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17.雨の農園

 夜が明け、徐々に気温が上がってきていた。

 ブライト君は一命は取り留めたもののまだ起き上がることは出来ず、木陰で寝た状態のまま深刻な顔で話し始めた。


「カルダに、ライゼ様のことを知られてしまったかもしれません」

「!?」


 皆息を呑んで先の言葉を待つ。悔しそうに顔を歪めながら彼は続けた。


「カノン様たちと別れた後、私は村中声を掛けて回ったのですが、やはり誰も出て来てはくれず……仕方なしにクラールの元へ戻ったのです。そこにカルダの奴が――」



 ◆◆◆◆◆



 私とクラールを見て、カルダは大して驚きもせずにいつものにやけた顔で言いました。


「ほお、目を覚ましやがったのか。だったら明日から早速働いてもらうぜ」

「あ、明日はまだ無理です! 先ほど目を覚ましてくれたばかりなので、最低でもあと3日は安静に」

「はっ、それでなくてもこの村の奴らは仕事がトロくてなぁ、このままだとこの俺が上にとやかく言われちまうんだよ。目を覚ましたんなら食いもんを食うんだろーが、食うなら働け、働けねぇなら食うな。簡単なこったろーが」

「くっ……」

「それよりてめぇら、変な女を見なかったか? この国の女じゃねぇ、若い女だ」


 来た、そう思いました。やはりカルダはカノン様を捜していたのです。

 勿論私はしらを切りました。


「さぁ、知りません」

「そうかい。村の奴らがなぁ、何か知らんが怯えてやがんだ。そんで、そのガキの名前が出たんでここに来たんだが。……もう一度訊くぜ、女を見なかったか?」

「知りません」

「……隠したって良いことねぇぜ。折角目を覚ましたのになぁ。可哀想になぁ」


 カルダはにやけた笑みを張りつかせて横たわるクラールのもとへ近付いていきました。

 そして、庇って前に出た私を待ってましたとばかりに殴ったのです。

 奴はずっと私のことが気に入らなかったのでしょう。医者という名目上、私にはこれまで表立って手を出せなかったようですから。


 奴の暴力には容赦が無かった。……意識が遠のき始めたときでした。


「もうやめてください! あの人はライゼ様の……っ!」


 クラールが、見かねてそう言ってしまったのです。


「く、クラー、ル……っ」

「あぁ? ライゼ“様”だぁ? 誰だそれは、聞いたことのねぇ名前だなぁ」

「あ、あ……」

「カルダ! クラールはまだ目を覚ましたばかりで、頭が混乱しているんだ。八つ当たり、なら、……私にしろ!」

「は、流石は優しいお医者様だ。そんじゃ遠慮なくやらせてもらうぜ!」


 ――正直、もう駄目かと思いました。

 飽きたのか、漸くカルダが私から手を離したときには、もう目を開けているのがやっとでした。


「ぺっ、つまらねぇ!!」


 そう吐き捨てカルダが家を出て行きました。

 クラールが泣いていました。


「ごめんなさい、ブライト様。僕、」

「い、え、しかしこのままでは……。クラール、ひとりで平気ですか? 私は、ライゼ様に、このことを伝えに行きます」

「はい。僕はもう平気です。でも、ブライト様が……っ」

「はは、私は医者です、よ。……大丈夫。あなたはまず自分が元気になることを一番に、考えなさい。ライゼ様、そしてラウト様のためにも。わかりましたね」

「はい!」


 そうして、私はクラールの家を後にしました。



 ◆◆◆◆◆



「――あれで、カルダの気が治まったとは思えません。最悪、村の者が脅されてこの場所を話してしまうことも考えられます。ですから、その前にどこかへお逃げ下さい、ライゼ様!」


 ブライト君の目は真剣そのものだ。

 それを伝えるために彼は命をかけてここまで来たのだ。ライゼちゃんの守り役として。

 だが……、


「私はどこへも逃げません」


ライゼちゃんはそんなブライト君の目を見てきっぱりとそう答えた。


「ライゼ様!?」

「村の皆が混乱している最中、私だけが逃げるなんて出来ません。……決めました。私が村へ行き、カルダに直接交渉しましょう。今後村の者へ一切の暴力を振るわぬよう」


 その言葉にラウト君、そしてヴィルトさんまでが目を見開いた。


「な、何を……! そんな、交渉などが通じる相手では、」

「カノンさんのことも、私が直接話したほうが皆安心するはずです」

「それは、そうかもしれませんが……。い、いえ、ライゼ様が奴に会うなど冗談ではありません!」

「私だって、このフェルクレールトの民です!!」


 その叫びにも似たライゼちゃんの声に、ブライト君の身体がびくりと跳ねる。


「少しだけ皆と違う力を扱えると言うだけ……。それだけのために、こうして安全な場所で皆に守られ、何もせず、そうしてただ死んでいくのは嫌なんです!!」


(ライゼちゃん……)


 ライゼちゃんのその悲痛な言葉にブライト君はショックを受けたように目を伏せてしまった。


 ――彼女が、危険を顧みず遠い地まで私に会いにきた理由。そして今こうして必死になっている理由。

 すべてこの国の民を愛しているからだ。そして皆のために何かをしたいと思っているからだ。

 彼女は最初から言っていた。ただ護られているのが辛いと。


(その強い想いに惹かれて、私は今このフェルクレールトの地にいるんだ……!)


「カルダには、私が会いに行く」

「は!?」


 シンと静まり返る中突然声を上げた私に、皆の視線が一斉に集まった。


「だって、カルダが捜しているのは私だし。私が行けばカルダも気が済むと思うし。っていうか、そもそも私があいつに会っちゃったのがいけないんだし」


 またあの男に会うと思うと、足が震えるほどに怖いけれど、でもそれ以上に決心は固かった。

 私は自分を落ち着かせるように一度深呼吸して、まっすぐに皆を見た。


「私の世界でもね、少し前までこのフェルクとランフォルセみたいな関係の国が多かったの。でも今はそんな国殆どなくなってきてる。皆、そんなのおかしい、人間には皆人権があって、皆平等であるべきだって、わかってきているからなの。だからカルダもちゃんと話せば分かってくれるかもしれない」


 そう、今この国の皆が直面していることは、少し前の地球――私が生まれた日本も例外ではなく行なわれていたことだ。

 そういった世界の歴史をそこまで熱心に勉強したことはなかったけれど、でも繰り返してはいけない過ちだということだけは理解していた。


「確かにこのレヴールがカノンさんの住む世界のようになったらどんなに素敵でしょう。……しかし、カノンさん!」

「やっぱりライゼちゃんはカルダに会ったらマズイよ。これからのことを考えてもさ。だから、ライゼちゃんはカルダのことよりも、村の人たちを安心させてあげて!」

「カノンさん……」


 私は笑顔で続ける。


「もし話してもダメだったときは歌があるし! ほら、前にランフォルセで、なんて言ったっけ……カルダみたいに暴力的な兵士のやる気をなくしちゃったことあったでしょ? あの歌をまた歌えばさ」

「アホかてめぇは!!」


 そう私に向けて怒鳴ったのはまだ小さい姿のままセリーンに後ろから抱きしめられているラグだった。

 そんな状態で怒られても、いつものような威圧感は全く無い。

 それでもラグは顔を真っ赤にして怒鳴り続けた。


「あんなマグレみてぇな歌が何度も通用するか! お前は何でもかんでも甘く考え過ぎなんだよ!!」

「私も行こう」

「んなっ!?」

「セリーン!」


 セリーンが笑顔で言ってくれて私は目を輝かせる。

 だが彼女の視線はすぐに腕の中の少年へと移った。


「どうせ、なんだかんだと言いながらお前もカノンと行くつもりなのだろう?」

「は!? 誰が行くなんて」

「置いていかれると焦るくせになぁ。全く可愛い奴だ。言ったろう? お前が行くところ私はずっとついていくぞ!」

「意味わっかんねえええええええ!!」


 ラグの幼い怒声がまたしても辺りに響き渡った。

 良くはわからないが、ラグも来てくれるということだろう。二人が一緒なら怖いものなんて無い。

 私は二人に、ありがとうとお礼を言った。……聞こえているかどうかわからなかったけれど。


「皆さん……本当にありがとうございます」


 ライゼちゃんが私達に向け深く頭を下げたときだ。


「僕も行きたい」


 そう言ったのはラウト君だった。

 彼も色々と思うところがあるのだろう。目を覚ましたばかりのクラール君のことも気になっているはずだ。だが、


「お前はブライトとここに残るんだ」


ヴィルトさんの低い声がそれを遮った。


「俺が行く」

「ヴィルト様!? わ、私は、大丈夫です! ライゼ様が行かれるのに守り役の私が行かないわけに、は……っ!」


 焦って起き上がろうとしたブライト君だったが、すぐにその顔が苦痛に歪む。

 内臓の傷は治ったとは言え、体中のいたるところに打撲の痕があるのだ。骨が折れている所もあるかもしれない。

 そんな彼を止めたのは、ライゼちゃんの怒りを含んだ声だった。


「これ以上無茶をするようなら守り役を解任しますよ、ブライト」

「そ、そんな!」


 途端なんとも情けない顔になったブライト君に、ライゼちゃんは寂しそうに微笑んで続けた。


「守り役なんて元々私には必要ないのよ。それよりも貴方は私にとって大事な幼馴染だということを忘れないで。……これ以上、心配させないでちょうだい」

「ライゼ様……」


 ブライト君の顔がほんのり赤くなった気がしたのは、私の気のせいではないだろう。

 完全に納得したわけではないだろうが、ブライト君はそれ以上何も言わなかった。

 ラウト君も、もう一度お父さんに言われて渋々ながら納得してくれたようだった。


 そうして、私たちは再び村へ行くことになった。

 ライゼちゃんとヴィルトさんは村の皆の元へ。

 そして、私達3人と1匹はカルダの元へ――。






 ――ざっ、ざっ。

 鳥達の声が高く響く森の中を私達は進んでいた。

 木々の天井からは陽の光がいくつもの筋となって地面に降り注いでいて、その幻想的な風景はつい数時間前に入った不気味な闇の森とはまるで別の場所のようだった。

 しかし、まだ10分ほどしか進んでいないというのに、蒸すような暑さですでに服の下が汗ばんできていた。


(こんなに天気良いのに……)


 ライゼちゃんが森に入る直前、今日は昼頃から嵐になると言ったのだ。

 木々の隙間から見える空は雲ひとつ無い晴天でやはり嵐が来るとは到底思えなかったが、神導術士であるライゼちゃんが言うのだから間違いないのだろう。

 それが彼女の力なのだから。

 彼女曰く、元々この国は降水量が多いらしい。

 高温多湿。――私はふと学校で習った“熱帯雨林気候”という単語を思い出していた。

 しかしこれは絶好のチャンスなのだ。

 嵐のときならば流石にカルダも外には出ないはず。ライゼちゃんが村に行くなら、嵐の最中が最も安全だ。

 だから私達は嵐が来る前に村の近くまで行き、雨が強くなってから村に入るつもりでいた。

 だが念のため、容姿の目立つライゼちゃんは軽く変装していた。

 変装と言ってもカツラやコンタクトがあるわけではないので、頭からローブのように布を羽織っているだけなのだが。


 私とセリーン、ラグの3人は森を抜けてからライゼちゃん達と別れカルダの元へ向かうつもりだ。

 そう。ラグはセリーンの言ったとおり、ぶつくさ文句を言いながらもついて来てくれていた。

 振り返らなくても、最後尾にいる彼が今どんな顔をしているのか楽に想像できる。


(きっと、ものすっごく不機嫌な顔してるんだろうなぁ)


 たまに聞こえてくる舌打ちを聞こえないふりして、私はライゼちゃん達の後ろを歩いていた。

 ちなみにブゥはいつもの定位置でとっくにお休み中である。


「――あ、そうだ。ライゼちゃん」

「はい」

「あ、その、さっき術を使うとライゼちゃんの寿命がって……。私、昨日、」


 振り向いてくれた彼女に、私は尻すぼみになりながら言う。

 ――ずっと、気にかかっていたのだ。昨日私は彼女に顔の傷を治してもらった。ということは、私は彼女の寿命を縮めてしまったのではないか、と。

 すると彼女は私の言いたいことを察してくれたのか、優しく微笑んでくれた。


「大丈夫です。あの程度の術はラウトにいつも使っているんですよ。あの子良くあんな擦り傷を作ってくるので」

「そうなの?」

「はい。寿命が縮むというのは、本当に先ほどのブライトのような生死に関わる酷い怪我を癒す場合で……、ですから今は戦時中でない分、私は母よりずっと長く生きられるはずなのです」

「そう、なんだ……。でも、本当に治してくれてありがとう!」


 ほっとして改めてお礼を言うと、彼女はもう一度にっこりと笑ってくれた。

 と、セリーンが続けて彼女に訊ねた。


「確か、ランフォルセから派遣されて来ているのは、一つの村に一人か二人と言っていたな。カルダは一人だけなのか?」

「はい、普段ベレーベントにはカルダ一人しかいません。ですが、近くの村からたまにもう一人やってくると聞いています。その男は、駐在員の中では一番位が高いようなのですが、その男もカルダには手を焼いているようです」

「じゃあ、もしかしたらそのもう一人もいるかもしれないってことだよね」

「いると思っていた方がいい」


 そう答えてくれたのはヴィルトさんだ。


「テテオの収穫時期が近い。連絡船もそろそろ着く頃だ」

「テテオ?」


 聞き慣れない単語だ。すると、ライゼちゃんがもう一度振り返り教えてくれた。


「テテオはこの国でしか採れない果実です。そのままでは食べられないのですが、加工するととっても甘いお菓子になるんですよ」

「へぇ!」


 思わずクッキーやケーキが頭に浮かんでしまい、こんなときだというのに危うく涎が垂れてしまうところだった。

 そういえばこの世界に来てからというもの、ほとんどお菓子など食べていない。


(あ、ラグからチョコをもらったっけ)


 ライゼちゃんが少し寂しそうな笑顔で続けた。


「昔は私もよく食べていましたが、今は収穫された分全てランフォルセに渡ってしまうので、もうずっと食べていません。……出来ることなら、また食べたいです」

「……き、きっと、絶対にまた食べられるよ!」

「そうですね。きっと――」


 ライゼちゃんは笑顔で答えてくれた。

 だが次の瞬間、彼女の足がぴたりと止まった。


「ライゼちゃん?」

「声が……、たくさんの悲鳴が聞こえます!」

「ひ、悲鳴!? え、で、でも何も聞こえないよ?」


 耳を澄まして辺りを見回すが、聞こえるのは鳥達の高い囀りだけ。たまにその中に悲鳴に似た鳴き声も混じっていたが、それは先ほどからずっと聞こえていた。

 まだ村までは大分ある。村人達の声も聞こえないはずだ。

 だが、ライゼちゃんはまるでその悲鳴が耳元で聞こえているかのように辛そうに耳を塞いている。


「ライゼ?」

「いけない! 村が……!!」


 ヴィルトさんが肩に手を置こうとした瞬間、彼女はそう叫ぶと急に走り出してしまった。


「ライゼちゃん!?」


 私達は驚き、慌てて彼女の後を追い森の中を走った。




 丁度森を抜ける頃、雨がぽつりぽつり降り出してきた。

 そしてそこに辿り着いたときには、打ち付けるような激しい豪雨となって私達の全身を濡らしていた。

 そこは、農園のようだった。

 つい先ほど話していた甘いお菓子の元になる果実だろうか。

 広い柵の中にはたくさんの低い樹木が均等に植えられていて、地面には丸い果実らしきものが散らばるようにして落ちていた。


 その全てが、真っ黒になっていた。


 雨を避けられる場所ではまだぱちぱちと小さく火が爆ぜている。

 つい先ほどまで、この農園は炎に包まれていたのだ。

 その無惨な姿を前に、ライゼちゃんは放心したように座り込んでしまった。

 頭の布が外れ、その白い髪が露になる。


 ――あまりのことに、私も言葉が出なかった。

 先ほどライゼちゃんが聞いたという悲鳴は、この農園の植物たちの声だったのだろうか……。


「ライゼ様、ですか?」


 その時、背後で男の人の声がした。

 驚き振り向くとそこには、いつの間にか数人の村人たちが立っていた。皆全身ススだらけだ。

 その中の一番年老いた男の人が前に進み出て言う。


「なぜ、ライゼ様とヴィルト様がこのような場所に……? この方々は一体」


 私達3人を見て明らかに警戒している様子だ。

 と、ライゼちゃんは漸くそこで立ち上がり、真剣な顔つきでその人たちの前に出た。


「この方々のことは後で説明します。それよりも、これはどういうことです。一体何があったのです」

「私達にもさっぱりなのです。いつものように作業をしていたら、突然火が上がったのです。あっという間に燃え広がり、この有様です……」


 その老人は力なく頭を垂れた。


「怪我人や逃げ遅れた者は……皆無事なのですか?」

「それは大丈夫です。早くに気付けたので、皆無事でした。……ですが、この雨が降ってなかったらと思うとぞっとします」


 農園のすぐそこに民家があった。

 嵐が来ていなかったら、そこにまで燃え広がっていたかもしれないのだ。


「あ、あの、」


 老人の後ろにいた痩せ細った男の人が言い辛そうに声を上げた。


「今日、珍しくカルダが園内の様子を見に来ていました」


 その言葉にライゼちゃんは目を見開く。


「確信はありません。ですが……」

「だが、カルダだってテテオの収穫が無ければ困るはずだ! なんでこんな」


 また違う男の人が悔しそうに声を上げた、そのときだ。


「あの野郎は今どこにいる」


 私の真横で低い声が上がった。


「ラグ?」

「どこにいる」


 彼は私を無視してもう一度繰り返した。

 訊かれた男の人は一瞬怯えたような顔をしてから口を開いた。


「あ、あの、もう駐在所に戻っているかと……」

「それはどこだ」

「この農園を抜け更に行くと船着場がある。そこに建っている白い家だ。行けばわかる」


 男の人に代わり、その方角を指差し答えたのはヴィルトさんだった。

 言われてすぐ、ラグはそちらに足を向けた。

 私は慌ててその後を追った。セリーンもすぐ後についてきてくれる。


「ラグ!? 待ってよ! どうしたの? 急に」


 私は心配そうなライゼちゃんを何度も振り返りつつも訊く。

 先ほどの彼の横顔を見るに、どうやらものすごく怒っているよう。

 私だって、カルダの名前が出たときには怒りで全身に鳥肌が立ったほどだ。でもラグは、ついさっきまでだるそうに私達の後をただついて来ているだけだった。

 火をつけたことが、そんなに許せなかったのだろうか……?


「ついて来るな!」


 こちらを振り向きもせずに怒鳴られ、私は驚く。


「オレ一人で奴に会いに行く」

「な、なんで!? 私が行かなくちゃ意味が無いんだよ! 私も行く!」


 雨音にかき消されないよう大きな声で言うと、彼はイラついたように足を止めた。

 振り向いた彼にものすっごく睨まれたが、私も負けじと睨み返す。

 だてにこの世界に来てからずっと一緒にいるわけじゃない。私だって少しは強くなっているし、彼に対して耐性が付いてきているのだ。……全く怖くないわけじゃないけれど。


 と、セリーンがそんな私の横に立ってラグに言った。


「カノンは私が守る。心配するな」

「セリーン!」


 すると彼は大きな舌打ちを一つしてまた前に向き直ってしまった。


「勝手にしやがれ!」

「うん、する!」


 私は強く言う。

 と、その時激しい雨音に紛れライゼちゃんの声が聞こえてきた。


「カノンさん!」


 私は手を振りながら大きな声で叫ぶ。


「ライゼちゃん! こっちは大丈夫だから、ライゼちゃんは早く村の人達を安心させてあげて!!」

「お気をつけて!」


 私はまた歩き出してしまったラグを慌てて追いかけながらも手を振って答えた。


 ――いよいよ、カルダと再びの対面だ。

 私は気を引き締めて、ぬかるんだ地面をばしゃばしゃ音を立てながら早足で進んでいった。


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