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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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24.森の調査

 森の中の道なき道を私たちは慎重に進んでいた。

 先ほども少し入ったそこは木漏れ日が差し込んでいて明るく、小鳥たちの楽し気な囀りが高く響き渡り時折ざあっと音を立てて吹き抜ける風も気持ちが良くて、狂暴なモンスターがどこかに潜んでいるような、そんな恐ろしい雰囲気は全くなかった。


(でも、油断しないようにしなきゃ)


 セリーンがすぐ目の前にいてラグが後ろにいてくれる。絶対的な安心感はあるけれど、気は抜けなかった。――ふたつの意味で。

 セリーンに訊きたいことはたくさんあった。他の皆はどうしたのか、あれからどうなったのか。

 それに離れている間にあった色んな事を話したかったし相談したいこともあった。


(ラグのことも……)


 けれど、マルテラさんがすぐ近くにいると思うと下手な行動はとれなかった。

 彼女から見たら、ひそひそ話でさえきっと不審に映ってしまうだろうから……。


「モンスターが街に入ってくるようになったのは、いつ頃からだ」


 そんな中、セリーンが先を行くマルテラさん達に声をかけた。

 一緒に森に入った自警団員はマルテラさんとパシオさん、あと名前の知らない男性がふたり。

 セリーンの問いに振り返って答えてくれたのは団長のパシオさんだった。


「5日ほど前から急にです。しかも一日に何度も。このあたりに棲むモンスターは皆元々温厚な性格で、稀に街中に迷い込んでも人を襲うなんてことは滅多になかったのですが」

「それは確かに気になるな」

「はい。先ほどダグが倒してくれたモンスターも元はあんなに狂暴ではなく森の奥の方でひっそりと群れで暮らしているモンスターなのです」


 女の子を襲おうとしていた敵意むき出しのモンスター。元は温厚な性格だと言われてもとても信じられなかった。


「モンスターが狂暴化しているわけか」

「おそらくは。……本当に、こんなことは僕らも初めてで」


 心底参っている様子でパシオさんは辺りを見回した。


「ですが、この森の中で今何かが起こっているのは確かなのです」


 その低い声にぞくりと鳥肌が立つ。


 ――“何か”が起こっている……。


 やはり油断は出来ないということだ。


「それと、もうひとつ訊きたいのだが……」


 と、セリーンが言いにくそうに続けた。


「すまない、私はこの森は全焼したと聞いていたのだが、この辺りは無事だったのか?」


 どきりとする。

 先ほどラグが森を見て驚いていたように、セリーンも気になったのだろう。

 するとパシオさんは小さく苦笑した。


「いえ、この辺りも全て焼けてしまったそうです」


 “そう”、ということはパシオさんはレーネの出身者ではないのだろうか。

 彼は緑の天井を見上げた。


「ですが、この森は驚くほどの回復力を見せ、今はこんなにも緑で溢れているのです」

「レーネの石のお蔭よ」


 そう続けたのはマルテラさんだった。彼女は足を止め、私たちの方を振り返っていた。


「レーネの石……このあたりで採れるというあれか」


 セリーンもその石のことは知っていたようだ。


(例の《誓いの指輪》も、その石なんだよね……?)


 なんとなくダイヤモンドのようなキラキラした宝石を私はイメージしていた。

 マルテラさんが頷く。


「えぇ。昔からレーネの石には不思議な力があるとされてきた。だからその力のお蔭だと私たちは思っているの」


 そう話すマルテラさんはどこか誇らしげに見えた。


 ――不思議な力。

 ごくりと知らず喉が鳴っていた。

 そんな凄い場所なら本当にここにエルネストさんがいるような気がしてくる。

 でも今は狂暴化しているというモンスターの方が気になった。街の人はきっと今この時もいつ現れるかわからないモンスターに怯えているに違いない。

 原因は一体何なのだろう。


(狂暴化……何かに怒ってる、とか……?)


 そんなことを考えていた時だ。


「いたぞ、奴らだ!」


 一番先を行っていた男の人が声を上げ緊張が走る。


「来るぞ、気を付けろ!」


 皆が各々の武器を手にするのを見て、私も自分の腰に装着したダガーの柄を強く握りしめた。


(いざとなったら私も戦わなきゃ……!)


 ここからでも先ほどラグが倒した狼に似た黒いモンスターが数匹、木々の間から確認出来た。皆威嚇するように牙をむき出しにして全身の毛を逆立てている。

 一匹のモンスターが咆哮を上げ、それが合図だったかのように一斉にそいつらはこちらに跳びかかってきた。

 先頭にいた彼を始めパシオさんたち自警団の人たちは戦いにくいだろう森の中でも慣れた様子で次々モンスターを倒していく。

 マルテラさんも細身の長剣とダガーを手に果敢に戦っていた。


(すごい、マルテラさん強いんだ……!)


「そっちに行ったぞー!」


 そんな誰かの鋭い声にびくりと身体が震える。

 二匹のモンスターが木々の間を縫うようにして駆けてくるのが見えて咄嗟にダガーを抜こうとして――その手をやんわり掴まれた。


「そんな震えた手で抜くな」

「え?」


 ラグがすぐ真横に立っていた。


「大丈夫だ」


 穏やかな低い声。彼の視線を追ったそのとき、セリーンの大剣が一閃しモンスターたちがいっぺんに吹っ飛んでいった。


「ほらな」


 今度は呆れたような声。


「お前が抜くまでもねぇ」


 セリーンがこちらを振り向き安心させるように微笑むのを見て、私は放心状態で頷く。


「うん……」


 そうだった。セリーンはめちゃくちゃ強いんだった。


「一匹逃げたぞー!」


 そんな声が聞こえて、パシオさんがこちらを振り向いた。


「追います! 何か手がかりが見つかるかもしれません」

「わかった」


 セリーンがそれに答えこちらを見た。


「走るぞ」

「うん!」


 私は頷き彼女たちについて走り出した。



「確かにここに入っていったぞ」


 何度も茂みに足を取られそうになり、呆れたラグに手を貸してもらってなんとか追いついたその場所には絶壁が立ちはだかっていた。

 その足元に人が一人屈んでなんとか入れそうな横穴がぽっかりと口を開けていた。


「ここが奴らの巣穴か。結構深そうだな」

「流石にこの中に入るのは危険だな」


 パシオさんも屈んで穴の中を覗き込みながら言った。

 その背後に立つマルテラさんが腕を組んで溜息をつく。


「入るなら、それなりの準備が必要ね」

「こんなとこにこんな穴があるとはなぁ……まさか坑道まで繋がってないだろうな」


 坑道と聞いて、この絶壁が例の鉱山なのだと気づく。


「仕方ない、今日はもう戻るか。日も大分落ちてきた」


 パシオさんが立ち上がりながら空を見上げた。

 確かに森に入った頃よりも視界が悪くなってきていた。

 モンスターが狂暴化している森の中で夜になってしまったら、考えただけでぞっとする。


「狂暴化の原因は森の中ではなく、この鉱山の内部にあるということはないか」

「え?」


 セリーンの言葉に皆が声を上げた。

 ――鉱山の内部?


「……ありえなくはないな」


 パシオさんが口元に手を当て眉を寄せた。

 その隣にいた男の人も深刻そうな顔で言う。


「だとしたら、鉱山で働く連中も危なくないか」

「あぁ。街に戻って皆にこのことを伝えよう」


 パシオさんの言葉に皆真剣な表情で頷いた。――そのときだった。


 ドズっと鈍い嫌な音がした。


(え?)


 そちらに視線をやれば、パシオさんたちのすぐ背後で蛇のように長い身体の生き物が力なく草むらに倒れ込んだ。


「え?」


 パシオさんたちの呆けたような声が重なる。

 小さく痙攣しているそいつの頭に、見覚えのあるナイフが突き刺さっていた。


「危なかったな。新手がいたのか」


 セリーンが息を吐いて、漸く事態が飲み込めた。先ほどとは別のモンスターがパシオさんたちを狙って背後から忍び寄っていたのだ。

 そしてそれにいち早く気づきナイフを投げたのが――。


「ダグ、ありがとう。全然気づかなかったよ」

「いや」


 パシオさんのお礼に短く答え、ラグはピクリとも動かなくなったモンスターの元へ行き愛用のナイフを引き抜いた。

 そんな彼を、マルテラさんがじっと目で追っていた。




 そうして私たちがレーネの街に戻ったときには空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。

 一見穏やかに見える街並みにほっと息を吐いていると、パシオさんが笑顔でこちらを振り向いた。


「皆さん、本当にありがとうございました。今日はこちらで宿を用意させてもらいますので、ゆっくり休んでください」

「それは有難い」


 セリーンがそう答えるのを聞いて、どきりとする。

 先ほど調査が終わったらすぐに街を出ていくと、ラグはマルテラさんに話していた。

 マルテラさんはパシオさんのすぐ後ろを歩いていてこの会話が聞こえていないはずがない。

 元々この街に長居するつもりはなく今夜も本当は野宿するつもりだったけれど……この森の中で野宿するのは正直恐ろしかった。――と。


「そうね。貴方たちがいたお蔭で皆無事だったし、本当にありがとう」


 そう言ってこちらを振り向いたマルテラさんはにっこりと笑っていた。


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