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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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10.本当の彼

 次の日のことだ。


「昨日はすいませんでした!」


 私はフィルくんに深々と頭を下げられた。


 昨夜は窓から見える景色が暗くなってくると同時に酷い眠気がやってきて、アヴェイラが船長室に急遽用意してくれたハンモックに横になりすぐに寝入ってしまったのだ。

 次に目が覚めた時にはすでに夜が明けていて、アヴェイラはいなくて、ブゥはハンモックの端にぶら下がってもう眠ってしまっていた。

 そしてアヴェイラが船長室に戻って来たと思ったらフィルくんも一緒だったのだ。

 彼のすぐ後ろに立っているアヴェイラと目が合うと、彼女は肩をすくめた。


「どうしてもちゃんと謝りたいってさ、あたしが言わせたわけじゃないよ」


 そういう彼女はなんだか満足げに見えた。


「俺、昨日は混乱しまくってて、カノンさんは俺を助けてくれたのにあんな……助けてくれて本当にありがとうございました!」


 私は首を横に振る。あの状況では混乱して当たり前だ。

 こうして目を合わせて普通に話してくれることが今は嬉しくてたまらなかった。


「もう動いて大丈夫なの?」


 笑顔で訊くとフィルくんはほっとした様子で続けた。


「はい! もうこの通り、大丈夫です!」


 そしてフィルくんはその場で大きく腕を振りながら屈伸運動してみせてくれた。


「ってぇことで、フィルにはこの船にいる間うちの連中と一緒に働いてもらうことになったからね」

「え、そうなの?」


 フィルくんに視線を戻すと、彼は苦笑した。


「そういうことに、なりました」

「もう海に落ちたりしないように、ここにいる間ビシバシ鍛えてやるからな!」


 アヴェイラに肩を叩かれフィルくんはハハ、と力なく笑った。

 ……なんだかフィルくんはもうこの海賊船に馴染んでしまったみたいだ。


「カノン腹減ってるだろ? 朝食持ってきてやったから食べな」


 急に、目の前にパンの乗ったトレーが差し出されて驚く。

 アヴェイラが呆れたような顔で私を見ていた。


「昨日はなんも食べずにあっという間に寝ちまうんだもんねぇ」

「あ、ありがとう」


 そういえば、昨日一日何も口にしていなかったことに気づく。

 明け方にあんなことがあって、それからずっと緊張の中にいたせいか空腹感がやってこないまま睡眠欲が勝ってしまったようだ。


「ふたりは?」

「あたしたちはもう食べたよ。さ、早く食べちまいな。今日も練習に付き合ってもらうからね!」

「うん! いただきます」


 受け取ったトレーには硬そうなパンとチーズ一切れとお豆、そして水の入ったグラスが乗っていた。

 向こうの船の食事に比べると大分質素だったけれど、今の私には十分なご馳走だ。

 椅子に座り、早速水で喉を潤してからアヴェイラを見上げる。


「私もこの船に乗っている間なにか……料理のお手伝いだったら少しは出来るんだけど」

「言ったろ? この部屋にいた方がいいって。それに、カノンにはあたしに歌を教えるって大事な仕事があるんだからね!」

「歌を?」


 フィルくんがびっくりしたように声を上げた。


「そうさ、今あたしはカノンに歌を教えてもらってんだ。大分うまく歌えるようになったんだよ!」


 胸を張るアヴェイラを見てぽかんとした顔をしているフィルくんに慌てて言う。


「歌って言っても、なんの力もないただの普通の歌だよ」

「そうさ、でもあたしは気に入ったね。グリスノートの前で歌うのが楽しみだよ」

「えっ、船長の前で歌うんですか?」

「そうだよ! あぁ、そうだ。そのことであんたに訊きたいことがあったんだ。グリスノートの奴が向かってんのはアピアチェーレの港で間違いないかい?」

「え? えっと……」


 戸惑うようにこちらをちらりと見てきたフィルくんに私は頷く。


「ブゥがね、手紙を持ってきてくれたの。それで」

「ブゥさんが!?」


 フィルくんが急に素っ頓狂な声を上げて今度はこちらがびっくりする。


「そ、そう。ほら、ここに」


 ハンモックの端っこにぶら下がって寝ているブゥを指さすと、彼はそれを見て更に興奮したように続けた。


「ってことは、ラグさんからの手紙ですよね!?」

「うん、多分。港のマークが書いてあってね、でも私どこの港かわからなくて」

「アピアチェーレの港で間違いないです! じゃあ、そこで皆と会えるんですね! ラグさんとも!!」

「そ、そのはずなんだけど……」


 本当にフィルくんはラグのことが好きなんだなぁと改めて驚いていると。


「ラグさんって誰のことだい?」


 アヴェイラが不審そうに眉を寄せていて、しまったと思う。

 彼女の前でラグの話はマズイ……!


「あ、その、」

「ラグさんはとっても強い術士で! とってもカッコいい人なんです!!」


 フィルくんの熱弁を聞いて私は頭を抱えたくなった。



「最初はちょっと怖そうだなって思ったんですけど、話してみたら全然そんなことなくって」

「へぇえ? あたしたちを吹っ飛ばしてくれたあの術士、ラグっていうのかい」


 フィルくんの話を遮ったアヴェイラの声が冷え冷えとしていて、顔が上げられない。


「あのラグ・エヴァンスと同じ名前じゃないか。こんな偶然あるのかねぇ、カノン?」


 強い視線を感じて、誤魔化せないと思った。


「ごめんなさい!」


 私は椅子から立ち上がって頭を下げた。


「昨日アヴェイラの話を聞いて言い出せなくなってしまって」

「……」


 少しの沈黙のあと、はぁ、とひとつ大きな溜息が聞こえた。


「なんだってあの男がグリスノートの船に乗ってるんだい。まさか、あたしたちを吹っ飛ばすためってわけじゃないんだろう」


 それも理由のひとつではあったが、言えるわけがなく。


「目的が一緒で……」

「目的ねぇ」

「あの、なんの話ですか? ラグ・エヴァンスってラグさんのフルネームですか?」


 フィルくんが興味津々というふうに目を輝かせていて、アヴェイラが不快を露わに眉を寄せた。


「フィル、あんた知らないのかい? ラグ・エヴァンスはね」

「アヴェイラ!」


 思わず大きな声を上げてしまっていた。

 アヴェイラが目を丸くして私を見ている。


「カノン、さん?」


 フィルくんもきょとんとした顔だ。

 彼には……ラグを慕っているフィルくんには知って欲しくなかった。知らないままでいて欲しかった。――だから。


「お願い。アヴェイラ」


 私は必死な思いで首を横に振る。

 すると彼女はもう一度小さく息を吐いてフィルくんに視線を戻した。


「フィル、あんたもう行きな。持ち場はさっき話した通りだよ」

「え、でも」

「行きな」

「……わかりました」


 アヴェイラに強く言われ、フィルくんは何度もこちらを振り返りながらも船長室を出て行った。


「言わないでくれて、ありがとう」

「……座って、早く食べちまいな」

「え? あ、うん」


 私は椅子に座り直して、まだ手を付けていなかったパンを手に取った。

 気まずい空気が流れる中、私はその硬いパンを水と一緒に胃に流し込んでいく。

 ベッドに腰を下ろしたアヴェイラの表情はここからでは見えない。

 ……ラグのことをどうしても許せないと、昨日彼女は話していた。

 術士である彼女が過去にどんな酷い仕打ちを受けてきたのか私は知らない。でも……。


「――目的って」

「え?」


 丁度トレーの上のものを全て食べ終わり、ご馳走様と言おうとしたときだった。

 アヴェイラがこちらを見ずに低い声で言った。


「ラグ・エヴァンスと銀のセイレーンが一緒になって、今度はこの世界を消そうってのかい?」

「そんなことしないよ!!」


 椅子を倒す勢いで立ち上がり大声で否定していた。あんまりな、酷い誤解だ。


「ラグも、私も、そんなこと絶対にしないし、考えたこともないよ!」


 叫ぶように続けると、こちらを振り向いたアヴェイラはなんだか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「だよねぇ。あんたがそんなことを考えるようには見えないし、グリスノートの奴がそんな話に乗るとも思えない」

「アヴェイラ……」


 力の入っていた肩をゆっくりと下ろしていく。


「昨日、あんた苦しんでるって言ってたね」

「え?」

「ラグ・エヴァンスの話をしたときに、そいつも苦しんでるかもって」


 私はこくりと頷く。


「そんなこと、考えたこともなかったねぇ」


 そう呟くように言って、彼女は天井を仰いだ。


「その名の通り、人の命をなんとも思わない悪魔のような奴だと思っていたよ」

「違うの!」


 また大きな声が出てしまった。でも構わずにそのまま続ける。


「彼は、ラグは本当はとても優しい人で、確かに一見怖そうだし口も悪いんだけど、私いつも助けてもらってて。ううん、私だけじゃない、なんだかんだ文句言いながらも困ってる人を放っておけない人で。――あ、普段は怖い顔ばっかなんだけどね、術を使うときはいつも凄く優しい顔をするんだ。それが、本来の彼なんだって。……でも、そういうわかりづらい人だから、多分、余計に苦しんでて、だから、」


 本当の彼をわかって欲しくて、これまでの数ヶ月間近くで見てきた彼のことを必死に話していると、途中でアヴェイラが吹き出すように笑った。


「なんだい、カノン。あんた、ラグ・エヴァンスに惚れてるんだねぇ」

「……え?」


 瞬きの後、私の口から呆けた声が漏れていた。



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