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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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22.マルテラ

「はい、これでもう大丈夫」


 女の子の腕に包帯を巻き終えたマルテラさんは、にっこりとその子に笑いかけた。

 先ほど剣を携えた姿は凛々しく見えたけれど、今の彼女は優しい看護婦さんのようだ。

 私は自警団の詰所で用意された椅子に座りそんな彼女を見ていた。ラグは椅子には座らず私のすぐ隣に立って女の子が手当てされているのをずっと見つめていた。

 ……ラグの術なら、きっとすぐに治る傷だ。本当は治してあげたいのかもしれない。でもこの場で、この街で術を使うわけにはいかない。

 この街でラグ・エヴァンスだとバレるわけにはいかない。


(でもマルテラさんは多分、ラグのことを知ってる……)


 あの後、私たちは近くにいた50代くらいの男性に是非お礼がしたいからとマルテラさんと共にこの詰所に連れてこられた。

 こちらもセイレーンの秘境についての情報を手に入れたいのだ。断る理由はなかった。

 詰所の中にはマルテラさんと同じ服装をした自警団の人たちが数人いて、先ほどから少し離れた場所でその男性と何やら話し込んでいる。


「ありがとうマルテラ。ほら、あなたもありがとうは?」

「あいがとう!」


 可愛らしいお礼にマルテラさんは「どういたしまして」と言って微笑んだ。それを見て少し心が安らぐ。


「本当にありがとうございました」


 女の子を抱っこして立ち上がったお母さんは、もう一度ラグに頭を下げてから詰所を出て行った。

 

「ありがとう」


 マルテラさんが救急箱の蓋を閉じて、ラグを見上げた。


「貴方がいなかったら、もっと被害が出ているところだったわ」

「いや……」


 ラグは短くそう言って顔を伏せてしまった。

 そんな彼を見てマルテラさんが目を細める。


「随分、雰囲気が変わったのね」

「……」


 ラグは何も返さない。

 でもそれを聞いて確信する。


(彼女は、昔の……明るかった頃のラグを知ってるんだ)


 小さく胸が痛んだ気がした。

 でも、マルテラさんは皆の前でラグのことを言うつもりはないようだ。

 ……ラグを恨んだりはしていないのだろうか。


「彼女は?」


 その視線が私に来て、思わず背筋を伸ばす。


「あ、私は華音と言います」


 自己紹介をして頭を下げる。


「カノンね。よろしく。えっと、貴方たちはなんでこの街に?」

「そんなの決まってるよなぁ!」


 自警団の人たちと話し込んでいた例の男性が急に大きな声で会話に入ってきた。

 その人がにんまりと笑って続ける。


「目当ては《誓いの指輪》だろ?」


(誓いの指輪……?)


 聞き返しそうになって寸でのところで抑える。この場で下手な反応は出来ない。


「そう、なの?」


 マルテラさんが少し驚いた様子で私とラグを交互に見つめる。


「若い男女二人がわざわざこのレーネまでやって来るなんて、それしかないだろうよ。なぁ、お二人さん! 永遠の愛を誓いに来たんだろう?」


(永遠の愛!?)


 今度こそ危うく素っ頓狂な声を出してしまうところだった。


「最近は前ほど採れなくなっちまったからなぁ。どこも価格が高騰してるだろ? 少しでも安くってんで、あんたたちみたいに直接このレーネまでやって来るカップルは結構いるのさ」


 誓いの指輪。永遠の愛。そして、このレーネの街は貴重な鉱物で栄えていたという話を思い出す。


(――も、もしかして、“カモフラージュ”ってそういうこと!?)


 ということは今ここにいる人たちに私たちはカップルだと思われているわけで。

 ラグは相変わらず何も答えるつもりはないようで、私は肯定も否定も出来ずにきっと引きつっているだろう愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


「そこでだ。そんなお二人さんに、ちと頼みたいことがあるんだ」

「え?」


 急にその声音が真剣味を帯びて、彼は後ろにいた自警団の人たちの方を振り向いた。

 その中から一人の青年が前に進み出て頭を下げた。20代後半くらいの優しそうな風貌をした人だ。


「すまない。僕はこの自警団の団長をしているパシオと言う。君の腕を見込んで是非協力願いたいことがあるんだ」


 その視線はラグの方を向いていて、私も傍らに立つ彼を見上げる。


「森の調査に同行してもらえないだろうか」

「な……っ!?」


 私たちよりも先に声を上げたのはマルテラさんだった。


(森の調査?)


 パシオさんが深刻な顔で続ける。


「最近、先ほどのように森に棲むモンスターが頻繁に街に入ってくるようになってしまって困っているんだ。原因を調査するために僕たちも度々森へ出向いているのだがなかなか成果が得られなくてね。君が同行してくれたらとても有難いのだが」


 あんなことが頻繁に起こっているなんて。街の人たちはきっと毎日不安だろう。

 元々私たちはセイレーンの秘境を探すために森の中を調べるつもりだった。――でも、ラグは引き受けるだろうか。


「報酬は勿論支払う。誓いの指輪が良ければそれでも」

「出発はいつだ」

「!?」


 彼の言葉に驚いたのは私だけじゃなかった。マルテラさんも瞳を大きくしてラグの方を見つめていた。


「君が良ければ今すぐにでも。先ほど逃げたモンスターたちのことも気になる」

「わかった」

「本当かい! とても助かるよ」


 パシオさんが相好を崩し、先ほどの男性や他の人たちも一斉に安堵の表情を見せた。

 少し意外だったけれどラグなら先ほどのモンスターくらい術を使わなくても倒せるだろうし、森の調査ということならその間にセイレーンの秘境の手がかりも何か見つかるかもしれない。だから彼も引き受けたのだろう。


(指輪なんて興味ないだろうしなぁ)


 ただ、マルテラさんの硬い表情が気になった。


「君の名前は?」

「ダグだ」


 一瞬ひやりとしたが、ラグはすぐに答えた。

 それはクレドヴァロールのお城の中でほんの一時ラグの偽名として使っていた名前だ。ここでまたその名を聞くことになるとは思わなかった。


「ダグ、よろしく頼む。早速だが準備を――あ、それと彼女には申し訳ないがその間どこかで待機を」


 パシオさんが言いながら私に視線を向けた。


「あ、私は」

「こいつも一緒に連れて行く」


 私の言葉を遮ってラグが答えた。


「え? 彼女も戦えるのかい?」


 パシオさんが意外そうな顔でもう一度私を見た。


「いや、だが問題ない」

「そうかい? なら彼女の装備も用意しよう。マルテラ、武器庫への案内を頼めるかい?」

「わかったわ。……こっちよ」


 マルテラさんはそう言って立ち上がると詰所の奥の方へと足を向けた。




 剣や槍、斧など様々な武器や防具が並んだ部屋に入ってすぐ、マルテラさんが口を開いた。


「貴方たちの本当の目的は何?」


 ぎくりとする。

 こちらを振り向いた彼女の瞳は警戒の色を露わにしていた。先ほど女の子を手当てしていたときとはまるで別人のような表情に息を呑む。


「偽名まで使って、誓いの指輪が目的なんて嘘なんでしょう?」

「えっと、私たちは」


 そう言いかけるが彼女は私の傍らに立つラグの方をじっと睨み据えていて。


「私はこの街を守るのが仕事なの。もし貴方がまたこの街に何かするつもりなら」

「すまなかった」


 聞こえてきたその言葉に私は目を見開く。

 ラグが、深く深く頭を下げていた。


「ずっと謝りたいと思っていた。謝っても許されることではないとわかっている。それでも……すまなかった」


 その声は微かに震えていて、でも真剣そのもので、聞いたことのない彼の声に胸の奥がぎゅうと苦しくなった。

 しかしそんな彼を目の前にしても彼女の表情は変わらなかった。


「……答えに、なっていないわ」


 ラグが頭を下げたまま続ける。


「ここへ来たのはストレッタとは全く関係のない個人的な目的のためだ。この街にはその情報を手に入れるために」

「個人的な目的って何?」

「それは……」

「私のためなんです!」


 思わず、声が出ていた。


「私がずっと探しているものがあって、それに彼が付き合ってくれているんです!」


 するとやっと彼女が私を見てくれた。


「あなたの?」

「はい!」

「……探しているものって?」

「あの、変に思われるかもしれないんですが……実は私、セイレーンの秘境を探しているんです!」


 グリスノートのような人もいるのだ。ラグが本当のことを言うよりはいいと思った。それに嘘ではない。

 案の定マルテラさんは怪訝そうに眉を寄せた。


「セイレーンの秘境?」

「はい! 私、ずっとその場所を探して旅をしていて。彼にはその間ボディガードを頼んだんです。……夢なんです。セイレーンの歌を聴くことが。それで、つい最近このあたりにその場所があるっていう情報を掴んで……あの、マルテラさんは何か知りませんか? セイレーンの噂とか、歌を聴いたことがあるとか!」


 勢い込んで言うと、彼女は困惑したように数回瞬きしてから首を横に振った。


「そんな話聞いたこともないわ」

「そ、そうですか……」


 私が半分本気で肩を落とすと、マルテラさんは小さく息を吐いた。


「この街が目的でないならいいの。モンスターに困っているのは事実だし調査に協力してくれるのは有難いわ。あの子を助けてくれたことも感謝している。――でも、ごめんなさい。私はどうしても貴方を信用することが出来ない」


 冷たく頑なな声に、ラグが頷く。


「あぁ。調査が終わったらすぐに出ていく」

「そう。……必要ないかもしれないけど、この部屋に使えるものがあったら使って。彼女にはそこのダガーなんていいんじゃないかしら」


 棚のひとつを指さしてからマルテラさんは私の横をすり抜け部屋の入り口へと戻っていく。

 そしてドアのところで立ち止まると、こちらに背を向けたまま言った。


「それと、この街や森の中ではもう魔導術は使わないで。……あんなことは、二度とごめんよ」

「あぁ……本当にすまなかった」


 ラグがもう一度謝罪して、彼女はそのまま部屋を出ていった。


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