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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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35.坑道探検

「ぅひゃっ!?」


 ぴちゃん、と冷たい雫が丁度鼻の頭に落ちてきて思わず変な声が出てしまった。

 その声は静かな坑道内に反響して消えていった。


「ぶぅ?」

「ご、ごめん、大丈夫。水が落ちてきてびっくりしただけ」


 こちらを覗きこんできたブゥにそう言って苦笑する。

 岩肌剥き出しの天井からこうして時折水が滴り落ちてくるのだ。

 足元もぬかるんでいて気を付けて歩かないとすぐに滑って転んでしまいそうだった。

 今は私ひとりで、転んでも誰も支えてはくれないし呆れ顔で注意してくれる人もいない。


(でも、ブゥがいてくれる)


 彼の存在が本当に心強かった。


 もうどのくらい進んだだろう。途中何度か梯子を下りて随分下層の方に来た気がするけれど入口からの距離はもうわからなくなっていた。

 坑道の中は灯りなどなく真っ暗で、でも私の髪が未だに銀に輝いているおかげで視界はそこまで悪くなかった。


(ここも静かだなぁ)


 鉱山というから採掘の音が中でもっと響いているものかと思ったけれど。

 ――もしかして。そう考えた矢先だった。

 前方にほのかなオレンジの灯りが見えてドキリとする。近づいていくとそれがランタンの灯りだとわかった。そして。


「あっ」


 そのすぐ傍に倒れている人たちを見つけて足を速める。

 恐る恐る近寄ると鉱夫らしきその男たち二人は静かに寝息を立てていて、ほっとすると同時にやっぱりと思った。


(ここにまで歌の力が……?)


 やっぱりおかしい。

 ずっと銀に輝いている髪の毛といい、明らかにいつもとは違う何かが起こっている。


 ――止める奴らを片っ端から眠らせて、強行突破。


 ふいにセリーンの声が蘇った。


(本当にそうなっちゃったな……)


 採掘をしている途中だったのだろう彼らの傍には様々な道具が置かれ袋の中にはごろごろと石が入っていた。

 しゃがみ込んでその石をよく見てみると確かにキラキラと青く光る部分があった。よく磨けばきっとこの指輪のように綺麗な宝石になるに違いない。


「ごめんなさい」


 小さく謝罪して、私は再び歩き出した。




 しかし、少し進んだところでまた足を止めることになった。


「どっちだろう……?」


 道が二手に分かれていた。


(そういえば私、例の立ち入り禁止の場所がどこにあるのか知らないや)


 何か秘密があるとしたらそこなのに。今更ながら随分と無謀なことをしていることに気付く。

 でもセリーンたちが見ていたあの坑道図はアジルさんが持ってきたもの。

 あの事務所に戻ったとしてもそう簡単には見せてもらえないだろうし、そもそも誰も出てきてはくれなかった。この様子ではおそらくあの中にいる人たちも皆眠ってしまったのだろう。


(このまま進むしかないんだ)


 と、ブゥが私から離れふよふよと右の方の道に向かって飛んでいった。


「そっち?」

「ぶぅ~」


 正解はわからないのだ。私はブゥについて行くことに決めた。




 更に何度か梯子を下りて、ひたすら奥へ奥へと進んでいく。

 その途中また倒れている人たちを見つけて、本当に眠っているだけかどうか確認して、また進む。


 ――私は一体何がしたいのだろう。


 モンスターが狂暴化し街に現れるようになった原因は私だとわかったのに。

 私がこの世界からいなくなれば良いだけのことなのに。

 こんなにたくさんの人を……ラグやセリーンまで眠らせてしまって。

 一体なんのために、今私はここにいるのだろう。


 ――ならカノンは今、奴のためにこの世界にいるのだな。


 また、セリーンの優しい声が頭に響いた。



(……そうだ。私は今、ラグのためにここにいるんだ)



「あっ」


 しばらく進むと行く手に鉄格子が見えてきた。その奥には更に頑丈そうな扉も見えて思わず歓声を上げる。


「ブゥ凄い!」

「ぶぅっ!」


 きっと、ここに違いない。

 この厳重さ。もしこの奥がモンスターの巣窟になっていたとしても、アジルさんの言う通り余程力の強いモンスターでない限り破られることはなさそうだ。

 彼はこの先は地盤が脆いと言っていた。だからずっと立ち入り禁止にしているのだと。

 嘘か真実かわからないが、いざとなれば歌って飛べばいい、私はそう考えていた。


「でもどうやって開けようか……ん?」


 鉄格子を調べようと前に出てジャリと何か硬いものを踏んづけた。

 視線を落として見ればそれは重そうな長い鎖で、あれ? と思う。普通はこれを鉄格子にぐるぐると巻きつけて施錠するのではないだろうか。


(それが外れてるってことは……)


 試しに格子の一本を握って押してみるとギィと鈍い音を立てて簡単に開いてしまった。


「やっぱり」

「ぶっ」


 なぜ開いているのだろうと疑問に思いつつ、更に奥の鉄の扉の前に立つ。大分古いもののようで近くで見ると錆びだらけだ。

 ひょっとしてここも……と淡い期待を抱きながら両手で体重をかけ押してみるとギギギと鉄同士の擦れる音と共に向こう側に開いていくではないか。


「……開いちゃったね」

「ぶぅ」


 扉の向こうは更に暗い道が続いていた。とりあえずモンスターの気配はなさそうだ。


(元々鍵がかかってなかった? それとも……)


 ごくりと喉を鳴らして、私は慎重に先へと足を進めた。――いつでも歌えるよう心の準備をして。



 奥へ進むにつれて徐々に道幅が広くなり天井も高くなっていくのがわかった。

 そして岩肌がキラキラと光っていることに気付く。近づいて見れば例の青い石が先ほど見たものよりずっと大きく水晶のようになって岩肌から無数に突き出ていた。


「キレイ……」


 ここで採掘すれば先ほどの場所よりもずっと簡単に採れるのにと思った。


 ――ぴちゃん。


 そのとき小さく水音が聞こえた。奥の方からだ。

 また天井から雫が降ってきているのだろうか……?


 ぴちゃん……ぴちゃん……。


 でもそれは奥に行けば行くほど大きく坑道内に響いて――。


「!!」


 急に大きな空間に出て、私は息を呑んだ。

 目の前に、青く輝く海が広がっていた。――違う。海であるはずがない。


(地底湖……?)


 そういう場所があるということは元いた世界の映像や写真で見て知っていたけれど、実際に目にするのは初めてで。


(ううん、こんな綺麗な場所、あっちの世界にあるわけない)


 青く輝いて見えるのは天井から壁、湖の底に至るまで、先ほど見た青い水晶がまるで剣のようにびっしりと生えているためとわかった。

 そのあまりに神秘的で美しい光景に声が出なかった。

 ぴちゃん、ぴちゃん、と天井から落ちた雫が水面に波紋を描いていく音だけが、しばらく響いていた。


 ふわふわと湖の方へ飛んでいくブゥの後ろ姿を見て、私は我に返る。


「ブゥ、待って!」


 発したその声がうわんと大きく響いた。

 まるで天然のホールだ。ここで歌ったらきっと綺麗に声が響くだろうと思った。……今は恐くて試せないけれど。

 ブゥを追って慎重に水際に近づいていく。

 彼は水底から天井まで繋がった柱のような水晶の前に留まっていた。


(あそこに何か……!?)


 と、その前に見覚えのある人が倒れていて驚く。


「アジルさん!?」


 声を掛けながら駆け寄るが、彼はうつ伏せの状態で静かに寝息を立てていた。

 彼も私の歌のせいで眠ってしまったのだろうか、帽子は外れ隠していた額の紋様が見えてしまっていた。その手元には古そうな鍵束が落ちていて。


(やっぱり、そこの扉を開けたのはアジルさんだったんだ)


 なぜ彼はここに来たのだろう……そう思いながら顔を上げて、私は大きく目を見開く。

 ブゥが見ている青い水晶柱の中に、人影があった。

 思わず悲鳴を上げそうになって両手で口をふさぐ。


(まさか……)


 水際ギリギリまでゆっくりと足を進めて、震える声で呟く。


「エルネスト、さん……?」


 何度も見た彼の姿がそこにあった。

 肩まで伸びた金髪。整った優しい顔立ち。目を閉じていて今その碧眼は見えないけれど、いつも私たちの前に現れる彼の姿そのままだ。


「待っていたよ、カノン」

「!」


 優しい声が辺りに響く。

 いつもの、幽霊のように身体の透けた彼が、水晶柱の前にぼんやりと浮かび上がった。


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