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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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8.心強い味方

 早速、私はアヴェイラに歌を教えていた。

 フェルクレールトで子供たちを前にしたときと同じように、まずはドレミの音階から。

 アヴェイラは真剣に私の説明を聞いてくれて、飲み込みもとても早かった。


「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド~」

「そう! やっぱりアヴェイラすごく声綺麗!」


 ベッドに腰掛けパチパチと拍手をしながら言うと、私の前に立つ彼女は頬を少し紅潮させ笑った。


「そうかい? やっぱりカノンに頼んで良かったよ。グレイスの真似をしてもさっぱりだったからねぇ。これでもう幽霊船だなんて言わせないよ!」

「幽霊船?」


 気になるワードが出てきて首を傾げると、アヴェイラはふんっと鼻を鳴らし腕を組んだ。


「あたしがグレイスを真似ていたら、この船を幽霊船だなんだと言う輩が出てきてね。ほんと失礼な話さ」


 それを聞いて笑顔が引きつる。

 ――船旅をはじめてすぐの頃に聞いた幽霊船の噂話。


(確か、女の歌声が聞こえてくるって……もしかしてそれって)


「そういや、あたしが歌を使えるようになったら、あたしもセイレーンってことになるのかい?」

「え? えっと……」


 急にそんなことを訊かれて困惑する。

 私はいつかラグが話していた術士とセイレーンとの違いを記憶の中から引っ張り出していく。


「確か、術士は万物の力を借りて使うけど、セイレーンは自分の力を歌にするって……だから、私立てなくなっちゃったこともあって」

「へぇ、そうなのかい」


 アヴェイラは興味深そうに頷いた。……ラグは知っていたけれどアヴェイラは知らなかったみたいだ。


(同じ術士でも、やっぱりストレッタっていう場所にいた分ラグは術に関する知識が豊富なのかな?)


 そして同時に、ラグも昔は術がうまく使えなくて私と同じように動けなくなったと話していたことを思い出した。


「でも、術士も最初は自分の力を消耗するみたいだし……」

「じゃあ、あたしも自分の力をうまく使えれば、ひょっとしたらセイレーンになれるかもだね」

「う、うーん。そうなのかも?」


 曖昧に答えながら、ふと考える。


(なら、ラグもセイレーンになれる可能性はあるってこと……?)


「あ、術士と言や、そっちの船に乗っていたあの術士は一体何者なんだい」

「えっ」


 どきりとする。


「あんな強力な術は初めて見たよ。お陰で随分ふっ飛ばされちまった。まぁ転覆はしないで済んだけどね」


 答えに詰まる。……ラグのことを、アヴェイラに話して大丈夫だろうか。


(でも、術士に悪い奴はいないって言ってるし……でも)


 アヴェイラがすぐに答えない私を見て不思議そうな顔をして、思い切って訊いてみることにする。


「アヴェイラは術士に悪い奴はいないって言ってたけど」


 するとアヴェイラは誇らしげに胸を張った。


「あぁ、術士ってのは万物に好かれる存在だからね。悪い奴がいるわけがないんだ」


 それを聞いてほっとする。


「――けど、一人だけ、どうしても許せない術士はいるね」


 急にその顔が険しくなって嫌な予感がした。そして、その予感は直後的中することになる。


「ラグ・エヴァンスって術士だよ。知ってるかい?」


 動揺が顔に出ないよう精一杯平静を装い、私は口を開く。


「なんで、その人が……」

「あのレーネの街を消した張本人だよ。奴のお蔭で術士の印象が一気に悪くなっちまった。悪魔のような術士、魔導術士ってね。そのせいであたしが今までどれだけ酷い目に遭ってきたか……」


 ぎりり、とその拳が私の目の前で強く握られる。

 ドクドクという心臓の音が聞こえてしまわないよう、私は胸を押さえた。


「……でも、もしかしたら、その人も苦しんでるかも」

「は?」


 アヴェイラと目が合った、そのときだ。俄かに部屋の外が騒がしくなった。

 ドタバタという激しい足音と、怒鳴り声と悲鳴まで聞こえてくる。


「なんだ?」


 アヴェイラはすぐさま扉の方へ向かった。気になって私もベッドから立ち上がりその背中を目で追う。


「どうした!?」


 彼女が扉を開け大声で叫ぶ。するとすぐに情けない声が返ってきた。


「お頭ぁあ!!」

「なんか、変な小せぇモンスターが入って来ちまって!」

「すばしっこくてなかなか捕まえられないんす!」

「モンスターだって?」


(小さいモンスターって)


 私はまさかとアヴェイラの傍らに駆け寄る。

 船長室の前で数人の海賊たちが剣を振り回し右往左往しているのが見えて、皆の視線の先にその姿を見つけ私は声を上げていた。


「ブゥ!?」


 その声にブゥはすぐに気づいたようだった。


「ぶぅ~っ」


 鳴きながら一直線にこちらに飛んでくる姿を見て私は胸がいっぱいになってしまった。

 伸ばした手のひらにふわりと着地したブゥに私は声を掛ける。 


「ブゥ、追いかけて来てくれたの?」

「ぶぅ! ぶっ、ぶぶぶぅ!」


 何を言っているのかさっぱりだったが喜んでくれているのはなんとなく伝わってきて嬉しくなる。


「ありがとう、私は大丈夫だよ」

「なんだい、カノンの連れなのかい?」


 ハっと我に返ると、アヴェイラや海賊たちの視線がこちらに集中していて焦る。


「あ、一緒に旅をしている仲間で、私を追ってきてくれたみたいで。でも、あの、全然怖いモンスターじゃ」

「仲間がひとりそいつにやられてぶっ倒れちまったんだが」


 海賊の一人に恐ろしい形相で睨まれ慌てて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい! 多分私を捜してて……でも、きっとすぐに気が付くと思います!」

「てめぇっ!」


 その人が顔を真っ赤にしてこちらに向かってきて、ブゥが私の手から飛び立ったそのとき、


「やめな!」


アヴェイラが私を庇うように前に出てくれた。


「お頭!?」

「……本当に、すぐに気が付くんだね?」


 振り向いた彼女に訊かれ私は何度も強く頷く。ブゥの攻撃は気絶するだけだ。

 しかしその男はまだ不服そうな顔で続けた。


「だがよ、お頭。モンスターが仲間って、やっぱりこの女危険なんじゃないですかい?」

「もしそうだったら、あたしがちゃんと始末をつけるよ。――何か文句あるかい?」


 そうアヴェイラがひと睨みすると、男はやっと口を噤んだ。


「わかったなら持ち場に戻りな!」

「あっ、お頭ー!」


 そのとき奥の方で別の海賊がこちらに手を振っているのが見えた。


「フィルの奴が目を覚ましましたー!」


(フィルくんが……!?)


 アヴェイラがもう一度私を振り向いた。


「行ってみるかい?」


 私は大きく頷く。

 彼女はすぐにそちらに足を向け後をついていくが、その場にいた海賊たちが皆私のことを睨みつけていて気が気ではなかった。――やはり、まだこの船内は私にとって安心できる場ではないのだと思い知らされる。


「ぶぅ?」


 いつの間にか私の頭に乗っていたブゥがこちらを覗き込んでいて、少しだけほっとする。

 ブゥが来てくれて本当に良かった。今の私にはとても心強い味方だ。


(ラグが行けって言ってくれたのかな……?)


 向こうの船の様子が気になったが、きっとヴォーリア大陸でまた会えるはずだと私はアヴェイラの向かう先を見つめた。




 アヴェイラが奥の部屋に入っていき、私もその後に続く。

 その部屋には先ほどフィルくんを抱えていったガタイのいいおじさんがいて、笑顔でアヴェイラと視線を合わせた。そして。


「久しぶりだな、フィル」

「アヴェイラ……?」


 暖かそうな毛布に包まれハンモックに横になっていたフィルくんが、彼女を見上げて呆けたような声を出した。

 この状況がまだ理解出来ていないのだろう。気づいたら違う船に乗っているのだ。無理もない。


「フィルくん、大丈夫?」


 私も声を掛けるとその瞳がゆっくりとこちらに移って――。


「ヒっ!?」


 彼はそんな引きつったような声を上げた。

 怯えた瞳が私を見ていて、一瞬その理由がわからなかった。


「ぎ、銀の……」


(――あ、そうか)


 その震えた声を聞いて理解した私はゆっくりと後退る。

 アヴェイラがそれに気づいてこちらを振り向いた。


「カノン?」

「あ、私は部屋の外で」


 するとアヴェイラはもう一度フィルくんの方に向き直り、大声で怒鳴った。


「なんだいフィル、あんた助けてもらったのに礼のひとつも言えないのかい!?」


 その大音量にこっちがびっくりする。フィルくんを看てくれていたおじさんも少しだけ驚いた様子だ。


「助け……?」

「そうだよ! あんた、海に落ちてカノンに助けてもらったんだろう!?」


 フィルくんの瞳がまたゆっくりとこちらに戻ってきて、私はなんとか笑顔を作る。


「……ありがとう、ございました」


 途切れ途切れの言葉に私は慌てて首を横に振る。


「ううん、目が覚めて良かった」


 でもその後彼はすぐに毛布を頭から被ってしまった。

 小刻みに震えるその身体を見てなんだか酷く申し訳ない気持ちになったけれど、でも本当に良かったと私は胸を撫でおろした。



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