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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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34.眠りについた街

 ぐいと強く後ろに引っ張られて、顔面スレスレを鋭い爪が掠めていった。

 そのまま私はバランスを崩し先ほどまでラグが座っていた椅子を盛大に倒して尻餅をつく。


「何ぼーっとしてんだ、立て!」


 次々襲い掛かってくるモンスターとその小さな身体で戦いながらラグが怒鳴る。それでも私は倒れたまま動けなかった。


「私だ」

「はぁ!?」


 ラグがまた一匹モンスターを愛用のナイフで切り裂くのを間近で見ながら、私はもう一度呟く。


「私の、せいだ」


 ――なんで、今の今まで気づかなかったのだろう。

 昨夜モンスターたちが私たちの泊まる宿に集まってきた時、なんで自分が原因だと思わなかったのだろう。……いや、私とラグのどちらかが原因だとそこまでは考えたのに、どこか無意識に私が原因であるはずがないと思い込んでいたのだ。


(私、最低だ……)


 きっと他に原因があるはずだとラグに言いながら、自分にその原因があるなんて全く考えていなかった。

 私はこの世界を破滅させる“銀のセイレーン”なのに。

 この世界に来てすぐにそう言われたはずなのに。

 モンスターたちがこの街に押し寄せてきたのも、あの小さな女の子やパシオさんが負傷したのも、――ラグが深く傷ついたのも。


 全部、私のせいなのに。


 ドン……ドンッ……ドガンっ!

 振動と共にそんな轟音が耳に響いた。扉が破られたのだ。

 のっそりと現れたのは、爪に毒があるというあの豹に似た大きなモンスターだった。

 そいつも未だ髪が銀に輝く私を見つけると、ぐるると低く唸り声をあげ威嚇の体勢を取った。

 ラグの舌打ちが聞こえた。

 このままではラグも、他の皆もまた傷ついてしまう。


(私のせいで……っ!)


 ぐっと奥歯を噛みしめて、私は起き上がった。 


「ごめん」

「は?」


 ラグが私の小さな謝罪の言葉にも反応してくれて、口を開く。


  ねむれ ねむれ おやすみなさい


「!?」


 再び歌い出した私をラグが驚き振り返る。

 以前にも歌った子守歌。

 つい数日前にラグのために歌ったものではない。

 これはルルデュールの前で歌った子守歌だ。



  ねむれ ねむれ おやすみなさい

  涙のわけは忘れて おやすみなさい

  明日になればきっと 笑顔の自分に会えるから



 起きたらきっと全部忘れているから。

 私のことも、何に怯え、怒っていたのかも。

 だから今は深く深く、眠って……!



  ねむれ ねむれ おやすみなさい

  痛みのわけは忘れて おやすみなさい

  明日になればきっと 新しい自分に会えるから



 あんなに爛々と目を光らせていたモンスターたちが次々崩れ落ちるように倒れていく。

 “歌”の効き目に自分でも驚いて、でもこれが“銀のセイレーン”の力なのだと今なら納得出来た。

 見ればマルテラさんもパシオさんもふたり支え合って倒れ込むようにして眠りに落ちていた。


(きっとこれで私のこと……銀のセイレーンのことを忘れてくれるはず)


 そして目の前にいる彼も、がくりとその場に膝を着いた。


「お前、何を……」


 その手が私に向かって伸ばされて、そのまま力なく落ちていく。

 私の足元に倒れ込んだ小さなラグが静かに寝息を立て始めて、私は歌うのをやめた。


「ごめんなさい」


 もう一度謝ってからその小さな身体を壁に凭れさせるように座らせる。

 丁度そのとき彼の身体が急成長した。


(ラグ……)


 先日も見たあどけない寝顔がそこにあって、また涙が溢れそうになる。

 ぶんぶんと頭を振って、私は立ち上がった。

 と、先ほどが嘘のように辺りがシンと静まり返っていることに気付く。


 そのまま詰所を出て、私は目を見開いた。

 モンスターたちも、それと戦っていた人たちも皆、地面に倒れ眠っていた。

 起きて立っているのは私だけ。

 その光景をしばらく呆然と眺めて。


「はは……私って、本当に銀のセイレーンだったんだ」


 そんな乾いた笑いが口から漏れた。

 両手をゆっくりと握りしめて、その手のひらがラグの血でべったりと濡れていることに気付く。

 薬指にはまった彼からもらったリングも、綺麗な青い石も、赤く染まってしまっていて。

 皆眠っているのだと知らなければ、この場で一人こうして立っている私は完全に悪役……いや、まるで死神のようだった。

 そのときふと、エルネストさんの作曲ノートに“死”という恐ろしいタイトルの楽譜があったことを思い出す。

 ……もしかしたら、セイレーンの力は私が思っているよりずっと恐ろしいものなのかもしれない。

 ぞくりと全身に震えが走って、自分を落ち着かせるために一度深呼吸をする。


(でもこれで、もう誰も傷つかない)


 モンスターたちも私がいなくなればきっと大人しく森に帰っていくはずだ。

 怪我をしている人がいないか周囲を見回して、通りの向こうに見慣れた赤毛を見つけた。

 ピクリとも動かないモンスターたちを避けながら駆け寄ると、セリーンは大剣を握り締めたまま倒れ穏やかな表情で眠っていた。目立つ傷はなくてほっとする。


「ごめん、セリーン。ありがとう」


 その手に触れて謝罪とお礼の言葉を口にする。


「ちょっと、行ってくるね」


 私は再び立ち上がって目の前に聳える鉱山を見上げた。


(皆が眠っているうちに、坑道内を調べなきゃ)


 あそこに絶対何かあるはずだ。

 私はもう一度深呼吸して、ひとり歩き始めた。




 つい先ほども歩いた山道なのに、全く違う道のように感じられた。

 それは先ほどと違ってひとりぼっちだから。ラグもセリーンも、他に誰もいないから。

 凄く心細いけれど、でも決めたのだ。

 ――もう誰も傷ついて欲しくない。

 だからひとりで行くと。


(それにしても静かだな……)


 大分日の高くなった空を見上げる。――辺りが異様に静かだった。

 先ほどこの山道を歩いたときは確か鳥のさえずりや虫の鳴き声が絶えず響いていたはずだ。

 と、前方に倒れているモンスターたちを見つけてびくりと足を止める。でもどうやら皆眠っているようでほっとしてまた歩き出す。


(こんなところまで歌の力が効いているってこと……?)


 ドキドキとする胸を押さえながらそのモンスターたちを避けていく。

 私の髪も先ほどからずっと銀の輝きを纏ったままだった。

 ……それだけ、先ほどの歌の影響力が大きかったということだろうか。

 鳥や虫たちももしかして……。そこまで考えたときだった。


「ぶぅ~」

「え?」


 ブゥの鳴き声が聞こえた気がして振り返る。

 そんなはずはない。静か過ぎて聞こえた幻聴かもしれない。でもじっと今来た道を見つめていると。


「ぶぅ~~っ」

「ブゥ!?」


 確かに白い小さな蝙蝠が一生懸命翼を動かしてこちらに飛んでくるのが見えた。


「なんで……」


 だってまだ日は高くて、ブゥはいつもなら寝ているはずの時間で。

 それに先ほどの私の歌で他のモンスターたちは皆眠ってしまったのに。


(ブゥには効かなかったってこと……?)


「ぶぅ~ぶっ」


 ブゥは私の目の前までやってくると、嬉しそうにその場でくるりと一回転した。


「ついて来て、くれたの?」

「ぶーうっ」


 その元気な鳴き声にまた涙腺が緩んでしまった。


「ごめんね、私、ラグを眠らせちゃった……っ」

「ぶぅ~~?」


 でもラグの相棒であるブゥはそんな私の顔を心配そうに覗き込んできてくれた。そのつぶらな瞳に私を責める色はないように思えて。

 溢れた涙を拭って笑顔を作る。


「ありがとう、ブゥ。一緒に来てくれる?」

「ぶぅ~!」


 ブゥは任せてと言わんばかりに勢いよく高く飛んでから私の頭の上にふわり着地した。


「でも気を付けてね。これから坑道の中を調べるんだ。危なくなったらすぐに逃げてね」

「ぶっ」


 すぐ頭上から可愛らしい返事が降ってきて、今度は自然と笑みがこぼれた。


(眠っていたから歌が聞こえなかった……とかかな?)


 なぜかはわからないけれど、今はその存在がとても有難かった。




 先ほども訪れた鉱夫たちの事務所に辿り着いて、その扉を叩く。

 やはりアジルさんにもう一度話を聞きたかった。髪が銀に輝く私を見て驚くかもしれないけれど。それでも話がしたかった。

 しかしいくら待っても誰も出てきてはくれなかった。ドアにも鍵がかかっているようで開かなくて肩を落とす。


「もしかして、中の人も皆寝ちゃってるとか?」

「ぶぅ~?」


 扉から離れ先ほど数人の鉱夫達が顔を覗かせた窓の方を見上げてみるが、カーテンが掛かってしまっていて何も見えなかった。

 仕方なく私はそのまま坑道に向かうことにした。確かこの奥の山道が坑道の入口まで続いているはずだ。

 更に山道を進んでいくと小さなトンネルのような人工の穴が見えてきた。しかし中は当然真っ暗闇で出口なんて見えない。


「ここ、だよね」


 呟いてごくりと喉が鳴る。


(この中に、何か秘密があるんだ……)


 勇気が出ずになかなか入れずにいると、ブゥが私の頭から飛び立ってふよふよ先に入って行ってしまって焦る。


「ブゥ待って! 私も行くから」


 私はブゥを追いかけて坑道内に足を踏み入れたのだった。


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