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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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33.まじない歌


「ラグ! ラグ……!!」


 彼の前に膝をついて何度も何度も繰り返しその名を叫ぶ。

 叫んだって何も変わらないのに、叫ばずにいられなかった。

 小さなラグは刺された場所を強く押さえながら苦痛に顔を歪めている。


 ――どうしよう、こんなときどうすればいい?


 病院もない。お医者さんもいない。

 前にセリーンが傷を負ったときには、ラグとアルさんが一緒になって治癒の術をかけたと言っていた。

 でも彼はこの姿では術が使えない。アルさんもいない。それに……。


「それは、なんの冗談?」

「……っ」


 見上げると、マルテラさんが酷く冷めた目でこちらを見下ろしていた。

 その手にはまだ血のついた短剣が握られたままで、咄嗟にラグの前に出る。


「魔導術士ってそんなことも出来るのね。私にその姿を見せて、同情を誘おうとでも思った? その傷だってどうせ、すぐに治せるんでしょう?」


 何も言えない。

 喉の奥が、全身が震えて声が出なかった。


「でもそれ、逆効果よ。だってあの頃を、あなたと出会ったあの時のことを思い出してしまうだけだもの」


 マルテラさんの目に再び怒りの感情が灯っていた。


「あの時、あなた言ったわよね。オレたちは戦争を終わらせに来たんだって。私たちを助けに来たんだって。確かに、貴方の言った通りになったわ。だって戦争は本当に終わったんだもの。――この街を、犠牲にしてね」


 彼女の低い声が次第に大きくなっていく。


「父さんも、母さんも、友達も、みんなみんな、あの時に死んでしまったわ。――あなたは、あなたたち魔導術士は! 自分たちの利益のために私たちを犠牲したのよ!!」

「違います!!」


 もう聞いていられなかった。気づいたときには酷い声で叫んでいた。


「ラグは! 少なくともラグは本気でこの街を、あなたを助けようとしていたんです!」


 私はその時この場所にはいなかった。

 その頃のラグも、マルテラさんも知らない。

 でもわかる。

 ラグは、その時本気でマルテラさんを助けようとしていたのだ。

 それだけはわかるから。


「だからもう、ラグを悪く言わないであげてください……っ」


 最後はもう声にならなかった。ただそう言って彼女に深く頭を下げていた。


「いい、カノン……っ」

「ラグ!?」


 微かに聞こえた声に驚いて振り返るとラグが薄く目を開けて私を見ていた。

 そして、その視線がマルテラさんに移る。


「すまない。何度謝っても、足りないくらいだ。心から、すまなかったと思っている……」

「何度謝られても、みんなは戻って来ないわ」


 マルテラさんの声は冷え切ったままだ。


「わかっている。すまない……すぐに、出ていく」


 そう言いながらラグが壁を頼りに立ち上がっていく。


「ラグ! 動いたら」

「大丈夫、だ……っ」


 全然大丈夫じゃないのに、自分の足で立ち上がった彼はもう一度マルテラさんを見上げた。


「……でも、君が生きていてくれて、本当に良かった」


 そうしてラグはぎこちない微笑みを浮かべた。

 マルテラさんが瞳を大きくして口を開きかけた、そのときだ。


「マルテラ……」


 そんな小さな声が聞こえて、マルテラさんが急いで振り返る。


「パシオ! 気が付いたの!?」


 パシオさんの手がゆっくりと彼女に伸びて、マルテラさんはそれをしっかりと握り締めた。

 重い金属音を立てて彼女の足元に短剣が落ちる。

 やがてマルテラさんのすすり泣く声が聞こえてきて、ラグはほっとした様子でそんな彼女に背を向けた。

 私はそんな彼を支えて、その部屋を出た。




「だから、お前がそんな顔すんなって……」


 昨日と同じことを掠れた声で苦笑するように言われて、先ほどから止まらない涙が更にあふれた。

 でもそれを拭うことはしなかった。今は視界が歪んでいる方が都合が良かった。

 彼が進むごとに床に伸びていく赤い色を直視せずに済んだから。


 閂のかかった扉の前まで来て、私は立ち止まる。


(どうする……?)


 外にはたくさんのモンスターたちがいる。扉横の窓からも、まだうろつくその姿が確認出来た。

 ラグが元の姿に戻るまで、あとどのくらいかかるかわからない。

 それまでラグが持ち堪えてくれるかどうかも――最悪なことを考えそうになって頭を強く振る。


「もういい、カノン」

「え?」


 ラグが支えていた私の手を弱々しく退けて腰から愛用のナイフを抜きとった。


「ここにいれば、とりあえず安全だ。オレが外に出たら、またしっかり扉を閉めろ」


 そうして彼は扉に手を掛けた。


「いいな」

「よくないよ!!」


 私は怒鳴って彼の小さな身体を後ろから抱きしめる。


「なっ!?」

「その傷で何言ってんの!?」


 そのまま傷口に触らないようにその身体をズルズルと引きずってすぐ近くにあった椅子に座らせる。……こうして私に抗えないのが彼が酷く弱っているいい証拠だ。


「戻れば自分で」

「いつ戻るかもわからないのに、今はとにかく動かないでじっとしてて! じゃないと死んじゃうよ!」


 彼の前に膝を着いて叱りつけるように言うと、彼は一度瞳を大きくして、それから視線を落とした。


「……別に、死んだってかまわない……」

「――っ」


 その言葉を聞いてもさほど驚かなかった。――やっぱり、彼はその気だったのだ。

 疑念が確信に変わって、それがただショックだった。


「絶対に死なせない」


 小さく、でも強く言うと彼が不思議そうにこちらを見上げた。


(やってみるしかない)


「――ッ」


 心を決めて彼の血で濡れたその場所に手を伸ばすと、彼がびくりと顔を歪めた。

 ぐちゃりとした嫌な感触にまた涙が出そうになったけれど、心を落ち着けるために一度大きく深呼吸する。


「おまえ、まさか……っ」


 察したらしい彼が奥の部屋を気にして私の手を引きはがそうとする。それも大した力はなくて、私は構わず囁いた。


「ちちんぷいぷい いたいの いたいの とんでいけ」

「……は?」

「これ、私が小さい頃によくおばあちゃんがかけてくれた、“おまじない”」


 ――以前、確かこの世界に来てすぐの頃に一度自分の傷を治そうと唱えた“まじない歌”。

 あのときは何も起こらなかった。けれど。


(今なら、出来る気がする)


 薬指の青い石が目の端でキラリと光った気がした。



  いたいの いたいの とんでいけ

  お山の向こうへとんでいけ

  いたいの いたいの とんでいけ

  海の向こうへとんでいけ



 元々の節を少しだけアレンジして、私は歌う。

 本来は、痛がる小さな子供にかける優しい“まじない歌”。

 今私の目の前にいるのは確かに子供で。

 本当は深く傷ついて痛いはずなのに、絶対に痛いとは言わない意地っ張りな子供で。

 だからこれは、そんな彼のための優しい“おまじない”だ。


 銀に輝く自分の髪を見て、私は続ける。



  見えるキズも 見えないキズも どこか遠くへとんでいけ

  キレイに消えて なくなって

  ほら もういたくない いたくない

  見えるキズも 見えないキズも どこか遠くへとんでった

  キレイに消えて なくなった

  ほら もういたくない いたくない



「……オレは、小さなガキかよ」


 そんな憮然とした声が聞こえて目を開けると、呆れたような青い瞳が私を見下ろしていた。


「だって、今は子供だし……」


 そう小さく言い返すと彼は短く息を吐いてからすくと立ち上がった。


「ま、まだ動いちゃ――っ」


 だめだよと続けようとして、彼が私の目の前で服をたくし上げてびっくりする。べっとりと鮮血で濡れた肌が露わになって思わず目を背ける。


「まさか、治癒も出来るとはな」

「え?」


 恐る恐る見返してみると、血はそのまま残っているけれど傷があったと思わしきその場所は完全に塞がっていた。


(ちゃんと、成功した……?)


 気が抜けてぺたりと床に座り込む。


「よかった」


 小さく声が漏れる。


「本当に、良かったぁ……っ」

「そんでまた泣くのかよ!」

「だって、本当に死んじゃうかと思っ……」


 また呆れかえった溜息が降ってきて、その後でぽんぽんと頭を優しく撫でられた。


「最近、お前に助けられてばっかだな」


 見上げると、ぼやけた視界の先に優しく微笑む少年がいた。


「ありがとう」

「っ、……うん!」


 彼の“見えないキズ”が、先ほどのまじない歌で消えたとは思わない。

 でもその笑顔が見られて今は十分だった。

 私はごしごしと涙を拭って、もう一度彼を見上げる。


「もう、死んだっていいなんて言わないで」

「え?」

「死んだら、絶対に許さないから」


 そう言って睨みつけると、ラグはびっくりしたように目を見開いてからバツの悪そうな顔をした。


「アルの奴と同じこと言いやがって」

「それだけ、アルさんも私もラグのことが……ラグのことが、心配なんだよ」


 ――すごく、すごく大事なんだよ。

 危うくそう零しそうになって寸でのところで言い直す。


「だからもう、絶対に死のうなんて思わないで」

「……わかった」


 溜息交じりに、でもはっきりと頷いてくれてほっとする。――と。


「銀の、セイレーン?」

「!?」


 震えた声が聞こえて振り返ると、カウンター奥でマルテラさんと彼女に支えられたパシオさんが呆然とした顔で私を見つめていた。

 そこで気が付く。少し前に歌い終わったのに私の髪はまだ銀に輝いていた。


(なんで……!?)


 ガッシャーーン!!


 そのとき、そんな凄まじい音が耳をつんざいた。

 驚き見れば扉横の窓を突き破ってモンスターたちが詰所の中に一気に雪崩れ込んでくる。


「うそっ!」

「立て!!」


 まだ力の入らない足でなんとか立ち上がって、でもその爛々と光る複数の瞳が私を捉えていることに気付く。


(え……)


 モンスターたちは脇目も振らずに真っ直ぐに私の元へ向かってくる。その眼にはやはり私しか映っていなくて――。


『本当に、こんなことは僕らも初めてで』

『森のモンスターたちも、何かに怯えているのかもしれんな』

『原因はオレか、お前か……』


 皆の言葉が頭をよぎる。

 私はこのとき酷く冷静な頭で《銀のセイレーンが世界を破滅へと導く》というこの世界の伝説を思い出していた。


(原因は、私……?)


「カノン!!」


 ラグの絶叫が耳に響いた。

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