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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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18.居場所

「街に入ったら、オレの名前は絶対に口にするなよ」


 前方に建物の屋根が見え始めて、やっと何か食べられると思っているとラグがこちらを振り返り言った。

 その少し硬い表情を見てどきりとする。


「わ、わかった」


 私がしっかりと頷くとラグは再び前を向き歩き出した。


(そっか。レーネが近いんだし、ラグのことを知っている人がいるかもしれないんだ)


 ただ“知っている”という人だけじゃない。もしかしたらラグのことを恨んでいる人もいるかもしれないのだ。

 そう思ったら急に心配になってきて、私は駆け足でラグの横に並んだ。


「私、ご飯まだ我慢できるよ。だから街に入らなくても」


 私のために無理をして街に入ろうとしてくれているのなら……と思ったのだけれど、ラグは横目でちらっとこちらを見て小さく息を吐いた。


「オレだって腹は減ってるんだ。それに補充しておきたいもんもある」

「そ、そっか。じゃあ、ちょっと変装してったりとか」

「今のままで問題ない。オレが前にこの辺りに来たのは7、8年前だ。普通にしてりゃバレっこない」

「そうかもしれないけど……」

「変にビクついてると逆に怪しまれるからな」


 念を押すように軽く睨まれて私は何度も頷く。


「そうだね。気を付ける」

「……アルの奴が、よく言ってただろ」

「え?」


 ラグが街の方を見つめた。


「昔のオレと今のオレは全然違うってな。だから、大丈夫だ」


 その横顔を見上げ小さく驚く。

 確かにアルさんは「昔は可愛かったのに」とよく口にしていたけれど、ラグがそんなことを言うなんて。

 私を安心させるためというより自分にそう言い聞かせているように思えて。


「うん!」


 私はもう一度大きく頷き街の方を見据えた。

 ――今は、アルさんもセリーンもいないのだ。

 ぐっと強く拳を握り気を引き締める。


(いざとなったら、私がラグを守らなきゃ!)




 ――と、意気込んだものの。


「本当に、全然大丈夫だったね」

「だからそう言っただろ」


 私たちは拍子抜けするほどあっさりとその街を通過することが出来た。

 水車のついた小さな食堂で久しぶりにちゃんとした料理を口にしてお腹も大満足。ラグも露店でこれからの旅に必要なものを入手していた。

 その間、特に怪しまれたり視線を感じたりすることもなかった。


(このまま何事もなくレーネの森に着けるといいな)


 そう思っているとラグが大分傾きかけた太陽を見上げた。


「少し急ぐぞ。日が暮れる前に次の街に着きたいからな。野宿は嫌だろ」

「うん!」


 早速ラグは足を速め、私は遅れないようにその背中を追いかけた。


(久しぶりにちゃんとしたベッドで寝れるー!)


 船ではずっとハンモックだったから揺れないベッドで眠れるのが楽しみで仕方なかった。そのためなら頑張れると思った。――でも。


(ん? ちょっと待って。もしかして……)


 ラグの後ろ姿を見つめながら私は気づかないでいいことに、気づいてしまった。



 そして、案の定。



「一室頼む」


(やっぱりねーーーー!?)


 ラグが辿り着いた街の宿で主人にそう言うのを聞いて、私は心の中で情けない叫び声を上げていた。




 あれだけもう離れるなと言っていた彼のことだから二部屋とることはないだろうとわかっていた。

 わかっていたけれど。


(今ふたりきりは、やっぱり気まずいよ~)


 部屋への階段を彼について上りながら、いよいよ煩くなってきた胸を押さえる。

 せめて気づくのがもう少し遅ければ。

 この宿に入る前、すぐ近くの食堂で夕飯を食べている間もずっと気になってしまって味なんてろくにわからなかった。

 セリーンの存在が今までどれだけ有難かったか、改めて身に染みて感じていた。


(あのときは、どうしたんだっけ……)


 セリーンと出会う前、セデの町でふたりきりで宿に泊まったときのことを思い出す。

 あのときも確か男の人と同じ部屋で寝るなんてと緊張を覚えて、でもエルネストさんが現れてそれどころではなくなってしまったのだ。

 それにあのときラグは私の足の怪我を術で治してくれて少年の姿だった。

 今も少年の姿だったなら、そこまで緊張しないですみそうなのに。そう思いながら長身の背中を睨み見る。


(だからって、術を使ってなんて言えるはずないし……)


 私がそんなことを考えている間にもラグはさっさと一番奥の部屋の前に辿り着きドアを押し開いた。

 でも、彼はそのまま動かなくなってしまった。


「?」


 不思議に思い遅れて私も部屋を覗き込んで。


「!!?」


 声にならない声が漏れてしまった。

 その部屋は角部屋だけあって広く窓も多くて解放感があったが、ベッドがひとつしかなかった。


(なんでダブルベッド!?)


 顔が一気に真っ赤になるのがわかった。

 同室というだけで気まずいのに、同じベッドで寝るなんて無理無理無理!

 胸の内でぶんぶん頭を振っていると、はぁ、と大きな溜息が聞こえてびくっと肩が震えてしまった。


「別の部屋だ」

「そ、そうだね!」


 パタンとその部屋のドアを閉めたラグに私は思いっきり引きつった笑顔を返した。


 ――なのに。


「二人部屋はあそこしか空いてないんですよ。今日はお客が多くてねぇ」


(嘘でしょ?)


 宿の主人の言葉に愕然とする。


「……」


 ラグは無言だ。ここからその表情は見えないけれど、きっと困っているのだろう。


(そりゃそうだよね……)


 ラグだって、好きでもない子と同じベッドなんて嫌に決まっている。でも……。

 主人もそんなラグを前に困った顔で続ける。


「宿はうちしかないですしねぇ。どうされますか?」

「――あ、あの部屋で大丈夫です! ありがとうございました」


 私は笑顔でお礼を言ってラグを階段の方へと押しやった。


「お、おい」

「変に目立ったらマズイでしょ!」


 彼の背中を押しながらもう一度階段を上り私は小声で続ける。


「野宿は嫌だし、しょうがないよ。……私は、別に気にしないから」


 彼の顔は見られなかったけれど、私はそう言って部屋の前まで彼を押していった。

 ――そうだ。変に意識するからいけないのだ。いや、意識する方がおかしい。

 私たちはあくまでただの旅の仲間なのだから、何もあるはずがない。


(意識なんて全っ然してないんだから!)


「ぶーぅっ!」

「ブゥ、おはよう!」


 部屋の扉を閉めた途端、ブゥがラグのポケットから飛び出した。

 そう、それにブゥもいる。完全にふたりきりというわけじゃない。


「ブゥ、今朝は手紙届けてくれて本当にありがとう。大変だったでしょ?」

「ぶぶぅ! ぶぅぶぅ!」


 宙返りをしながら大丈夫だよと言ってくれているような気がして、私はもう一度ありがとうと笑顔でお礼を言った。

 ラグが棚の上に荷物を置いて、そのまま窓から外を見つめた。

 もう外は真っ暗で部屋の隅に置かれた蝋燭の灯りがほのかに窓に映っていた。

 沈黙が嫌で、私は彼に明るく話しかける。


「この3人でいると、出会ったばかりの頃を思い出すね」


 ラグがこちらに視線を向けた。


「なんだかずっと昔のことみたい。この世界に来てから本当に色んなとこに行ったもんね。ランフォルセからフェルクに渡って、パケム島に、クレドヴァロールでしょ。凄いよね! 私、元いた世界ではこんなに色んな国を旅したことなんてなかったんだよ」


 と、ラグがそこで小さく笑った気がした。


「すでに帰る気満々だな」

「え?」


 窓辺を背にして彼は続ける。


「また空振りの可能性もある。金髪野郎が本当にいたとして、あいつが大ボラ吹きの可能性もある」


 ――そうだ。

 自分の歌で、もしかしたら帰れたかもしれないことを、まだ彼に伝えていない。


「わ、わかってるよ。大丈夫」


 伝えたほうがいいだろうか。伝えたら、彼はどうするだろうか。


「ま、帰れなかったとしても、海賊の嫁になればいいしな」


 またそんなことを言われて、つい、カチンと来てしまった。


「だからそれはありえないから! 私はグリスノートのことはなんとも思ってないし、好きでもない人のお嫁さんになんてならないよ!」


 ――まずい。

 怒りの感情とともに、また、あの台詞が耳によみがえった。


「それに、私の居場所はこの世界にはないから」


 声が、カッコ悪く震えてしまった。

 あのとき返せなかった言葉を返すことが出来たのだ。なのに、全然すっきりしない。むしろ胸がズキズキと痛くて彼の顔を見ることが出来なかった。


「……そうか」


 ラグが低く呟くのが聞こえて、そのときブゥが彼の方へ飛んでいくのが横目に見えた。そんなブゥを目で追いながら、私はもう一度口を開く。


「ラグは、私が帰ったら少しは寂しがってくれる?」

「は?」


 その目が大きく見開かれる。


 ……何を言っているのだろう。

 そんなことを訊いて、彼が寂しいなんて言ってくれるはずがないのに。


「――わ、私は寂しいんだ。帰りたいけど、ラグやブゥやセリーンとお別れしなきゃいけないのは、すごく、寂しくて」

「それでも、帰るんだろ」

「そ、そうだけど……」


 結局また顔が見れなくなってしまった。

 ――やっぱり、こんなこと言うんじゃなかった。

 感情がぐちゃぐちゃで、なぜか涙まで溢れてきて――。


「もし、オレが帰るなと言ったとしても、お前は帰るんだろ」

「え?」


 視線を上げると、驚くほどまっすぐに向けられた青い瞳とぶつかった。


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