかるか? カノンがこの山のどこかにいるんだ」
「ぶぅ?」
「流石に広すぎるだろうよ」
ダメだコイツ、完全に冷静さ失ってやがる。
俺だって焦っている。だがこんなラグを見ていると、この小さな背中を見ていると、俺は何でもないふうを装いたくなるのだ。
「おい、とにかく戻れ」
そう上空から声がかかった。
俺は抵抗する細い腕を無理やりに引いて空へ飛び上がった。
「もしかしたら野営の煙が見えるかもしれない。注意しながらゆっくり戻ってみよう」
「夜馬で野営なんかするかよ」
「何もしないよりはマシだろう」
セリーンの優しげな声音にラグは小さく舌打ちをし視線を遠くに送った。
……とりあえずは落ち着きを取り戻せたようだ。
俺は後ろを振り向き、手振りと表情で感謝を伝える。セリーンは「ふん」と鼻を鳴らし俺から視線を外すとラグとは逆の方向を見つめ始めた。
――つれない態度は相変わらずだが、なんとなくその空気が先ほどよりも柔らかくなったように感じて、俺も気を引き締めて手掛かりを探すために闇の中目を凝らした。
再び日が昇ってもカノンちゃんは見つからないままだった。
しかし手掛かりはあった。
明け方再度ランフォルセの方へと飛んでいる時に、街道のど真ん中に雪に埋もれかけたモンスターの死がいを見つけたのだ。ソレには剣による傷跡があった。
セリーンは「カノンを攫ったあの男に違いない」と、自分の利き腕を握り言った。
これで街道を進んでいることは間違いないとわかったのだ。
――そして、流石に瞬きの回数が増えてきた頃、ラグが叫んだ。
「いた!」
「マジか!?」
俺はラグの向こうを見る。すると確かに走っている馬が見えた。
ここからでは一人しか確認できないが、あれはグラーヴェ兵の使う夜馬に間違いない。
「ビアンカ頼む!」
ラグが鋭く言うとビアンカはその速さをぐんと増した。
馬が急にふらふらとし出し足をもつれさせたのはその時だった。
「なんだ? 急に」
「あいつ……っ」
ラグが毒づくように言う。
馬を追い抜きざま、俺はカノンちゃんの髪の毛が銀に輝いているのを見た。
グラーヴェ兵がカノンちゃんに向かい手を振り上げるのと、ラグが風を呼ぶのはほぼ同時のことだった――。