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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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15.アヴェイラの歌


  届け この声

  遠く 青の彼方まで


  希望くれたきみに

  いつか届くその日まで

  歌い続けよう この青い海の上で



 アヴェイラの澄みきったハイトーンボイスが大海原に響いていく。

 練習のときの比ではない。


(凄い……!)


 鳥肌が立った。感動で涙が溢れた。

 この船上が、いつの間にか『海』という大劇場の舞台となっていた。

 アヴェイラは私たち観客の前でその素晴らしい歌声を披露する『歌姫』だ。

 特等席に座るグリスノートがそんな彼女を瞬きもせずに見つめていて、その歌に聴き入っているのがわかった。



  響け この歌

  高く 青の彼方まで


  未来くれたきみに

  いつか響くその日まで

  歌い続けよう この青い空の下で


  届け この想い

  いつか……



 彼女が歌い終えると、誰からともなくパチパチと拍手が上がった。


「お頭、すげぇ」

「俺、感動した……」


 海賊たちのそんな声が耳に入ってくる。


「歌って、こんなに美しいものなんですね」


 隣のフィルくんも感極まったようにそう呟いて、こちらまで誇らしくなる。

 グリスノートはまだ彼女を見つめたまま呆然としている。

 当然だろう。歌に憧れていた彼が、こんなにも素晴らしい歌を間近で聴くことが出来たのだ。


(大成功だよ、アヴェイラ!)


 心の中で私は大きな拍手を送った。


「よ~っほほほほほ!」


 アヴェイラが高笑いを上げる。


「どうだいグリスノート、あたしの、歌、は……?」


 そのとき、急に彼女の声が不自然に途切れた。

 ぐらり、その背中が大きく揺れてそのまま横に倒れていく。


(……え?)


 一瞬、目の前のことが理解できなかった。

 アヴェイラは甲板に倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「お頭!?」

「お頭ぁ!!」

「――アヴェイラ!?」


 海賊たちの声に漸く我に返り慌てて駆け寄ろうとして、でもそれより早くに彼女の元に駆け寄った者がいた。


「アヴェイラ! おい、アヴェイラ!?」


 グリスノートがぐったりした彼女の身体を抱き起こし必死にその名を呼ぶ。

 しかしアヴェイラは目を覚まさない。――頭に過る最悪の事態。

 グリスノートも同じことを考えたのだろう。彼女の胸に耳を当て、でもすぐに安堵の表情を見せこちらもほっとする。


「急に、どうしたってんだ……」

「セイレーンでもねぇのに、歌を使おうとするからだ」


 答えたのはグリスノートの背後に立った小さなラグだ。

 ――歌を使おうと……?

 少年が呆れたふうに息を吐いてこちらを見た。


「お前も最初こうなっただろうが」

「で、でも」


(練習のときは何ともなかったのに……)


 口のうちで続けながらもう一度アヴェイラを見つめる。

 確かに声の大きさも、響きも、練習の時の比ではなかった。本番、グリスノートを前にして全力を出し切ってしまったということだろうか。


(でも、こんなことになるなんて……)


 罪悪感で小さく手が震えた。


「じき目を覚ますだろ」

「本当だろうな」


 睨むように見上げられてラグが頷く。


「力の使い方を間違えた術士がよくこうなる」


 それを聞いてグリスノートはもう一度腕の中のアヴェイラを見つめた。


「なんだって歌なんて……」

「お頭はなぁ! グリスノート、お前のためにずっと歌を練習してたんだよ!」


 海賊のひとりが堪りかねたように声を上げた。

 グリスノートがゆっくりとそちらに視線を向ける。


「俺のため?」

「そうだ! お前が歌、歌とうるせぇからお頭が歌ってやったんだ!」


 また別の海賊がグリスノートに向かって大声で怒鳴った。


「いい加減お頭の気持ちに気づけよな、この鈍感野郎!」


 ……私の言いたかったこと全て彼らが言ってくれた。

 皆やはりアヴェイラの気持ちをわかっていて、わかった上で彼女の下についているのだ。


「こいつの気持ちっつったって……」


 グリスノートが戸惑うようにもう一度アヴェイラを見下ろした、そのとき。


「きゃあああ!!」


 いきなり甲高い悲鳴が上がった。

 驚いて顔を上げて気づく。いつの間にか空色の旗を掲げた船がすぐそこまで接近していた。


「みんな……っ」


 フィルくんの上ずった声。

 セリーン、リディ、コードさん、船員たちが皆船縁から身を乗り出しこちらを見つめていた。その視線の先はフィルくんやグリスノートではなく、意識のないアヴェイラだ。


「ラグさん酷いわ!」


 先ほど悲鳴を上げたリディが叫ぶ。


(え、ラグ?)


 見ると、ラグも眉間に思いっきり皴を寄せそちらを見上げていた。


「遅かったか」

「船長だけじゃ、やっぱ無理だったんスよ」


 セリーンとコードさんもやけに神妙な顔つきをしていて、再びリディの叫び声が響いた。


「いくらカノンが心配だからって、なにも殺さなくたっていいじゃない!」

「殺してねぇ!!」


 ラグが即様怒鳴り返し、アヴェイラを指さした。


「そいつが歌に失敗して勝手にぶっ倒れただけだ!」

「え……?」


 呆けた顔で固まるリディ。

 セリーンやコードさんたちもそれを聞いて安堵したように肩を下ろした。


(そっか。皆、アヴェイラが倒れているのを見て勘違いしたんだ)


「……煩いねぇ」


 聞こえたその声にハっとして見れば、アヴェイラがグリスノートの腕の中で小さく身じろぎしていた。気が付いたみたいだ。


「一体、なんの騒ぎだい……?」


 その瞳がゆっくりと開き、そのまま限界まで見開かれていく。

 彼女の瞳に映っているだろうグリスノートがそれを見てふぅと息を吐いて。


「よぉ、目が覚めたか」

「いっ、やああああああーーーー!!?」


 アヴェイラは天をつんざくようなすさまじい悲鳴を上げた。

 思わず耳をふさごうとして、手首が縛られていることを思い出し数歩後退りしたほどだ。

 おそらく一番の被害者であるグリスノートが大きくのけ反り小刻みに震えていて、その腕から落ちるかたちになったアヴェイラはそのまま転がるようにして彼から距離を取った。

 グリスノートが頭を振って、尻餅をついたような格好でわなわなと震えているアヴェイラをぎっと睨みつける。


「うるっせぇな! 耳がぶっ壊れるだろうがよ!!」

「なっ、な、一体、なにが」


 アヴェイラは自分が倒れたことを覚えていないようで、きょろきょろと周囲を見回した。その顔は真っ赤に染まっていて。


(目が覚めたら好きな人の腕の中だもん。そりゃ、びっくりするよね)


 と、グリスノートが呆れたように大きな溜息をつく。


「そりゃこっちの台詞だっつーの。……心配かけやがって」

「え……?」


 ふたりの視線が交わる。


「ところでお前、ひょっとして俺に惚れてんのか?」


(うわっ)


 あまりに不躾過ぎる問いに、そんな声が出そうになる。

 アヴェイラの動きと、その場の空気までピシリと凍った気がした。

 そして、そんな言い方をされて彼女が素直に「はい」と答えるわけもなく――。


「ううう自惚れてんじゃないよ! あんたみたいなおかしな奴にこのあたしが惚れるわけないだろ!!」


(アヴェイラぁ……)


 おそらく、今この場にいる皆ががっくりと肩を落としたに違いなかった。



「ならなんなんだよ、さっきの歌は!」

「はぁ!? あれはね、カノンが教えてくれた海へ捧ぐ歌だよ!」

「海へだぁ?」


 ……確かにそう説明した。

「きみ」とは誰のことかと怖い顔で訊かれたので、それは「海」のことだと。無論、「海」とは「グリスノート」の比喩だったが、彼女はそれで納得してくれたのだ。

 アヴェイラはその場に尻餅をついたまま大きく胸を反らした。


「そうさ! このあたしを受け入れてくれたこの海へ捧ぐ歌さ! どうだいあたしの歌。銀のセイレーン直伝の歌だよ! あんたこそあたしに惚れんじゃないよ。よ~っほほほほ!」

「あぁ。凄ぇ綺麗だった」

「へ……」


 アヴェイラが胸を張った姿勢のまま再び固まる。

 先ほどの歌を思い出しているのかグリスノートはどこか恍惚とした表情で続けた。


「やっぱり歌はすげぇ。……だから、もっと聴きたくなった」


(それって……!)


 再びふたりの視線が交わって、こちらまでドキドキした。


「だからよ、アヴェイラ。戻ってこいよ、イディルに」

「……」

「皆、お前のこと心配してんだよ。リディもエスノおばちゃんも、オルタードの奴も。――俺も」


 言いながらグリスノートはゆっくりと立ち上がり、アヴェイラに手を伸ばした。


「だから、戻ってこい。アヴェイラ」


 目の前に差し出された手をアヴェイラはじっと見つめる。

 皆が固唾をのんで見守る中、しかし彼女はなかなか動かない。


(アヴェイラ! 素直になるなら今だよ!)


 そう心の中で祈るように叫ぶ。――でも。


「ヤなこった!」


 パシっと彼女はその手を振り払ってしまった。

 そしてふらつきながらも彼女はなんとか立ち上がり、グリスノートの前で仁王立ちになった。


「今更イディルに戻る気はさらさらないね。あたしはこの海賊の暮らしが性に合ってるんだ!」


 アヴェイラはそうしてこの間私に話したときと同じ悪い顔で笑った。


(アヴェイラ……)


「ってことでグリスノート、そろそろあたしの船から出て行ってもらうよ。……すまないね、少し力を借りるよ」


 彼女が優しい声音で呟き両手を広げる。


(術!?)


 グリスノートもすぐに気づいたのだろう。


「おい待て、アヴェイラ!」

「風を、此処に……!」


 ふわり、グリスノートの身体が風に包まれ宙に浮かぶ。風の中なすすべなくじたばたともがく彼をアヴェイラは優しく目を細め見上げた。


「――でもさ、あんたの気持ちは嬉しかったよ」

「アヴェ……うおああぁーーっ!」


 グリスノートが向こうの船へと弧を描いて飛んで行くのをぽかんと見送っていると、彼女がこちらを振り向きぎくりとする。


「フィル、あんたももう行きな。短い間だが世話になったね。向こうでも頑張りな。もう落ちたりするんじゃないよ!」

「えっ!? あっ、こ、こちらこそお世話になりましたあああぁ~~!!」


 続いてフィルくんも風に乗ってあっという間に飛んで行ってしまった。

 次は私かと身構えるが、彼女は再びくるりと背を向けてしまい、あれと首を傾げる。


「さて、ラグ・エヴァンス。あんたにちょいと話があるんだ」


 ――え?


 まだ小さなラグに向けられた声が急に不穏なものに変わった気がして、胸がざわついた。



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