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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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25.ほんとの気持ち


「お前に武器を持たせたのは間違いだった」


 自警団の詰所前でダガーをホルダーごと返し宿へと向かう途中、前を歩くラグが溜息交じりにぼやくのが聞こえた。

 その大通りには私たち以外ほとんど人が出歩いていなくて、ただ夕闇迫る中木組みの家々から漏れ出る灯りとごはんの良い香りがとてもあたたかく感じられた。

 モンスターが出るなんて知らなければ本当に穏やかで平和な街に見える。


「ハハ……私もそう思った。外してすごくホっとしちゃった」


 ホルダーを外した瞬間その重さ以上に肩の荷が下りたような、そんな感覚があった。

 やはり私に武器は分不相応だったのだろう。


「まぁ、カノンに武器は似合わないな」


 隣を歩くセリーンにも言われてしまい苦笑する。


「皆凄いね、あんな重いもの扱えて」

「年季が違うからな。カノンはそのままでいいと思うぞ」

「ありがとうセリーン、また助けてもらっちゃった」

「言っただろう。カノンのことは全力で護衛すると」


 優しく微笑まれて本当にセリーンがいるんだという実感がわいてくる。

 ラグがいてセリーンがいる。またこの3人に戻れたことがとても嬉しかった。


「あ、こちらですー!」


 そのとき数軒先の建物から自警団の制服を着た人が出てきてこちらに大きく手を振った。

 先ほど一足早く宿へ駆けて行った、確かトランクさんと言っただろうか、マルテラさんの代わりに詰所に残った人だ。


「主人には伝えておきましたので、今夜はこの宿で休んでください。今回の報酬は明朝必ず」

「構わないぞ。こんな状況だ。私たちはゆっくりこの宿で待たせてもらう。また何かあったら声をかけてくれ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると……では俺はこれで」

「あ、あの」


 背を向けた彼に思い切って声をかける。


「はい?」

「すみません、変なことを訊くんですが、この街で歌とかセイレーンの噂って聞いたことありませんか?」


 先ほどマルテラさんには知らないと言われたけれど、出来る限り色んな人に確認しておきたかった。そのためにこの街に入ったのだから。

 トランクさんは一瞬ぽかんとした顔をしたけれど、それから首を横に振った。


「いや、聞いたことないな」

「そ、そうですか。わかりました。ありがとうございます!」


 お礼を言うと彼は軽く笑いもう一度セリーンたちに頭を下げてから詰所の方へと走っていった。


「手がかりはないままか?」


 セリーンに言われて力なく頷く。


「そうだ。他の皆は? アヴェイラとか、あの後どうなったの?」

「まぁ、まずは中に入ろう。腹も減ったことだしな」


 ラグがまた大きく溜息をついて、2階建てのその宿の扉を開けた。


「いらっしゃい。お待ちしていました」


 カウンター越しに笑顔で迎えてくれたのは上品な白髪の男主人だった。

 一階は食堂になっているようだが他の客はいない。


「聞きました。自警団に手を貸してくださったそうで。ありがとうございます。どうぞ今夜は当宿でゆっくりお休みください」

「あぁ、世話になる。腹が減っているのだが、何か食べられるか」


 セリーンが誰もいない食堂を見まわしながら言うと主人は笑顔で頷いた。


「はい。今すぐご用意いたしますので、まずはお部屋の方へどうぞ。どの部屋を使っていただいても大丈夫です」


 その言葉でやはりお客さんは他にいないのだとわかった。

 モンスターがいつ襲ってくるかわからない街に誰も宿泊しようとは思わないだろう。


(私だってふたりがいなかったらきっと逃げ帰ってるだろうしなぁ……)


 主人にお礼を言って、私たちは2階への階段を上がった。


「大変そうだね。早く原因がわかればいいけど」

「そうだな。さて、どの部屋にするか」


 階段を上りきりセリーンがそう言い終わらないうちに、ラグは一番手前の部屋に入りすぐにドアを閉めてしまった。


「ふん、なら私たちは奥の角部屋にするか」

「うん」

「私がいない間、夜はどうしていたんだ?」

「え」


 前を行くセリーンに訊かれ、思わず変な上ずった声が出てしまった。

 彼女はドアの前でこちらを振り向くと、とても良い笑顔で言った。


「まぁ、中でゆっくり話そう」




「奴に何もされなかっただろうな」


 ドアが閉まった途端、低い声で問われ慌てて首を振る。


「何もされてないよ!」


 否定しながら、以前にもこんな会話をした気がした。確かセリーンに出会ったばかりの頃だ。

 セリーンが今でもラグのことを信用していないのがわかって、それがマルテラさんの先ほどの台詞と重なってしまった。


「野宿は嫌だったし同じ部屋には泊ったけど、ラグ自分は椅子で寝たりすごく私に気を使ってくれて、なんか申し訳なくなっちゃった。ラグだって、好きでもない子と同室なんてほんとは嫌に決まってるのにね」


 そう苦笑しながら言うと、セリーンが驚いたように目を丸くしていた。


「え?」

「……いや、ならいいが」


 セリーンはそう言うと荷物を置いて窓の方へと足を向けた。


「しかしまさか、本当にこの街にいるとはな」


 窓から外の様子を見下ろしながら彼女は続けた。


「うん……。ほんとはね、情報を手に入れるためにちょっとだけって話だったんだけど」

「そうはいかなくなったわけか」


 私も荷物を置いて頷く。


「ラグがモンスターに襲われそうになってた女の子を助けて、その流れで頼まれたの」

「あぁ、自警団長が話していたな。若い男女も一緒だと聞いて、お前たちだと確信した」


 私たちが武器を選んでいるときだろう。


「それで、皆は? あの後どうなったの?」


 改めて訊く。

 グリスノートだってここに来たがっていたはずだ。なぜセリーンひとりだけなのだろう。

 するとセリーンはベッドに腰を下ろし話してくれた。


「お前たちが飛んで行ってしまった後もあの女海賊がブルーの進路を頑なに阻んでな。交渉の末になんとか昨日私一人だけ船を降り、このヴォーリア大陸に立つことが出来たんだ」

「そうだったんだ……」


 はぁと息を吐く。

 アヴェイラとグリスノートは結局対立したままのようだ。


(折角一瞬いい感じに見えたのにな……)


「――って、昨日!?」


 聞き間違えでなければ今セリーンは“昨日”船を降りたと言った。

 私たちが3日かけてきた距離をたった1日で……!?


「あぁ、寝ずにここまで来た」


 何でもないことのようにさらっと言うセリーン。


「だ、大丈夫なの?」


 昨日からずっと歩き通しで、先ほど森ではモンスターとも戦ったのだ。

 疲れていないのだろうか。


「あぁ、全く問題ない。お蔭でこうして追いつけたしな」


 嬉しそうにセリーンは笑った。


「そうそう。リディからカノンに言付けだ」

「え?」

「奴のことをよろしく、と」


(あ……)


 リディのラグへの気持ちを思い出してチクリと胸が痛んだ。


「それと兄の方からも。俺は諦めてねえからな。絶対に追いつくから待ってろ、だそうだ」

「え……」


 呆れたふうにセリーンが肩を竦める。


「なかなかしつこい男だな」

「――で、でも! 私は銀のセイレーンだってバレて」

「あぁ。奴も驚いてはいたが、それでも気持ちは変わらなかったみたいだな」

「そんな……」


 色んな感情がごちゃまぜになって、私はもうひとつのベッドに腰を下ろした。


「だって、私は帰らなきゃいけないのに」


 銀のセイレーンだとバレたということは、私が異世界から来た人間であることもわかったはずだ。なのに。


「帰らなきゃ、か」

「え?」


 顔を上げるとセリーンが優しく微笑んでいた。


「何か心境の変化があったみたいだな」


 全て見透かされているような台詞にドキリとする。

 でも、セリーンにこの気持ちを話してしまっていいだろうか。

 呆れられたり、否定されたりしないだろうか。


(ううん、セリーンはそんなことしない)


 私は膝の上でぎゅっと拳を握って、こちらを見つめる彼女をまっすぐに見返した。


「あ、あのね、実は、私……ラグのこと好きになっちゃったみたいなんだ」


 そう口にした途端だった。

 なぜだか急に涙が溢れてきてセリーンの顔がみるみるぼやけていく。


「気づいたのはほんとついさっきでね、自分でもびっくりなんだけど」


 笑って誤魔化そうとするけれど全然だめで、結局顔を上げていられなくなってしまった。


「でもっ、だからってどうにもできないのは自分でもわかってて、なんで今になって気づいちゃったんだろうって……」


 吐露した気持ちと一緒にぼろぼろと涙が零れ落ちていく。 


「だって私は、帰らなきゃいけないのに……っ」


 そのときあったかい温もりに包まれて、セリーンに抱きしめられたのだとわかった。


「そうだな、辛いな」


 私の頭を優しく撫でて彼女は言った。


 ――辛い?


 その感情がすとんと心に落ちて、じわりと広がっていく。


 ……そうだ。

 せめて傍にいられる間は彼の役に立ちたいだなんて、嘘。

 そんなの、ただの強がりで……。


 私は彼女の腕の中で頷く。


「うん、辛い。ほんとは、もっと一緒にいたい。まだ帰りたくない。なんで私は、この世界の人間じゃないんだろう……っ」


 小さな子供みたいに泣きじゃくる私を、セリーンはただうんうんと頷きながら静かに受け止めてくれていた。


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