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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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5.嵐

 セリーンに支えられるようにして私は寝室へと入った。

 こんな顔ではリディに会いづらくてセリーンが一先ず寝室へと連れてきてくれたのだ。

 途中何人かとすれ違ったけれどセリーンがまた少し酔ってしまったようだと軽く誤魔化してくれた。


「リディを連れてすぐに戻る。私が出たらすぐに鍵をかけるんだぞ」

「うん。ありがとう」


 なんとか笑顔でお礼を言うと、セリーンは優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた。

 彼女が寝室を出て行って鍵をかけてから私は小さく息を吐いた。


「なに泣いてんだろ、私」


 ハンモックに腰掛けてそのままゆっくりと横になる。


(ラグに、帰れなくてもって言われたことがショックだった……?)


 私は元いた世界に帰るために旅をしていて、それをラグは知っているはずなのに。


(あんな言い方しなくてもいいのに)


 また涙が滲んできてしまって困った。

 エルネストさんに会えて、歌で呪いを解くという私の役目が終われば、きっとラグは「じゃあな」と、さっさと離れていってしまうのだろう。

 きっと彼は別れを惜しむなんてことはしない。もし本当に私が帰れなくなっても、それは同じ。――それがよくわかった。


「寂しいなぁ」


 ぽつりとそんな声が出ていて気づく。


(そっか。寂しくて、涙が出たんだ)


 なのに私は、彼から離れたらダメだなんて考えたりして。

 たった数ヶ月一緒にいただけで、彼の何になったつもりでいたのだろう。

 笑ってしまう。思い上がりもいいところだ。


 ――居場所が出来て良かったじゃねぇか。


(居場所……)


 違う。私の居場所はここじゃない。

 この世界に私の居場所はないのだ。

 だから、早く帰らなきゃ。私の本当の居場所に。

 私の元いた世界に、早く帰らなきゃ。


 もう一度溢れてきてしまった涙を止めるために私は強く目を閉じた。



 それから間もなくしてセリーンとリディが部屋へ戻ってきた。

 セリーンがここまで来る間にうまく話をしてくれたのかリディに何か訊かれるようなことはなく、そのまま私たち3人は眠りについた。



   ◆◆◆



 ――ゆらゆらゆらゆら。


 真っ暗な海の底を私はまたひとり漂っていた。

 でも、昨日とは雰囲気がまるで違う。

 あの懐かしいピアノの音も、懐かしい声も、今日は聞こえない。

 何も聞こえない。何も見えない。

 ただ不安だけがそこにあった。

 

 ――ぐらり。


 急に身体が大きく揺れて、そこで私はハッと目を覚ました。

 薄暗い視界が大きく揺れていた。――これは夢じゃない。

 ぎしぎしと船体が嫌な悲鳴を上げていた。


「なに? 嵐?」


 リディの不安そうな声に私は体を起き上がらせようとして、ハンモックがまた大きく揺れ危うく投げ出されそうになった。

 普通のベッドに寝ていたらベッドごとひっくり返っていたかもしれない。それほどの揺れに一気に不安が膨らむ。


「これは酷いな。大丈夫かカノン」

「う、うん」


 なんとかもう一度慎重に起き上がって答える。

 ――今何時頃だろう。夜は明けたのだろうか。


「これじゃあ今日は火は使えないわね。大丈夫かしら、兄貴たち」


 リディが言ったその時だ。

 コンコンとドアを叩く音がして、すぐに声がした。


「大丈夫っスかー! ちょっとヤベェ嵐が来ちゃったんで、抜けるまでそこで待機してろって船長の命令っス!」

「わかった!」


 コードさんのいつもよりも切羽詰まった声にセリーンが大きな声で答える。


(嵐……)


 これまで遭わずに来れたのに。こんなに揺れて、この船は大丈夫なのだろうか。


「大丈夫なの!?」


 リディが私の気持ちを代弁するように叫んだ。


「なんか、ラグが術でどうにかするって上がってったんで多分大丈夫なはずっスよ!」


 ラグが、術で……?


「んじゃ、俺も加勢に行ってくるんで!」

「気を付けて!」

「うぃーっス!」


 足音と共にその声が遠のいていった。


「術でどうにかするって、そんなこと出来るのかしら」

「風が起こせるんだ。逆に止めることも出来るのかもしれんな」


 セリーンが天井を見上げ言うと、リディはごくりと喉を鳴らした。


「やっぱり、術士って凄いのね」


 確かにラグならそのくらい出来そうだけれど。


(本当に、大丈夫なのかな)


 ハンモックの両端を強く握り締めながら私も何も見えない天井を見上げた。

 船の軋む音に紛れて誰かの大声や足音が切れ切れに聞こえてくる。

 グリスノートたちが海のプロだということはわかっている。でも、もっと頑丈な船を知っている私にはどうしても心許なく思えてしまう。


(私にも何か出来ることがあればいいのに)


 でも今私が出て行っても足手まといにしかならない。それがわかっているから待つことしかできない。

 それはきっとセリーンもリディも一緒だろう。――と。


「揺れが収まったら甲板に出てみよう。今度こそあの子に会えそうだ」


 こんな時だというのにセリーンの声が急に生き生きとしだして思わず苦笑してしまう。

 ――そうだ。ただ不安がっていてもしょうがない。今はとにかくラグやグリスノートたちを信じて祈るしかない。


(皆頑張って! どうか無事で……!)


 私は呪文のように何度も繰り返し祈り続けた。




 ――それから数十分ほどが過ぎただろうか。


「……静かになったな」


 セリーンが呟いた。

 先ほどに比べると揺れは大分収まっていた。これならハンモックから降りてもなんとか立っていられそうだ。

 ラグが本当に術で何とかしてくれたのか、それとも嵐から抜けることが出来たのだろうか。

 この暗い部屋にいては本当に何もわからなくてもどかしい。


「よし、様子を見に行ってみるか」

「え」


 セリーンがハンモックからひょいと立ち上がった。


「ここにいては何もわからん」

「それは、そうだけど」


 勝手に動いてしまって大丈夫だろうか。


「私も、皆のことが気になるわ」


 続いてリディもハンモックから降りてしまった。


「誰の声も聞こえないのも気になるし」


 言われて気づく。確かに先ほどまで響いてきていた大声や足音が全く聞こえない。

 耳に入ってくるのはギィギィという船体の軋む音だけだ。

 ざわざわと胸が嫌な音を立てて、私もハンモックから立ち上がった。



 甲板の扉の前まで来て、ここまで誰とも会わなかったのも気になった。

 私たちは顔を見合わせ耳をすませる。

 聞こえてくるのはザーっという甲板に打ち付ける雨音だけ。皆扉の向こうにいるはずなのに、人の声が全く聞こえない。


「……まさか、皆海に……!?」


 リディが青い顔で一番恐れていたことを口にしながら勢いよく扉を開け放った。

 途端、雨がこちらにまで吹きこんできた。

 外はすさまじい雨で酷く視界が悪かった。まだ夜明け前なのだろうか。それとも空を覆う分厚い雨雲のせいだろうか。とにかく暗い。しかし風はほとんどなかった。

 甲板に大勢の姿が確認できた。そのことにまずホっとして、でも皆一様に船縁から海の方を見つめていた。


「兄貴!!」


 リディが大声で叫ぶ。

 すると船首付近にいた人物が驚いたようにこちらを振り向くのがわかった。


「出て来るんじゃねぇ!!」


 彼、グリスノートがすさまじい剣幕で怒鳴った。そしてすぐにまた海の方へと視線を向けてしまう。


「なんでよ!」


 そうして甲板に出ていこうとしたリディの腕をセリーンが掴んだ。


「今下手に出たら滑って転落するかもしれん」

「――っ、ねぇ、どうしたの? 何があったの!?」


 リディがもう一度叫んだ。……彼女も感じているのだ。この言い知れぬ不安。ドクドクと低く胸を打つ嫌な音を。

 だがグリスノートは背を向けたまま答えない。

 と、ひとりこちらに歩いてくるのがわかった。コードさんだ。


「コード、一体何が」


 リディが訊ねると、雨でびしょ濡れになったコードさんは目を覆った前髪を払おうともせずに静かに告げた。


「フィルが、落ちたみたいっス」

「え……」


 リディが小さく声を上げた。


「ラグが風はどうにかしてくれたんスが、その後どこを探してもフィルの姿がなくて……」


 ――フィルくんが落ちた……?

 嘘みたいで。まるで現実味がなくて。


「今皆で探してるんスが、この視界の悪さでどうにも……」


 そこでコードさんは言葉を切った。

 こんなにも静かな理由がわかった。皆フィルくんのかすかな声も聴き逃すまいと必死に耳を澄ませているのだ。


「ボートは!? ボートに乗って捜せないの!?」


 リディが甲高い声を上げる。確かにこの船には小さなボートが乗っていたはずだ。だが。


「今闇雲にボートを出したら、フィルに当たっちまう可能性があるっス」


 コードさんが掠れた声で答えた。


「そんな……っ」


 リディが声を詰まらせその場にがくりと膝を着いた。

 セリーンがそんな彼女の肩に優しく手を置く。


「ラグは……?」


 その姿が見えない。だって、いつもフィルくんはラグの傍にいた。


「さっき、海に飛び込もうとして、船長が止めて、今も……」


 言われてグリスノートのすぐ手前に小さな背中を見つけた。

 小さなラグ。彼は、術は使えない。

 大きなラグなら空を飛んで上空からフィルくんを見つけることだって出来るかもしれないのに。だからラグは海に飛び込もうとしたのだろう。

 彼を見つけるために。フィルくんを助けるために。


 ――私にも何か出来ることがあればいいのに。


 そうだ。私なら出来る。

 今、何か出来るのは私しかいない。


(ラグの代わりに、フィルくんを助けられるのは私しかいない)


 意を決して、私は雨の打ちつける甲板に足を踏み出した。


「カノン?」


 リディの力ない声が聞こえて。


「まさか!」


 セリーンの裏返った声を耳にしながら、私は静かに息を吸い込んだ。



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