31.アジルの秘密
「パシオも難しい立場だな」
詰所を出てすぐ、傍らでセリーンが溜息を吐いた。
「この街の要である鉱山の連中との関係を悪くはしたくないだろうしな」
セリーンの申し出に最初パシオさんは強く反対した。でも他の団員たちから説得されるかたちで渋々了承してくれ、私たちは“勝手に”坑道内を調査することになった。
それでもパシオさんは必要になるかもしれないと頑丈なロープを持たせてくれて、やっぱりいい人だなと思った。
そして今、私たちは教えてもらった坑道の入口へと向かっている。
「でも、どうするの?」
真正面から行ってもきっと余所者の私たちを入れてはくれないだろう。
「あの男にもう一度話を聞きに行く」
そう答えたのはすぐ後ろを歩くラグだ。
「私もそのつもりだ」
セリーンに続いて私も頷く。
「うん。そうだね。アジルさん、絶対何か知ってそうだったし」
何か隠していそうな彼と、もう一度ちゃんと話をしてみたい。
それにセリーンの言う立ち入り禁止の先も気にかかる。
「それでも突っぱねられたら……カノン、お前の出番かもしれないぞ」
「え?」
セリーンが意味ありげな笑みを浮かべていた。
「止める奴らを片っ端から眠らせて、強行突破」
「えっ!?」
「というやり方もある。まぁ、最終手段だがな。一番平和的ではあるだろう?」
確かにそうかもしれない。けれど……。
「なるべく、そんなことにならないといいな」
私はそう言って苦笑した。
――詰所を出る間際、私はマルテラさんの元へ駆け寄り小さくお礼を言った。
「先ほどはありがとうございました」
どうしても感謝を伝えたかったのだ。あのままだったら最悪ラグのことがあの場でバレてしまっていたかもしれない。
マルテラさんはびっくりしたように瞳を大きくしてから、その目を伏せた。
「今は極力、余計な混乱は避けたいの。それだけよ」
でもその後で「気を付けてね」と言ってくれた。
少しでも私たちを……ラグのことを信用してくれたなら嬉しいと思った。
(だから出来る限り、銀のセイレーンの力は使いたくないな……)
坑道入口までの山道を歩いていくと、詰所で聞いた木組みの建物が見えてきた。ここが鉱夫たちの事務所兼宿舎になっているらしい。
「ここにアジルさんもいるんだよね」
「おそらくな」
セリーンが頷いたときだ。
「来るな! 来るなあぁぁーーっ!!」
「!?」
そんな絶叫が聞こえて来て、私たちは顔を見合わせた。
急いで声のした建物の裏手側へ向かうと、見覚えのある男性が狼に似たモンスター数匹に取り囲まれていた。
「アジルさん!?」
私が悲鳴を上げるのとほぼ同時、一斉にモンスターが彼に飛びかかった!
もう間に合わないと目を背けようとした――そのとき。
「風を此処に!!」
そんな声と共にモンスターたちが放射状に吹き飛んでいくのを見た。
そのうち何匹かが建物の壁に叩きつけれ、
「――っ!」
一瞬遅れて突風がこちらにまで及びその風圧で危うく倒れ込むところだった。
「術士!?」
セリーンが私の隣で驚愕の声を上げる。
瞬間ラグの術かと思ったがやはり違う。
(アジルさんが、術士!?)
セリーンの声で私たちの存在に気付いたらしいアジルさんがすさまじい形相でこちらを振り向いた。
「お前たち、は……っ」
だがそこで急に糸が切れたように彼はその場に崩れ落ちた。
「えっ!?」
いち早く駆け出したのはラグだった。私とセリーンもその後を追う。
(初めて歌を“使った”時の私と同じ……!)
「!?」
尻餅をつき立ち上がれない様子のアジルさんを前にして、ラグが息を呑んだのがわかった。
驚いたのは私たちも同じだ。
目深にかぶっていた帽子が落ち露わになった彼の額に、見覚えのある紋様が刻まれていたのだ。
「うぅっ……」
アジルさんは低く呻き頭を数回振ってから顔を上げた。そして私たちの視線で帽子が外れていることに気付いたのだろう、慌てて周囲を探し出した彼にラグが詰め寄る。
「どこで、どうやってその印をつけられた!?」
胸倉を掴まれたアジルさんは突然のことにぎょっとした様子だ。
「こ、これは別になんでもな……っ!」
だがそこでアジルさんは目をいっぱいに見開き言葉を失くした。
ラグが額の布を取り同じものを……エルネストさんの額にもあるその印を見せたからだ。
口を大きく開けたまま次の言葉が出てこないアジルさんにラグが更に問う。
「オレは、これをオレにつけた野郎を捜している。お前はどこで、誰にこれをつけられた!?」」
「――わ、儂は何も知らん!」
だがアジルさんはそう怒鳴り、首元を掴み上げるラグの手に更に力が加わる。
「ラグ!」
苦し気なアジルさんを見て、思わずそう叫んでしまった。
「ラグ、だと……?」
ざぁっと、アジルさんの顔面から血の気が引く音を聞いた気がした。
「お前、まさか、ラグ・エヴァンス!?」
「あぁ、そうだ。オレは、ストレッタのラグ・エヴァンス」
ラグは自分からはっきりとそう名乗り、そして続けた。
「お前と同じ魔導術士だ!」
顔面蒼白になったアジルさんは一転、怯えるように首を横に振る。
「ち、違う、儂は……っ」
「何が違う! ここにいるんだろう金髪野郎が。――エルネストが!」
「知らん!! わ、儂は本当に、何も……あ、あの人が、儂はあの人の言うとおりにしていただけで」
(あの人?)
だがそのときだ。
「アジルさん、なんの騒ぎですか?」
建物の二階の窓からガタイのいい男の人がのっそりと顔を覗かせた。おそらくここで働く鉱夫だ。寝起きだろうか、その目は半分閉じかかっている。
更にその背後にふたりほどの人影が見えて焦る。
(まずい……!)
彼らの位置からはラグの顔は見えないだろうが、アジルさんに正体がバレてしまったのだ。このままでは騒ぎになってしまう。
でもアジルさんはラグの手を振り払うと落ちていた帽子を素早く被り直しなんでもないふうに立ち上がった。
「モンスターがここにも出おった!」
そうしてアジルさんは鉱夫たちの真下で伸びているモンスター数匹を指差した。
「モンスターが!?」
「だ、大丈夫なんすか!?」
「もう何も問題ない! こやつらが、片づけた!」
いきなりこちらを指差されて驚く。
「だからお前らは時間まで寝ていて構わん!」
そう怒鳴るように続けるとアジルさんは少しふらふらとした足取りで建物の正面へと去っていく。ラグはその場から動かない。
窓から覗いていた彼らは顔を見合わせていたが、こちらを気にするようにそのまま窓を閉めてしまった。
アジルさんの姿が見えなくなって、セリーンが短く息を吐いた。
「ここに何かあるのは間違いなさそうだな。しかし、まさか奴が術士とは」
「ごめんなさい、私つい名前……」
ラグに謝罪するが、彼は静かに首を横に振り額に布を巻き直した。
「結果、良かったんじゃないか。あの反応は普通ではなかったからな」
確かにあの怯えようは単に“ラグ・エヴァンス”を前にした反応とは違う気がした。
(アジルさんだって同じ術士なのに……)
「それにあの様子だと、術士ということは周囲に秘密にしているようだな」
「うん」
モンスターを倒したのは彼自身なのに、私たちだということにしていた。
(ラグのことも言わなかったし、それに)
「あの紋様のことも隠してたね」
ラグと、そしてエルネストさんと同じ紋様。
「アジルさんも、何か呪いをかけられてるのかな。……エルネストさんに」
「……」
尻すぼみになってしまった私の問いに、ラグは何も答えずただ怖い顔でアジルさんの去っていった方を睨んでいた。
「それと奴が口走った、“あの人”だ」
セリーンの言葉に大きく頷く。
“あの人の言うとおりにしていただけ”、彼はそう言った。
「どうする。追いかけて尋問の続きをするか? それとも」
セリーンはラグにそう訊ね、だが何かに気付いたように振り返った。
「セリーンさーーん!」
そんな呼び声が私の耳にも届いて、セリーンはすぐさま建物の正面に回った。私とラグもそれに続く。
「あっ、良かった!」
セリーンの姿を見つけ真っ直ぐにこちらに駆けてくるのは自警団の一人、トランクさんだ。
「どうした」
酷く焦った様子の彼を見て、胸がざわめく。
そして彼は必死な顔で叫んだ。
「助けてください! 街に、モンスターの大群が押し寄せて……!!」
「!?」




