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My Favorite Song ~歌が不吉とされた異世界で伝説のセイレーンとして追われていますが帰りたいので頑張ります~  作者: 新城かいり
第七部(最終章)

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3.アヴェイラとグリスノート

「面舵一杯!」

「面舵いっぱーい!」


 グリスノートの発した号令をコードさんが復唱し、続いて仲間たちの声があちこちで上がった。

 セリーンに言われ近くのロープをしっかりと掴むと船は向かってくる海賊船からよけるようにゆっくり右へと旋回していく。

 しかしアヴェイラの帆船は妙な動きをしてこちらの船と進行方向を同じにすると、ぶつかるぎりぎりまで横づけにしてきた。同じ帆船のはずなのにこんな動きが出来るなんて、ひょっとしてこれも彼女が術士だからなのだろうか。


「よ~っほほほほほ!」


 その顔がはっきりとわかるまで近づいた女海賊アヴェイラは勝気そうな笑みを浮かべ、良く通る高い声で言った。


「アンタの方からのこのこやって来るなんて一体どういう風の吹き回しだい、グリスノート!」

「てめぇと話をつけに来たんだよ、アヴェイラ!」


 グリスノートも彼女に向かい大声で返す。


「話ぃ?」


 アヴェイラは怪訝そうな顔をした後で、彼の後ろに立つリディに気づいたようだ。


「おっと、珍しい顔も乗ってるじゃないか。久しぶりだねぇリディ!」


 嬉しそうな顔でリディに手を振る彼女はどう見ても私と同じ年くらいの女の子で、とても海賊の頭だなんて思えなかった。でも確かに彼女の船には仲間らしき男たちが何人も乗っていて。――と、グリスノートがそんな彼女に告げた。


「俺たちはもう海賊はやめた!」

「は?」


 それを聞いた途端、アヴェイラの笑顔が強張るのがわかった。


「海賊団ブルーはもう解散したって言ってんだ!」

「そうなのアヴェイラ! 私たちはもう誰からも奪ったりしないって決めたの!」


 グリスノートとリディが続けてそう叫ぶ。

 アヴェイラは理解が追いつかないのか少しの間を開けてから確認するように訊ねた。


「……それってーのは」

「あぁ、俺のことをちゃーんと理解してくれる女が現れたんでな!」


 グリスノートが勝ち誇ったようにそう告げると、それまで堂々としていた彼女の身体が急にぐらりと傾いたように見えた。後ろに控えていた仲間の男二人がそれを見て慌てた様子で近づくがアヴェイラはすぐに体勢を立て直した。

 グリスノートはそんな彼女に更に続ける。


「だからてめぇも、もう海賊はやめてイディルに」

「――あ、あたしは信じないぞ。アンタのことを理解できる女が、この世界にいるわけないだろ!」


 急に怒り出した彼女を見て、あれ? と思う。


(もしかして、あの子……)


「カノン!」

「はい!?」


 いきなりグリスノートに名指しされ、びくっと肩が跳ねる。

 そのまま手招きされて私はセリーンと共に彼の近くへと移動した。

 グリスノートはそんな私に短く囁く。


「とりあえず今は話を合わせとけ」

「え……」


 なんだか覚えのある台詞に嫌な予感のした直後、グリスノートは私の肩を軽く引き寄せ大声で言い放った。


「こいつが俺の嫁のカノンだ! 覚えとけ!!」


(やっぱりーーーー!?)


 私を捉えたアヴェイラの瞳が大きく揺らぐ。


「ちょっと兄貴、多分それ逆効果!」


 リディが焦るように言うがグリスノートは構わず続けた。


「わかったか! だからてめぇもいつまでも意地張ってねぇで」

「シャラップ! 信じないって言ってるだろ!」


 アヴェイラが再びグリスノートの声を遮り叫んだ。

 その顔が怒りで染まり長い髪がざわざわと揺れ動いているのを見て、直感的にまずいと思った。

 グリスノートもリディもそれを見て彼女が何をしようとしているのかわかったのだろう。


「おい、てめぇまさか!」

「アヴェイラ待って!」


 ふたりが同時に叫んだ、そのときだ。


「退け」

「!」


 背後から降ってきた低い声に私は勢いよく振り向く。


「ラグ!」


 相変わらず不機嫌そうな彼を見上げ私は歓声を上げていた。


「ラグ、てめぇ遅かったじゃねぇか!」


 グリスノートの怒声を無視し、彼は私とグリスノートの間に割り込むようにして前へ進み出た。そしてアヴェイラの帆船に向かって手をかざし、口を開いた。


「すまない、少し力を貸してくれ……」


 久しぶりに耳にするラグの優しい声音。

 しかしそれを見たアヴェイラは驚愕の表情を浮かべた。


「術士!?」

「風を此処に……!」


 びゅおっとうねるような音を立て白い帆に旋風が突っ込んでいく。


「皆何かに掴まれー!!」


 アヴェイラが後ろを振り向き絶叫を上げた次の瞬間、彼女の船はトビウオのように一度飛び跳ねたあとすさまじい水しぶきを上げこの船を追い越していった。


「えぇ!?」


 リディが悲鳴を上げ船縁から身を乗り出す。

 あの勢いでは普通転覆してしまいそうだが風に守られているのかアヴェイラの船は傾くことなくまるで氷上を滑るようにただひたすらまっすぐに猛スピードで突き進んでいく。


「覚えてろよーーっほほほほほ!」


 どんどん遠く小さくなっていく船からそんな甲高い怒声だか高笑いが響いてきた気がしたが、私の気のせいだったかもしれない。


「カノン!」

「え!?」


 まだ前を向いたままのラグに名を呼ばれ私は我に返る。


「その女を押さえとけ」

「え? ――あっ」


 理解したと同時みるみるその背中が小さくなっていく。振り向けばセリーンが今にも彼に飛びかかっていきそうな体勢をとっていて、私は慌ててその前へ出た。


「セリーンストップ!」


 私に止められるか自信はなかったが精一杯手を広げ言うと、セリーンはうっと低く呻いてその体勢のまま固まった。


「……カノン」

「ごめん、セリーン」


 とても悲しそうな顔をしたセリーンに謝ると後ろでバタバタと足音が聞こえ小さなラグが船内へと入っていくのが見えた。


「え、あ、待ってくださいラグさーーん!?」


 そしてその後をフィルくんが慌てた様子で追いかけて行く。彼もラグと一緒に甲板に出ていたようだ。


「あぁ、行ってしまった……」

「た、多分、ラグ皆に見られたくないと思うんだ」


 寂し気に船内への扉を見つめているセリーンに今更ながらそう言うと、彼女はふぅと溜息を吐いてからこちらを向いた。


「そうだったな。あの子は恥ずかしがり屋だものな」


 ハハハと苦笑していると、今度はグリスノートの溜息が聞こえた。


「流石の威力だが、一度しか使えねぇってのがなぁ」

「まぁ、でもこれで進めるじゃないッスか」

「大丈夫かしら、アヴェイラたち……」


 船縁に手をかけ海賊船が消えていった方を心配そうに見つめているリディに私は声を掛ける。


「大丈夫だと思う。ラグの術は優しいから」

「そうなの?」

「うん」


 自信たっぷりに頷くが、リディはもう一度水平線の向こうを見つめた。


「――というか、あれ使えばこの船ももっと早くヴォーリア大陸に着くんじゃないっスか?」


 コードさんが呑気な声でそんなことを言ったが、誰も同意しなかった。




「ねぇ、アヴェイラって」


 ギャレーに戻ってから私はリディに訊ねた。


「もしかして、グリスノートのことが好きだったりする?」

「あ、わかっちゃった?」


 リディが苦笑して、やっぱりと思う。

 私を見たときのあのショックを受けた顔を思い出し、今更ながら酷い罪悪感に駆られる。


「昔からあんな感じでね、兄貴には全く伝わってないんだけど、周りからはバレバレっていうか……でもアヴェイラも素直じゃないからいつもすーぐ喧嘩になっちゃって」


 呆れたふうに大きな溜息をつくリディ。


「袂を分かつことになった原因もそれか?」


 セリーンが訊くとリディはうーんと唸って天井を見上げた。


「それもあるかもしれないけど……。ほら、イディルって戦争後に色んな事情で集まってきた人たちで出来た町だって話したでしょ」

「うん」

「私たちは出来るなら奪うことをやめたかった。でも、アヴェイラ達はずっとそのことに反対していたの。奪われた私たちが奪って何が悪いのかって」

「そういうことか」


 セリーンが息を吐くと、リディは寂し気にまつ毛を伏せた。


「アヴェイラは術士でしょ? イディルに来る前相当酷い目に遭ってたみたいで」


 それを聞いて胸が痛んだ。術士への偏見はやはりどこへ行っても同じなのだろうか。


「でも、イディルの人たちはアヴェイラのことを受け入れたんでしょ?」

「勿論。でも、全員が全員ってわけじゃなくて、中にはアヴェイラを怖がる人たちもいたわ」

「そうなんだ……」


 少しの沈黙のあと、リディが急に作業台をバンと叩いた。


「でも私はね、やっぱり兄貴がもっとしっかりしてれば良かったと思ってるの。あんなにいつもグレイスグレイス、セイレーンセイレーン言ってるから、アヴェイラも我慢できなくなったんだわ!」

「あー……」


 リディの怒りっぷりに苦笑しながら、私は出来ることならもう一度アヴェイラに会ってちゃんと話がしたいと思っていた。



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