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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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39.歌であふれた世界

 私は目元に残っていた涙を拭って、もう一度彼を見つめる。


「この世界は、歌が不吉とされていて、争いや差別があって、確かにすごく良い世界とは言えないかもしれません。でも私は、それでもこの世界が好きです。この世界で出会った人たちが大好きです」


 と、そこまで言って私は苦笑する。


「中には出来ればもう会いたくない怖い人もいたけど……でも、違う世界から来たこんな私でも受け入れてくれた、あったかい人たちがいるから」


 ライゼちゃんたちフェルクレールトの皆。

 ドナたちパケム島の皆。

 ツェリウス王子たち王宮の皆。

 リディたちブルーの皆やアヴェイラたちの顔が浮かぶ。

 そして今もこの場にいてくれる、セリーン、アルさん、グリスノート、ブゥ、――ラグ。


 このレヴールにはこんなにも大好きな人たちがいる。


「だから、私はこの世界を終わらせたいとは思いません」

「……」


 笑顔の消えてしまったエルネストさんに、私は一歩近づく。


「エルネストさんも私と同じで歌が好きなんですよね。歌が溢れていた、この世界が大好きだったんですよね。だから、その歌が消えてしまって悲しいんですよね……」


 私を見下ろしたまま、彼は何も答えない。


「それに、愛する人がいなくなってしまって……さっき、エルネストさんはこの世界を終わらせるために私を呼んだって言ってましたが、本当はもう一度、銀のセイレーンに……愛する人に会いたかっただけじゃないんですか?」


 だって彼はいつも私を見て、寂しそうに微笑んでいた。

 本当は私なんかじゃなくて、彼の愛した銀のセイレーンに会いたかったに違いないのだ。


「私は、彼女みたいに強くはありませんが、歌が好きな気持ちは一緒です。だから、出来るなら私はもう一度この世界に歌を蘇らせて、エルネストさんの大好きだったレヴールに戻したいです」


 私が言い終えると、彼は静かに目を伏せた。

 しばらくの間沈黙が続いて、誰かがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。


「歌で溢れた世界……」


 ぽつりと、エルネストさんが呟いた。


「そんな世界が……あの楽園が、また戻ってくると思うかい?」

「戻ってきます!」


 私は大きく頷く。


「……どうして、そう思うんだい?」

「だって、歌を知らなかった子供たちがあんなに楽しそうに歌ってくれました!」


 フェルクレールトでの大合唱を思い出す。


「エルネストさんだって見ていたはずです。大人たちも怖がらずにそんな子供たちの歌を聴いていました」

「……」


 私はこれまでの旅を思い出しながら続ける。


「セイレーンの歌もひっそりとですがちゃんと受け継がれていましたし、ドナは私の歌に合わせて華麗に踊ってくれました。クレドヴァロールの王宮では、歌ではないですが素敵な笛の音が奏でられましたし、ついこの間は海賊のアヴェイラが素晴らしい歌声を披露してくれました。それに、そこにいる彼みたいに、元々歌に興味があったっていう人もいます」


 目の合ったグリスノートがぎょっとした顔をした。


「あ、あぁ。まぁな」

「私も、歌は美しいものだと思っているぞ。カノンの歌声を聴いてな」


 そう言って私の肩に手を置いたのはセリーンだ。


「俺も! って言いたいとこだけど、俺まだ聴いたことないんだよな。だから、カノンちゃんの歌、ちゃんと聴いてみたいって思ってる」


 アルさんがそう言って笑う。

 私はもう一度エルネストさんを見上げて笑顔で言う。


「だから、大丈夫です。歌は不吉なものなんかじゃないってわかれば、きっとすぐにまたこの世界に歌は戻ってきます」

「……」

「だから、この世界を終わらせるなんて、そんな悲しいこと言わないでください」



「――君が、種を蒔いてくれたんだね」



「え?」


 ふっと彼が小さく笑った。


「君は、本当に彼女に良く似ているよ」


 再び私を見た彼は、いつもの優しい笑みを浮かべていた。


「コトネも、今の僕を見たらきっと同じことを言っただろうな」


(……え?)


「いや、それともまた叱られてしまうかな」


 そうして彼は困ったように眉を下げた。


「お蔭で、またそんなレヴールが見てみたいと思ってしまったよ」


 彼の綺麗な笑顔を見て、皆がほぅと安心したように息を吐くのがわかった。

 でも私はそれよりも――。


「あの、今、名前……」

「ん? あぁ。『コトネ』はね、僕の愛した銀のセイレーンの名前だよ。『ウエハラ・コトネ』と言うんだ」


(ウエハラ・コトネ)


 私は口の中で何度もその名を反芻する。

 とても大好きな、その名を。


「おばあちゃん」

「え?」


 エルネストさんと、皆の声が重なった。


「コトネ……『上原琴音』は、私のおばあちゃんの名前です」




 声が震えた。

 ――同姓同名?

 でもそんな偶然あるだろうか。

 エルネストさんも瞠目し言葉を失っていた。


「……いや、だが、その銀のセイレーンは殺されたのだろう?」


 セリーンが眉を寄せ私を見る。


「確か、カノンのお祖母様が亡くなられたのは最近ではなかったか?」

「そう、おばあちゃんが亡くなったのは、去年だから……半年くらい前」


 そう話しながら、なにか引っ掛かりを覚えた。

 ――こんな会話を、前にもどこかでしたような……。


「……なぁ、ひょっとして、あんたを封印したのって、そのコトネさんじゃないのか?」


 アルさんの言葉に、エルネストさんが更にその双眸を大きくした。


「ほら、前にパケム島で、ドナちゃんのおばあちゃんが亡くなってから自警団のおっちゃんが記憶を取り戻したってことあったろう」

「!」


 それだ、と思った。目が合ったセリーンも頷く。


「なんだそりゃ。俺にもわかるように説明しろよ」


 面白くなさそうに言ったのはグリスノートだ。


「あ~とにかく、歌の効力がその者が亡くなって解けたってことだ。あんたが眠りから覚めたのも数ヶ月前なんだろう? あんた、コトネさんが殺されたところほんとに見てんのか?」


 アルさんの問いかけに、エルネストさんはゆっくりと首を横に振った。


「いや、見ていない。ただ殺されたと聞かされて彼女が本当にどこにもいなくて……」

「!」

「だろ? コトネさんはほんとは生きていたんだ。でもあんたは殺されたと思いこんで、恐ろしい歌を作ってこの世界を破滅させようとした。それを知ったコトネさんが、あんたを止めるためにあんたを封印したんじゃないのか?」


(おばあちゃんが、エルネストさんを……?)


 胸の前で強く手を握る。


「いや、だがそれだと封印も解けるはずだろう?」


 セリーンが眉を寄せ言うと、アルさんはあぁ~と唸って天を見上げてから続けた。


「じゃあ、コトネさんは眠らせただけで、封印したのは別の誰かとか……?」

「それなら、心当たりがある……」


 エルネストさんが小さく口を開いた。


「彼女を邪魔に思っていた者たちだ。彼らが僕の怒りに触れることを恐れて……」

「眠っちまったあんたを封印したってことか」

「その者たちって……」


 気になって訊くとエルネストさんは弱々しく微笑んだ。


「僕に仕えていた、セイレーンたちだ」

「!」

「彼らからしたら、僕がひとりの女性を、しかも異世界の人間を愛するなんてあってはならないことだったんだ」


 と、そこでグリスノートが手を打った。


「そうか。それでそいつらが銀のセイレーンの偽りの伝説をでっち上げたってわけか」


 ――金のセイレーンはこの世界を守るために銀のセイレーンと戦い、銀のセイレーンはこの世界から消滅した。だが、金のセイレーンもその戦いで力を使い切り封印された。


 グリスノートが話してくれた金のセイレーンと銀のセイレーンの伝説を思い出す。


「歌が不吉とされちまったのも、そのせいかよ」


 彼は悔しそうに言って、肩に留まるグレイスを見つめた。


「……いや、それよりその恐ろしい歌を誰かが歌ってしまわぬよう、歌は不吉なものと広めたのかもしれん」


 口元を押さえながらセリーンが続けて、アルさんが頷く。


「全部憶測に過ぎないが、一番しっくり来るんじゃないか?」

「……」


 エルネストさんは肯定も否定もせず静かに瞳を閉じていた。

 きっとおばあちゃんのことを思い出しているのだろうと思った。


(おばあちゃん……)


 元の世界に戻れても、もうおばあちゃんに話を聞くことはできない。

 それが酷く悲しくて、もどかしかった。


「――ん?」


 流れた沈黙を破ったのはまたもグリスノートだった。


「じゃあよ、カノンはあんたの孫ってことになんのか?」

「へ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまっていた。

 だがエルネストさんは苦笑しながら首を横に振った。


「いや、それはないよ。僕は彼女を愛していたけれど、この想いを伝えたことはなかったからね」


(それって、エルネストさんの片想いだったってこと……?)


 つきりと胸が痛んだ。

 グリスノートが舌打ちをした。


「んだよ、もしそうだったらカノンがこの世界に残る理由になると思ったのによ」

「え……?」


 そちらを見れば彼の何か言いたげな視線とぶつかって――。


「っとぉーー!!」

「!?」


 急なアルさんの大声にびっくりする。彼はラグの方を指差し言った。


「そろそろさ、アイツ起こさねぇか?」

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