23.武器
ラグが小さく息を吐いた。
かける言葉が見つからなくて口を開けて閉じてを繰り返していると、彼がそんな私を見て呆れたような顔をした。
「はじめから許されようとは思ってない。だから、お前がそんな顔すんな」
「ご、ごめん……」
咄嗟に顔を伏せる。私は今どれだけ酷い顔をしているのだろう。
(辛いのはラグの方なのに)
私は当時のことを何も知らない。ただセリーンやアルさんから話を聞いただけだ。
マルテラさんの悲しみも、ふたりの間に何があったのかもわからない。
本当に何も知らなくて、だからと言って訊くことも出来なくて……私に出来ることは本当に何もないのだと思い知らされて……それが辛かった。
「……それでも」
ラグが呟くように続けた。
「つかえていたもんが、ほんの少し取れた気がする」
それを聞いて顔を上げる。彼は目を閉じていて、一度大きく深呼吸をした。
――ずっと謝りたいと思っていた。先ほどの彼の言葉。
もしかして、パシオさん達の頼みを引き受けたのは償いの気持ちがあったからだろうか。……だとしたら。
「お前の武器だったな。軽くて扱いやすいのがあればいいが」
そう言ってラグは先ほどマルテラさんが指さしていた棚の方へ足を向けた。
そんな彼の背中に私は声をかける。
「モンスターの原因わかるといいね。勿論、セイレーンの秘境のこともだけど」
すると彼は横目でこちらを見てあぁと頷き、早速手前にあった短剣を手に取った。
……ラグの心が、少しでも軽くなるのなら。
(私はせめて足手まといにならないようにしなくちゃ)
気を引き締めて、私は彼の傍へと駆け寄った。
「そういえばお前、武器を使ったことは」
私は首を横に振る。
「全くない。包丁くらい」
答えると彼は短く嘆息した。
「本当に平和なんだな、お前の住んでるとこは。これ持ってみろ」
そうして短剣を一本手渡される。30センチほどのそれは見た目よりも手にずっしりときた。
「うん、今はすごく平和。昔は戦争してたけど……ちょっと重い、かな」
「……戦争は誰もが被害者になる、だっけか?」
「え?」
「そう言っていただろう、前に」
持っていた短剣を取られてまた別の短剣を手渡される。長さはほぼ変わらず、でも先ほどよりも軽く感じるその短剣の柄をしっかりと握りしめて頷く。
「うん。私のおばあちゃんがいつもそう言ってたの……戦争は誰をも被害者にして、誰も幸せにはしないんだって」
そうだ。確かフェルクで彼にそんな話をしたのだ。
(覚えていてくれたんだ)
おばあちゃんの言葉が彼にとって意味のあるものだったとしたら少し嬉しい。
「だから私は誰も悪くないって思ってるんだ」
その気持ちは今も変わっていない。
「そうか……。どうだ?」
「うん、こっちの方がいいかも。これがダガーっていうの?」
「あぁ。ちょっと振るってみろ」
言われて私はラグに背を向け何度か振るってみる。ちゃんと握っていないと落としてしまいそうだがなんとか私でも扱えそうだ。
「良さそうだな。だがよっぽどのことがない限りは使うなよ。見てて危なっかしい」
「う、うん」
その“よっぽどのこと”がないといいなと思いながら私は苦笑した。
腰に巻いたホルダーにダガーを収め、私たちは武器庫を出た。
「極力離れないようにするが、油断はするなよ」
「うん!」
武器を装備するのなんて勿論初めてで、短剣とは言えこれまで感じたことのない右腰の重みに緊張を覚える。
(今まではセリーンもいたし武器なんて必要なかったもんなぁ)
いつも私はラグとセリーンの二人に守られてきたのだ。我ながら幸運だったとつくづく思う。
彼女は今どうしているだろう。ふと、あの見事な赤毛を思い出す。
私たちを追って来ているのだろうか。だとしたらまた会えるだろうか……?
そんなことを考えながら先ほどの部屋に戻ると、入り口のところに集まっていた自警団の人たちが一斉にこちらを見た。待たせてしまったみたいだ。
その中にはマルテラさんもいて、目が合ってどきりとする。
「お待たせしました」
頭を下げながら駆け寄るとパシオさんが笑顔で首を振った。
「いや、では行こうか」
「はい」
「それと、今丁度1stの傭兵が街に立ち寄ってね、彼女も調査に同行してくれることになったんだ」
――1stの傭兵? 彼女?
パシオさんたちに続いて詰所を出ると、そこに大剣を背にした赤毛の人物が立っていて私は大きく目を見開く。
「セリーン!!」
私が歓声を上げるのと同時、背後で大きな舌打ちが聞こえた気がした。
「なんとか追いついたな」
そう微笑む彼女に私はたまらず飛びついていた。
「良かった……! もう会えないかと思ったぁ~!」
「私もだ」
情けない声を上げる私の頭をセリーンが優しく撫でてくれる。
久しぶりに聞く彼女の声とその温もりにほっとして、じわりと涙が溢れてくる。
セリーンに話したいことがたくさんある。
聞いて欲しいことがいっぱいある……!
「えっと、お知り合いですか?」
でもそんな声にハっと我に返る。
振り返るとパシオさんや他の人たちが戸惑うようにこちらを見ていて私は慌ててセリーンから離れた。
マルテラさんも怪訝そうな顔だ。
「あぁ、彼女は私の雇い主でな」
セリーンがそう答えてくれた。
「色々あって途中はぐれてしまったんだが、またこうして合流出来て良かった」
「そうでしたか。それは良かった」
パシオさんが笑顔に戻り、私も頷く。
「そういうわけで、この子を護りながらの同行になるが構わないか」
「それは勿論。とても心強いです。改めてよろしくお願いします。ダグ、君も」
そうしてラグの方に視線を向けたパシオさんを見て、あっと思う。
ラグがまた「ダグ」という偽名を使っていることをセリーンは知らない。でも彼女は私と目が合うと小さく頷いた。わかってくれたみたいだ。
「それじゃあ、行ってくる。街の警護は頼んだよ、マルテラ」
(あ、マルテラさんは一緒に行かないんだ)
パシオさんが副長である彼女に言うのを聞いて、正直少しほっとしてしまった。
ここにいる全員で森に入るわけではないみたいだ。確かに自警団全員が街を出てしまったらいざというとき、それこそモンスターがまた現われでもしたら大変だ。――でも。
「やっぱり私も行くわ」
「え?」
マルテラさんの言葉にパシオさんが目を瞬いた。
「お願いパシオ。私も同行させて」
彼女の真剣な顔つきにパシオさんは困ったような表情を見せたが、それから近くにいた別の青年に声をかけた。
「トランク、すまないが街に残れるか?」
「あぁ、俺は構わないが」
「頼む」
「あぁ。任せておけ」
トランクと呼ばれたその青年は快く頷いた。
「ごめんなさいトランク、我儘を言って。私どうしても気になって」
「いや、だが気を付けてな」
「ありがとう」
マルテラさんが微笑むのを見ながら私は先ほどの彼女の言葉を思い出していた。
――私はどうしても貴方を信用することが出来ない。
きっとマルテラさんが同行を決めたのは、ラグを……私たちを信用していないからなのだろう。
悲しいけれど、彼女の気持ちを考えたら当然だとも思った。
そして、トランクさんをはじめ数人の自警団員と街の人たちに見送られ、私たちはレーネの森へと足を踏み入れたのだった。




