38.世界を終わらせる歌
――魔導術士を量産して、最強の戦闘部隊を作ろうと……?
「レーネが作ろうとしていた恐ろしい武器とはそれのことか」
セリーンが不快感を露わに呟く声が聞こえた。
術士であるアルさんは口を開けたままあまりのことに声が出ないようだった。
私は、“魔導術士”という呼称は戦争後に出来たものだと、いつかラグが自嘲気味に話してくれたことを思い出していた。
(争いのためだけに作られた術士なら、それこそ“悪魔のような術士”だ……)
アジルさんは目を見開いたまま続ける。
「だが計画はなかなか順調には行かなかった。力を授かっても急に手にした力をいきなりうまく扱える者などいなかった。術に失敗して、命を落とす者も少なくなかった」
今朝、術を使って倒れたアジルさん。
私も初めて歌で空を飛んだとき失敗して危うく死にかけた、あのときの恐怖が蘇りぞくりと震えが走った。
「計画はこのまま頓挫かと思われた。だがその頃、この場所から削り出した純度の高いレーネの石を身に着けていれば一時的に力が安定、増幅することがわかった」
「!」
私は薬指の青く輝く指輪を見つめる。
「そして、漸く部隊と呼べるほどの魔導術士が揃った頃にあんたたちストレッタの調査隊がこの街にやってきた。あの人はこれは好機と、手始めにストレッタの魔導術士たちと儂らを戦わせようとした。……今となっては、儂はあの人があんたたちを呼んだんじゃないかと思っているが……。だがなぜか皆力が暴走し、街は一瞬にして火の海に包まれた」
「――ちょ、ちょっと待ってくれ!」
アルさんが困惑したように声を上げた。
だが勢い付いたアジルさんは止まらなかった。
「儂は命からがら逃げのびたが、あの人も仲間も街の皆も、みんなみんな儂の目の前で炎に焼かれ死んでいった。儂は天罰が下ったんだと思った。奇跡の力を争いの道具として使おうとしたからだと。だから儂にもいつか天罰が下ると思い、そのときを待った。……だが、なぜか儂らの計画が表沙汰になることはなく、全てはストレッタのラグ・エヴァンスの仕業ということになっていた。儂は赦されたのだと思った。だから、儂は死ぬまでこの事実を隠し通し、この場所を封印することにしたんだ」
アジルさんが話し終えると、空洞内はしんと静まり返った。
(じゃあ、ラグは……)
いつの間にか強く握りしめていた手が震えた。
「結局、自業自得だったってことかよ。ひでぇ話だな」
そう口火を切ったのはグリスノートだ。彼はラグの方を振り向き続けた。
「ならラグの奴は何もしてねぇのに、ずっと自分の仕業だと思い込んでたわけかよ」
「いや」
アルさんが首を横に振る。
「ラグがこの街で術を使ったのは確かだ……俺もそれはこの目で見てる」
ふぅと、短く息を吐いたのはエルネストさんだった。
「この場所と、作られた大きな力と、ラグの純粋な力……そのすべてが要因となったんだろうね」
「……みんなにも伝えなきゃ……」
「カノン?」
セリーンが私を見て、声に出ていたのだと気づく。
私は顔を上げて、もう一度言う。
「ラグひとりのせいじゃなかったって、みんなにも伝えなきゃ!」
その声は思っていたより大きく響いて、皆が私を見た。
「だって、もしその計画が本当に実行されていたら、もっと酷い戦争になっていたかもしれないのに」
ただ戦争を終わらせようとしていたラグが、ただ純粋にマルテラさんたちを助けようとしていたラグが、“悪魔の仔”なんて呼ばれて、たった一人責められるなんて絶対におかしい。
「だから、このことをマルテラさんや街の皆にもちゃんと伝えなきゃ!」
「やめてくれ!!」
アジルさんが必死な形相で私を見上げた。
「今このことが知れたら、折角ここまで街を復興させた皆の努力が台無しになっちまう!」
「そんなのっ」
「頼む! 誰にも言わないでくれ、頼む!!」
再びアジルさんは地面に額を擦り付ける。
「……だが確かに、この話を今の街の連中に話すのは酷かもしれん」
そう苦渋に満ちた声で言ったのはセリーンで、私は目を見開く。
「マルテラたち生き残った者たちも、知らなかったとは言えその恐ろしい計画に加担していたことになる」
「でも!」
わかる。セリーンの言っていることはわかる。
当時まだ幼かったマルテラさんは何も悪くない。この人と同じ、ただ言われた通りに働かされていただけだ。――でも。
今は穏やかな顔で眠るラグを見つめる。
「でもそれじゃあラグは、これからもずっとひとりで、その罪を背負って生きて行かなきゃいけないの……?」
――オレ達はこの特別な力を、戦争で使った……。
――ただ、助けたかった……だけだ。
今まで見てきた彼の辛そうな顔が次々と脳裏に浮かぶ。
「そんなの、可哀想すぎるよ……っ」
最後はもう立っていられなくて、両手で顔を覆って私はその場に泣き崩れた。
「カノン……」
セリーンがそんな私に寄り添って肩を抱いてくれる。
それでも涙は止まらなくて、私の嗚咽だけがしばらく空洞内に響いていた。
「カノンちゃん」
アルさんの優しい声がかかる。
「ラグはさ、カノンちゃんがそう言ってくれるだけで、もう十分だと思う」
顔を上げると、ぼやけた視界の向こうに今にも泣きだしてしまいそうなアルさんの笑顔があった。
「ラグのために泣いてくれて、ありがとな」
「アルさん……」
――そうだ。アルさんだって、この真実を知って悔しくないわけがない。
私以上に彼はラグを近くで見てきて、そして自身も術士としてこれまでたくさん辛い目にあってきたはずだ。
「あははははっ」
そのとき、いきなりエルネストさんの笑い声が響いた。
皆が一斉に彼を見る。彼は可笑しそうに笑って、私の方を見た。
「どうだいカノン、本当に酷い世界だろう?」
「エルネストさん……」
彼が私に優しく笑いかける。
「やっぱり、こんな世界要らないと思わないかい? ねぇ、銀のセイレーン」
「――ぎ、銀のセイレーン!?」
アジルさんの裏返った声が聞こえた。
私が振り返ると彼はひぃと情けない悲鳴を上げて後退り逃げていった。……この世界で何度も見てきた反応に、でも今は何も感じない。
そのまま坑道の方へ向かおうとしたアジルさんの前にグリスノートが立ちはだかる。
「今あんたに出てかれると面倒そうなんでなっ!」
そう言って彼はアジルさんの鳩尾に拳を叩き込んだ。
小さく呻いてその場に倒れたアジルさんを横目で見て、エルネストさんが冷たく笑う。
「真実を偽っておいて、偽りの伝説を信じるなんて、どこまでも醜いね」
そして再び彼の視線が戻ってくる。
「ごめんね、カノン。これまで辛かったろう。歌が好きな君にとって、この世界は本当に苦痛だったよね。だからもう、こんな世界終わらせよう。今の君になら僕の楽譜がなくてもそれが出来るはずだ」
「!?」
皆の視線が私に集中する。
「無駄に長引いてしまった曲に、君が終止線を引くんだ。何も気にすることはないよ。ただこの世界の伝説の通りになるだけだからね」
――この世界を終わらせる?
「もう我慢しなくていいんだ。今ここで思いっきり歌っていいんだよ、カノン。そして君の歌を世界中に届けよう!」
――思いっきり、歌っていい?
「カノン……?」
ゆっくりと立ち上がると、セリーンが心配そうに私の名を呼んだ。
私はエルネストさんをまっすぐに見上げて、口を開く。
「私、歌いたいです」
皆が息を呑むのがわかった。
エルネストさんがうっすらと口の端を上げて。
「私、エルネストさんを癒す歌が歌いたいです」
「……え?」
エメラルドの双眸が瞬いた。




