32.奇襲
急いで街へ戻った私たちは愕然とする。
(ここまで来る間にも何匹も倒したのに……)
トランクさんの言う通り、先ほどまで人気がなく静かだった通りに大量のモンスターがうろついていた。一種類だけではない、先ほど見た狼に似たもの、昨夜見た猪に似たもの、見たことのない大型のモンスターまで、まるで大陸中のモンスターがこの場所に集まって来ているかのようだった。
その中で先ほど詰所で話していた自警団の青年たちや武器を持った男たちが戦っているのが見えたがこちら側が劣勢なのは明らかだった。
「なんで、こんなに……」
呟いた声が震える。すぐ前にいるラグが舌打ちをするのが聞こえた。
「あなた方が詰所を出て行って間もなくです。急にぞろぞろと現れて――っ」
と、私たちを見つけたらしいモンスターたちが一斉にこちらに向かってくる。
「気を付けてください! アイツ、爪に猛毒を持っています」
(毒!?)
トランクさんが指したのは豹に似た一番大型のモンスターだ。
「それは厄介だな」
セリーンの表情が険しくなる。そしてトランクさんが悔しげに続けた。
「さっき、パシオがあいつにやられて」
「!?」
「パシオさんが!?」
「今詰所でマルテラが手当てを――来ます!」
前に出ていたセリーンとトランクさんが飛びかかってきた狼型のモンスターを立て続けに数匹斬り倒した。――セリーンが強いのは知っているが自警団の一員であるトランクさんも流石に強い。
後に続いていたモンスターたちがそれを見てじりじりと後退っていく。
「貴様、解毒は」
「毒の回り具合による」
こちらを振り向かずに言ったセリーンにラグが低く答える。
(そうだ、ラグの治癒の術で治るかもしれない……!)
「カノンと詰所まで走れ」
「わかった」
「トランク! ふたりを詰所まで届けたい。フォローを頼む!」
「わ、わかりました!」
トランクさんが頷き、セリーンと共にモンスターたちの方へと駆け出した。
「行くぞ」
「う、うん!」
差し出されたラグの手をしっかりと握り、私たちも走り出す。
セリーンたちが私たちを詰所まで誘導するように邪魔なモンスターを次々倒していってくれる。お蔭で私たちは一度もモンスターと鉢合わせることなく詰所前まで辿り着くことが出来た。
「セリーンありがとう! 気を付けて……!」
「あぁ!」
彼女は答えながらまた一匹モンスターを豪快に斬り飛ばした。
詰所の扉には鍵がかかっているようで何度かラグが叩いていると、「誰?」とマルテラさんの声が聞こえてきた。
「私、カノンです! 開けてください!」
私がそう叫ぶと何かが外れる音がして扉が少しだけ開いた。そこには剣を握り締めたマルテラさんが立っていた。
「早く入って」
「ありがとうございます!」
でも私に続いてラグが中に入ると彼女はその瞳を大きくした。
「あの、パシオさんのことを聞いて」
「……」
マルテラさんは扉に重そうな閂をかけると、そのまま私たちに背を向け奥のカウンターの方へと歩いて行ってしまう。
私たちは顔を見合わせ、そんな彼女についていく。
詰所の中は外が嘘のようにシンと静まり返り他には誰もいなかった。モンスターたちは建物の中にまでは入ってこないみたいだ。街の人たちもきっと家の中で怯えているのだろう。
マルテラさんについてカウンター奥の小部屋に入り、私は息を呑む。
仮眠室だろうか、ベッドに真っ赤に染まった包帯を胸に巻いたパシオさんが力なく横たわっていた。
その顔には玉のような汗がびっしりと浮かび、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返し酷く苦しそうだ。
(でも、ラグの術できっと……!)
「――ねぇ、なんで?」
「え?」
ベッド脇に立つマルテラさんが、パシオさんを見下ろしながら小さく呟いた。
「なんで、パシオがこんな目に遭うの?」
「マルテラさん……」
大丈夫ですと続けようとして、その強く握られた拳が小刻みに震えていることに気付く。
「やっぱり、あなたがこの街に来たからなの……?」
彼女はゆっくりとこちらを振り返り、怒りに染まった顔でラグを睨み上げた。
「だって、おかしいじゃない。あなたが来るまで、こんなこと一度もなかったわ」
怒りだけじゃない、その眼には深い悲しみの色が宿っていた。
「消えてしまった街を皆で頑張ってここまで取り戻したのに、なんで今になってまた……?」
「……」
ラグは何も答えない。
私も、何も言えなかった。
マルテラさんが首を傾げる。
「あなたはまた、私の大事な人を奪っていくの……?」
じわりと、その赤くなった眼のふちにたくさんの涙が溢れた。
(マルテラさん……)
「すまない」
ラグが消え入りそうな声でまた謝罪の言葉を口にする。
「……出て行って」
「マルテラさん、ラグはパシオさんを」
「早くこの街から出て行って!!」
私の声は彼女の絶叫に似た怒鳴り声で掻き消えてしまった。
「……すまない。これが済んだら、すぐに出ていく」
ラグは俯き小さくそう言うと私の横を過ぎベッドへと足を進めた。
そのままパシオさんの身体へと手を伸ばした彼を見て、マルテラさんが目を剥く。
「何をするの!? パシオに触らないで!!」
すさまじい形相で彼女はラグの腕に掴みかかった。だがラグは構わずパシオさんの真っ赤に染まった胸に手を当てる。
「癒しを、此処に……」
「やめて! パシオに悪魔の力を使わないで!!」
「マルテラさん、絶対治りますから!」
そう言いながら彼女に手を伸ばすがバシッと強く払われてしまった。
「煩い!! ねぇ、やめてって言ってるでしょう!? 昨日私言ったわよね、もうこの街で魔導術は使わないでって! ねぇっ!!」
マルテラさんがラグの腕を引っ張りながら大声で叫ぶがラグはやめなかった。目を閉じ、じっとパシオさんの傷口に意識を集中しているようだった。
――マルテラさんにとって、“魔導術”はこの街を消した恐ろしい悪魔の力なのだろう。
(でも、今だけは信じて欲しい)
両手を組んで私もパシオさんの回復を祈る。
真剣な彼の姿を見てマルテラさんもやっと信じてくれたのだろうか、ラグから手を離すとゆっくりと深呼吸をした。
「……やめてって、言ってるのに……」
低く掠れた声で言うとマルテラさんはもう一度ラグに静かに身を寄せた。
「ぅぐ……っ」
そのとき、ラグの小さな呻き声を聞いた気がした。
――え?
何が起きたのか、わからなかった。
ラグがマルテラさんから離れ、よろけるようにして壁に凭れ掛かりそのままズルズルと崩れ落ちていく。
「え……?」
自分の口からそんな気の抜けた声が漏れる。
肩でゆっくりと息をするマルテラさんの手に、血のついた短剣が握られていた。
壁際に蹲るラグが小さな少年の姿に変わって、押さえたその横腹からじわじわと広がっていく赤いものを見て、漸く、私の頭は理解する。
「――っ、いやああああああーーーー!!!」




