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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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19.彼のための歌

 時間が、静止したように感じた。

 彼は今なんと言っただろう。


 “オレが帰るなと言ったとしても”


(それって……)


 じわりと頬が熱くなる。

 でも、その視線はすぐに外れてしまった。


「いや、なんでもない。……もう寝るぞ。明日も早いからな」


 言いながら彼は上着を脱いで窓際に置かれていた椅子の背もたれに掛けると、その椅子に座り足を組んでさっさと目を閉じてしまった。


「――え!?」


 一拍置いて私は慌てる。


「そこで寝るの!? ベッド使っていいんだよ! ラグだって疲れてるでしょ? こんなに大きなベッドだし、私は全然気にしないから!」


 すると彼は薄目を開けぶっきらぼうに言った。


「うるせぇな。お前が気にしなくてもオレは気になんだよ」


 そしてぷいと横を向いてまた目を瞑ってしまった。そんな彼の頭に乗ったブゥが私の方を不思議そうに見つめていて。


(そんなこと言っても……)


 椅子で寝ている彼の横で、自分だけ悠々とこんな大きなベッドで寝こけるなんて出来るわけがない。


「そりゃ、私と一緒のベッドなんて嫌だろうけど」

「嫌とかそういうことじゃねぇ」

「だったら」


 じろりと睨みつけられる。


「お前は、誰とでも同じベッドで寝れるのかよ」

「そんなわけ……っ! ラグだからに決まってるでしょ!」


 強く言い返すと彼がぎょっとしたような顔をしてハタと我に返る。

 今のは、完全に言い方を間違えた……!


「ち、ちがっ、変な意味じゃなくて! 私は、ラグを信頼してるから」


 慌てて言い直すと、はぁと大きな溜息。


「……勝手に信頼してもらってもな、こっちは」


 そこで彼はぴたりと口を止めた。


(こっちは?)


「と、とにかく、オレはここで寝る。もう喋りかけるな!」


 そう怒鳴ると彼は再び固く目を閉じてしまった。


「でも、」

「……」


 彼はそれっきり口を開いてくれなくて。


「ぶぅ~」


 ブゥが小さく鳴きながらこちらに飛んできて私の肩に止まった。その頭を指で優しく撫でながらもう一度ラグの方を見る。


(いいのかな……)


 そういえばリディの家でも彼は私とセリーンにベッドを譲ってくれたのだ。

 口は悪いけれど、こういうとき彼は本当に優しいと思う。紳士、と言うべきだろうか。

 と、そこで大きな欠伸が出てしまった。

 静かになったからか急な眠気がやってきて、しかもすぐ目の前には気持ちよさそうな大きなベッド。

 結局、私はその誘惑に勝てなかった。


「ありがとう、ラグ。ベッド使わせてもらうね」


 もう眠ってしまったのか、答えは返ってこなかった。



 久しぶりのちゃんとしたベッドに上がって、でも真ん中で寝るのは流石に気が引けて端っこの方に横になる。

 そこからラグの方を見つめ、先ほどの彼の言葉を思い出す。

 ――あの瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。


 ラグも寂しいと思ってくれているのだろうか。

 自惚れてしまって、いいのだろうか……?


 仰向けになって深呼吸をすると、そのままスゥっとベッドに吸い込まれていく感じがした。


(もし、ラグに帰るなと言われたら、私は……)


 意識が遠のいていく中で、


「勘弁してくれ」


そんな溜息交じりの呟きが聞こえたような気がしたけれど、もう夢か現実かわからなかった。




「起きろ」

「!」


 ぱっと目をあける。

 声のした方を見ればドアの前で朝から不機嫌そうなラグがこちらを睨むように見ていた。


「お、おはよう」


 寝起きの掠れた声でとりあえず朝の挨拶をする。


「ベッド、ありがとう」


 改めてお礼を言うと彼はふいと視線を外してドアを開けた。

 その髪の結び目でブゥが揺れているのが見えて。


「出たとこで待ってる。早く支度しろ」


 そう言うと彼は部屋を出て行ってしまった。


(相変わらずだなぁ)


 はぁ、と小さく息を吐く。

 ……昨夜、ちょっとだけ彼の本音が聞けたような気がして嬉しかったのだけれど、やっぱり私の勘違いだろうか。

 でもお蔭で久しぶりにぐっすりと眠れた気がする。

 ぐうっと伸びをして朝日の差す窓を見ると昨日は見えなかった向かいの建物が見えた。今日も良い天気みたいだ。


(ラグはちゃんと眠れたかな?)


 私はベッドから降りて簡単に支度をするとすぐに部屋を出た。

 するとドアのすぐ横に彼が凭れていた。こちらを向いた彼にお待たせと言おうとして。


(……あれ?)


「行くぞ」


 そうして彼は背を向けて廊下を進んでいく。


「ねぇ、ちゃんと眠れた?」

「あぁ」

「でもなんか顔色が」


 一瞬だけだけれど、顔色が悪く見えたのだ。


「気のせいだろ」

「そう……?」

「それより、今日は途中に街がないからな、朝のうちに腹いっぱい食っておけよ」

「え! わ、わかった」


 階段を下りていく彼についていきながら返事をする。

 ということは今日は一日中歩き通しということだ。私は言われた通り朝食をお腹いっぱい食べようと思った。



 昨夜も入った食堂で黙々と料理を食べているラグを私はちらちらと見つめていた。

 やっぱり顔色が悪い気がして、昨夜椅子ではよく眠れなかったのではないかと罪悪感を覚える。


「なんだよ」

「えっ」


 じろりと睨まれてどきりとする。

 でもやっぱりクマも酷くて、いつもよりも更にその目つきが鋭く感じられた。


「や、やっぱり顔色悪く見えて、大丈夫かなって」

「別にいつもと変わらない」

「本当に? どこか具合悪かったら」

「どこも悪くない。それより早く食っちまえよ。急ぐって言ってるだろ」

「う、うん」


 結局、それ以上は訊けなくなってしまった。

 ラグは私と違って体力がある。寝不足くらい大したことないのかもしれない。

 彼が大丈夫と言うならきっと大丈夫なのだろうと、私は残っていた目の前の料理をお腹に入れていった。




 歩いて、ひたすら歩いて。

 次の街に辿り着けたのは本当にとっぷりと日が暮れてからだった。

 途中二度ほど休憩はとったものの、流石に足が棒のようだ。

 でもその小さな街――というより小さな村の宿ではちゃんとベッドが二つある部屋をとることが出来てほっとした。

 昨日あんなことがあったせいか、同室ということにはそれほど抵抗がなくなっている自分に気付いて苦笑する。

 一階の食堂で夕食をとってから部屋に戻りベッドにダイブすると、あっという間に睡魔がやってきた。

 宿のすぐ横を流れる川のせせらぎがとても心地いい。

 寝返りをうってラグの方を向くと彼はすでに目を閉じていて、その枕元ではブゥが相棒をじっと見つめていた。


「いよいよ、明日だね」


 そう小さく声を掛けてみる。


「……あぁ」


 すると目はつむったまま小さく返事が返ってきて嬉しくなる。


「エルネストさん、いるかな」

「さぁな」

「呪い、解けるといいね」

「……もう寝ろ」

「うん。……おやすみなさい」


 そうして、私も目を閉じた。






「――……っ」


 小さな呻き声で、私は目を覚ました。

 まだ部屋の中は暗い。寝入ってからそんなに時間は経っていないように思えた。


「うぅ……っ」


 気のせいかと思ったが、確かにその声は隣のベッドから聞こえてきて彼の方を見る。


(ラグ……?)


 寝言だろうか、その瞳は閉じたままだ。


「う、あ……やめ……っ」

「ラグ?」


 起き上がって、小さく声を掛けてみる。


「いやだ……もう、」


 苦しそうに首を振って何かから必死に抵抗しているように見えた。

 ブゥが心配そうにその周りをくるくると回っていて。


「ラグ」


 もう一度声を掛ける。


「ちがう、オレ、は……っ」


 その声は普段の彼からは想像もつかないほどに弱々しくて、私はこれ以上聞いていられなかった。


「ラグ!」

「――っ!?」


 驚いたように目を大きくしてこちらを向いた彼は、何が起こったかわかっていないようだった。


「……カノン……?」


 確認するように名前を呼ばれて、私は頷く。


「大丈夫? すごく、うなされてたから」


 彼はしばらくの間私をじっと見つめて、それから大きく深呼吸をしながら目を閉じた。


「……なんでもない……悪かった」


 そうして背を向けてしまった彼に私は言う。


「なんでもなくないでしょ?」

「大丈夫だ」

「大丈夫には見えないよ」

「……ただ、夢を見ただけだ。だから、大丈夫だ」


(夢……? もしかして、レーネの……?)


 ――なんで私は、彼なら大丈夫だと思ったのだろう。

 明日、いよいよ因縁の地に……彼にとって一番辛い場所に足を踏み入れなければならないのに、不安にならないはずがない。


 彼がいくら強く見えたとしても、大丈夫なはずがない。


「もしかして、ずっと眠れてないの?」

「……眠っても、どうせ胸糞悪ぃ夢を見るだけだ」


 掠れた声が返ってきて、私は続ける。


「いつから」

「……うるさい。いいから、お前は寝ろ」


 ひょっとしたら昨日だけではなくずっと、船の中でも彼は眠れていなかったのではないか。だとしたら――。

 ふと見れば、彼の枕元にいるブゥが私の方をじっと見つめていた。まるで何かを待っているように。

 私はそんなブゥに小さく頷いて、ベッドを降りた。

 そのまま隣の彼のベッドに腰を下ろすと、彼の背中がびくりと震えた。


「なっ、」


 こちらを振り向いた彼に私は優しく微笑んで、小さく口ずさみはじめる。


 ――彼のための、子守唄を。



  ねむれ ねむれ おやすみなさい



「やめろ!」


 髪が銀に輝きはじめて強く腕を掴まれたけれど、私はその手を優しくとって両手で握り締めた。

 青い瞳がそんな私を戸惑うように見上げる。



  悪い夢は もう見ないわ


  大丈夫 ここにいる


  ここで歌っているから


  安心して おやすみなさい



 強張っていたラグの手から徐々に力が抜けていくのがわかった。

 抗うように最後まで私を睨んでいた瞳もゆっくりと閉じていって――。



  ねむれ ねむれ おやすみなさい


  大丈夫 ここにいるわ



 そうして、彼は静かに寝息を立て始めた。

 彼の寝顔を見るのはこれが初めてではなかったけれど、歌が効いているのだろうか、なんだかとても幼く、あどけなく見えた。

 ブゥがまるでお礼を言うように私の目の前でくるりと一回転してみせた。

 そんなブゥに微笑み返して、もう一度眠る彼を見つめる。


 ――どうか、もう悪い夢を見ませんように。

 不安は消えなくても、せめて彼がよく眠れますように。


 私はラグの大きな手を握りながら、しばらくの間小さな声で歌い続けていた。


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