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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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29.誓いの指輪

 眠れないまま窓の外が明るくなって、そのうちパンの焼ける良い香りが部屋に漂ってきた。

 諦めて起き上がりぐーっと伸びをする。と、


「眠れなかったか?」


 隣のベッドからそう声がかかった。

 セリーンの優しい瞳がこちらを見ていて、私は苦笑しながら頷く。


「うん。でも、体は休めたし平気」

「そうか」


 するとセリーンも身体を起こし私と同じようにぐーっと伸びをした。


「よし、まずは腹ごしらえだ」

「だね」


 そうして私たちはベッドを降り支度を始めた。



「私声かけてから行くね」


 ラグの部屋の前で言うとセリーンはわかったと先に階段を下りて行った。

 小さく深呼吸してからドアをノックする。


「起きてる?」


 すると間もなくしてガチャとドアが開いた。現れた彼はもう出かける格好になっていて。


「おはよう。眠れた?」

「こいつは明け方に眠った」


 そうしてラグは横を向き後ろ髪を指さした。翼で自分を抱きしめるようにして逆さにぶら下がったブゥが見えてほっとする。


「そっか、良かった」


 でも、こいつ「は」ということはラグはやはりあのまま眠れていないのだろう。


「あのね、セリーンと話したんだけど、例の男の人のとこへは私たちだけで行こうかなって」

「いや、オレもいく」


 即答されて戸惑う。


「え、でも」

「まず詰所に行くんだろ。オレが別行動した方が怪しまれる」


 小声でそう続けたラグ。


「そうかもしれないけど、その……大丈夫なの?」


 昨夜あんなに辛そうだったのに。

 そう胸の内で続けながら訊くと、彼は小さく息を吐いて頷いた。


「お前がいれば、大丈夫だ」

「!」


 さらっと穏やかな目をして言われて不覚にも胸が跳ねる。

 一気に顔に熱が集中するのがわかって、慌てて口を動かす。


「そ、そっか。セリーンもいるしね! えっと、じゃあ朝ご飯食べに行こう!」


 私はそそくさと回れ右をして階段へと向かった。


(び、びっくりした……)


 昨夜といい、気持ちを自覚してから彼のこういう言動は頗る心臓に悪い。

 ――ありえないとわかっているのに、同じ気持ちだったら……なんて、淡い期待を抱いてしまう。


(いやいやいや、ないないない)


 階段を下りながら小さく首を振る。

 彼にとって私は呪いを解くのに必要な存在。ただそれだけだ。――そう改めて自分に言い聞かせる。

 昨夜セリーンが言っていたように今の彼は精神的に相当参っているから、だからこんな私でも頼りにしてくれているのだろう。


(それだけでもう十分だよ)


 と、彼がドアを閉め私に続いて階段を下りてくるのがわかって、顔の赤みが引いているか確かめるためにそっと頬に手を当てた。



 宿を出た私たちはその足で自警団の詰所へ向かった。

 少し肌寒いけれど雲一つない気持ちの良い朝だ。なのにやはり人通りはほとんどなく、誰ともすれ違わないまま私たちは詰所に到着した。


「おはようございます」


 詰所の中も誰の姿もなくてそう声をかける。

 すると、奥から慌てた様子でパシオさんが顔を出した。


「おはようございます! 皆さん、昨日は本当にありがとうございました!」


 その髪が少し乱れていて、ひょっとしたら奥で仮眠をとっていたのかもしれない。昨夜あんなに遅くまで仕事をしていたのだ。

 セリーンも同じことを考えたのだろう。


「すまん、早過ぎたか」


 そう申し訳なさそうに言った。

 でもパシオさんはにこやかに首を振った。


「いえ、問題ありません。こちらへどうぞ」


 促されて私たちはカウンター前の椅子に腰かけた。

 マルテラさんや他の人たちのいる気配はなく、それとなく訊いてみる。


「他の皆さんは……」

「あぁ、皆には明け方に一度帰ってもらったんだ。ここ数日休みなく出てもらっていたからね」

「パシオさんは休まなくて大丈夫なんですか?」


 そう訊くとパシオさんは数回瞬きしたあとで「ありがとう」と笑った。


「僕も皆が出てきたら交代で休ませてもらうつもりだよ」


 そしてその視線は私の右隣に座るセリーンに向けられた。


「こちらが昨日の報酬になります」


 カウンター上に硬貨の入った皮袋がいくつも並べられ、中身を確認した後でセリーンはそれを受け取っていた。いつ見ても凄い量だ。


「そしてダグ、君にはこれを」


 左隣に座るラグの前に差し出されたのは皮袋ではなく、綺麗な装飾の施された金属製の小箱だった。

 パシオさんがそれを開けてみせて、私は思わず目を見開く。

 指輪だ。青い宝石がその中心で美しく煌めいていた。

 これがきっと皆の言う《誓いの指輪》なのだろうとすぐにわかった。


(ラグの瞳の色みたい)


 真っ先にそんな感想が浮かんでしまって、そんな自分に赤面しそうになる。

 でも本当に光の加減でキラキラと輝くその澄んだ深い青が、彼の色と重なって見えた。


「昨日は本当に助かったよ。是非これを受け取って欲しい」


 パシオさんが穏やかな笑顔で言う。

 しかし、ラグは首を横に振った。


「受け取れない」

「……え?」


 思いもよらなかったのだろう、パシオさんは一瞬動きを止めたあとで慌てたようにいやいやと首を振った。


「遠慮はいらないよ。これは街の皆からの感謝の気持ちだからね」


 だがラグは頑なに首を振るだけだ。

 パシオさんは困り果てた様子で私の方を見た。


「君は欲しくはないかい?」

「えっ! や、私は何もしてないですし」

「一応君のサイズのものを用意したんだ。勿論実際にはめてみて合わなければ職人がすぐに直してくれる手はずになっている」


 そう言われてびっくりする。

 けれど考えてみたら私たちはこの指輪目当てでこの街を訪れたカップルだと思われているわけで、ラグが指輪を受け取ったら当然私に贈るものだと皆思っているのだ。

 ラグから指輪を……そんなありえない映像が頭に浮かびそうになってしまい私は首を振る。


「すみません、私も」

「受け取っておけ」


 そう言ったのはセリーンだ。

 彼女は頬杖をつき呆れたような顔でラグの方を見ていた。


「報酬は報酬。ここで貴様が受け取らないと困るのはパシオだ。職人とももう話がついているようだしな」

「そ、そうなんだ。受け取ってもらえたら僕も助かる!」


 そしてパシオさんは指輪の入った小箱を更にずいとラグの方に差し出した。

 ラグはそれでも少しの間躊躇っている様子だったが、小さく息を吐いて漸くそれを受け取った。

 それを見て心底ほっとした顔をするパシオさん。


「ありがとう。何度も言うようだけれど、昨日は君がいてくれて本当に助かったんだ」

「それでモンスターの件だが、鉱山の方はどうだったんだ」


 セリーンがわざと話を変えるようにパシオさんに訊ねた。すると彼はすぐに表情を引き締め話し始めた。


「今のところ鉱山の方ではなんの被害も出ていないようでした。ただ、モンスターたちがあの場所に入っていったのは確かなので、今日は鉱山の内部を調査する予定です」

「人手は足りているのか?」


 セリーンがそう訊ねるとパシオさんは言葉に詰まってしまった。


「もし足りていないのならば引き続き協力するつもりでいるが」


 私もうんうんと頷く。モンスターたちのことも気になるし、鉱山内部に私たちの目的のものがある可能性だってある。ラグも同じ気持ちのはずだ。


「それはとても有難いのですが、皆さんをこのままお引き留めするわけには」

「問題ない。元々この街で調べたいことがあってな」

「調べたいこと、ですか?」


 セリーンが私を見た。私は頷きパシオさんの方を向く。


「あの、パシオさんはこの街にいて歌とかセイレーンの噂って聞いたことありませんか?」


 案の定パシオさんは目をぱちくりとさせた。


「この子は少し変わっていてな。歌というものに興味があるんだそうだ」


 セリーンがそうフォローを入れてくれて私は苦笑する。


「すみません、変なこと訊いて。このレーネの街でそんな噂があると聞いたんですが……」


 するとパシオさんは腕を組みうーんと首を捻った。


「歌かぁ……僕がこのレーネに来たのはあの悲劇の後だからなぁ。マルテラなら何か知っているかもしれないけれど」

「あ、マルテラさんにはもう昨日訊いて、知らないと言われてしまったんです」

「あぁ、そうだったのかい」

「宿の主人には、この街に一番詳しいのはアジルという男だと聞いてな。この後訪ねてみようかと思っているのだが」


 セリーンがそう続けるとパシオさんはまた数回瞬きをした。


「アジルさんなら丁度この後ここに来る予定ですよ」

「えっ」


 思わず声を上げるとパシオさんは笑顔で言った。


「今日鉱山の調査に行くだろう、その打ち合わせをここでするんだよ。アジルさんはそこの責任者だからね」


 そういえば鉱夫たちをまとめている男だと宿の主人が言っていたのを思い出しながら、私たちは顔を見合わせた。


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