16.それぞれの想い
ラウト君を先頭に、私達は夜の森の中、道なき道を走っていた。
この暗さにも流石に目が慣れてきたのか、手を引いてもらわなくてもどうにか進むことが出来た。
すぐ後ろにラグとセリーンが居てくれるという絶対的な安心感。
それに、すぐ目の前を飛んでいるブゥの白い身体が闇の中でも浮かんで見えて、道しるべのようになってくれていた。
(早く、早くライゼちゃんに……!)
ラウト君の身を案じているライゼちゃんとヴィルトさんの元へ一刻も早く戻りたかった。
そして、早く村でのことを話したかった。
村の大人たちを怖がらせてしまったこと。そしてあの、カルダという男のこと。
村に残り皆をもう一度説得すると言ったブライト君のことも気になった。
不安だらけで、気ばかりが急いでいた。
「あ、そうだ!」
と、ラウト君が走りながらこちらを振り返った。
「ありがとうね、お姉さん」
「え?」
「やっぱりお姉さんにクラールのことお願いして良かった!」
無邪気な、満面の笑顔で言われて私は目を見開く。
「お姉さんがいてくれて本当に良かった! ありがとう!!」
大きな声でもう一度言って、ラウト君は満足げに前に向き直った。
――力が、湧いてくる気がした。
不安は依然消えないけれど、それでもなんとか頑張れる気がした。
彼の笑顔に釣られる様に、私も自然と笑顔になっていた。
「でもラウト君。ライゼちゃんもお父さんもすごく心配してるみたいだから、一緒にちゃんと謝ろうね」
「うん……。きっとすっごい怒られるだろうなぁ。姉ちゃん本気で怒るとめちゃくちゃ怖いんだ」
そうぼやき心なしか肩を落としたラウト君を見てくすりと笑う。
「大丈夫だよ、ライゼちゃん優しいから。ちゃんと理由を話せば、ラウト君の気持ち、きっとわかってくれるよ」
それは自分の願望でもあった。
この国の人たちをとても大事にしているライゼちゃん。
私のしてしまったことは、もしかしたらそんな彼女を失望させてしまうかもしれない。
私に期待してくれていたライゼちゃんだからこそ、先ほどあったことを全て話すのが正直怖かった。
でも……。
(大丈夫。ライゼちゃんならきっと、わかってくれるよね)
走りながら、私はまだ出口の見えない暗い森の先を見つめた。
「ラウト!!」
森を抜けすぐに耳に飛び込んできた上ずった声。
「姉ちゃん……」
テントの方から一直線に走ってくるお姉ちゃんを見つけて、ラウト君が気まずそうに足を止める。
こちらをちらりと見てきたラウト君に私は大丈夫だよ、と目で微笑んだ。
すると彼は思い切るようにしてもう一度お姉ちゃんの方を見た。そして。
「ごめんなさい! 僕――」
でも最後まで言い終える前に、ラウト君はライゼちゃんに抱きしめられていた。
驚いた顔のラウト君を強く抱きしめ、ライゼちゃんは涙を流していた。
「良かった、無事で。……本当に、良かった」
そう、途切れ途切れ言うお姉ちゃんの声を聞いて、ラウト君も一気に安堵したのだろう。
見る見るその顔が崩れていき、とうとう、うわーんと大きな声で泣き始めてしまった。
気丈そうに見えても、まだ10歳程の男の子。
今、この数時間のうちにあったことは、ラウト君にとってかなりショックの大きい出来事だったに違いない。しかも怒られるものとずっと心配していたのだから尚更、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
ヴィルトさんもいつの間にかそんな二人の傍らに立ち、目を細め愛しげにラウト君の頭を撫でていた。
そんな3人を見ていてついまたウルウル来てしまったけれど、ライゼちゃんのそれ以上に潤んだ瞳に見上げられ私は気を引き締めた。
「カノンさん、皆さん、本当にありがとうございました」
「ううん、私、謝らなくちゃ。ラウト君がいなくなったらライゼちゃん達が心配するのは当たり前なのに、考えなしに行動しちゃって……」
「違うんだ!」
私の言葉を遮るように声を上げたのはラウト君だ。
乱暴に涙を拭い、お姉ちゃんをしっかりと見上げて彼は続けた。
「お姉さんは何も悪くないんだ。全部僕が悪いんだよ。……ごめんなさい。僕、ずっとお父さんと姉ちゃんとの約束破ってた。ずっと……嘘、ついてたんだ」
そう告白した弟をライゼちゃんは驚きもせず、ただ静かに見守っていた。
「僕ね、ベレーベントの村に友達がいるんだ。クラールっていう。時々遊びに行ってたんだ、一人で。危ないってわかってたけど、でも、僕……」
そこで続けられなくなってしまったのか、ラウト君は俯いて黙ってしまった。
ずっと嘘をついていたことを告白し、今度こそ怒られる、そう思っているのかもしれない。
でも、その後ライゼちゃんの口から出た言葉は意外なものだった。
「知っていたわ」
「え?」
ラウト君がびっくりした顔でお姉ちゃんを見上げる。
「気付いていたのよ、ラウトが良く村へ行っていたこと。知っていて、私も父さんも止めなかった。――村へ行った日のラウトは本当に嬉しそうだったから。心配ではあったけれど、あのブライトも気付いていなかったくらいだから、そんなに危ないことはしていないと信じて黙っていたの」
ラウト君は口をポカンと開けてそんなお姉ちゃんの話を聞いていた。
「ラウトは男の子だもの。こんな狭いところに閉じこもっていないで、本当はもっとたくさんのお友達を作って、もっと色んな場所に行ってみたいわよね。……こんな時代じゃなかったら……。だから、父さんも私も止めなかった」
まだ戸惑った様子でお姉ちゃんとお父さんを交互に見上げたあと、ラウト君は鼻を啜りながらもう一度、ごめんなさいと謝った。
そんな弟を、ライゼちゃんはもう一度強く抱きしめた。
――こんな時代じゃなかったら――
そう言ったライゼちゃんの表情は優しくて、そして酷く切なげだった。
もっと色んな場所に……それは、もしかしたら彼女こそが一番に望んでいることなのかもしれない。
彼女の、――神導術士の運命を考えたらそう思えた。
それからライゼちゃんは私の顔の傷を術で簡単に癒してくれた。――ラグと同じように。
魔導術士と神導術士。呼び名は正反対に違っていても、やはり二人は同じ奇跡を起こせる術士なのだ。
しかし、依然として二人が目を合わせることは無かった……。
「そうですか、そんなことが……。カルダのことは私もブライトから聞いています。まさかあの男がカノンさんに……」
村での出来事を話すと、ライゼちゃんは辛そうに目を伏せた。そして。
「カノンさん、今すぐにこの国を出てください」
「え!?」
その顔は、いつの間にか神導術士のものになっていた。
「カノンさんにはもう十分過ぎる程のことをしていただきました。心から感謝しています。しかし、これ以上この国にいていただけば、カノンさんを更に危険な目に合わせてしまうことになるでしょう」
「そんな!」
彼女のその気迫に負けないよう、私は精一杯真剣に言う。
「私はまだ帰るつもりなんてないよ、ライゼちゃん。だって、村の人には歌のこと誤解されたままだし、あのカルダって男が村の人に酷いことするかもしれないのに自分だけ逃げるなんて出来ないよ」
「ですが……」
彼女の、神導術士の顔が揺らぐ。
あともう一息と、私は続けた。
「ね、せめて村の人たちが大丈夫だってわかるまでは此処にいさせて? もし何かあったとき人数は多い方がいいでしょ?」
最後は笑顔で言うと、ライゼちゃんの顔が一瞬泣き出しそうに歪んだ。そしてそれを隠すように彼女は深く頭を下げた。
「本当に、本当に、ありがとうございます。カノンさん……っ」
そのか細い声は威厳も何もない、一人の少女のものだった。
そのことに安堵した私は、後ろにいるラグとセリーンを振り返った。
セリーンはそれに気が付くとすぐに目を細めて頷いてくれた。
ラグは案の定眉間にたくさんの皺を寄せていたけれど、視線を外しふんっと鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。
……勝手にしろ、ということだろうと私は勝手に解釈することにした。
歌のことは二の次だ。私たちはあのカルダという男のことを中心に話を進めた。
ライゼちゃんもブライト君と同じく、カルダは目を覚ましたらまず私を捜すだろうと言った。
ラグもカルダを蹴り飛ばしたりしているが、あれはあの男がブゥの攻撃によって昏倒した後。
カルダに顔を見られているのは私だけなのだ。
あの男ならきっと仕返しを考えるだろうと、ライゼちゃんはもう一度不安そうに私を見た。
――カルダは本当に最低な奴で、この国に派遣されたことに不満を感じているらしく、その腹いせに村人に嫌がらせしたり暴力を振るったりしているのだという。
おそらく先ほど村でうろついていたのも、そのためだったのではないかとライゼちゃんは怒りに声を震わせた。
そして私が見つからないとなったら村の人に八つ当たりをするだろうと、そこまで容易に予想できてしまうような人物だった。
私は間近に迫ったあの男の顔を思い出し、怒りと嫌悪に吐き気すら覚えた。
「ブライト君、本当に大丈夫かな……。そういえば、ブライト君は見つかっても平気なの? 他の男の人みたいに他の国に連れて行かれたりしない?」
体力のある若者は奴隷として各国へ送られたという話を思い出したのだ。
確かにブライト君は見た目ひょろんとしているが、他の村人に比べると健康そうであるし見つかったらマズイのではないだろうか。
それに答えてくれたのは笑顔のラウト君だった。
「大丈夫だよ。ブライトはお医者さんだから」
「へ?」
私は思わず気の抜けたような声を出してしまっていた。
するとライゼちゃんはそんな私の反応に小さく笑って後を続けた。
「そうなのです。ブライトはこの辺りでは唯一医術の心得があるので、それゆえにこの国に残ることを許されているのです。フェルクの民が大勢病に倒れなどしては作物の収穫が減ってしまいランフォルセも多少は困るのでしょう」
「……ブライト君が、お医者さん……」
私は呆然と繰り返す。
確かにブライト君はクラール君を看てあげていた。
でも私が想像する“お医者さん”とのギャップに俄かには信じられなかった。
と、その時急にライゼちゃんの顔が曇った気がした。
「本当はもう一人、医術の心得を持つ者がいたのですが……その者は戦にも長けていたためにどこかへ連れて行かれてしまいました」
「大丈夫だ。フォルゲンは必ず戻ってくる」
その声はそれまでずっと黙していたヴィルトさんのものだった。
低く、でも優しげな声音にライゼちゃんが目を伏せながら微笑する。
なんとなく訊き辛い雰囲気はあったものの、初めて聞く名が気にかかり私は思い切って口を開いた。
「フォルゲンさんて……?」
すると今度も答えてくれたのは傍らにいた少年だった。
「フォルゲン兄ちゃんはね、ブライトの兄ちゃんで、姉ちゃんが将来結婚する人だよ」
……頭の中に関係図が出来上がるまでに少しの時間を要してしまった。そして、
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまっていた。
(ちょっと待って!? ライゼちゃんに婚約者がいるってのは知ってたけど……ブライト君の、お兄ちゃん!?)
なんだかものすごく複雑な事実を知ってしまった気がした。
しかも今の会話からその彼が行方知れずだということも。
(そりゃライゼちゃん心配だよね。……でも、ブライト君てばなんて辛い立場なの!?)
こんな時だというのに、そんなことを考えてしまう私は余程のお節介者だろうか……。
と、そんな私の驚きようを違う意味にとったのだろう、ライゼちゃんがいくらか笑顔を取り戻して話してくれた。
「ブライトの家系は代々医術に長けているのです。そして代々私たち神導術士を護ってくれています。しかし彼らの両親は戦火に巻き込まれ帰らぬ人となってしまい、フォルゲンもいない今、ブライトは一人で私を護ってくれています。……彼はとてもフォルゲンを尊敬していたので、おそらく一番辛いのはブライトです」
「そう……だったんだ」
私は顔も知らないフォルゲンさんを想いながら、家族をバラバラにしてしまう戦争の悲惨さに改めて強い怒りと悲しみを覚えた。
「フォルゲンさんも他の人達も、早く帰ってくるといいね」
「はい」
気休めにもならない私の言葉に、ライゼちゃんはキレイな微笑みを返してくれた。
「で、どうすんだ?」
そんなしんみりとした雰囲気を破ったのはラグのイラついた声だった。
「今から村に戻るのか? それとも夜が明けてからにすんのか? オレはとりあえず寝たいんだがな」
そのあまりに不躾な物言いに思わずムッとしてラグを見るが、ライゼちゃんが焦ったように謝る方が早かった。
「申し訳ありません、今は関係の無い話でしたね。皆さんがお疲れだったことをすっかり忘れていました。……私はブライトが戻るのを待とうと思います。村の状況を聞いてブライトを交えてまたお話いたしましょう。今は皆さん身体を休めてください」
そう言われたら思い出したように急な眠気がやってきた。
見ると、ラウト君も立ちながらうつらうつらしている。彼も相当疲れているはずだ。
同じように疲れているはずのブライト君には申し訳ないと思いながらも、結局、私たちはライゼちゃんに言われるまま仮眠をとることにした。
寝室で横になると、セリーンにお休みを言う間もなく飲み込まれるようにして意識が遠のいていった。
――そして次に目が覚めたのは夜明け近く。
突如上がった甲高い悲鳴に一気に意識が浮上する。
飛び起きるとすぐにセリーンと目が合った。
「今のは」
「ライゼちゃんの声だよね!?」
テントの中に彼女はいなかった。私たちはすぐに外へ飛び出した。
辺りはまだ暗かったが空はうっすらと白み始めていた。
「あそこだ」
セリーンが指差した先、森への入口付近に人影を見つけすぐさま走り出す。
まさかの嫌な予感に心臓がドクドクと不快な音を立てていた。
そして再び聞こえてきたライゼちゃんの悲鳴。
「ブライト! ブライト!!」
ライゼちゃんの背後に着いて、私は息を呑む。
地面に膝を付き狂ったように叫ぶ彼女の目の前には、目を覆いたくなるほど無惨な姿となったブライト君が倒れていた。
「ブライト! 目を開けてブライト!!」
痣だらけになった頬を両手で覆い何度も呼びかけるが、彼は一向に目を開かない。
顔だけじゃない。体中に暴行を受けた痕、そしてまだ乾ききっていない血の跡が残っていた。
そのあまりの変わり様に私は言葉が出ないでいた。
と、そんな突っ立ったままの私をすり抜け、セリーンがライゼちゃんの向かいに膝をついた。
「酷いな……。だが気絶しているだけのようだ。おそらくここにたどり着くために力を使い果たしたのだろう」
こういったことに慣れているのだろう、傭兵であるセリーンが冷静にそう言うのを聞いて私は少しだけ安心した。
「……森の、いつもとは違うざわめきが聞こえたのです」
ライゼちゃんもセリーンの言葉に少し落ち着きを取り戻したのか、ブライト君からゆっくり手を離しそのまだ震える手を抱くようにして言った。
「それで外に出て、そうしたらブライトがここに……っ」
でも途中で声を詰まらせ口を手で覆い俯いてしまった。
心配していた幼馴染がこんな姿で戻ってきたのだ。動揺しないほうがおかしい。
私はライゼちゃんの後ろにしゃがみこみ彼女の小さく震える肩に手を置いた。
「ここまで歩いて来られたんだもん。大丈夫だよ、ライゼちゃん」
そう言った時だ。ライゼちゃんの名に反応するようにブライト君の眉がぴくりと動いた。
「ライ、ゼ……様」
「ブライト!!」
腫れ上がった瞼が薄く開き、その瞳がすぐに彼女を見つけた。
「ライゼ、様、カルダが――ッ、げほっごほっ!」
でも喋り出した途端、ブライト君は苦しげに体を折り曲げ咳き込みながら大量の鮮血を吐き出した。
「ブライト!!」
「ブライト君!」
「いかん! 内臓をやられているのか!」
セリーンが大声を出すのを聞いて瞬時に頭に浮かんだのは元の世界のことだった。
元の世界……日本にいたならすぐに救急車を呼んで病院で治療が出来る。
でもこの世界に救急車なんてあるわけがない。それにこの近辺で医者はこのブライト君唯一人だと言っていた。他にいたとしても治せる技術が今のこの国にあるとは思えない。
絶望感に頭が真っ白になりかけたときだった。
ライゼちゃんがそんなブライト君の身体に手を伸ばした。
「今癒します!」
その言葉に私は驚く。癒しの術は内臓の傷まで治すことが出来るのだろうか。
私たちが息を呑んで見守る中、ライゼちゃんはブライト君の胃の上あたりに手を触れ集中するように目を瞑った。
だが、その細い腕をブライト君の手が弱々しく掴む。
驚いたようにライゼちゃんは目を見開いた。
「いけませんっ、ライゼ様、……こ、んなことに、力を使って、は」
息も絶え絶えに言うブライト君を見て、しかしライゼちゃんはそんな彼を怒鳴りつけた。
「何を言うの!!」
「しか、し、貴女の寿命が……」
「寿命?」
思わず声に出してしまっていた。
セリーンがそれに続くように言う。
「まさか、神導術士は力を使う度寿命が縮まるのか?」
「……はい」
「そんな!」
「母も戦争で多くの力を使いました。しかしそれが神導術士の定め。私も、」
「いけません、わっ、私、などのために、貴女を――っげほっげほ! っ聞いて、ください、カルダ、が、」
咳き込みながらもライゼちゃんに必死で何かを伝えようと掠れた声で続けるブライト君。
そんな彼の腕を優しく取り、ライゼちゃんは再び彼の身体に手を触れた。
「ブライト、もう喋らないで、今――」
「どけ」
だが突然、ライゼちゃんの両腕を払いのけるようにして別の腕がブライト君の身体に触れた。
「癒しを此処に」
「ラグ!」
私は思わず歓声を上げていた。
彼は驚くライゼちゃんの隣に膝を着き、ブライト君の腹に両手を当てやはり集中するように目を閉じた。
以前私の足を治してくれたときと違い、何かを探るようにその眉間にはいつも以上に深い皺が寄る。
ライゼちゃんはそんな彼を呆けたように見つめていた。
「うっ、あ、熱い……っ」
ブライト君がそう小さく呻くのが聞こえた。
ラグが前に言っていた。癒しの術は、相手の治癒力を高めるものだと。
おそらく今、急速に彼の傷が治ろうとしているのだ。
一分ほどそうしていただろうか。小さく息をつきラグが彼から手を離した。
「多分、もう治った筈だ。他んトコは自分でなんとかできるだろう」
「あ、ありが――っ!!?」
自分のお腹に手を触れ戸惑うようにお礼を言いかけたブライト君だったが、ラグを見上げた途端その口があんぐりと開かれた。
……無理も無い。人間がみるみる小さくなっていく様を目の当たりにしてしまったのだから。
ライゼちゃんもその赤い瞳を大きく見開いて、自分よりも小さくなった少年を見下ろした。
「え? 誰?」
その声に振り向くと、そこにはラウト君とヴィルトさんが立っていた。そしてその視線はやはり小さくなったラグの後姿に向けられている。
ラグはそんな皆の視線に耐えられなくなったのか、俯いたまますくと立ち上がるとそそくさとこの場を去ろうとした。
が、彼女がそれを見逃すはずは無く……、
「――いっ、愛しの子おおおおおおお~!!」
「ぎゃぁあああああ! 忘れてたあああああああ!!」
脱兎の如く駆け出したセリーンがその小さな後姿に飛びついた。
ラグはそんな彼女に罵詈雑言を浴びせながら、その腕から逃れようとジタバタもがいている。
久し振りに見るその光景に、ブライト君が治ったことへの安心感も相まって急に笑いがこみ上げてきた。
でもそんな二人をまだポカンと眺めているライゼちゃん達に気付き、私は慌てて説明する。
「え、えっとね。ラグって、術を使うと体が小さくなっちゃうんだ。それで、セリーンはその小さな姿が大好きでね。は、ははは」
苦笑しながら言うと、ラウト君がそんな二人のやり取りを見つめたままボソリと呟いた。
「楽しそう」
「あぁっ! もう、可愛すぎるぞこいつぅ~~♪」
「離しやがれ! この変態女ぁ――!!」
……ラグの絶叫は、結局彼自身が諦めるまで続いたのだった。