2.女海賊
「リディアンちゃんおかわり~!」
「はいはーい!」
「姐さんこっち酒頼みまーす!」
「はーい!」
「セリーンさーん、こっちもー」
「今行く」
ギャレーのすぐ隣の食堂は今日も朝から大騒ぎだ。
船員たちはいつも2組に分かれて食事をとる。先にこれまで起きていた夜番の人たち、その後これから働く人たち。私たち女性陣はその間給仕として働き、皆が食堂を出た後でいつもゆっくりと食事をとっている。
仲間が皆食事を終える頃、肩にグレイスを乗せた船長グリスノートが立ち上がり良く通る声で告げた。
「そろそろあいつらの縄張りだ。いつ現れてもおかしくねぇ。てめぇら気を引き締めていけよ!」
それを聞いてどきっとする。
あいつらとは例の術士の海賊のことだろう。アヴェイラと言っただろうか。
(そうか、いよいよなんだ……)
と、グリスノートはその視線を端の方に座るラグへ向けた。
「まぁ、今回はこっちにも強力な用心棒が乗ってるからな、軽~く突破できるとは思うが。頼んだぜ、ラグ」
ラグは彼を一瞥しただけですぐに視線を外してしまったが、グリスノートは特に気を悪くしたふうでもなくもう一度皆を見渡した。
「てぇわけで、今日も任せたぜてめぇら!」
「アイアイサー!」
皆がガタガタと立ち上がり食堂を出ていくのを見送っていると。
「頼りにしてますね、ラグさん!」
そんな声が聞こえきてラグの方を見る。すると彼に向かって目をキラキラさせながら話しかけている男の子がいた。
彼はフィルくん。船員の中では最年少で確か14歳だったはずだ。
きっかけは知らないけれど、いつの間にかラグと仲良くなっていて最近はいつも一緒にいる気がする。
(仲良くっていうか、懐かれてる感じだけど)
なんとなく微笑ましくそんなふたりを見ているときだ。
「カノン!」
「はい!?」
間近で声が掛かりびっくりして振り向くと目の前にグリスノートが立っていた。
「今日も調子よさそうだな?」
そう笑顔で訊ねられ、肩のグレイスも小さく首を傾げているのを見て思わず顔が緩んでしまう。
「はい、もう大丈夫です」
「そりゃ良かった。ご馳走さん。夕飯も楽しみにしてるぜ。じゃあな!」
「あ、頑張ってください」
そう声を掛けると、彼はにぃっと笑って手を振りながら食堂を出ていった。
「なんかすでに夫婦って感じっスねぇ」
「え」
「ホント。兄貴嬉しそう~」
いつの間にか背後にいたコードさんとリディが呆れたふうにそんなことを言って私は慌てる。
「いやいや、だから私は」
「んじゃ、俺は寝てきまーす。お疲れーっス」
「手伝ってくれてありがとね、コード。おやすみ!」
「あ、おやすみなさい」
そうして大きなあくびをしながらコードさんも食堂を出て行ってしまった。
小さく息を吐いていると、ラグもフィルくんと一緒に席を立つのが見えて、私はそちらに足を向けた。
「ラグ!」
彼は足を止め、不機嫌そうな顔で私の方を見た。
「気を付けてね。例の海賊そろそろ出てくるって言ってたし」
「……あぁ」
一言そう答えるとその視線はすぐに離れてしまった。
慣れない集団生活で疲れているのだろうか、最近彼の態度はいつもこんな感じで酷く素っ気ない。
「ラグさん行きましょう!」
先に食堂を出ていたフィルくんに急かされ、そのまま行ってしまうラグに「いってらっしゃい」と声を掛けたが、返事はなかった。
(不機嫌なのは今に始まったことじゃないけど……)
この10日間、同じ船に乗ってはいてもこれまでに比べて極端に話す機会が少ないせいか、なんだかとても寂しく思えた。
この世界に来てからラグはいつもすぐ傍にいる存在で、だから余計にそう感じるのかもしれないけれど。
(エルネストさんの元に辿り着けたら、もうお別れなのにな)
「カノン、片づけて私たちも朝食にしよう」
「あ、はーい」
セリーンに言われ私は暗い気持ちを振り払い、テーブルの上に散乱した食器に手を伸ばした。そのときだ。
「ずっと気になってたんだけど」
「え?」
顔を上げると、リディがなんだか少し緊張したような面持ちでじっとこちらを見つめていた。
「ラグさんとカノンって、本当に何もないの?」
「へ?」
「だって、ずっと一緒に旅してるんでしょ?」
「――ぜっ」
リディの言いたいことがわかって、危うく手にした食器を落としてしまうところだった。
「全然! 何もないよ!?」
「本当に?」
上目遣いで首を傾げられ私は強く頷く。
「本当に! 目的が一緒ってだけで」
「でも、ラグさんカノンのこといつも見てるし」
「え」
思わず顔が固まってしまった。
――いつも?
「特に兄貴とカノンが話してるとき、いつも凄い顔で睨んでるわよ」
「そ、それは……多分、」
私が余計なことを言わないように見張っているんだと思う……そう言いたくても言えずしどろもどろになっていると、セリーンが口を開いた。
「リディはあの男のことが気になっているのか?」
「え!?」
すると今度慌てたのはリディの方だった。
ボンっと爆発したようにその顔が赤く染まるのを見て、私は呆気に取られる。
「き、気になってるっていうか、……か、かっこいいなとは思ってるけど……でも、別に好きとかってわけじゃ……!」
その顔では全く説得力がない。
私たち二人に見つめられて耐えられなくなったのかリディはわーっと顔を覆ってしまった。
「ごめんなさい、この話はもう終わり! 早く食器片づけて朝ご飯にしなきゃ!」
そうリディはひとりまくし立てながら食器をガチャガチャと重ねはじめた。
(そっかぁ。リディ、ラグのこと好きなんだ)
まだ耳まで真っ赤になっている彼女を見て、私は可愛いなぁと思った。
船内が騒がしくなったのはそれから数時間後、ギャレーで夕飯の下準備をしていたときだった。
複数の足音や大きな声が響いてきて私たちは顔を見合わせた。
「何かあったのかな」
「もしかして」
リディが椅子から立ち上がったそのとき、丁度コードさんが顔を覗かせた。今の今まで寝ていたのだろう酷い寝癖がついた彼は言った。
「アヴェイラの船が出たそうッス」
「え!」
私とリディの声が重なる。
今朝そろそろだと言われたが、まさかこんなにも早くその時が来るとは思わなかった。
「私も行く!」
リディはすぐさまコードさんについて行き、私はセリーンを見る。彼女はすでに愛剣を手にしていた。
「私たちも行くか」
「うん!」
海賊が出たということはラグも呼ばれているはずだ。
私たちはギャレーを出て急ぎリディたちを追いかけた。
甲板へ出ると強い日差しに目がくらみ、瞬きをしながらなんとか前方を見る。
船首にグレイスを肩に乗せ仁王立ちになったグリスノートの背中があった。
コードさんがその傍らに並び、リディもその後ろにつく。――ラグはまだ来ていないようだ。
目が慣れて漸くこちらに向かってくる船が確認出来た。
この船よりやや小ぶりで、風にはためくその海賊旗はピンク。海の深いブルーにその色はよく映えたが。
(なんか、可愛い……?)
「あれが例の船か?」
セリーンの声も少々拍子抜けしたように聞こえた。
「兄貴、どうするつもりなの?」
「……」
リディの問いにグリスノートは答えない。
――妙な声が聞こえてきたのはそのときだった。
「よ~っほほほほほほ」
風に乗って響いてきたまるでヨーデルのような歌声……ではなく“高笑い”に私はぽかんと口を開ける。
向こうの船首に立つ派手な格好をした髪の長い人物も徐々にはっきりとしてきて、私はたまらず声を上げていた。
「女の子!?」
「のようだな」
セリーンが続いて、それに気づいたリディがこちらを振り向いた。
「あれ? 言ってなかったかしら。アヴェイラは女よ。カノンと同じくらいの歳の」
聞いていなかったし、海賊というからてっきり男なのだと思い込んでいた。
まさか、件のアヴェイラが“女海賊”だったなんて……!




