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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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7.思わぬ話

 数人の海賊たちに剣を突き付けられながら、私はアヴェイラの後をついて船内を歩いていた。

 下手な真似をしたら刺されると思うと恐ろしくてたまらなかった。


(いざとなったら、鼻歌で逃げるしかないけど……)


 同じようにフィエールに口を塞がれて捕まったとき、ハミングでも効果が出たのだ。しかし、効果が出る前にこの剣で刺されてしまったらおしまいだ。そう思ったら何も出来なかった。

 用が済んだら帰してやる。そう言ったアヴェイラ。今は彼女のその言葉を信じるしかない。

 それに、フィルくんがこの船内のどこかにいる。いくら元仲間の船だとしても逃げるときは絶対にフィルくんも一緒に連れて帰りたい。

 そうひとり頭を巡らせていると、前を歩いていたアヴェイラが扉の前で足を止めた。グリスノートの船と同じ構造なら、多分船長室。

 アヴェイラはこちらを振り返ると、言った。


「お前たちはもう行っていいぞ」

「え!?」

「お頭!?」


 彼女の言葉に海賊たちは皆素っ頓狂な声を上げた。


「いや、しかしお頭とこの女を二人きりにするわけには……っ」


 そう言った海賊の一人が途中で言葉を切った。アヴェイラが彼を鋭い目つきで睨んだからだ。


「お前たち、あたしを見くびってんのか?」

「そ、そんなことは……」

「なら今すぐ持ち場に戻んな!」

「へい!!」


 アヴェイラがよく通る声で怒鳴ると私に剣を向けていた海賊たちは一斉にどこかへ去って行ってしまった。少しだけ肩の力を抜く。


「まったく……入んな」


 その声に前を向くとアヴェイラが部屋の扉を開けこちらを見ていた。

 ――彼女は私のことを「同じ術士」と言った。仲間意識を持ってくれているのだろうか。


(わからないけど、いざとなったら……)


 私は覚悟を決めてその部屋に足を踏み入れた。



 船長室――彼女の部屋は思った以上に可愛かった。というかベッドシーツやカーテンなど旗と同じピンク色のものが多くてなんだか目がチカチカした。


「まずは服だね」

「?」


 彼女が私の全身を見てから言った。


「あたしの服で問題なさそうだな。ちょっと待ってろ」


 すると彼女は私に背を向け、これまた可愛らしい装飾のついたクローゼットの扉を開けた。


(ひょっとして、服を貸してくれるの……?)


 緊張の中ですっかり忘れていたが、先ほどの豪雨と海に落ちたせいで全身ずぶ濡れ状態だ。

 途端ぶるっと身体に震えが走り、マズイと思ったときには遅かった。


「――ぶフッ!」


 口も鼻まで塞がれているせいで変なくしゃみが出てしまい、驚いたようにアヴェイラがこちらを振り向いた。


「……今の、くしゃみか?」


 かぁっと顔が赤くなる。

 すると、ふっと彼女が小さく笑った気がした。


「これに着替えな。……あぁ、それじゃ無理だな」


 アヴェイラは縛られた私の両手首を見ると手にしていた服をベッドに放り、棚から出してきた小さなナイフでその縄を切ってくれた。更には口に巻かれていた布も取られて驚く。


「……いいの?」


 思わず、そう小さな声で訊いていた。


「話があるって言ったろ。ほら、先に着替えちまいな」

「ありがとう」


 お礼を言って私はもう一度差し出された服を受け取った。……彼女が今着ているものと似て少々露出度が高そうだが、濡れている服よりはマシだ。

 早速着替えようとするが、濡れた服が肌に張り付いてなかなかうまく脱げずに悪戦苦闘しているとベッドに腰掛けたアヴェイラがまた笑った気がした。


「あたしたちと、なんにも変わらないんだねぇ」


 裸同然の身体を興味深く見られて、どうにも落ち着かずに身を縮める。


「あ、あの、あまり見ないでください」

「あぁ、悪いね」


 アヴェイラはすぐに向こうを向いてくれて、私はその間にささっと着替えてしまった。


「ありがとうございます」


 改めてお礼を言うと彼女はこちらに向き直り満足げに一度頷いた。


「それじゃ、本題だけどね」


 睨むように見上げられてごくりと喉が鳴る。

 ――海賊であり術士でもある彼女が、銀のセイレーンである私に話とは一体何だろう。


「頼む!」


 パンっ! と、いきなり彼女が顔の前で手を叩いてびっくりする。そして。


「あたしに、歌を教えてくれないか……?」

「はい?」


 ほんのり頬を赤く染めたアヴェイラに上目遣いで見つめられ、そんな気の抜けた返事をしてしまった私は何も悪くないと思う。




 でも彼女は特に気を悪くした様子なく、手を合わせたまま続けた。


「さっきのが“歌”なんだろ? あたしもあんな歌を使いたいんだよ」

「なんで、歌を……?」


 歌を教えるのは良い。むしろこの世界の人に歌を知ってもらえるなら喜んで教えたい。

 フェルクレールトで子供たちに歌を教えたあの時の興奮が思い出された。

 ……でも、海賊である彼女が歌を“使いたい”なんて、理由が気になってしまう。

 もし歌を悪いことに使おうというなら、絶対に教えたくはない。

 するとアヴェイラは私から視線を外しぎゅっと眉を寄せた。


「グレイスって鳥がいただろ? あいつのとこに」


(グレイス?)


 グリスノートの肩に乗る可愛い鳥グレイスを思い浮かべながら私は頷く。


「いました、けど……」

「真似しようとしても、うまく出来なくてさ」

「マネ?」

「あんな声が、出せるようになりたいんだよ」

「なんで」


 つい、もう一度訊いてしまっていた。

 するとアヴェイラは焦れたようにこちらに向き直り声を荒げた。


「あいつを見返してやりたいんだよ! いつもグレイスグレイス言いやがって! このあたしが同じように歌を使えるようになったらあいつがどんな顔をすんのか見てやりたいのさ!」


 そこまで一気に言い切ると彼女は腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。


(えーっと……?)


 あいつとは、間違いなくグリスノートのことだろう。

 グレイスの歌声を美しいと大絶賛し溺愛しているグリスノートが頭に浮かぶ。

 “使って”、と言うからつい悪いふうに考えてしまったけれど。


「それは、グリスノートの前で歌ってみせたいってことですか?」

「そうだよ! だから、セイレーンであるあんたに教えて欲しいって言ってるんだ。……それとも、あたしには無理なのかい?」


 急に不安そうな顔をされて、私はぶんぶんと首を横に振った。


「無理じゃないです!」

「本当かい?」


 その顔が期待に満ちて、こちらもなんだか胸が熱くなってきた。


(要は、グリスノートに振り向いて欲しいってことだよね!)


 そう思ったら俄然、彼女を応援したくなった。


「絶対歌えます! だってアヴェイラさん、すごく良い声してますもん!」


 あんな高笑いが出来るのだ。歌えないはずがない。


「そ、そうかい?」

「はい! グリスノートの前で歌って、彼をびっくりさせましょう!」


 ぐっと拳を握って言うと彼女は勢いよくベッドから立ち上がって私の両手を取った。


「恩に着るよ、銀のセイレーン! よろしく頼む!」


 そのはしゃいだような笑顔は同じ年頃の普通の女の子のもので、とても可愛かった。


「あ、私のことは華音って呼んでもらえたら嬉しいです」

「カノン! わかった。あたしのことも好きに呼んでくれよ」

「じゃあ、アヴェイラ!」


 そう呼ぶとアヴェイラはうんうんと頷いた。


「いやー、思った通りあんたがいい奴で良かったよ! 伝説通りのおっかない奴だったらどうしてやろうと思ったけどさ!」


 それを聞いてちょっとだけ笑顔が引きつった。……どうされていたのだろうか。

 でも私もいざとなったら歌でなんとかしようと思っていたのだ。そこはお互い様だろう。

 ――ただ気がかりなのは、ラグとセリーンがきっと心配してくれているだろうということ。

 なんとかして今のこの状況を伝えたいけれど、連絡手段がなにもない。


(……ラグは、心配っていうかまた勝手なことをって怒ってそうだけど)


 でも私が歌わなかったらフィルくんが危なかったのだ。


「あ、フィルくんは」

「フィルのことなら心配いらないよ。顔見知りの奴らばかりだからね。きっとすぐに回復するさ」


 それを聞いてほっと胸を撫でおろす。


「てぇか、なんだってフィルはあんな……海に落ちたのかい?」

「そう、さっきの嵐でいつの間にかフィルくんがいないってなって、捜すために歌で飛んでて」

「そしたら、あたしに回収されたってわけか」

「そ、そう」


 苦笑しながら頷くと、彼女は興奮した様子で続けた。


「いや驚いたよ。様子を見に行ったら歌が聞こえてきて銀の髪のあんたが空を飛んでるんだからさ。……そういえば、今は銀じゃないんだね」

「あ、歌う時だけみたいで」

「へぇ、そうなのかい。うん、やっぱりあんたいい奴だね! ま、術士に悪い奴がいるわけないけどな!」


 そうして誇らしげに笑った彼女に、私は思い切ってお願いしてみることにした。


「あの、歌が歌えるようになったら、フィルくんと一緒に私をヴォーリア大陸まで送ってもらえませんか?」


 ラグたちがヴォーリア大陸に向かっているのは間違いない。そして目的地もわかっている。そこを目指していけばきっとどこかで合流出来るはずだ。――と、そう思ったのだが、アヴェイラはきょとんとした顔で言った。


「送るもなにも、今向かってるあたしたちのアジトがヴォーリア大陸にあるんだ。だから問題ないよ!」

「そ、そうなんだ」


 ――良かった。乗る船は違えど、一先ずヴォーリア大陸には辿り着けそうだ。


「んふふっ、待っていろグリスノート! 次会ったらあんたのアホ面とくと拝んでやるからねー! よ~っほほほほ!!」


 そうしてアヴェイラは機嫌良さそうにまたあの高笑いを船長室に響かせた。



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