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3.ラグ(♪)

 空は満天の星たちで輝いていた。

 この世界にはまだ電気がないようだ。先ほどの城も照明には松明や蝋燭を使っていた。

 だからこんなにも無数の星々の光が確認できるだろう。

 でも、今はそんな感動に浸っている場合ではない。

 自分の身一つで空を飛ぶという初体験の真っ最中なのだ。

 ゆっくりと後ろに首を回すと、まるで水の中にいるように体の向きを変える事が出来た。

 眼前には黒い壁のような山々が聳え、月に照らされた部分だけが白く浮かび上がって見えた。


(あ。この世界にも月があるんだ)


 ふとそんなことを思う。

 足元には底なしのような黒々とした樹海が広がっていて、別に高所恐怖症というわけではないが十分に背筋が冷えた。


「山ん中に入っちまえばこっちのもんだ。とりあえずあの辺りに降りられるか?」


 少年の指さしたのは山の麓あたりだ。

 私は歌いながら頷く。

 すると思った通りに体は前進してくれてホっとした。

 しかし鳥のように早くとはいかなかった。もしかしたら地面を走った方が早いかもしれない。

 漸く目標の半分程まで来た頃、歌い続けていることが少し辛くなってきた。

 すでに口の中は水分を求めてカラカラだ。


 ――あそこまでちゃんと歌えるだろうか。


 そんなことを考えたのがいけなかったかもしれない。急に喉の奥がどうしようもなく痒くなってきた。


(まずっ……!)


 限界だった。

 私は空中で激しく咳き込んでしまった。


 ガクンっ


 歌が止まった途端、案の定私たちは落下を始めた。


「きゃあああぁぁ!!」


 歌うことを完璧に忘れた私は、ただ絶叫を上げるしかできない。

 いや、もしかしたら声すら出ていなかったかもしれない。

 重力に従い上空ざっと20mからの急降下。

 助かるはずが無い。


(死ぬんだ、私)


 あまりの恐怖と強烈な落下感で次第に薄れていく意識の中、私は今も腰に抱きついてる少年に「ごめんね」と謝った……。






(…………?)


 身体が一定のリズムで揺れている。

 深い場所からゆっくりと意識が浮上していく。


(私、生きてる……?)


 どこかで鳥のさえずりが聞こえる。

 いつの間に夜が明けたのだろう。

 私は重い瞼を開けた。

 まず見えたのは黒々とした高い針葉樹と、白い空。

 そしてそれよりも近く。


「!?」


 見知らぬ青年の横顔に、私は大きく目を見開く。


(誰!?)


 枯葉の混じった土を踏みしめる乾いた音。

 私は自分がこの人に抱えられていると知り焦る。

 確か私は少年とブゥと供に空から落ちたはずだ。

 どうしてか助かったのはいいが、この青年は私をどこに連れて行こうとしているのだろうか。

 と、微かな身じろぎが伝わったのか青年がこちらを見下ろした。


「起きたか」


 短く言って彼は足を止めた。

 そのまま私を少し乱暴に地面に下ろす。

 辛うじてバランスを取った私は彼から距離を開けた。


「あ、あなたは?」

「あ?」


 私の第一声に彼は眉根を寄せる。

 同じ歳くらいのようだが、不機嫌そうな顔のせいでもう少し上に見える。

 無造作に結ばれた長い黒髪に額に巻かれた布。


(あれ?)


 ふと気付く。

 彼の服装には見覚えがあった。

 ――そうだ。確かに少年の着ていた服と同じものだ。

 訝しげな私を見て彼は大きく息を吐いた。


「ったく……めんどくせぇな」


 彼は視線を外しぶっきらぼうに言い放つ。


「さっきのガキはオレだ」

「へ?」


 私は首を傾げる。

 意味が全くわからない。

 そんな私をキッと睨みつけ彼は怒鳴った。


「だから、さっきのガキがオレなんだよ! そんでこっちがオレの本当の姿だ! わかったな!!」


 そして彼はそのままそっぽを向いてしまった。


「……ぅ、うっそぉ~!?」


 思わず私は彼を指差し声を上げていた。


(さっきの子と同じ人物ってこと!?)


 私は少年と同じ、青い瞳をした彼に訊く。


「で、でも、……じゃあブゥは? どこに行っちゃったの!?」


 少年が相棒だと言っていたブゥ。

 近くを見回すが姿がない。

 少年と彼が同一人物だというなら、ブゥがいないのはおかしい。


「ブゥならもう寝てる。こいつは夜行性だからな」


 そう言って彼は自分の結んだ後ろ髪をむんずと掴み上げ私に見せた。

 丁度結び目の辺りに翼で自分の体を包むようにして器用に逆さ吊りになったブゥがいた。

 目を閉じ、そのブタ鼻が規則正しく動いている。……どうやら本当にお休み中のようだ。


「オレの名前はラグ。アンタは?」


 急に訊かれ、まだ混乱中の頭で小さく「華音」とだけ答える。


「ならカノン、立ち止まっているヒマはない。さっさと進むぞ」

「ど、どこに行くの?」


 すでに歩き始めてしまったラグの後を慌てて追いながら訊ねる。


「とりあえずはこの山を越える」

「そうだ。ねぇ、なんで私たち助かったの? あんなに高い所から落ちたのに」

「風に助けてもらった」

「はぁ……。でもそんなの出来るなら初めから言ってくれれば良かったのに」

「ガキの姿じゃ術は使えねぇんだよ! あん時はマジで危なかったんだからな!」


 また怒鳴られてしまい私は首をすくめる。


(そんなに怒鳴らなくってもいいのに)


 いじけた気分で口を閉じ、足元を見ながら深い樹海の中を進む。

 もう夜は明けているのにここは殆ど光が入ってこない。

 獣道もない、完全なる道なき道。

 木の根がいたるところに張り巡らされ、歩きにくいったらない。

 それなのにラグは一人でほいほい進んでしまって、こっちは追いかけるのに必死だ。


(一緒にいるなら少年の姿の方が良かったなぁ……)


 はっきり言って今の彼は苦手なタイプだ。

 でも彼は私を助けてくれた。

 しかも二人きり。(ブゥは寝ているし)

 険悪になるのは嫌だった。


「ねぇ、子供になるのもその魔ほ……魔導術なの?」


 途端彼の足がピタリと止まった。

 賞賛の意味で言ったのだが、気に障ってしまったのだろうか。

 また怒鳴られるかと思わず身構えるが、彼は背を向けたまま憎々しげな声で言った。


「……これは呪いだ」

「呪い!?」

「そうだ。術を使うとさっきのガキに変わっちまう。クソむかつく呪いだ!」


 吐き捨てるように言いまたズンズン歩き出すラグ。

 ……とりあえず私はこの事にはあまり触れないでおこうと心に決めた。

 足を進めながらふと思い出し髪の毛を確認する。……何の変哲も無い黒髪。

 ひょっとすると歌ったときにだけ銀色に変わるのかもしれない。


(呪いに、魔導術かぁ……)


 こちらの世界は本当に不思議なことばかりだ。

 それに、エルネストさん。

 彼も幽霊のような不思議な姿で現れた。


「ラグってエルネストさんの何?」

「エルネスト? 誰だ?」


 逆に怪訝な声で訊き返され戸惑う。

 エルネストさんはラグが助けに来る事を知っていた。

 だから二人は知り合いだと思っていたのだが、違うのだろうか。


(あれ?)


 それなら、何でラグは私を助けてくれたのだろう。


「ねぇ、」

「もう喋んな!」


 またきつく言われてしまい私は仕方なく口を噤む。

 するとラグがこちらを振り向き釘をさすように言った。


「もう夜が明けちまったんだ。さっきの兵士が追って来てるかもしれねぇ。それにな、こんな山ん中じゃモンスターがいつ出て来てもおかしくねーんだ。わかったな」


 言われて私はドキリとする。

 夜散々追いかけられた兵士たちの姿が頭を過ぎる。

 眠っていたせいか、まるで悪夢を見ていたような気がするけれど。


 でも違う。これは夢じゃない……。


 また兵士に捕まってしまったら何をされるかわからない。今度こそあの剣で殺されてしまうかもしれない。

 更に“モンスター”!?

 今彼の髪の毛で眠っているブゥもモンスターらしいが、やはり“モンスター”と言うと恐ろしい化け物の姿を連想する。


 ――まだ、終わっていない。


 途端足がガクガクと震え出す。


「ったく、誰かさんがもう少しがんばってくれりゃ今頃は山を越えられてたのによ……」


 ぶつぶつと文句を言いながらすでに足を進めていたラグが、ついて来ない私に気付き振り返った。


「おい! 急げって言ってんだろ!」


 怒鳴られても私は動けなかった。

 それどころかその場にしゃがみこんでしまった。

 足に力が入らない。


「ふっ……うっえぇっ」


 知らず嗚咽が漏れていた。涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 今までの恐怖が、せきを切ったように溢れ出した。


「おっおい、何泣いてんだ!?」


 慌てた声でラグがこちらに戻ってくるのがわかる。

 でも顔を上げられない。

 こんなに泣くのは久し振りで、去年大好きだったおばあちゃんが死んだ時以来かもしれない。

 その時はとにかく悲しくて泣いた。

 今はただ怖くて、この世界に来てずっと混乱していた頭がついに爆発してしまった。

 まさか17歳で死の恐怖を何度も体験することになるとは思わなかった。

 今までが平凡過ぎた分、一気にしわ寄せが来たとしか思えない。

 しかもまだ終わっていないなんて……。


 早く帰りたい。


 早く、元の世界に戻りたい……!



「どこか痛いのか!?」


 焦ったようなラグの声。

 私はしゃくり上げながら首を横に振る。

 心配してくれているらしいラグ。

 先ほどまで怒鳴られてばかりだったから少し意外だった。

 ただ泣く私に困り果てたような雰囲気が伝わってきて、申し訳なくて、


 でも少し、嬉しかった……。




 ひとしきり泣いた私はラグに謝った。そして、


「助けてくれて、本当にありがとう」


今できる精一杯の笑顔で言った。


 ラグはまず驚いた顔をしてから、呆れたように大きな溜息を一つ吐いた。


挿絵(By みてみん)

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