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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第二部

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13.内緒の友達

「わかったな。あの神導術士にもそう伝えとけよ」


 言いながらさっさと背を向け行こうとするラグを私は慌てて呼び止める。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 反論を予想していたのだろう、ラグが面倒くさそうに足を止め振り返った。


「なんだよ」

「もう出るって、だってまだ昨日来たばっかりだよ!?」

「喜んでもらえたんだろ。だったらそれでいいじゃねぇか。ここで帰っても誰も文句は言わねーよ」

「で、でも、まだ……」


 そう。まだこの国に来た目的――ライゼちゃんの願いを叶えてあげていない。

 フェルクレールトの皆を助けて欲しいという、彼女の切な願い。


「お前は、本気でこの国を救えると思っているのか?」

「え?」


 ラグの冷たい視線にどきりとする。

 暑さとは別の嫌な汗が額に滲む。


「今日ガキの前で歌って、で? 次は大人の前で歌うつもりか」

「う、うん。……多分、ライゼちゃんはそのつもりだと、思う」


 ゆっくり視線を外しながら、私は答える。

 するとラグはいつものように深く溜息を吐いた。


「やめとけ。無理に決まってる」


 あっさりと否定されムっとする。


「なんで? 子供も大人も一緒でしょ? ラグは見てなかったから知らないかもしれないけど、今日来た子達みんなすっごく楽しそうだったんだよ!?」


 思わず大きな声が出てしまっていた。

 周囲の虫たちの大合唱がその瞬間ピタリと止んで、すぐにまた再開される。

 手の上ではブゥが不安そうに私たちを見上げていた。

 と、ラグが抑揚の無い低い声で続けた。


「大人とガキとは違う。生きてきた長さも、現実を見てきた長さも、な」


 その淡々としたセリフに私は言葉を失う。

 それは、つい先ほど自分が考えていたこと。

 でもそれを認めてしまったら、ライゼちゃんの願いを今更否定することになってしまう。


「想像してみるんだな。下手すりゃルバートの二の舞になるぞ」


 途端、一人追いかけられたことを思い出し体に小さく震えが走った。


「で、でも、ライゼちゃんが大丈夫だって言ってくれれば、きっと皆信じてくれるはずだよ!」


 ――そうだ。この国にとってライゼちゃんの存在は大きい。

 きっと彼女の言うことなら皆信じるはずだ。

 今日のように、歌は素敵なものだと最初に皆に言ってくれれば……。

 だが、ラグは肩をすくめ嘲るように口の端を上げた。


「どうだかな。神導術士ったってまだガキじゃねぇか。どれだけ信頼されてるんだか怪しいもんだな」

「そんな言い方……っ! ライゼちゃんあの歳でこの国の皆のために凄く頑張ってるんだよ!」


 ブゥが私の手から逃げるように飛び立つ。いつの間にか手に力が入ってしまっていた。

 ライゼちゃんの頑張りを馬鹿にされた気がして、どうしようもなく腹立たしかった。


「頑張ってるったってな、所詮ガキに出来ることなんざ限られてんだよ。お前だってそうだ。いい加減歌で人を救うなんて、それこそガキみたいな考えさっさと捨てちまえ」

「ガキガキって、子供にだって出来ることがあるでしょ!? ラグだって、ライゼちゃんと同じ歳の頃戦争に出て一生懸命頑張ってたんじゃないの!?」


 言ってしまってから激しく後悔する。

 ラグの目つきが明らかに変わった。

 動揺、怒り、そして……。

 それは鋭く私を突き刺して、すぐに逸らされた。


「……とにかく、オレは明日ここを出る。こんなクソ暑いとこ、これ以上いられるか」


 そう言い捨て、今度こそ彼は行ってしまった。

 ブゥは私と彼とを見比べ少し迷うような素振りを見せてからそれについて行った。

 残された私は、酷い罪悪感を覚えていた。


(私、今なんて……?)


 先ほどのラグの目つきが頭から離れない。

 彼が一瞬見せた、まるで傷ついた子供のような目。

 そして、昨夜自嘲気味に当時のことを語った彼の表情が蘇る。

 ……なんて、無神経なことを言ってしまったのだろう。

 ついさっき、魔導大戦のことは当分口にしないと決めたばかりだったのに。

 後悔と自己嫌悪で涙が出そうだった。

 彼の神経を逆なでしそうで、今更謝りにも行けない。


(それに、どうすればいい? ライゼちゃんになんて言えば……)


 明日の朝には発つと言い切ったラグ。

 もう付き合いきれないという意味だろう。

 呪いを解くために私の……銀のセイレーンの歌が必要だと言った彼。

 でも彼なら、私がいなくても自力で他の方法を見つけ出せる気がした。

 セリーンがどちらに付くかは、考えなくてもすぐにわかる。

 ――明日まだここに居たいと言えば、私はこの国に一人残ることになってしまう。


(もしライゼちゃんの願いを叶えてあげられたとしても、その後一人でエルネストさんを捜すなんて無理だよ)


 謝りたくても前に進めなくて、戻りたくてもどうやってライゼちゃんにこの事を伝えていいのかわからなくて、振り返ることも出来ない。

 この場から動けない。


「どうしよう……」


 夜の闇の下、途方に暮れ立ち尽くしていると、再び近くの虫の声が止んだ。

 前方からこちらに早足で向かってくる足音。それはラグではなくて、もっと背の低い――。


「ラウト君?」

「ねぇ、お姉さん! もう帰っちゃうって本当?」


 いきなり迷っていたところを突かれ、一瞬言葉に詰まる。

 でもラウト君の様子がこれまでと違うことに気づき、私は腰をかがめ彼と目線を合わせた。


「うん、ラグはそのつもりみたいなんだ。私はまだ帰りたくないんだけどね、お姉ちゃんとの約束があるし」


 そう苦笑しながら言うと、ラウト君は少し考え込むように視線を落とした。

 何だか彼はとても焦っているように見えた。

 いや、それよりもソワソワしていると言った方が近いだろうか。


「そうだよね、ラウト君だってお姉ちゃんのお願い叶えてあげたいよね」

「ねぇ、お姉さん。……お願いがあるんだ」


 思い切るように顔を上げたラウト君の表情は、驚くほど大人びて見えた。


「ん?」

「僕の友達を、助けて欲しいんだ」


 それは周囲に聞こえないように注意した小さな声だったけれど、その瞳はまっすぐ真剣で、こちらが戸惑ってしまうほどの強い意志が感じられた。


「友達って?」

「一緒に来て!」

「ぇ、わっ……!」


 途端私は強く手を引かれ、つんのめるようにして真っ暗な森の中へと走り出していた。




「ちょっ、と、ラ、ラウトく、うわわっ……!」


 草や木の根に何度も足をとられかけ、転ばないようについていていくのでやっとだ。

 頼りの月明かりも樹木の天井によって遮られてしまい、ほとんど周りが見えていなかった。

 でもラウト君はまるで道が見えているかのように全く躊躇することなく進んでいく。

 さすが自然の中で暮らしているだけあって、私なんかに比べると相当に夜目が利くのだろう。

 私はすでに息切れしつつ、もう一度彼に声を掛けた。


「ラウト君! ねぇ、どこに行くの!?」

「僕の友達のところだよ!」

「そ、その友達ってどこにいるの?」

「ベレーベントの村!」


 その村の名前には聞き覚えがあった。確か……。


「それって、今日来てくれた子達が住んでる村でしょ?」

「うん、そう!」

「じゃぁ、その友達って、今日来てくれてた子?」

「ううん! いなかったんだ。だからそいつにもお姉さんの歌聴いてもらいたいんだ!」


 やっと、こうして強く手を引かれている理由がわかった。

 だから、明日私たちが出て行ってしまうと知ってラウト君は焦っているのだ。

 私にとってはとても嬉しいことだけれど、この二人だけで誰にも告げずに村へ行ってしまって大丈夫だろうか。

 確か、村にはランフォルセの者が見回りにやってくると言っていた。

 それに一目見てよそ者だとわかってしまう私を村の人たちはどう思うだろうか。

 同時、ラグの言葉が思い出される。


 ――想像してみるんだな。下手すりゃルバートの二の舞になるぞ。


 ……やはりこの二人だけではまずい気がした。


「ねぇ、ラウト君。やっぱり一度戻ろうよ! 行くならちゃんとライゼちゃんに話してからの方が」

「ダメ! 姉ちゃんには内緒なんだ!」


 それは切羽詰ったような声。


「内緒?」

「…………」


 そこで、ようやくラウト君の足が止まった。

 今まで引っ張られていた腕もゆっくり離される。


「内緒って、どういうこと?」


 もう一度私は訊いた。

 とても仲が良さそうに見えた姉弟。隠し事があるなんて、なんだか信じられなかった。

 ラウト君は俯きながらもゆっくりと答えてくれた。


「……本当は、僕、村へは行っちゃいけないんだ。姉ちゃんのことがバレたら大変だからって。でも僕、内緒で時々村に行ってたんだ」

「その友達に会いに?」

「うん。だって、初めて出来た友達なんだ。……でもあいつ、クラールって言うんだけど、最近元気無くってさ。だから、お姉さんのあの歌を一緒に歌ったら絶対元気が出ると思うんだ。だからお願い、一緒に来てよ!」


 再び私の目をまっすぐに見て言うラウト君。

 私はその強い瞳に、色は違えどお姉ちゃんと同じものを見た気がした。


「うん。わかった」

「本当!?」

「でも、その子にはすぐに会えるの? ほら、あんまり私達が帰るの遅いと皆心配するし、ライゼちゃんにもバレちゃうかもしれないでしょ?」

「うん! それは平気! だってクラールの家、この森を出てすぐだから」

「そっか。でも、その村まであとどのくらい掛かるの?」

「あと少しだよ! ついてきて!」


 言ってあっという間にまた走り出してしまったラウト君に私は慌てて声を掛ける。


「ちょっと待って! その、やっぱり手引いててもらっていい? 暗くて良く見えないんだ」


 苦笑しながら手を出すと、ラウト君は笑顔で頷きその手を取ってくれた。


 ――もしかしたら、セリーンが私の帰りが遅いことを心配しているかもしれない。

 ちょっとラグの所に行って来る、そう言って出てきてしまったままだ。

 セリーンのことだから、また私とラグが……なんてことを考えているかもしれないけれど。

 どちらにしても、私たちが揃っていないことに誰かが気づくのは時間の問題だろう。

 でも、今この手を振り払うことは出来なかった。

 ……ラグは明日本気でこの国を出るつもりでいる。

 なら私は、ライゼちゃんの愛するこの国の人たちのために出来る限りのことをしたかった。――この国を出る、その時まで。




 それから更に30分ほど走っただろうか。

 闇の中ちらちらと明かりが見えはじめた。

 ラウト君はもっと早く進みたかったのだろうけれど、私の体力が追いつかず途中何度も立ち止まってしまった。

「ほらお姉さん、もう少しだから頑張って!」 なんて言われてしまって、情けなくて苦笑するしかない。

 しかし住居らしきものが確認出来る所まで近づくと、ラウト君の行動が途端ゆっくりになった。


(誰かに見つかったらマズイもんね)


 慎重にならなければ。

 荒い息を整えながら、私も気を引き締めた。



「あそこに見えるのがクラールの家」


 木の影から指差した先を見ると、今ラグが寝泊りしているラウト君の家と同じ造りの住居が確認できた。

 だが大分小ぶりで、しかもかなり寂れて見える。

 ほんのり中の灯りが漏れていなかったら人が住んでいるとは思わなかっただろう。


「僕先に行って見てくるからちょっと待ってて!」

「あ、うん。……早くね!」


 なんとなく心細くなって小さく叫ぶとラウト君が手を振って答えてくれた。

 一人になり私はその場に腰を下ろす。


(ふぃ~、こんなに長く走ったの持久走以来かも)


 次から次に額から流れてくる汗を拭いながら、私はふと中学の体育の授業を思い出していた。

 元々運動は得意な方では無いけれど、この世界に来てから何度自分の体力の無さを痛感しただろう。

 でも確実に足の筋肉は付いてきている気がした。……あまり嬉しくないけれど。


 一息ついたところで、私は改めてラウト君の行った先を見つめた。

 彼の姿は見えない。家の中に入ってしまったのだろうか。

 ……しかしそのクラールという友達、どういう子なのだろう。

 ラウト君の言い方からきっと男の子だろうと予想はできたが、今日の子供達の中にいなかったというのがやはり気になった。

 内緒で会っていたというからには、きっとクラール君の家族もそのことは知らないはず。

 この時間、家族に気付かれずにその子に会うことなど可能なのだろうか……?

 一人でいると答えの出ない疑問ばかり浮かんでくる。


(やっぱ、まずかったかなぁ)


 冷静になって良く考えてみたら、ラウト君がいなくなったことに一番に気付くだろう人物はヴィルトさんだ。

 もう気付いているかもしれない。

 子供がこんな時間にいなくなって慌てない親はいない。

 そうなると、私も一緒にいないことに皆すぐに気が付くだろう。

 クラール君に会って、歌って、すぐに戻ったとしてもどうしたってあと30分以上はかかる。

 ……皆にどう説明しよう。

 私は急に落ち着かなくなって立ち上がった。


「早く来ないかな、ラウト君」

「お姉さん!!」

「ぅひゃ!!」


 暗闇からいきなり現われたラウト君に私は思わず飛び上がって驚いてしまった。


「ど、どうだっ」

「大変なんだ! お姉さん一緒に来て!!」


 私の言葉を遮って、ラウト君が叫ぶ。

 酷く切迫した様子に私はドキリとする。

 何があったのだろう。

 私はラウト君に強く手を引かれ、迷うことなく前方に見える家へと走った。



 扉代わりのぼろぼろになった布を上げ、ラウト君に続き私は中へと入った。

 中は敷物がほとんどなく、ほぼ地べたが丸見えの状態だった。そこに乱雑に鍋や皿などが転がっている。

 そして一番奥の隅に、一人の少年が横たわっていた。

 傍らで頼りなく揺れている蝋燭の明かりに照らされたその身体を見て、私は思わず口を押さえた。

 頬はやせこけ、服から覗いた腕や足は棒のように細かった。

 かろうじて胸が上下に動いているのを見てほっとするも、目の前の少年は明らかに衰弱しきっていた。


 彼が、クラール君……?


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