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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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16.呪いの真実

「あたしはね、ずっとあんたに言ってやりたいことがあったんだ、ラグ・エヴァンス」

「!?」


 アヴェイラの口から出た喧嘩を売るような台詞に驚く。

 一昨日の会話でラグへの怒りは治まったのだと思っていた。でもやはり本人を目の前にしてその気持ちが蘇ってしまったのだろうか。


(だとしたら、まさか戦うなんてことに……!?)


「……」


 ラグは表情を変えず、ただじっとアヴェイラを見つめている。


「見ての通りあたしも術士でね。あんたのお蔭でこれまでそりゃあ酷い目に遭ってきたんだ。だからね、いつかあんたに会うようなことがあったら一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まない」


 その言葉に焦る。


「アヴェイラ!」

「――そう、思ってたんだ。つい2日前までね」

「え?」


 またそこでアヴェイラの声音が変わり、ふたりの間に入ろうとしていた私はぴたりと足を止めた。

 そんな私の肩にぽんとアヴェイラの手が乗る。


「でもね、カノンからあんたの話を聞いてそんな気持ちも無くなっちまった」


 それを聞いて私はほっと胸を撫でおろした。

 ラグとアヴェイラが争うのなんて見たくない。


「――それに、あんたのその姿を見ちまったらねぇ」


(え……?)


 続けられた言葉に今度は憂いの色が混じった気がして、その横顔を見る。


「おかしいと思ったんだよ。相棒だけよこしてあんた自身はカノンを助けに来ない。そもそも、あたしがカノンを攫ったときだって、あんたなら簡単に奪い返せたはずだ。なのに、あんたは何もしなかった。……何も出来なかったんだね、その呪いのせいで」

「!?」


 目を見開く。私はアヴェイラにラグの呪いのことは一切話していない。

 でも彼女は小さなラグの姿を見て気づいたのだ。それが呪いのせいであると。


(ってことは、呪いのことを知ってる……?)


「術士だったグランマに聞いたことがあるよ。そういう厄介で最悪な呪いがあるって」

「だまれ」


 ラグが低く呻く。

 だがアヴェイラはそのまま話し続けた。


「それ、“見たくない過去の自分に戻っちまう呪い”、だね」

「黙れ!」


 彼女の言葉に被るようにラグは怒鳴った。

 他の皆には聞こえなかったかもしれない。でも、すぐ隣にいた私にはしっかりと聞こえていた。


(見たくない過去の自分……?)


 ラグの今の姿を見つめながら、私はその言葉を胸のうちで繰り返す。

 そしてアヴェイラは同情するような声音で続けた。


「丁度その年頃だろう? あんたがレーネを」

「黙れと言っているんだ!!」


 その絶叫が合図だったかのように、少年の身体が急成長する。

 元の青年の姿に戻ったラグはアヴェイラを酷い形相で睨んでいた。



 ずっと、ただ子供の姿に変わってしまう呪いだと思っていた。

 だから、なぜ彼がそこまでその呪いを嫌悪するのかわからなかった。



 アヴェイラが肩を竦める。


「そんなに怒んないでおくれよ。ただ同じ術士として、あんたと話がしてみたかったんだ」

「……解き方は」

「え?」


 ラグが感情を押し殺したような低い声でもう一度訊く。


「この呪いの解き方は、聞いていないか」

「いや、流石にそれは聞いてないね」


 アヴェイラが首を横に振るとラグは大きく舌打ちをした。


「……オレに話ってのはそれだけか。なら、早くそいつを返せ」


 するとアヴェイラは呆れたふうに息を吐いて私の方を見た。


「本当に無愛想な男だねぇ。聞いていた通りだ。ほら、返すよ。奪っちまって悪かったね」

「え、わっ」


 いきなり肩を強く押されて、私はつんのめるようにしてラグの方へと駆け寄った。

 間近に目が合って、その青い瞳に私が映っているのが見えた。


「カノン、歌教えてくれてありがとね」


 はっとして振り向くとアヴェイラが微笑んでいた。


「お蔭であいつのアホ面が拝めてスッキリしたよ」

「誰がアホ面だ!?」


 向こうの船から怒声が飛んできて、アヴェイラがふんっと鼻で笑う。


「アヴェイラ……」


 本当にこれで良かったのと言いかけて。


「あんたはちゃんと素直になりなね」


 ばちんとウィンクされて、えっと小さく声を上げたその時だ。


「ひぇっ!?」


 急に視界がぐるんと回ってびっくりする。覚えのある温もりを感じてラグに抱き上げられたのだとわかって。


「港まで飛ぶぞ」

「え!?」


 てっきり向こうの船に戻るのだと思っていた私は驚いてそちらを見上げる。

 こちらを心配そうに見つめているセリーンやリディ、皆と目が合って、しかしすぐにラグの優しい声が聞こえてきて私は慌てて彼の服を掴んだ。


「じゃあね、カノン!」

「アヴェイラ……!」


 笑顔で手を振る彼女に、素直になるのはそっちでしょとか他にも言いたいことはたくさんあったけれど。


「ご飯とか色々ありがとう!」

「風を此処に……!」


 お礼の言葉がラグの声と重なる。

 優しい風に包まれて私たちは空へと舞い上がった。ピンクの旗が目の端に映ったのが最後。


「~~~~!!」


 いくつかの怒声が風の音に紛れ聞こえてきて、セリーンやグリスノートだろうとわかったがもう目を開けていられなかった。




 どのくらい飛んでいただろう。次第に風が弱まって、トンっとラグが地面に足を着けたのがわかった。

 ゆっくりと目を開けて、そこが人気のない路地だとわかる。倉庫のような同じ建物がずっと立ち並んでいて、もうとっくに夜は明けているというのに薄暗かった。

 ラグが体勢を低くして私はその腕から降りる。

 包んでいた風が彼から離れていき、そしてその身体が再び小さく縮んでいく。

 ふぅと息を吐いた少年を見ながらまずなんと言おうか逡巡していると。


「腕出せ」

「え? あっ」


 ラグが腰からナイフを抜くのを見て、私はまだロープで縛られたままだったことに気付く。


「ありがとう」


 腕を差し出すと彼は小さく舌打ちをした。


「ナイフを使うまでもねぇじゃねーか」


 ラグは呆れたふうに言ってナイフを仕舞い手で結び目を解き始めた。

 私の肩の辺りしか背のない少年を見下ろしながら、私は先ほどのアヴェイラの言葉を思い出していた。


 ――見たくない過去の自分に戻ってしまう呪い。


 きっと彼はそのことを誰にも知られたくなかったのだろう。私にもセリーンにも……アルさんにも。

 誰にも知られないまま、少しでも早く、その呪いを解きたかったはずだ。


(なのに、私は……)


「色々勝手なことして、ごめんなさい」


 思いきって謝る。

 アヴェイラとの会話で私が彼女に歌を教えたことなど、もう全部バレてしまっているだろうから。


「それと、ありがとう。ブゥが来てくれてすごく心強かったんだ。手紙も」

「お前に言いたいことは山ほどある」


 低い声が返ってきてびくりと肩をすくめる。

 やはり怒っているのだ。おそらく相当に。


(そりゃそうだよね……)


「――が、無事ならそれでいい」

「え」


 意外な言葉に小さく声が漏れてしまった。

 そのとき丁度ロープが解けた。


「そのかわり、」


 ぎろりと睨み上げられる。


「もう二度と離れるな。このロープでもう一度縛って連れてったっていいんだからな」

「!?」


 ひぇっと声が出そうになる。

 一瞬、ラグにロープで縛られ連行される自分の姿が浮かんでしまって。


「ご、ごめんなさい! もう離れません!」


 私がもう一度必死に謝ると彼は短く息を吐いてそのロープを道端に投げ捨てた。


「行くぞ。ここまで来ちまえば、レーネまであと3日ってとこだ」


 そう言ってさっさと背を向けてしまったラグに私は慌てて声を掛ける。


「皆を待たないの?」

「あ?」

「だって、セリーンは? グリスノートも怒ってるだろうし。それにブゥは」

「なんだお前、やっぱりあの野郎に未練があるのか?」


 そう言って振り向いた彼が酷く冷たい目をしていて、焦って首を振る。


「未練とかそういうのじゃなくて、だって銀のセイレーンってバレちゃったしむしろ怖いくらいだけど、ただ一緒に行くって話をしてたから」

「お前が銀のセイレーンでも気持ちは変わらねぇとかほざいてたけどな、あの野郎」

「え……」

「それと、ブゥならここにいる」


 彼は胸ポケットに手を当てると、再び前に向き直り歩き始めてしまった

 そんな彼を追いかける。


「そ、そっか。ブゥも疲れちゃってるよね。起きたらお礼言わなきゃ。……でも、セリーンは?」

「あいつの目的を忘れたのか」


 不機嫌極まりない声。

 セリーンの目的。それはラグの解呪を阻止することだ。わかっている。


「わかってるけど……」


 ずっと、この世界を離れるそのときまで彼女は傍にいるものだと思っていたから。

 このままレーネに向かいセイレーンの秘境が見つかって本当にエルネストさんに会うことが出来たら、もう二度と会えないのに。


(突然過ぎて何も言えなかった。お礼の言葉も、お別れの言葉も)


「なら、追いつかれないうちに急ぐぞ」

「う、うん」


 本当は「待っていようよ」と足を止めたかった。けれど、呪いの真実を知ってしまった今、彼が少しでも早く解呪したいという気持ちがわかるから、私は彼の背中を追いかけた。

 誰にだって思い出したくない消してしまいたい過去はあるけれど、彼の場合、その過去があまりに凄惨なものだと知っているから。


(なんて、残酷な呪いだろう)


 そんな呪いをラグに掛けたエルネストさんに、私は初めて怒りを感じていた。


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