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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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27.傷ついた瞳

 結局、ラグはブゥをポケットに入れたまま食堂におりた。多分、食事どころではなかったと思うけれど。


「主人、この街で歌やセイレーンの噂を聞いたことはないか?」


 お酒のおかわりを持ってきてくれた宿の主人に、セリーンがそう声をかけた。

 主人は数回目を瞬かせてから首を捻った。


「さぁ、聞いたことないですが……」

「いや、以前そんな話を耳にしたことをふと思い出してな。そうか、知らないならいいんだ」


 すると主人は穏やかな笑顔で続けた。


「私がこの街に移り住んだのは5年前ですからねぇ、元々のレーネの住人に訊いたほうがわかるかもしれませんよ」

「元々の住人か」

「鉱夫たちをまとめているアジルという男がこの街に一番詳しいと思います」


 セリーンがお礼を言うと主人は笑顔で戻っていった。


「だそうだ。明日そのアジルという男に会いに行ってみるか?」

「うん! ありがとう、セリーン」


 確かに、昔からこのレーネに住んでいる人から聞いた方が確実だ。

 隣に座るラグの方を見たけれどやはり今はブゥのことが気になるのだろうか、ただ黙々と料理を口に運んでいた。



「おやすみ。何かあったら声掛けてね」


 食事を終え、ラグが部屋に入ってしまう間際にそう言うと彼は頷いてドアを閉めた。


「ブゥ、心配だね」

「あぁ。今ここにライゼがいればな」

「本当だね」


 神導術士の彼女がいればブゥの声を聞くことが出来る。そうすれば、ブゥが何に怯えているのかもわかるのに。

 ライゼちゃんの優しい笑みを思い出しながら私はセリーンに続いて部屋に入った。


「さて、休むとするか。明日はまず自警団の詰所に行き、アジルという男の所在を訊いてみよう」

「うん。……でも、セリーンもセイレーンの秘境一緒に探してくれるの?」


 ラグの解除を阻止することが彼女の目的のはず。つい先ほどもそう言っていた。だから彼女的にはその場所が見つからない方がいいのではないかと思ったのだ。

 するとセリーンは一瞬きょとんとした顔をしてから、あぁと言って続けた。


「エルネストのことは私も気になるからな。父との奇妙な縁もある」

「そっか。そうだったね」


 セリーンのお父さんがエルネストさんの肖像画を持っていたのだ。

 寝る準備をしてベッドに上がりながら続けて訊ねる。


「セリーンのお父さんって、どんな人だったの?」

「とにかく珍しいものに目がなくてな。コレクションを増やしては母に叱られていたな」

「へぇ。そういうとき、オルタードさんはどうしてたの?」

「奴はどちらにもつかず、ただ静観していたな」

「そうだったんだ」


 執事をしていた頃のオルタードさんを想像して思わず笑みがこぼれた。

 と、そこで自分が今とてもリラックスした状態でベッドにいることに気付く。

 昨日、一昨日とラグと同室で緊張していたからだ。


(でも、自覚する前でまだ良かったかも)


 気持ちに気付いてしまっていたら、きっともっとドキドキして眠れなかっただろう。


「おやすみ、セリーン」

「あぁ、おやすみ」


 ――ラグはちゃんと眠れるだろうか。ブゥは大丈夫だろうか。

 気になったけれど睡魔には勝てなかった。

 目を閉じて間もなく、私は沈むように眠りに落ちていった。




 ゆらゆらゆらゆら。


 また私は深い深い水の底にいた。

 心地の良い揺れに身を任せていると、しばらくしてピアノの音が聞こえてきた。


「――音、華音……」


 そして私を呼ぶ声。

 その声の主はもうわかっていた。


(響ちゃん……?)

「華音! よし、聞こえる」


 ピアノの音と共に彼の嬉しそうな声が水の中に響く。


「華音、今どこにいるんだ?」

(……今、私は異世界にいるの)


 こぽこぽと私が声を発するたびに浮上していくたくさんの泡。

 あのときと一緒だ。


「異世界……帰ってこられないのか?」


 問われて、私は答えに詰まる。


(……今は、まだ……でも、帰るから……だから)


 泡に邪魔されながら、なんとか途切れ途切れにそう答える。


「待ってる……待ってるからな、華音……!」


 ごぼごぼごぼごぼ……。

 彼の声がたくさんの泡に遮られて聞こえなくなっていく。

 そのまま泡に押し上げられるように私の身体はどんどん浮上していき――




「カノン、起きろ」

「!?」


 急に声が鮮明に聞こえてハッと目を開ける。

 木組みの天井が見えて、ここが宿の一室であることを思い出す。


(また……あの夢)


 もう朝かと思ったが、部屋の中はまだ暗い。そのまま視線を巡らせると窓際に人影があった。


「セリーン……?」


 彼女の手に愛剣が握られていることに気付く。


「モンスターだ」

「えっ!?」


 私は慌てて跳ね起きる。

 窓から外を見下ろしながらセリーンは潜めた声で続けた。


「1、2……10匹はいるな。奴ら、ここに集まってきているようだ」

「な、なんで……」

「わからないが、この宿が狙われているのは確かだ。主人はまだ気づいていないみたいだな。騒ぎにならんうちに片づけてこよう」


 セリーンは軽く言いながらドアの方へと向かう。


「セリーン!」

「大丈夫だ。すぐに戻ってくる」


 彼女は私を安心させるように笑顔で言うと静かに部屋を出て行ってしまった。


(なんで、ここに……?)


 ドクドクと煩い心臓を押さえながらベッドを下り、恐る恐る窓から外を覗き込む。

 すると確かに昼間とはまた違う猪のような獣が数匹宿の周りをうろついているのが見えた。その目がらんらんと光っていてゾっとする。


(もしかして――)


 ドンドンっとそのとき部屋のドアが叩かれびっくりして振り返る。


「入るぞ」


 ラグの声が聞こえてきてほっと肩を下ろす。


「うん!」


 返事をするとすぐに彼が部屋に入ってきた。


「今、セリーンが」

「あぁ」


 ラグは頷きながらこちらにやって来ると窓から下を覗き込んで舌打ちをした。


「ブゥは?」

「あのまま、ずっとここで震えてやがる」


 彼がポケットに軽く触れて言う。ということはラグはきっと眠れていないのだろう。

 外のモンスターたちをもう一度見下ろしながら、私は先ほど頭に浮かんでしまった最悪な可能性を口にする。


「モンスターたちが本当に怯えているとして、その原因がここにあるってこと……?」

「……」


 ラグは無言でただ眉間に深く皴を刻んだ。


 ――数日前から突然街に出没するようになったモンスター。

 5年前からこの街に住んでいるという主人やこの宿自体に原因があるとは思えない。

 原因があるとすれば、それは……。


「あ、セリーン!」


 一匹のモンスターが急に吹っ飛び、彼女が宿の外へ出たのだとわかった。

 窓を開けて身を乗り出すとその後ろ姿が見え、そんな彼女をモンスターたちが一斉に取り囲んだ。


「だ、大丈夫かな……」


 セリーンの実力はわかっているけれど、モンスターの数を見てどうしても心配になってしまう。


「心配すんだけ無駄だ」


 ラグが呆れたように言った瞬間、セリーンが動いた。

 目の前にいたモンスターを2匹いっぺんに大剣で薙ぎ払うと彼女はそのまま通りの向こうへと駆け出した。


「え!?」


 それを追いかけていくモンスターたち。あっという間に彼女たちの姿は夜の闇に溶け込み見えなくなってしまった。


「どうして」

「この場所に死骸が集中してたら街の連中はどう思う」

「あ……」


 それを聞いて納得する。セリーンはモンスターたちをおびき寄せながら場所を分散させて倒すつもりなのだ。

 ラグは窓から離れると椅子にどっかりと腰かけた。


「原因はオレか、お前か……」

「え?」


 ラグの鋭い瞳が私を見上げた。


「お前もそう思ってんだろ」

「っ、」


 言葉に詰まる。――図星だった。

 この宿に原因がないのだとしたら、そこに泊まっている私たちの方にあるのではないか。そう考えてしまった。


「まぁ、どう考えてもオレだろうな」


 自嘲するようにラグが口の端をわずかに上げた。


「オレがここに戻ってきたのを、森の連中はわかってんだ」

「で、でも、」

「やっぱりオレはここに来るべきじゃなかったのかもしれねぇ」


 ラグがポケットを見下ろして続ける。


「こいつも、ここに戻ってきて思い出したんだろう、全部。だからこんなに怯えて」

「それはないよ!」


 強く否定するとラグがこちらを睨み上げた。


「なんで言い切れる」

「ブゥが! ラグに怯えるなんて絶対ないってわかるからだよ!」


 だって出会ってからこの数ヶ月間ずっと見てきたのだ。

 ブゥがどれだけラグを信頼しているか。ラグがどれだけブゥを大事に思っているか。

 だから、わかる。


「ずっとそばで見てたからわかるよ。ブゥはラグを怖がったりしない。絶対に」

「……っ」


 もう一度強く言い切るとラグは私からふいと視線を外してしまった。


「それに、怖いなら普通離れるでしょ? そこから出てこないってことはラグから離れたくないんだよ」

「……」

「きっと、なにか他に原因があるはずだよ」


 ――だから、そんなに傷ついた目をしないで。

 もうこれ以上、彼には自分を責めて欲しくなかった。


「だから明日、例の男の人にセイレーンの秘境のことを聞いてみて、それからまたどうするか考えよう?」


 今できる精一杯の笑顔で言う。


「……お前は、オレを怖いと思ったことはないのか」

「え?」


 海の底のような深い青に見つめられて、どきりと胸が鳴った。


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